純 「憂・・・?」

憂 「え・・・?」

純 「思い出しちゃった?だったらゴメン。辛いこと、思い起こさせちゃって」

憂 「あ、ううん。違うよ。そんなんじゃないよ」

純 「そう?だったら良いんだけど、でも、悲しそうな顔をしてたから・・・」

憂 「本当になんでもないから。ただちょっと考え事をしてただけ」

純 「そう。そっか・・・」

憂 「・・・うん。ありがとう、純ちゃん」


いけない、いけない。

気のおけない間がらだからか、純ちゃんの前ではついつい素の自分が顔を覗かせてしまう。

でも、それじゃだめ。

後ろ向きの自分は卒業するんだって、三年前のあの日に誓って以来・・・

そういう風に生きてきたんだから。


純 「大変な中でやっと形にできた憂の夢だもん。良い結果が出せると良いね。・・・うんにゃ、出せるよ。きっと!」

憂 「うん!結果が出るの、私も楽しみだよ!」


あれから三年。私だって成長しているはず。

そう、私は高校生になった。


・・
・・


お姉ちゃんがモデルの女の子が、軽音部の仲間たちと楽しくもゆるゆるな日常を過ごす。

私の描いた「けいおん!」というマンガは、そんなお話。

その中で主人公の”唯”は、大好きな人たちに囲まれて、毎日を笑顔で過ごしてゆく。

辛すぎる中学生活を送ったお姉ちゃんに、高校では楽しく明るく過ごしてもらいたい。

そんな私の理想が込められた作品。心を込めて綴った作品・・・

だからこそ、認められて欲しいな。良い知らせが来たら嬉しいな。

でも、心を込めたからといって成功できるような、そんな甘い世界ではないことも、一応は承知しているつもり。

結果が出るのが待ち遠しいような、むしろ発表の日なんか来て欲しくないような。

そんな相反する感情に揺れて戸惑う私をよそに、日々は勝手に移ろい行き・・・


やがて。


気がつけば、いつの間にやら世間は夏の到来を迎えていた。

夏休みまでは、あと数日。

それはつまり、結果を突きつけられる日がいよいよ目前に迫ったことをも意味していた。


・・
・・


和 「私ね、唯に告白したの」

憂 「へ?」


話があるからと、いつもの喫茶店で落ち合った和ちゃんは、開口一番にそう告げた。


憂 「こ・・・こくは・・・え?告白って・・・あの告白?」

和 「そう、その告白。私ね、唯が好きなの」

憂 「好き・・・って・・・」

和 「ここで言う好きは、もちろん友達としてのそれではなくてね。唯を一人の女性としてって事で・・・つまり・・・」

憂 「・・・」

和 「唯を私、愛してる・・・」

憂 「え・・・」

和 「唐突でごめん。でも、言っておかなくちゃって思ったの」

憂 「こ、告白っていつ?お姉ちゃんの返事はなんて?」

和 「落ち着いて。順を追って説明するわね」


私が唯に告白したのは春先。新歓ライブが終って間もない頃だった。

ほら、唯の部屋で三人で大泣きしたことがあったじゃない。その直前にね。

あの時の唯には、とても辛い。悲しい出来事があったの。

正直、また心を閉ざして自分の世界に閉じこもってしまうんじゃないかと心配になったくらい。

でもね、違った。唯は笑ってくれた。もう大丈夫。明日からは今まで通りだよって、笑ったの。

そんな健気な唯を見ていたら、愛おしくてたまらなくなって・・・

ああ、私はずっと唯を愛していたんだなってね・・・気がついたんだ。


和 「そして私は私の気持ちを唯に伝えた。それに対する答えは・・・」

憂 「・・・」

和 「保留」

憂 「・・・え」


和 「急に言われたもんだから、唯もどう答えて良いか分からなかったみたい。それはそうだよね」

和 「親友というフィルター越しに見ていた相手から告白されたら、誰だって混乱してしまうもの」

憂 「・・・」

和 「自分の気持ちに気がついた時の、私自身がそうだったから・・・」

憂 「和ちゃん・・・」

和 「夏休みになったらね、海に行くの」

憂 「う・・・み?」

和 「唯と、二人で」

憂 「そ、それって・・・」

和 「違うよ。まだ答えはもらってない。ていうかね、そこで答えを出してもらうことになっているんだ」

憂 「海に・・・二人で・・・」

和 「そう、海へ。お互い素直な気持ちで親友に戻ることができた、あの海で。今度は新たな一歩を踏み出すために・・・」

和 「そこでね。唯がどういう結論を出すのか、今の私には知る由もない。でも、結果がどうあれ・・・」

憂 「・・・」

和 「憂には。今まで唯の最も側にいたあなたには。言っておくべきだと思ったの」

憂 「そっか・・・そうなんだ」

和 「・・・ごめん」

憂 「どうして謝るの?」

和 「・・・」

憂 「気持ち、通じると良いね」ニコッ

和 「・・・え」

憂 「和ちゃんがお姉ちゃんのこと、大切に想い続けてくれてるの知っているから」

憂 「・・・ちょっと、私の思ってたのとは形が違ってたようだけれど」アハハ

和 「認めてくれるの・・・?」

憂 「認めるも何も、それはお姉ちゃん次第だよ」

和 「・・・」

憂 「でもね」


平常心を装いはしたけど、本心はやっぱり動揺していた。

だって、私は昔と変わっていない。お姉ちゃんに抱いている恋心は、全くそのままなんだもの。

でも、この気持ちは報われない。私じゃお姉ちゃんを幸せにしてあげることができない。

その事にも、とっくに気がついているから。

だから・・・


憂 「私は、和ちゃんのことを応援するよ」


お姉ちゃんを大切に思ってくれる人が、叶わない私の代わりに想いを遂げてくれるのなら。

しかもそれが、もう一人の姉とも慕う和ちゃんであったのなら。


和 「ありがとう」

憂 「うん」


そして私の大好きな二人のお姉ちゃんが、幸せに包まれて笑顔を輝かせてくれるのなら・・・

こんなにも理想的な失恋は、他にはちょっと無いんじゃないかな。

恋に破れた私も、きっと笑顔でいることができるはず。


憂 「がんばれ。和ちゃん、超ガンバレ!」

和 「う、うん・・・でも正直いうと、憂からそこまで応援してもらえるなんて、思いもしなかったわ」

憂 「えへへ・・・和ちゃんとは色々あったもんね・・・でも・・・」


あの頃の私はとにかく一杯一杯で、そして気持ちが後ろ向きに傾いていた事もあって・・・

行き場のない不安をつい和ちゃんにぶつけてしまったりもした。


でも、それは間違いだったんだ。だって・・・


憂 「でも今はね?とっても感謝しているから」

和 「憂・・・」


けっきょく私では、お姉ちゃんの笑顔を取り戻させる事は叶わなかった。

お姉ちゃんが本来の天真爛漫さと、はじけるような笑顔を取り戻せたのは高校生になってからのこと。

そして、心を閉ざしていたお姉ちゃんを救ったのは私ではなく。


憂 「和ちゃんがお姉ちゃんを救ってくれたんだものね」

和 「救うだなんて、そんな。私はただ・・・」


外の世界に触れ合わせようと、献身的に接し続けてくれた和ちゃん。

そんな和ちゃんに、半ば強引に入部させられた軽音部。そこで出会った新しい友人たち。

それらお姉ちゃんを取り巻く優しい人たちが、暗くよどんでしまった心の底に光を届けてくれた。

結果、お姉ちゃんは再び陽の当たる場所へ浮かび上がって来られたんだ。


憂 「和ちゃんにはいくら感謝してもし足りないくらい。だからね、和ちゃんの恋を応援する事が恩返しになるのなら・・・」

憂 「私は全力で応援するよ」


そう、応援するんだ。できるんだ。


和 「・・・ありがとう、憂。憂の応援に応えられるよう、私も頑張る」

憂 「うん、いい結果を期待してるからね」

和 「ええ」

憂 「・・・えへへ。な、なんだか喉かわいちゃったな。アイスコーヒー飲もっと・・・」チュー


渇きを癒そうと口に含んだアイスコーヒーは思いのほか苦く・・・

バニラシェークのようには、私のこわばった心を解きほぐしてはくれなかった。

・・
・・

そしてやってきた夏休み!

ある日の平沢家!憂の部屋!!


(唯 「それじゃ、行ってきま~す!」)


今朝、お姉ちゃんは和ちゃんと二人、元気に海へと出かけていった。


憂 「結局お姉ちゃんの口からは、和ちゃんと二人で海に行く理由、言ってもらえなかったな・・・」

憂 「まぁ・・・言えないよね。普通・・・」ハァ・・・

憂 「・・・う~~~ん」

憂 「気になる。気になるよぉ・・・お姉ちゃん、和ちゃんの気持ちにどう答えるんだろ・・・」

憂 「ああ、こんなんじゃ家事もお勉強も、やっても全然身が入らないよ!」


それは今日に限ったことではなかったけれど。

和ちゃんから話を聞いてからこっち、私の心を満たしているのはこの事ばかり。

あれこれくどくど考えているうちに夏休みが始まって、お姉ちゃんたちは海に出かけて行ってしまった。


憂 「結局は二人の問題なんだ、なるようにしかならないんだよね・・・」

憂 「だったら成り行きを見守って、あまり深く考え込まないほうが私の気も楽なんだけれど・・・」

憂 「・・・頭では分かっているんだけどなぁ。うまくいかないなぁぁ・・・」


お姉ちゃんの幸せと和ちゃんの想いがかかっている、この一大事。

そう簡単に達観なんてできるはずもない。


憂 「とは言え・・・ここでグデグデしてても、なにが進展するってわけでもないし・・・」

憂 「ん~~~~~・・・はぁ」

憂 「・・・純ちゃん。今、どうしてるかなぁ」

憂 「なんだか、純ちゃんの声が聞きたくなっちゃった。・・・電話でもしてみようかな」

憂 「そうだ。予定があいてたらお茶会でも誘ってみよう。お菓子も簡単なの、今から用意して・・・」


『アイシテル オネエチャン ギターニ ムガムチュウイッショウケンメイ~♪』


憂 「あ・・・電話?・・・はい?」

純 『あ、憂!』

憂 「あ、純ちゃん!私もちょうど今、電話しようと思ってたとこだったの。ちょっとお話がしたくn
純 『憂、おめでとおっ!!』

憂 「・・・はい?」



一時間後!憂の部屋!!


純 「てことで、憂の分も雑誌!買って来ましたー!」

憂 「ありがとう、純ちゃん。わざわざごめんね」

純 「んーん、気にしなさんなって。でもさ、どうしたの?今日のこの日を忘れちゃうなんて」

憂 「えへへ・・・うっかり」

純 「うっかりにも程があるってぇの。ま、良いや。ホイこれ」


純ちゃんが手渡してくれた雑誌を受け取る。

そう、今日は私が投稿したマンガの結果が掲載される号の発売日。

私の夢が叶うか否か。大事な将来を占うための、大切な大切な日。

なのに、その日の事が頭からスッポリ抜け落ちてしまっていたなんて・・・

私の思考はどこまで姉離れできていないんだろう。自分でも呆れてしまう。


純 「ほれ。早く開いてみ、開いてみ」

憂 「あ、もう。そんな急かせないで・・・」

純 「良いから良いから。このページ・・・見てみ、見てみ」

憂 「・・・ごくっ」


パラパラ・・・


憂 「・・・あ」


そこには・・・

私の描いた絵が。「唯」の笑顔が。

私のペンネームと共に。


憂 「・・・あった」


ページの一隅にしっかりと。

確かに飾られていた。


純 「おめでとう、憂」

憂 「あ、ありがとう・・・」

純 「どう、感想は」

憂 「う、嬉しい・・・」

純 「だよね~、へへっ。これで憂も、いよいよ漫画家さんの仲間入りですか」

憂 「え?いや、それはちょっと気が早いよ。だって・・・」

純 「ん・・・?」

憂 「ほら、ここ。読んでみて?」

純 「え~~~~っと・・・奨励賞・・・?」

憂 「うん」

純 「どういうこと?」

憂 「もっとがんばりましょうって事だよ」

純 「え?つまり、これでデビューが決まったわけじゃないの?」

憂 「あはは、まさかだよー。初めての投稿だったんだもん。そんなトントン拍子にいくはずがないよ」

純 「な、なんだ・・・どうりで小さくしか載ってなくておかしいと思ったら、そういう事だったのか・・・」

憂 「えへへ、うん」

純 「えーい、なんだこの本め、ちょこざいな!ぬか喜びさせおってからに!」

憂 「そんな事ないよ。ちょっとだけね、自信ついちゃったから」

純 「え、どうしてー?」

憂 「だって、その初の投稿で、こうして賞をもらえたんだよ?それにほら・・・」

純 「・・・ん?」

憂 「小さくても、私の名前と描いた絵がね。こうして印刷されて、全国に届けられてるんだよ」

憂 「すごい・・・それってすごい事だよね」


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