苦笑交じりのため息一つ。
いつにないお姉ちゃんの態度に困惑しつつも、その直後に見せてくれたいつも通りの笑顔に安心してしまう。
だから私は・・・
それ以上の疑念を抱くこともなく、調理の続きに戻るために再びキッチンに向き直ることができた。
もしもこの時・・・
もう少し深く、私がお姉ちゃんを”見る”事ができていたなら。
”いつもの笑顔”の奥に隠されている。そんなお姉ちゃんの本当の心に、気付いてあげることができていたなら。
喫茶店での和ちゃんの態度と、意味の掴めなかった謝罪の言葉。それと、今のお姉ちゃんの不可解な抱擁と、を。
それらのピースを繋ぎ合わせて考えるだけの、視点の広さを持ち合わせていられたのなら。
その、いくつもの”~なら”を実践できていたの”なら”・・・
もしかして、これから先。お姉ちゃんを襲う悲しみのいくらかは、防げ得たんじゃないのか。
私はおねえちゃんを救うことができていたんじゃないのか。
そして私自身、後悔の足かせに身を縛られることなく、笑って過ごしてゆく事ができたのではないか・・・
そんな自問と自責の念を負い続け、これから数年を生きなくてはならなくなる事に。
数日後の日曜日!郊外の公園!!
純 「良い天気ーっ!」
憂 「うん。雲ひとつないね。日差しが強くて、日に焼けちゃいそう」
純 「夏は焼けるものだって。気にしなさんな!そんなことより、今日は思いっきり楽しもうね!」
憂 「・・・うん!」
そうして、やってきた日曜日。
純ちゃんと二人、自転車でやってきた片道30分のちょっと大きな市民公園。
私の自転車のかごには、お弁当が詰まったバスケット一つ。
早起きして、腕によりをかけて作ってきた自信作。
純 「・・・で」
憂 「うん?」
純 「何して遊ぼうか」
憂 「え」
純 「え?」
憂 「いや・・・言いだしっぺだし。純ちゃんに何かプランがあるものだと」
純 「あっはっは。いやだなぁ、憂」
憂 「え?え?」
純 「もう二ヶ月も友達やってるのに、まだ分かんないの?私にそんな計画性、あるわけないじゃん」アハハハ
憂 「・・・そうだね。単純一直線の純ちゃんだものね」
純 「そゆこと」エッヘン
憂 「そんな、胸そらせて自信満々に言い切ることでもないと思う」
純 「ならさ、あそこ行こうよ」
憂 「どこ?」
純 「あそこ!あの芝生の中。大きな木があるでしょ。あの下、涼しそうで超いい感じじゃない?」
憂 「あ、良いかも。それにあそこなら日焼けも防げそう」
純 「決まりだね。そうと決まったら早く行こう!」
憂 「うん!」
大樹の下!!
柔らかな木漏れ日に照らされるのに身を任せ。
私たちは大樹の根元に頭をあずけ、芝生の上にごろんと転がった。
木の幹を枕に、柔らかな草をクッションに。
体を横たえながら、木の傘の隙間からこぼれ見える空を眺めていると。
ふわふわりと・・・
まるで雲の上でゴロゴロしているような。そんな心地よい錯覚に陥ってしまう。
純 「はぁ・・・気持ちいいねぇ」
憂 「そうだねぇ・・・」
純 「良い塩梅だねぇ・・・」
憂 「くすっ。おばあちゃんみたい」
純 「えへへ・・・うーん・・・むにゃむにゃ」
憂 「・・・」
純 「・・・」
憂 「・・・純ちゃん?」
純 「すぴーすぴー」
憂 「寝ちゃってる。寝付き良すぎ・・・」
まるで猫よろしく糸目になって、穏やかな寝息を立てている純ちゃん。
可愛い・・・
憂 「私はどうしよう。一緒に寝ちゃおうかな・・・」
憂 「あ、そうだっ!」ゴソゴソ・・・
憂 「一応、持って来ちゃったんだよね。マンガノート・・・へへ」
せっかくだもん。気持ちよく眠ってる純ちゃんの姿も、ノートに書き留めておこう。
勝手に描いたら、怒られるかな?でも、私の前で無防備な姿をさらしてる、純ちゃんが悪いんだからね。
ま新しいページを開き、筆記具を取り出し・・・そして。
純白な紙の上に、ペンを走らせると。
たちまちノートの上には新たな世界が、色彩を放って産声を上げる。
・・・純ちゃんの寝姿という、新たな世界が。
憂 「純ちゃん・・・」
穏やかに時間は過ぎていく。
殺伐さや緊張や、まして孤独とは無縁の時間が穏やかに、緩やかに。
芝生を揺らす風とともに、私と純ちゃんの間をゆったり通り過ぎていく。
憂 「私、何に緊張していたんだろう・・・」
なんの警戒心もなく、のんきな寝顔を私にさらしている純ちゃん。
それはきっと、信頼の現れ方の一つなんだと思う。
私を本当の友達だと思ってくれているからこその気安さ。
私もそれに応えたいな。
緊張とか。いらない気遣いとか。そんなものとは関わりなく・・・
裸の。素の。飾らない。
そんな自分で、純ちゃんの前に立っていたい。
だって・・・友達だから。
憂 「純ちゃん、ありがとう」
そう思えるまでになることができた。
ここまでになれたのは、ぜんぶ純ちゃんのおかげ。
だから。私はもう一度、声に出して言う。
私の心を研ぎほぐしてくれて。そして、私の友達になってくれて。
憂 「本当にありがとう。純ちゃん」
そして!お昼!!
純 「・・・んぐ・・・う・・・がぁ・・・・」
憂 「・・・」ギュー
純 「むぎぎぎ・・・ぐふっ・・・ぐぐぐ・・・」
憂 「・・・」ギュー
純 「・・・っ!ぷはぁーーーー!!!」ガバッ
憂 「あ、起きた。おはよ、純ちゃん」
純 「おはよ、じゃないよ!寝てる私の鼻をつまんで!死ぬよ?死んじゃうから!」
憂 「だって、なかなか起きてくれないんだもん。それにね、ほら。もうお昼だよ?」
純 「だったら、もぉー・・・普通に起こしてよね・・・」
憂 「顔まっ赤にして苦しがってる純ちゃんも、赤鬼さんみたいで可愛かったよ♪」
純 「さらりと恐ろしいことを言うよね、憂は」
憂 「えへ。さぁ、お弁当食べよ?」
純 「お!待ってました!」
バスケットから取り出したるお弁当は二段編成。
一段目には色とりどりの具を挟み込んだ、本日の主役のサンドイッチ群。
二段目には純ちゃんが飽きちゃわないように、いろいろ工夫を凝らしたおかずの盛り合わせ。
串揚げ・豚肉のアスパラ巻き・ミニハンバーグ・ほうれん草のシーチキン和え・ポテトサラダ・・・etc
もちろん純ちゃんが好きだって言ってくれた卵焼きも忘れずに。
純 「わぁー・・・」
たちまち芝生の上を彩ってゆくおかずの数々に、純ちゃんは目を輝かせ見入っている。
純 「こんなに?こんなにあるの?!すっごーい!」
憂 「張り切りすぎちゃったかなぁ。ちょっと多すぎた?」
純 「多ければ多いほど、嬉しいってもんだよ!」
憂 「えへへ。じゃあ、いっぱい食べてね?」
純 「もちろん。残すなんて、野暮なマネはしないぜ!」
憂 「うん♪それじゃあ・・・」
憂・純 「いただきまーす♪」
純ちゃんが喜んでくれてる。早起きしてがんばって作った甲斐があったな。
純ちゃんが嬉しそうに笑うと、私も嬉しい。
だって、ニコニコ私のお弁当に箸をのばす純ちゃんを見ていたら・・・
憂 「へへ・・・」
私も釣られて、つい笑顔になってしまうんだもの。
・・・釣られて・・・?
ううん、きっとそれは違う。これは。この私の笑顔は。
今が本当に嬉しくて、楽しいからこそ自然に浮かんだ、裸の。素の。飾らない。
つまり、心からの笑顔なんだ。
・・
・・
もぐもぐもぐもぐ・・・
憂 「なかなか減らないね。さすがに作りすぎちゃったかなぁ・・・」
純 「んなことないよ?」モグモグ
憂 「無理しなくて良いからね・・・?」
純 「してないよ。いくらでも入るよ」パクパク
憂 「・・・で、どうかな?」
純 「どうって?」シャクシャク
憂 「・・・美味しい?」
純 「うん、さいこー!」ニパー
憂 「・・・///」
純 「ごっくん。・・・よし、じゃ次は・・・!」
C子 「・・・平沢さん」
憂 「え・・・?」
純 「んあ・・・??」
唐突に招かれざる客が私たちの前に現れたのは・・・
お弁当の残りも折り返しを向かえた、そんな時だった。
C子 「久しぶりだね。元気?元気だったかな・・・」
憂 「こ、寿さん・・・?」
C子 「うん。小学校の卒業式いらいだね。元気だったかな?・・・かな」
憂 「・・・う、うん」
純 「誰?憂の知り合い?だったら私にも紹介して・・・」
憂 「寿さん、どうしてここに・・・?」
C子 「だって、ここって公園だし。誰がいたっておかしくないし」
憂 「そ、それはそうだけど。でも・・・」
純 「・・・憂?」
C子 「えっと。鈴木純さん。純さんだよね?はじめまして」
純 「あ、うん・・・はじめまして」
C子 「私、平沢さんと同じ小学校出身の寿詩子。クラスは違うけど、いちお同じ中学に通ってるんだよ」
純 「へぇ・・・そうなんだ」
憂 「・・・」
C子 「ね、平沢さん。知ってた?知ってたよね?同じ中学に進学してたの。知ってたよねぇ」
憂 「う、うん・・・知ってたよ・・・」
C子 「だったらさ、だったらだよ。顔くらい見せに来てくれたって良かったのに」
憂 「え・・・どうして・・・」
C子 「どうしてって。私たち、友達でしょ?友達」
憂 「・・・友達?友達って・・・」
C子 「あ、お弁当!憂が作ったんでしょ?そうでしょ?おいしそうだなぁ・・・」
憂 「・・・憂って・・・」
今、私のこと・・・
憂って名前で呼んだの?まるで友達のような気安い振る舞いで・・・?
C子 「いいなぁ。私も食べたいなぁ。ね、鈴木さん。私も一緒して良いかなぁ?かなぁ」
純 「え、あ・・・えと。憂が良いって言うなら・・・」
憂 「・・・ダメだよ」
C子 「え・・・」
憂 「これは全部、純ちゃんのために作ってきたものなの。だから、悪いけどあなたの分は無いの・・・」
純 「う、憂・・・?」
C子 「そ、そっか・・・そうなんだ・・・」
憂 「・・・」
純 「・・・」
C子 「・・・」
憂 「・・・寿さん」
C子 「小学校の頃みたいに、C子ちゃんって呼んでよ。ね?呼んで欲しいな」
憂 「・・・寿さん。何か用でもあるのかな。なければ私たち、そろそろ他に行くけれど」
C子 「え、そんな・・・どうしてそんな風に・・・」
憂 「・・・」ギリッ
C子 「・・・!!」
純 「憂・・・どうしたのさ。そんな怖い顔をして・・・」
C子 「・・・用って言うか・・・あの。あのね?憂・・・」
また名前で呼んだ。
言いようのない不快感が、私の感情を逆なでにする。
憂 「・・・」ギリギリ・・・
C子 「あぅ・・・あ・・・」
ふいっと・・・
寿さんが私からの視線に耐え切れず、顔を背けようと動かした先。
たまたま彼女の視界に入ったのは、お弁当を入れてあったバスケット。
そして、バスケットの陰に隠れるように置かれた・・・私の宝物。
あの、マンガノートだった。
C子 「あ、それ。もしかして・・・」
重たい場の空気を変えたかっただけなんだと思う。
そんな気軽さでマンガノートに伸ばした彼女の手を。私は・・・
憂 「触らないで!」
最終更新:2011年09月15日 21:01