それはそれ程多く無い数だろうが、流出したみんなのファミリービデオと言うのが根拠だった。

最初は本当にファミリービデオで、でも、コアなファンを自称する人々と言うのは関係者面したがるもので、そう言うところから流れ出したんだろう。

きっと、律はそう言う連中にもオープンだったに違いない。

その事が自分達を蝕んでいる事に気付かずに。

当然の事だけど、そこには律達の姿が写っていた。

それは本当になんの取りとめも無い映像を集めたビデオだった。

撮影者は皆の中の誰かで、回し撮りしたような素人撮影のビデオ。

友人達の動く姿は、私を優しい気分にさせる。

かけがえのない宝物。

とてつもなく優しい宝物。

でも、確かにそこに写った皆の姿には、ネットの噂を肯定するようなものも含まれている。


恐らく、どこかのクラブのチルアウトスペース。

律は腹一杯に吸い込んだ煙を吐き出す。

ソファに深く身体を埋めた唯はその様子をケラケラ笑いながら見ている。

梓は唯の腰辺りに抱き付いて、肌を触れ合わせる事の気持ち良さに酔っているようだった。

唯も梓の耳から首筋辺りに手を這わせて…。


ははは。

ビデオ撮りされた親友同士のペタペタを見るのはあまり言良い気分じゃないね。

変な気分になる。

もし、二人が真に恋人同士だったとしても、覗き見は悪趣味過ぎるし、それが恐らくアレの影響に酔っているように見える物なら尚更の事だ。


私の感想を置いてきぼりにしながら、皆の映像は流れ続け、現れては消えていく。


麻薬撲滅と言う立て看板を指差し大笑いする、律と鈴木さん。

何故か、ライブハウスの裏でヴォーギング合戦をする唯と律。

それを呆れて見ている梓。

律が最近作ったと言うスタジオの入り口に、唯がスプレーで「HTT、Tea time is never end!!」と落書きして、律は親指を立てて、その唯の落書きを肯定する。

梓も苦笑しながら、でもカメラを回されるとその事を肯定するように、ピースサイン。

路肩に止めた大型SUVのボンネットに寄りかかった唯が手を開くと、高校時代に何となく決めたHTTのマークがそこに書いてあり、もう一方の手を開くと「Do U Luv Me?」の文字。

そこに梓、律、鈴木さんが「Yes、Yes!」と飛び付く。


どれもこれも皆の日常で…、そう皆の日常は既にこう言う形だったんだ。

私が皆でいた頃の私では無いように、律達もあの頃の律たちじゃない。


唯が帰国時に、違法薬物の持込で逮捕された事が新聞の片隅に載った。

唯達はしょせんはカルトスターでしか無いので、TVを騒がす事は無かったけれど。


でも、終末は近づいていた。

新譜を出せないアーティスト。

借金塗れのレーベル。

こんな状況で尚、続いてく組織なんてあるわけが無い。


律が何でレーベルを作ったり、ビルを買ったかって言うのは何となく想像出来るよ。

きっと、ペリー・ゴーディと一緒だ。

メジャーからの独立性。

その独自の音を保証するレコーディング・スタジオ。

同じ哲学を共有する集団。

その利益はレーベルやそれを含めた自分達の共同体のためにと言う有り方。


結局、モータウンは自分達のアーティストが有名になり過ぎたために、コントロール出来なくなった。

アーティスト達を引き戻すためにカリフォルニアに移った。

バックグラウンドを捨てた。

自分達をインスパイアしてくれるそれらを捨てればマジックは消える。

それでモータウンは崩壊した。


律達はそこまでいかなかった。

経営と言うほどのものがあったかどうかは怪しいし、それも上手くいかずに失敗した。

当人達に取って見れば最高の悲劇かも知れないが、傍から見れば喜劇そのものだ。


マスコミ連中の高笑いが聞こえる。

そら、終末がやって来たぞ。

だから、言っただろう。

お前達は絶対バッドエンドを迎えると。


世界中から悪意が私の耳を通じて流れ込んでくる。

ベイエリアからリヴァプールから。

私のアンテナが世界中の悪意をキャッチする。


皆を、たとえこっそりとでも守ることで、自分の空っぽな何かを埋められると思っていたんだ。

でも、それももう終わりだね。


ベッドに腰掛けて、窓の外を見る。

星は見えない。

絶望だけが窓から入り込んで来る。

澪「大好き…、大好き…、大好きをありがとう…、歌うよ…、歌うよ…、…、…」

その先は出て来なかった。

私が愛について歌えたら何かが違っていたんだろうか。



……

和「澪、聞いてるの?」

澪「ああ、聞いてるよ、理解は出来て無いけど」

和「唯達のことよ」

澪「ああ、聞いてる」

和「ねえ、澪はどうしてそこにいるの?」

澪「さあ、どうしてだろうな…」

和は大きなため息をつく。

和「哀れね。それなら、澪はずっと辺境で一人そうしてれば良いんじゃない?」

…。

和「そうだ、澪。あなたは私なんかよりも色んな人間を見て来てると思うけど、そうね、自分の拠り所を無くしてしまった人間てどうなるのかしらね」


---
「私の全てを盗まれた」と言う遺書を残して死んだ男。

死んだ私の心。

和「自分の拠り所を…」

---

澪「唯…、梓…、律…、律…、律…」

和「答は出てるんじゃないかしら」

澪「ああ、そうだな。ありがとう、和」


私は、メルセデスプルマン600のアクセルを踏み込む。

夜明けまで、もう一時間。

私はさらにアクセルを、床を踏み抜かんばかりの勢いでもう一踏み。


私は自分の事しか見ていなかった、最初から。

律も唯も、きっと梓も、私のことを考えてくれていたのに。

私が世界のどこからでも戻れるようにと、考えてくれていたのに。


HTTビルの前に車を止める。

既に太陽の光がビルの間から差し込むような時間になっていた。


ビルのエントランスから律が出てくる。

太陽に眩しそうに目を細めながらなので表情は良く見えないけど、でも、律には珍しく泣きそうなんだと、私にだけは分かる。


澪「久し振り」

律は、少し驚いて、でもすぐ自嘲気味に、

律「戻って来てくれたとこでなんだけどさ、もう全ては終わりなんだよ。澪が言ったとおりだ。『祭りは終わり』なんだよ。私達の場合だと『HTT、Tea Time Is Over.』って感じか?」

澪「いや、『Tea Time Is Never End』だろ?」

律はキョトンとしてから、でもちょっと不貞腐れたような拗ねた表情になる。

律「そうなって欲しいとずっと考えてやって来たつもりだけどさ、もう、おせーし」

そのために、私はここに戻って来たんだからさ、そうなってくれなきゃ困るんだ。

私は、律を力づけるように言ってやった。

澪「いや、遅くねーし。私は、そのために帰って来たんだ」



私と律は駆け足でビルに戻る。

梓は私の姿を見て、言葉を失う。

唯は…、私を見て不敵に笑って、

唯「やっぱり私達の勝ちだね」

澪「ああ、やっぱり私の負けは決まってたみたいだ」

律と梓は私と唯の会話が理解出来ないようだった。

当然だ。

これは私と唯の二人の約束なんだから。

律「なんか…、疎外感感じるな…?」

梓「律先輩に同意するのは不本意ですけど…、私もです」

律「おい…」

梓「何ですか?」

澪「律、権利書関係は持って来たのか?あと、実印もだぞ」

梓が噴出す。

梓「ぷーっ、いい歳して怒られてる…」

律「中野ぉ!?」

唯「あはは、二人仲良いねー、嫉妬しちゃうかも」

律・梓「どこが!(どこがですか!)」

澪「ハモるとことかだろ?」

律「澪しゃーん…」

唯・澪・梓「あはは」

私は笑えていた。

律達がいてくれるから、私は笑えていた。


……

紬「澪ちゃーん」

ムギはカウンターの向こうからもう私を発見して、手を振る。

私はムギほどオーバーアクションを取るのが恥ずかしくて、ちょっと遠慮がちに手を振る。

ムギは息を切らしながら小走りに掛けてくる。

澪「ムギ久し振り」

ムギは外国暮らしの影響なのか、まずはハグ。

首に巻かれたブルーフォックスのファーがくすぐったい。

紬「澪ちゃんもお久し振り」

澪「忙しいのに、呼び戻しちゃって…」

紬「友達以上に大切なことなんて無いわ。そうでしょ?」

…。

澪「ああ、そうだな」

紬「うん、そう。まずはそこが全てでしょ?私も、澪ちゃんも」

ああ、まったくその通りさ。


私の運転する1971年型のメルセデス・プルマンは180kmで高速を疾走していた。

ハンドルを握る私の横で、さっきまでのテンションとは打って変わってシリアスな表情を浮かべている。

澪「ん?ムギ?」

紬「ね、澪ちゃんは大丈夫なの?」

澪「ん?」

紬「私…、私達は澪ちゃんがいなくなるのとか、許さないからね」

私だって、逮捕されたりとか、命を狙われたりってのは御免こうむる。

澪「あー、うん。引き時は心得てるよ。もうずっと、ああ言う世界で生きて来た訳だしね。それにこう言うのもこれが最後だよ」

だって、私には戻る場所があるんだ。

紬「ちゃんと私達を頼ってね。私なら…、ね」

澪「うん、分かってる」

分かってる。

結局、私達は誰一人が欠けたって碌なことにはならない。

それが、例え他のメンバーを思いやってのことでも、最後には破綻してしまうんだ。


ホテルの部屋を開けると、そのままムギは駆け寄って律、唯、梓に抱きつく。

律「ムギ、ちょっと?!」

唯「ムギちゃーん!」

梓「ムギ先輩…?」

私も遅れてはならないと、四人に抱きつく。

律「澪も?!」

澪「悪いか?」

律「いーや、最高!」

ああ、本当に最高だ。

私の心に暖かいものが満たされるのを感じる。

きっと、私だけで無くて皆の心にも同じ様な暖かさが注がれているに違いないと断言できる。

唯が歌を口ずさむ。

それは、うん、きっと愛についての歌だ。


言葉に出来ないエネルギーが私達の心を駆動させる。

今、喜びと音楽は私達をこの世界から抱え上げる。


私達は年を取って、将来も過去になるだろう。

でも、きっとこの不思議な力は私達の中に永遠に留まる。

私達の日常や思い出の襞に隠れながら、でも、ずっと私達と共にあり続ける。

この不思議な力は年輪を刻みつつ、崩壊や欺瞞、堕落の中を生き延びるため、私達の間にある絆を媒介にして駆け巡る。

こうやってティータイムは続いていくんだ。


「The Beginning of the End of the End of the Beginning.」