とっさに。
でも、断固とした、寿さんの手に触れさせてなるものかという意志を持って。
つよく。叩くように跳ね除けていた。
C子 「いっつぅ・・・な、なにする・・・」
憂 「あなたがこのノートに触らないで」
C子 「憂・・・?」
憂 「そう。気づいてるよね。今あなたが手に取ろうとしたのは私の・・・マンガノートだよ」
憂 「知ってるよね?あのとき寿さんが気持ちわるがって、ありえないって否定した。あの、マンガノート」
C子 「あ・・・あの、あのね。憂・・・」
憂 「・・・」
言いたいことはあった。
でも、相手の顔色を伺うことに慣れてしまった私には、思いの丈をそのまま口から出すことに戸惑いを覚えずにはいられない。
それは長年の習い性。身にこびり付いてしまった錆のようなもの。
だけど・・・
純 「・・・」
あっけにとられた風に黙って、事の成り行きを見ている純ちゃんに視線を向ける。
彼女から教わったこと。
人との付き合いに、過度な緊張は必要ないということ。
そして、裸の。素の。飾らない。
そんな自分でいて良いのだということ。それに気づかせてもらったから・・・
憂 「これはね、大切なものなんだ。私の大切な人の姿を描きとめた、大事な大事な私の宝物。だから・・・」
だから、私はためらいを捨てる。
飾らない自分の、生の心をぶつけるために。
人付き合いに臆病で後ろ向きな自分と、永久に決別するために。
憂 「だからね、友達でもない人に・・・好きでもない人には、このノートに触れては欲しくないんだ」
C子 「・・・好きで・・・ない・・・?」
憂 「うん、ごめんね。だいっ嫌い」
C子 「・・・あ」
憂 「・・・寿さんが行かないんなら、私たちが行くね。純ちゃんゴメン、片付けるの手伝ってくれるかな」
純 「あ、うん・・・」
C子 「・・・」
私たちが広げた荷物をまとめている傍らで、寿さんはその場に黙って立ち尽くしていた。
やがて私たちがそこから去ろうと立ち上がっても。
彼女は呆然とうつむいたまま。一言も発することもなく。
ただ唇を真一文字にキュッと結び、何かに耐えているかのような表情でまぶたを落として・・・
その姿にチクンと。小さな痛みにも似た罪悪感が私の胸を突く。
純 「ちょっと、憂。いいの、このままにしておいて・・・」
だけど・・・
憂 「・・・良いの」
言って私は歩き出す。純ちゃんも戸惑いの表情のまま、私の後に続いてくれた。
しばらく歩いて、そして一度だけ後ろを振り向く。
そこからは、寿さんがまるで時を止められた絵や写真のように・・・
さっきと同じ立ち姿のままで、同じ場所にいるのが見えた。
どうしてだろう。もう一度。私の胸が小さくうずいた。
同じ公園内!大樹から離れた広場!!
憂 「・・・純ちゃん、ごめんね。驚かせちゃったよね」
純 「うん、まぁ。あんな憂、見たことなかったから、ね。正直ビックリしちゃったかな」
憂 「そうだよね。さっきの私、イヤな子だったよね」
純 「あの子なんだね。憂が言ってた、昔の友達って」
憂 「うん。小学校のときの親友。そう思ってたのは、私だけだったんだけど」
純 「・・・」
憂 「私の気持ちを知って、私を否定して、そして私から離れていった・・・私の昔の親友・・・」
純 「やっぱり」
憂 「うん。それがどうして今になって話しかけてきたのか分からないけど。でも・・・」
純 「じゃあ、良かったじゃん!」
憂 「・・・え?」
純 「言ってやりたいこと、言えたんじゃん?」
憂 「あ・・・そ、そう・・・だね」
純 「でしょ?この前きいた感じじゃさ。以前は文句らしい文句、言えなかったみたいだし」
憂 「うん。今日はじめて、あの子に言いたかったことが言えた・・・のかも」
純 「にひひ。じゃあ、ちょっと嫌な思いもしたけどさ。あの子と再会できたのも、結果オーライってとこだね!」
憂 「・・・純ちゃん」
純 「ずっとガマンしてたんだもんね」
憂 「うん・・・」
純 「だからさ。溜め込んでた物を吐き出せて、スッキリできて良かったよ。ね、憂」
憂 「じゅ・・・純ちゃん・・・」
純 「さぁて。せっかくの楽しい日曜を仕切りなおさなきゃ!で、腹ごなしがすんだら、残りのお弁当を食べちゃおう」
憂 「え、ま・・・まだ食べるの?」
純 「言ったっしょ?残すような野暮なマネはしないって。純ちゃんに二言は無いんだぜ?」
憂 「・・・うん。うん!」
純 「・・・嫌な子だなんて、思わないよ」ボソッ
憂 「・・・っ」
純 「お!アスレチックコーナー発見!絶好の腹ごなしポイントだね。行ってみようよ!」
照れ隠しのように、手を差し出してくる純ちゃん。その手を取り、彼女の暖かさを肌で感じながら私は思った。
さっきまで。ううん、小学生の頃から心の底をずっと占領していたモヤモヤ。
それをすべて吐き出しちゃった今。
代わりに心を占めるのは、純ちゃんへ向けた感謝と親愛の気持ち。
たぶん、きっとこれが。この暖かい気持ちが。
友情というものなんだろうって。
憂 「・・・うん、行こう!」
思わず込み上げてきそうになる涙を飲み込みながら、私は誓う。
この先もし、純ちゃんに困ったことが起こったなら。
彼女を襲う何事かが訪れたときには、今度は私がこの子を護る盾となる。
そんな人になろう、と。
数日後の学校!放課後!!
憂 「純ちゃん、仕度おわった?帰ろうよ」
純 「あ、ごっめーん。ちょい野暮用!すぐ済むと思うから、ちょっと待ってもらっていい?」
憂 「うん、良いよ。じゃ、私ここで待ってるね」
純 「悪いね!それじゃ、ちょちょっと行ってくるから!」タッタッタ
憂 「はーい」
憂 「・・・」
憂 「行っちゃった」
憂 「・・・あ、そうだ!」
それはちょっとした思いつき。
ただ廊下まで出て、去り行く純ちゃんをこっそり見送ろうと。
たったそれだけの、単なる気まぐれだった。
ひょいっと教室のドアから廊下へと顔をのぞかせると、廊下をテテテっと駆けていく純ちゃん。
憂 「あ、走ってる走ってる。だめなんだよ、純ちゃん。廊下は走っちゃ・・・」
憂 「・・・え?」
そこで私は見たくないものを見てしまった。
廊下の端。純ちゃんが手を振りながら向かう、その先に。
ここからじゃ、かなり小さくしか見えないけれど。
でも、私が。あの子を見間違えるはずがない。
そう、寿 詩子。彼女の姿を・・・
憂 「・・・え、なんで?なんで純ちゃんが寿さんと・・・?」
二人は合流すると、廊下の角を曲がって。そしてそのまま揃って私の視界から消えてしまった。
憂 「どういうこと・・・二人が私の知らないところで会って・・・え?」
だってあの二人は、この前初めて顔を合わせたばかり。
友達どころか、知り合いの域にすら達していないはず。
それどころか。私にとっての寿さんという子が、どういう意味を持っているかを知っているはずの純ちゃんが。
なぜ、私に黙って。あの子と落ち合っているの・・・?
憂 「え・・・意味が・・・わからない・・・」
・・・そして。
私が困惑と不安をない交ぜに、立ちすくんでいたのと同じ頃。
学校内の某所にて・・・
唯 「え・・・なに?なに・・・するの・・・?」
唯 「・・・!いやっ!は、離して!あ、あう・・・いやだ・・・!」
唯 「た、助けてー!和ちゃん!憂、ういーーーー!!!」
唯 「い、いやああぁああぁあああああぁああぁぁあああっ!!!!」
密閉された場所で、誰に届くはずもない悲鳴をむなしく壁に反響させながら。
お姉ちゃんが必死に助けを求めていたことに、私は気づく由もなかった。
第三話へ続く!
第三話 憂「お姉ちゃんが壊れちゃった」
朝!通学路!!
純 「あ!おっはよー、憂!」
憂 「・・・純ちゃん」
純 「昨日はどうしたのさ。教室で待っててくれるんじゃなかったの?」
憂 「・・・」
純 「用事済ませて戻ったら、憂いなくなってるし。メールしても返事ないし」
憂 「・・・」
純 「私、ちょっと話があったんだけどなぁ。・・・憂?」
憂 「・・・純ちゃん」
純 「・・・どうしたの?目の下クマだらけにして。もしかして、寝てない?」
憂 (コクリ)
純 「なにかあったの?」
憂 「・・・純ちゃん。お姉ちゃんが。お姉ちゃんがね・・・」
純 「お姉さんが・・・どうしたっての?」
憂 「お姉ちゃん、壊れちゃった・・・」
純 「・・・え」
回想!前日の放課後!!
とぼとぼ・・・
憂 「けっきょく、純ちゃんに黙って学校出てきちゃった・・・」
憂 「純ちゃん、私のこと探してるかな。それとも、怒って帰っちゃったかな・・・」
憂 「・・・悪いことしちゃった・・・」
でも、怖かったから。
純ちゃんが私を裏切るはずはない。頭では分かってる。
だけど、それでも。
寿さんと純ちゃんの接点が私には見当がつかない以上、心の中で不安が渦巻くのを止める手立ては思いつかなくって。
どうしても予想は悪い方にばかり偏ってしまう・・・
だから私、逃げるように学校から飛び出してきちゃった。
憂 「こういうことは、もう止めるって決めたのに・・・」
憂 「気持ちを押し殺さない。素の自分を友達には隠さない。だから、不安に思ったことも純ちゃんに聞けば良いだけだったのにな・・・」
憂 「・・・」
憂 「うう~~~っ!」
憂 「考えたって仕方がないや!家に着いたら、ごめんなさいってメールしよう」
そして、寿さんと何を話していたのか。それも聞いてみよう。
うん、ガンバレ私!!
帰宅!平沢家!!
ガチャッ
憂 「ただいま~・・・」
憂 「・・・あれ?お姉ちゃんの靴。先に帰ってたんだ・・・」
でも・・・
憂 「もう薄暗くなってるのに、なんで明かりをつけてないんだろ。・・・お姉ちゃん?」
憂 「お姉ちゃん・・・帰ってるの・・・?」トテトテ・・・
憂 「・・・お姉ちゃん?」ヒョコッ
唯 「・・・」
憂 「あ、いたぁ。ただいま、お姉ちゃん!」
時はすでに夕刻。
日はすでに落ちかけ、西の空を残照が茜色に染め上げている頃。
唯 「・・・」
その、地平線に沈み消える前のわずかな光が、かろうじて差し込むリビングのソファーに。
憂 「お姉ちゃん・・・?」
明かりもつけず。
薄暗い部屋に、ただぽつねんと。
お姉ちゃんは”いた”。
唯 「・・・」
憂 「・・・お姉ちゃん?な、何してるの?明かりもつけないで・・・」
唯 「・・・」
憂 「お姉ちゃん・・・?」
唯 「・・・」ユラッ・・・
何度目かの呼びかけにやっと応じて、お姉ちゃんが顔を上げる。
だけど、その目は。斜陽に照らされたためか、真っ赤に染まったお姉ちゃんの瞳は・・・
視線を私に投げかけながらも、眼差しは虚空をに漂わせているだけで、誰のことも見てはいない。
そんな、およそもっともお姉ちゃんらしくない、空疎な目。
ぞくっと。
私の背中を冷たいものが走る。
こんな、生気のない瞳を。冷たく凝固したかのような表情を。
あのお姉ちゃんの顔の上で見ることになるなんて。
唯 「・・・」
憂 「ね、本当どうしちゃったの、お姉ちゃん」
唯 「・・・」
憂 「ねえ、何か言ってよ。何かあったの?」
唯 「・・・」
憂 「ねえ?なにがあったの!?答えてよ、お姉ちゃん。お姉ちゃん!?」
唯 「・・・」
憂 「ねえってば!言ってくれないと、私なんにも分からないよ!」
呼びかけても・・・
お姉ちゃんは言葉一つ、うなづき一つすら私に返してはくれなかった。
最終更新:2011年09月15日 21:02