そうなると、話は早かった。

ホストもそのケツ持ちも私の前で土下座した。

ホストはビビリ上がって、小便を漏らしかねない様子だった。

ホ「す、すいませんでした。秋山さんにご迷惑をおかけするつもりは無かったんです」

澪「彼女は結局、どうしたの?あれから話してないから分からないんだけど」

ホストはそれまでよりさらに一段高いレベルの怯えを見せる。

澪「あはは、結局ソープなんだ?」

ホストは私が笑って見せたのに追従するように、歯を見せる。

不愉快な奴だね。

澪「ねえ、顔面打った時、歯折れたんだよね」

ホ「は、はい」

澪「歯外して見てよ。見てみたいから」

ホストはビビりながら、自分の前歯を抜いて見せる。

前歯の無い間抜け面。

イケメンホストも形無しだ。

澪「それで一月勤務しなよ。そしたら許すよ」

私はわざと(だからわざとね)酷い振る舞いをする。

侮られると終わりとか、そう言う下らない決まり事が横行する世界に自分を放り込んでしまったからには、そうするしかない。


知ってるか?

心が死んでしまった人間は何でも出来るんだ。

何でもだ。

だって、行動を押し留める鎖も無くなってしまっているんだから。

有名になりたい女の子をそう言うのにしか興奮しない業界人に宛がったりとか、有名になりたい男の子をそう言うのが好きなのに宛がったりとか。

逆にそう言う人間からの依頼で、仕事が欲しい子を見繕ったり。

女の私がそう言う女衒みたいな仕事をする事自体に興奮を抱くようなのも多かったし、女の子は特にそうだけど、男の子も間に入るのが私のような女である事に精神的な緩衝となるらしく、だから私は非常にこう言う仕事は上手くやれたよ。


ああ、この程度ことなら苦にしない人も多いかも知れないな。


他にも色々あるよ。

義理を欠いた芸能人を酷い汚名を着せて社会から抹殺。

色んなところと関係を結びすぎたせいで、関係がごちゃごちゃになってしまった組織をリセットさせるために社長を自殺に見せ掛けて…、とかその手の仕事も平気だった。


一例を上げると、こんな感じだったね。


私の座るソファの前に、二人の強面によって、一人の中年男性が引き立てられてくる。

中年男性は書類の束を大事に両手で抱えるようにしている。

澪「権利関係の諸々は全部持って来た?」

男はきつく口を結んで答えない。

それが男に出来る唯一の抵抗だからだ。


それはきっと、無駄な努力に終わるのだけど。
強面のうちの一人が、男の頬を張る。
男は吹っ飛んで、壁に身体を打ち付ける。
それでも書類束を離さないのは大したものだった。
強面は床に転がったままの男の上に馬乗りになると、顔面を張る。
一発、二発、三発…。
そのまま、10分。

男「うぅ…、勘弁してくれ…」

私は、強面に目で合図する。

強面は自分の仕事を完遂した、と言う満足そうな顔をして男の上から立ち上がる。

もう一人の強面がまた馬乗りになって再び顔面を一発張る。

男「渡す、渡すから…」

澪「はい、ストップ」

強面は既に抵抗する力を失った男の手から書類束を取り上げると、私に手渡す。

澪「ちょっとばかりの抵抗なんか無意味なのにね」

ゴミクズのように転がっている男が必死で発声する。

男「わ、私の会社だ…」

澪「まだ喋れたんだ」

男は涙を流していた。

男「わ、私の…」

澪「違うよ。あんたが運用した資金も、組織も何もかも、元々あんたのものじゃないよ」

男「わ、私が…、少しばかり、借りて…」

澪「それが間違い。返すとかそう言う事じゃないんだよ。あんたには最初から手札は渡されていないんだよ。あんたが、自分の意思を介在させて何かしようってのが間違いなんだよ」

男「わ、私の会社…」

私は、男のあまりのしつこさに辟易する。

澪「あんたの手元には結構な額の金が残る。ノウハウも人脈にも制限をかけないでやると言う話にした。随分な温情だと思うけど、何が不満なんだ?」

男は私の足に縋りつこうとする。

男「私の全て…」

澪「おい、こいつを連れてってくれ」

入って来た時と同様に、男は強面二人に引き立てられて部屋を出て行く。

入って来た時と違って、男はあらん限りの力で抵抗し、声を張り上げていたけど。


結局、この男は一週間後に自殺した。

「私の全ては失われた」と言う遺書を残して。

警察の「公式発表」によれば「女性関係で家族に迷惑を掛けた」と言う遺書が発見されたらしい。

な、どこまでも良くある話じゃないか。



ほら、こんな事件を仕組んでも私は何も感じていない。

私に限った話では無いけれど、結局のところ、どれもこれも苦にしない人間は何も感じはしないんだ。

つまり、ギャングの社会はあまりに狂ったもので、でも、私もそんな世界を何も感じないで、日常として生きる人間の一人になっていた。


ヤ(親類)「おい、澪」

澪「なんです?」

ヤ「あのロリコンから話が来てる」

澪「また、あいつですか?」

絵に描いたような醜悪な人間だった。

父親が大物政治家だか何だか知らないが、本人はどうポジティブに評価してもボンクラ、普通に評価すれば屑か豚、としか言えないような人間だった。

屑である自分によほどコンプレックスがあるのか(ある意味、今の私より人間臭いのが皮肉な事だよ)、自分が特別な人間である事を確認するためだけに、若いアイドル志望を摘み食いする。

しかも、女の子の扱い方が極めて乱雑。

避妊具を使用しないぐらいならまだ良い方。

ドラッグは使う、暴力は振るうとこっちに取っても良い迷惑だった。

おまけに、そのアイドル志望の子達が自分の身を差し出す理由。

つまり見返りである、仕事やコネも用意するのは全てこっちまかせだと来ていた。

つまり、親だけでなく、私達にとってもかなりの厄介ものだった。

澪「で、今度はどんな娘を御所望なんです?」

ヤ「いや、俺は良く知らないんだが、最近CD出したシンガーソングライターって言うのか?そう言うのらしいだけどな」

澪「はあ…」

つまり、売れないアイドルじゃつまらなくなって来たから、アーティスト気取りの若い娘を嬲って、へこませて満足したいって言う事だ。

いやはや、絵に描いたような下衆野郎だな。

澪「んで、どいつですか?」

ヤ「ああ、この『YUI』ってので…」

私は、ユイと言う言葉を聞いて目の前が真っ白になる。

ユイ?!

唯?!

まさかな、まさか幾らなんでも…。

ヤ「ああ、確か写真が…、おお、これだ、これ」

差し出された写真はまさに唯だった。

私はまず眩暈がして、それから嘔吐した。

ヤ「どうした?!」


私が意識を取り戻すと、そこは病院だった。

私は嘔吐し、その後失神したらしい。

親類が少しばかりの人間らしさを見せて(いや、内側の人間に対しては過剰な程に優しさを見せて、外部に対しては過剰な酷薄な攻撃性を見せること自体がそうか)、私を労わる様な振る舞いをする。

ヤ「大丈夫か?今回の仕事は別の人間に…」

澪「いえ、やりますよ」

私は今この場に居合わせた運命と言うものに、感謝をする事にした。


下種男「あ?」

澪「すいません、ちょっと向こうが難色を示してるみたいんですよ」

下「使えねーな」

澪「すいませんね」

下「どうすんだよ」

澪「取り合えずのところはこれで勘弁お願いします」

私は数十粒の粒状のモノが入った小瓶を渡す。

下「大丈夫なんだろうな」

澪「ウチが都合付けたもんですよ?」

下「そうだな、ありがたく貰っておくよ。でも、出来るだけ早く用意しろよ」

これまでの貢献振りが功を奏してか、私をまったく疑う様子は無かった。


致死量ギリギリの農薬入り。

殺虫剤入り。

一粒だってまともなのは無い。

粗悪品のオンパレード。

真に天国行きの片道切符で、人に「お裾分け」せずに個人使用に限定してくれる事を思わず願ってしまうような代物だ。



結局のところ、男はそれを飲んで失明したらしい。

イビサ島の馬鹿レイヴァーみたいに死んでくれれば良いと思ったが、そこまでの事にはならなかった。

ただ、その替わりと言っては何だけど、巻き込まれた女の子もいなかったようで、私の中では一人、二人、まあ、その程度の犠牲は織り込み済みだったので、他に犠牲者が出なかった事は幸運な話ではあった。

上昇志向の強いタレント志望の子達の人生を救った事になるかどうかは分からないけど(「仕事」を奪ったと言う側面もあるだろう)、取り合えず唯達から遠ざけられたと言う今回の成果に、私は久しぶりの満足感と言うものを味わった。


今回の事を通して、私は唯が私との約束を達成しようと未だ苦闘を続けている事を知った。

そして、その脇には私が思った通りに律がちゃんといたのだ。

その事実は私にも感情が有ったのだと言う事を思い出させた。

だが、それは唯がPVなどで死んだ目を見せているに対しての怒りや憤りに似た感情で、律への不満でもあった。

澪「お前が傍にいるのに、何で唯にそんな顔させてるんだよ!!」

私の言っている事が、論理的でない事は私自身が一番知ってる。

きっと、芸能界は律と唯に対して悲しい思いをさせるもので(例えば今回の事のように)、でも、二人にそれを選択させてしまったのは、私の言葉だったり、あの時の行動だったりするのだ。

悪い魔女である私は、二人に呪いを掛けてしまったのだ。

二人のところへ帰る資格の無い私は、ただ二人に降りかかる災厄を、少しばかり払ってやるぐらいの事しかしてはならないんだ。

和「あら、澪?」

澪「の、和?!」

懐かしい人間との再会。

それが予期せぬ場所や時間だったりすると、その驚きも一層のものになる。


私は、「親類」の付き添いで高級料亭に来ていた。

「親類」が誰と会うにしろ、その腐臭のする場に居合わせるのは…。

私は何も感じていない。

だけど、同席しないで済んだのは幸運ではあった。

私は庭に出ると、その景観をなしてる文化、厳粛さに泥を掛けるようなつもりで煙草を取り出し火を着ける。

糞みたいな世界の人間が使うような所がいくら表面的に取り繕った何がしかを醸し出したところで、そこは結局のところ糞でしかない。

私は煙を吐き出す。

風が吹いて煙を散らす。

?「ケホッ、ゲホッ」

あ…。

?「あら、澪?」

澪「へー、上司の接待の付き添いね。でも、この時期こんなところを接待で使えるなんて、業績も…」

和「見栄よ、見栄。自分達があまり良い状況じゃないなんて思われたら、上手く行く話もポシャるものよ?」

澪「ふふ、なるほど」

和「ねえ、澪はどうしてここにいるの?」

澪「そ、そりゃ…、そ、そう、和と同じようなものだよ、接待、うん、接待さ。上司がさ、見栄っ張りだからね、こう言うところじゃないと駄目だと思ってるんだよ。バブル入社の世代はさ…」

和「ふーん?」

澪「な、なんだよ」

和「嘘ね」

澪「う、嘘じゃないぞ。会社だ、うん会社」

ああ、「会社組織」である事は間違い無いぞ。

和「まあ、良いわ。それより…」

和は今までの軽口を叩き合っていたのと少し違う雰囲気。

和「私、澪は唯たちとずっと一緒にやってくと思ってたのよ」

…。

和「ねえ、私、唯とまだ結構やり取りあるのよ?まあ、唯達も忙しいから、今はメールで月に二、三回ってレベルだけど」

…。

和「唯ね、泣かなかったの。あの唯がよ?えっと、いつの話とかそう言うのは言わなくて良いわよね?」

澪「ああ」

和「私、ちょっと澪の事を恨んでるのよ、今でも。唯に随分悲しい思いを強いた訳だし」

澪「だろうな」

和「戻る気は無いの?」

どうやって?

和はわざとらしく大きなため息をつく。

和「唯ね、契約を蹴ったらしいわ。『メジャーは糞。おさらば御免だよ!』って言ってたわ」

?!

和「でも、安心して。音楽は続けて行くし、もっともっと上に昇ってみせるからって言ってたわ」

澪「和は唯とどこまで話してるんだ?」

和「さあ?あ、私もう仕事戻るわね」

なんだよ、「さあ?」って。

和は手を振って去って行き、私は一人取り残された。

鹿威しの音がうるさくて、思わず蹴飛ばす。

澪「どうすれば良いんだよ!」



二人に取って幸運だったのは、唯が真に才能のある人間で、かつ律がそれを理解していて、すぐ行動に移せる人間だったことだ。


私が聞くところによれば、レコード会社の方は晴天の霹靂だったらしい。

レコード会社側は、当初他社への移籍と考え、芸名の使用禁止など、様々に条件を付けたが、それらによって二人の翻意を引き出す事は出来なかった。



YUIのCDが売り場から撤去されるのは早かったし、まだ新人だったYUIはあっと言う間に世間から忘れ去られた。


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