律「男の子なんだから痒くっても我慢するんだよ。」

律「でもどうしても我慢できないときは、鼻をつまんでこうやって...」

律「フンっ!!」

律「ね?」

男の子「うん!!わかった」

律「じゃあね、バイバイ!!頑張るんだよ」ニコッ

律「ふぅ~」

律(あの子のお母さんの顔はまるで死人のようだなぁ~)

律「お父さ~ん」

律父「なんだ?」

律「あの子もやっぱり...」

律父「そうだ...」

律「そっかぁ~」

律父「この原因不明の病気が世界的に流行してからというものは...」

そう、感染して発病したら身体が腐っていくというこの原因不明の病気は、

僕がすむ閑散とした片田舎でも蔓延しはじめていた。

この周辺で唯一人の医師である父の元にはほぼ毎日のように感染・発病者が訪れる。

また片田舎であることをいいことに療養施設と銘打った収容所も建設されている。

律(僕たちもいつかはこの病気でしんでいくんだろうなぁ~)

14歳やそこらでこんな虚無感を抱えるなんて全くなんという人生なんだろう。


兄ぃ「お~い、律!!」

律「ん?なぁんだ兄ぃか?」

兄ぃ「なぁんだはないだろ!!」

兄ぃ「それより野球やろうぜ!!野球!!」

律「どうせ僕が投げて、兄ぃが打つんだろ?」

兄ぃ「わかってるじゃん!!なら話は早い!!」

兄ぃはこの村の駐在員。早い話が警察官。

でも、事件なんか村が始まってから一度も起こっていないから、パトロールと称していつも俺と遊びたがる。

いつもの池の辺の原っぱに行く道中は、いつもの兄ぃの自慢話

兄ぃ「俺さぁ、ロックスターを目指して、高校でたらすぐにアメリカに渡ったんだけどさぁ~」

兄ぃ「結局、もう少しの所で挫折しちゃって...」

兄ぃ「今はしがないポリスマンさ」

毎度毎度聞かされる話を僕はいつも冗談半分で聞いていた。

でも、今のような状況では兄ぃの底抜けな明るさが僕の救いになっていた。

いつものように僕がピッチャー

そしていつものように兄ぃがバッター

たった二人の野球...というよりバッティング練習みたいなもん。

キャッチャーもいないから、兄ぃは空振りするたびにボールを追いかけながら

兄ぃ「おい!!律!!ちゃんとストライクを投げろよ!!」

律「悪い悪い!!」

兄ぃ「さぁ~もう一丁!!」

僕はど真中にストレートを投げ込んだ

カキーン

兄ぃはジャストミーティングで打球をセンター方向に飛ばした。

....


兄ぃ「お~い!!いつまで探してるんだよ!!さっさと見つけろよ!!」

律「兄ぃも探すの手伝ってくれよ~」

兄ぃ「あ~...わかったわかった...」

僕は一生懸命、兄ぃはだるそうに池のほとりの草むらに隠れているであろうボールをさがしていた。

そしたら兄ぃが急に

兄ぃ「律?お前この池の幽霊の話を知ってるか?」

律「はぁ?なんだよ急に!!」

兄ぃ「昔、この池でなぁ」

兄ぃ「結婚を反対されて自殺した若い女がいてさぁ」

兄ぃ「今でも霧がかかるような日にはその女の幽霊がこの池のほとりに立つって話さ」

兄ぃ「場所は確かこのあたりだったような気が...」

律「兄ぃもうやめろ。それよりボールを探そうぜ」

兄ぃ「なんだ?恐いのか?」

律「そんなことない!!」

といいながら僕は池の方に振り向いた。

律「!!」

なんと一人の女性が身の回りに霧をまとっているように池のほとりに立っていた。

律「あっ、あっ、兄ぃ!!」

兄ぃ「なんだよ!!やっぱり恐いのか?」

律「違うよ!!それよりあんなところに女の人が!!」

僕は兄ぃを見据えながら、女性が居た方向を指さした。

兄ぃ「なんだって?ん?」

兄ぃ「誰もいないじゃん!!大人をからかうもんじゃねえぞ。」

律「えっ?」

僕が振り返ったら、誰もいない。

律「おっかしいなぁ~」

律「でもたしかにいたんだよ。今にも池に入りそうな感じで佇んでたんだよ!!」

兄ぃ「あぁ~わかったわかった。ボールも見つからないし今日は帰ろうぜ!!」

僕は納得できないまま、その場を後にした。


いつもと変わらない静かな日が続いたある日。

父親の診療所の診察室の前に兄ぃが立っていた。

いつになく神妙なのは職務の最中だからだろうか?

律「兄ぃ!!」

律「どうしたんだよ今日は?」

といいながら、僕は診察室に入っていった。

するとそこには...

律「あっ!!」

僕は顔を赤らめて思わずとっさに後ろを向いてしまった。

父親が一人の女性を診察していて、しかもその女性の上半身は下着姿だった。

律父「律か?ちょうどいい。ちょっと手伝ってくれ!!」

父は何を考えているんだろう?

僕だって子供じゃないんだから...

といいつつも父の言葉に従って、手伝いを始めた。

緊張と恥ずかしさの連続の後、少し平常心を取り戻した僕は改めて女性を眺めた。

律「あっ!!」

律父「ん?どうした律?」

律「な、なんでもない」

とっさに顔を下に向けたところを

女性「何見てるのよ!!」

律「見てなんかいない!!」

動揺しながら返答するのがやっとだった。


緊張した時間を終え、診察室をでたら兄ぃが

兄ぃ「どうやら家出したみたいで捜索願いもでているけど...」

兄ぃ「家族も消息さえわかったらいいみたいで、家には帰ってほしくないみたいなんだな~」

兄ぃ「本人も帰りたくないみたいだし」

律「なんで?」

兄ぃ「ん?」

兄ぃ「だって感染者だし、発症もしてるし...」 

律「...そ、そんなぁ~」

さっき覗き見するように見た上半身。

色白で華奢な身体つきに似合わない痣のようなものがある思ったけど...

あれが発症した証拠?

あまりにも衝撃的だった。

あの病気とは全く正反対ともいえる程、可憐で美しい女性。

それが紬との出会いだった...

兄ぃ「家族に連絡したんだけどさぁ~」

兄ぃ「『無事だったら、それでいい』だってさ」

兄ぃ「発症していることがわかったから、本人も家をでたらしいし」

話を聞くと紬の家はたいそうな資産家で感染がわかった時点であらゆる手を講じたらしいけど、

結局発症してしまい、紬はそれを気にして家を出てしまったらしい。

紬は僕よりも少し年上だと思うけど、まだまだ二人で話し込める雰囲気ではない。

発症が確認されたから、「療養所への隔離」は決まっているけど手続きなどのある間は、

僕たちと一緒に生活することになった。

なんだろう?

僕は初めて異性を気にするようになった。

ところがそんな僕の視線を毛嫌いするかのように紬は

紬「あんた、私の裸を見て興奮してたでしょ?」

とか言って、僕と距離を置いているようだった。

残念な気もするけど、感染者と仲良くすることもできないし...

僕も意識的に紬を無視するようにした。

紬の療養所への入所手続きはちょっと手間取っているみたいで、紬はまだ僕たち家族と一緒にいる。

僕の家族は父親だけだけど、夕食は兄ぃも一緒だ。

兄ぃは早くに家族を亡くしていて、今は食事も風呂も僕の家で済ますのが普通になっているので、もはや家族同様だ。

そんな中に紬が入ってきた。

父親も兄ぃも全く意に介していないけど、僕にとっては一大事だ。

そんな僕を無視するが如く、紬は無表情で日々を過ごしていた。


ある日、どこからともなくオルガンの音が聴こえてきた。

律「はじめて聴く曲だけど」

律「なんだろう?この心地よさは」

僕は音に誘われるままに、音の出どころにたどり着いた。

律(ハッ)

そこにはオルガンに向き合う紬がいた。

一心不乱に鍵盤を叩き、自分の命を鍵盤に込めつつも、演奏が終わったら自分の命が終わるかのごとく...

とはいえ、僕は演奏に聴きほれていた。

紬は僕のことなど眼中にないようにオルガンを弾きつづけていた。

律(なんて可憐なんだ!!)

この時、僕は初めて恋をしたのかもしれない。

紬「?」

紬「なに、見てるのよ!!」

紬はまさに投げ捨てるような捨て台詞を残して、部屋をでていった。

あとに残されたオルガンを見つめて...

さっき紬が弾いていたメロディを必死に思い出していた。

紬は療養施設に入所することが決まった。

あの施設は父が主治医を担当していて僕も手伝いということで良く出入りしているので、

紬とは顔をあわせるのは簡単だけど、ちょっと距離があいたのが少し寂しい。

紬は施設の子供たちにとって、とても優しいお姉さんになっていた。

甘える子供、だだをこねる子供...

そんな子供たちの母親の如く、子供たちを優しく包んでいた。

一緒に遊び、一緒に歌い、一緒にはしゃぎ...

紬がきてからの施設はとても明るく、とても楽しく、治療法のない病気の療養施設とは思えなくくらいだ。

僕もその中に入り、律兄ぃと呼ばれるようになった。

そして、紬との距離も自然と縮まった。

そんな中、僕と紬は施設の子供達の合唱コンサートの開催を提案した。

普段、家族と離れ離れになっている子供たちの元気な姿を披露するということが目的だ。

反対する人もなく、村の協力も得られ、村内で唯一の会館で発表できることになった。

正式に開催が決まってからは大忙しだった。

紬が伴奏、僕が指揮に決まった。

曲は紬が作るといった。


家に帰った僕は、いつもの如く父親と兄ぃと3人で夕食を取りながら合唱コンサートの話をした。

兄ぃ「おっ!!それなら俺はギターを弾いてやるよ。なんせ俺はミュージシャンを目指して...」

兄ぃの自慢話は聴き飽きているので、無視するかのように、父親にたいして

律「ねぇ、お父さん?あの病気っていつか治るの?」

律父「無理だ!!感染して発症したら今の時点では100%治癒は不可能なのが現実だよ」

律父「でも、感染の危険性を抑えることは多少進展があったようだ。」

兄ぃ「そんなことどうでもいいじゃん。それより俺のギターはすごいぜ!!」

兄ぃ「そうだ!!律!!明日から俺がギターを教えてやるよ」

兄ぃはうれしそうに、ご飯をかきこんでいた。


兄ぃは原田という名前なんだけど、下の名前はよく覚えていない。

物心ついたころから、僕の家に出入りしていて、最初は原田兄ちゃんと呼んでいたような気がするけど、
今は兄ぃと呼んで、本当の兄の様に慕っている。

兄ぃの素性については父親も明かしてくれないが、僕にとってそんなことはどうでもよく。

いい加減だけど、そばにいてくれるだけで人生を楽観できるようになる兄ぃの存在は本当にありがたい。

そんな兄ぃ

翌日からの警邏巡回にはギターを背負ってチャリンコに乗っていた。

律「兄ぃどうしたんだよ?ギターなんか背負ってさぁ~」

兄ぃ「おぉ律!!だって、いつお前からギターを教えてくれって言われるかわからないしな」

兄ぃ「アメリカ帰りの俺からギターを教えてもらったら恐いもんなしだぜ!!」

兄ぃの言葉を真に受けてはいけないけど、兄ぃが兄ぃらしくてとてもうれしかった。


合唱コンサートの曲は僕と紬で決めていった。

最初は全曲紬の作曲をと思ったけど、結局はだれもが知っている曲+紬の1曲となった。

僕は紬に

律「それだけでいいのか?」

紬「うん。いいよ。私だっていろんな曲を書くより、一生懸命作ったこの1曲に集中したいし」

律「そっそうなんだ。」

律「じゃあ、明日から練習しようか?」

紬「うん」

翌日からは、コンサートのための練習を始めた。

紬は失敗した子供、うまくできなくて泣きだした子供達をなぐさめながら、練習に精を出していた。

指揮を取る僕は音楽については全くの素人なので、紬の奮闘には本当に頭がさがる。

ある日、練習が終わった後...

僕はいつも紬が弾いているピアノの前に一人で佇んでいた。

紬の作った曲を弾いてみたいと思ったからだ。

そして、おそるおそる鍵盤を押してみた。

全然違う音がでたと思ったら、後ろから急に僕の指に触れる温かさを感じた。

ふと振り返ると紬がいた。

紬は何も言わず、僕の指の上に自分の指を重ね、鍵盤の上に踊らせた。

紬の作った曲だ。

僕と紬は一緒になって、その曲を弾いている。

なんだろう?

不思議な気持ちが伝わってくる。

紬に対する好意?

それだけじゃない!!

なんなんだろう?

...

わかった!!

律「紬!!」

紬「今日はここまでにしよ!!」

紬「じゃあ、またね」

紬はさっさと姿を消してしまった。



今日は国が行う施設の検査日なので普段は自由に出入りできる僕も入ることはできない。

そんな僕をみすかしたように

兄ぃ「おう律!!練習はどうだ?」

兄ぃ「なんなら俺様が直々にギターを伝授してやろうか?」

普段なら断るけど、今日は暇なので兄ぃにつき合うことにした。

兄ぃ「違う違う!!そこの指はここだ」

律「なぁ?兄ぃ?」

兄ぃ「なんだ律!」

律「兄ぃって本当にプロを目指したの?」

律「なんか、教え方も下手だしさぁ~」

兄ぃ「何いうんだよ。それは律が下手過ぎるからなんだよ。」

兄ぃの教えてくれるギターは退屈そのもの。

いっそ、野球をやってる方が楽しいや...

そろそろ検査も終わる頃なので、兄ぃのチャリンコの後ろに乗って施設に向かっていたら。

キキーッ!!

見慣れぬ車が私たちの横に止まり、から一人の女性がでてきた。

すらりと伸びた背、凛としたスーツ姿。

あきらかにこの村の人間では無かった。


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