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それからの事は、正直いまいち覚えていない。
でも、怒り任せに澪を突き飛ばし、そのまま私は走って家に帰り、部屋で一人、悔しくて泣いていた…そんな記憶だけはあった。
律「……はぁぁぁぁ………」
律(仕方ないとはいえ……あの時ゃ相当に子供だったなぁ…ま、今もだけどさ………)
今にして思えば、当時の自分を張っ倒してでも変えたい過去だ…。 なんでああなっちゃったんだろ…。
澪「………くー…くー…zzz」
後ろのベッドを振り返ると、幸せそうな顔で寝息を立てる澪の姿が映る。
律「ったく…はだけてるってえの…」
はだけたタオルケットをかけ直し、またも私はヘアバンドを見つめ、続きを思い返していた…。
それからしばらくの間、私も澪も…お互いに一言も口を交わす事は無かった。
休み時間、遠目に澪を見ると、あいつは前と同じように一人寂しく本を読み…、私も澪の事を忘れようと友達と遊んではいたけど…それでも…それで心が満たされるなんて事は無かった。
…いつも澪と登下校してた通学路。 2人でお喋りをしてたらあっと言う間だった道のりだが、一人で歩くその道はやたらと長く、友達と仲良くお喋りをしながら歩く同級生がどこか羨ましかった。
家から学校までの数分…当たり前の様に歩いていた道のりが、その時は嫌に長く感じられた…。
律「ただいまー」
律母「りっちゃんおかえり、おてて洗ってきなさーい」
律「はーい!」
聡「おねーちゃんおかえりー」
律「さとし、あとでおねーちゃんとあそぼっ♪」
聡「うん、いいよー」
まだ幼く、舌っ足らずな弟と一緒に私はゲームで遊ぶ。
そういやこの頃はすごく小さくて可愛げあったな、あいつ。
聡「ぴかちゅ、ぴかちゅ♪」
律「えーい、じゅうまんボルトだ~!」
聡「おねーちゃんすっごーい」
律「えっへんっ!」
律母「そういえばりっちゃん、澪ちゃんから貰ったヘアバンドどうしたの? お母さんせっかく洗ってあげたのに」
律「あれはもういいのー」
律母「あら、澪ちゃんと喧嘩したのかしら?」
律「みおちゃんなんかしらないもんっ」
律母「あらあら、早く仲直りしなさいよー?」
律「むぅー、わたし、おへやいってるもん」
律母「はいはい…もうじきご飯が出来るから、すぐに降りてくるのよ?」
律「はーいっ!」
せっかくポケモンに夢中だったのに、母の些細な一言で澪の事を思い出した私は部屋に戻る。
そして、散らかった勉強机の上に置いてあったヘアバンドを見て…。
律「……ふんだ、みおちゃんなんか…みおちゃんなんか……」
子供らしく、いつまでも意地を張っていたっけ…。
―――多分、その時はもう、喧嘩の理由なんかどうでも良かったんだ。 むしろ、早く澪と仲直りがしたかったんだ。
でも、たった一言、「ごめんね」って言う事がすごく恥ずかしくて、言い辛かった。
…私が謝っても、きっと澪は許してくれないし。 私が仲直りをしようとしても、きっと澪は仲直りなんかしてくれない。
そう一人で勝手に思い込み、私は自分から謝る事が出来なくなっていた…。
…怖かった、あれ以上澪に拒絶される事が…その時の私には溜まらなく怖かった……。
だから、無理して意地になって、嫌いになろうってして…、でも、どうしてもそれが出来なくて…。
律「…ぐすっ……みおちゃんなんか…みおちゃんなんか……っ…ふぇ…っ…えぐっ…」
澪がくれたヘアバンドを抱きしめて…私はただ、泣いていた…。
…それから、モヤモヤしたままの気持ちで私は日々を過ごしていた。
相変わらず澪とは会話を交わすことも無く…たったそれだけの事で、学校がすごくつまらなく思えて…。
友達と話すことも、休み時間も、ただ退屈なだけだった…。
そんな、ある日の放課後だった。
いつものように私は校庭の端にある遊具で日暮れまで友達と遊び、一人で下校道を歩いていた。
…その下校途中、いつも通る公園を過ぎようとした時、そいつを見かけたんだった…。
律「みお…ちゃん?」
ブランコの辺りで、澪が3人の男子生徒に絡まれているのを見かける。
…絡んでいるのは、隣のクラスで有名な、悪ガキ3人組だった。
澪「やめてっ! か、かえしてっ! そのごほん、かえしてっ!」
男子A「ほらほら、かえしてほしかったらここまでおーいでっ!」
男子B「秋山ー、そんなんじゃいつまでたっても取り返せないぞー?」
男子C「あははっ! ほら、こっちこっち!w」
澪「や…やめてーっ! おかあさんがかってくれたごほんに、らんぼうしないで!」
その男子らは、本をボールか何かのように放り投げてはキャッチし、澪に取られない様に遊んでいる。
そして澪は…泣きながら必死に本を奪い返そうと男子達を追いかけて…転んでいた…。
澪「えぐっ…ひっくっ……ううぅぅ…っ…うわぁぁん…!」
男子A「あーあ、なーかせたww」
男子B「それ、おまえだろーw」
男子C「ホラホラ、早く来ないとコレすてちゃうぞー!」
律「……………」
律「みおちゃんなんか……もう……」
しらない…、そう思って帰ろうとした…。
でも、泣いてる澪の顔が頭から離れなくて……それで………。
『―――…たすけ…て………』
たった一言…『助けて』と言うあいつの声が聞こえた…気がした…。
律「……………」
――――――――――――――――――
男子「ほら、こっちこっち……!」
律「―――でやああああああああ!!!!!!!」
勢いよく助走をつけ、私は無防備な男子の背中にライダーさながらのキックをぶちかます。
男子A「…どわぁっ!!!」
真後ろからの攻撃にたまらずぶっ倒れ、地面に顔を擦り剥く男子。
もう、四の五の言ってなんかいられない…。
これ以上澪の泣き顔なんか見たくなかったし… 私は何より、澪よりもずっと力の強い男子が、揃いも揃って澪をいじめて泣かしているのが…それが一番許せなかった…。
男子B「な…なんだ??」
律「おまえら、みおちゃんを………いじめるなあああああ!!!!」
大声と共に私は泣いてる澪の前に立ち、眼前の男子を威嚇する。
澪「りっ…ちゃん……?」
男子A「いてててて…な、なんだよ! おまえ!!」
律「みおちゃんをいじめんな! その本、返してやれ!!」
男子C「なんだよ秋山の友達か…なまいきだぞおまえー!」
怒った表情の男子が私に向かって来る。
律「えいっ!」
私はすぐさま足元を蹴り上げ、地面の砂を男子の顔目掛けてぶつけてやる。
男子C「うわっ! 砂かけなんてひきょうだぞ!」
律「うっせー! 3人でみおちゃんのこといじめてるおまえたちだってひきょうだろ!」
男子B「こいつ…! やっちまえー!」
律「このーーー!!」
―――あとはもう、無我夢中だった。 私は男子の髪を引っ掴み、転ばせ、引っ掻いて噛み付いて、とにかく暴れた。
そして…。
男子「ちっ、お…おぼえてろよ!」
私に勝てないと思ったか、男子達は本を残して逃げ帰って行く…。
決して無傷とは言えなかったけど、とにもかくにも、私は澪を守ることが出来たんだ…。
そして…砂にまみれた顔を拭き、私は澪に向き直る。
律「みおちゃん…はい、たいせつはごほん、とりかえしたよっ!」
澪「りっちゃん…………」
律「すこしよごれちゃったけど…こうすれば…はい、きれいになったっ♪」
砂で汚れた本を軽く払い、澪に手渡す。
澪「あ…ありが…とう……」
律「えへへっ、わたし、おとなになったらライダーになろっかな、なんちゃって♪」
いつも通りのトーンで私は澪に話しかける。
その感覚がどこか暖かくて…私は、自然体で澪に話しかけているって事がすごく嬉しくて…。 とにかく、喋り続けていた…。
律「へへへっ、わたし、かっこよかったかな」
澪「…どうして?」
律「ん? なにが?」
澪「どうして、たすけてくれたの?」
律「どうしてって…」
澪「わたし…りっちゃんにあんなにひどいこといったのに……もうしらないって…だいっきらいっていったのに…」
溢れそうな涙を堪えながら澪は私に聞いてくる。 それに私は少し俯き…一言、言葉を紡ぐ。
律「………んんん…みおちゃん、ないてたから…かな?」
澪「わたしが…ないてたから?」
律「うん…そう、みおちゃんがいじめられてたから…みおちゃんをまもらなきゃって、おもって…」
澪「……そう…だったんだ……っ…」
澪「ありがとう……りっちゃん…たすけてくれて、ありがとぅ…っ!」
涙を堪えきれず…ただただ、泣きながら感謝の言葉を上げる澪…。
それを見ながら私は、言わなければいけない事を言うべきか、迷っていた……。
律「……………………」
律(いわなきゃ…ごめんねって…あやまらなきゃ…)
考えてても仕方ない、私は一呼吸置き…ごくりと唾を飲み込んで、澪に向かって言った…。
律「みおちゃん…ごめんね……、わたし、みおちゃんにひどいこといっちゃった…」
律「ごめんなさい…っ!」
―――言えた。
長いこと言えなかった言葉…。 言いたくてもつい意地になって言えなかった、謝りの言葉。
それは簡単なようでとても難しい、謝罪の言葉…。 でも、とても大事な、誠意の言葉―――。
…でも、それを言ったからといって、澪が私を許してくれるとも限らない……。
また、あの時の様に怒って私を拒絶するんじゃないか…それを考えると…その時の私は、どうしようもないくらいに怖くなっていた…。
澪「りっちゃん……」
律「ごめんね…みおちゃん…」
澪「そんなこと…ないよ……わたしだって…わたしだって…っ」
澪「わたしだって…りっちゃんにひどいこといったもん! いけないのはわたしなの、りっちゃんはわるくないの!」
律「みお…ちゃん…」
澪「ごめんなさい…ごめんなさい……あのヘアバンド…かわいくて…おっきなひまわりさんが…りっちゃんみたいだとおもって…でも、りっちゃんがひまわりさん、きらいだって…しらなくって…」
律「そ…そんなことないよ! わたし、みおちゃんのプレゼント、すっごくうれしかったんだよ?」
澪「ごめんね…わたし、なにもしらなくて…ごめんねぇぇ…っっ」
律「わたしだって…わたしだって…ぅぅぅ…っ」
律「ごめんね…みおちゃん、ごめんねぇ……っ!」
澪「りっちゃん…りっちゃん…っっ…ぐずっ…えぐっ…!」
…気付けば私も澪に釣られて、泣いていた…。
お互いに抱き合いぐちゃぐちゃな顔で泣き、そして最後には…笑っていたっけな…。
律「みおちゃん…なかなおりしよ♪」
澪「うん! りっちゃん…これからもずっと、わたしのおともだちでいてっ!」
律「うん! もうぜったいにきらいなんていわないよっ! やくそくする!」
律「…みおちゃん!」
澪「りっちゃん…!」
律澪「―――だーいすきっ!」
その翌日から、私と澪は、前以上に仲良くなっていた。
私は毎日澪のくれたヘアバンドを付けて登校し、それをいくら男子にからかわれようが、もう絶対に外す事は無いと…誓ったんだ。
…でも、それも小学校まで。 中学になってからは小学校よりも校則が厳しくなり、派手な飾りのついた髪止めは認められないとかなんかの理由で、このヘアバンドはいつしか、おもちゃ箱の奥に仕舞われたんだ…。
…それから、今に至るのか…。
律「…………懐かしいな…」
澪「くー…くー……zzz」
律「………澪、ありがとな…」
寝息を立てる澪に向かい、そっと言ってみる。
何も改めて言う事もないだろうし、澪が聞いたらなんの事かと思うだろうけど、一応ね。
澪「…………ち…ゃん…」
律「…ん? 澪、何か言ったかー?」
澪「ゃん……りっ…ちゃん………いつも…ありがと…えへへ………」
律「澪………」
…きっと昔の夢でも見てるのだろう、まるで子供のように幸せそうな寝顔で、もう今じゃ絶対に言わなくなってしまった、私のあだ名を寝言で言っている。
澪も私の様に、夢の中で昔を思い出しているのだろうか。 だとしたら、なんだかくすぐったい事だと思った…。
でも…澪の口から漏れたその言葉がすごく懐かしくて…暖かくて…。
律「……わたしもだよ…、みおちゃん…」
私もまた、昔の呼び名で、澪の寝言に応えるんだった…。
最終更新:2011年08月23日 21:02