誰にだって思い出の一つや二つはある。
 暖かい思い出、忘れたいぐらいに嫌な過去…それでも忘れちゃいけない記憶。 そんなの、誰にだってある。

 それは私にももちろんある。

 『思い出』…

 それは、過去の私が積み上げてきた、未来へと繋がるものだから…。


 季節は夏休み、受験勉強もそこそこにペンを取っていた私だったけど、ふと部屋の掃除がしたくなったので、思い切って大掃除に取り掛かっていた。

 …別に、勉強が嫌になったからとかそんなんじゃない。 ただ、目につく汚れとかごちゃごちゃしたのが気になって仕方がなかったんだ。

 …そう、これは綺麗な部屋で快適な勉強をするための準備…。 大事な受験勉強の準備なんだ、そうなんだ…。



律「ふぅ…ふぅ……これは…こっちっと…ん~~~、多いな…」

律「なんか、一度スイッチ入っちゃうと止まらないんだよね~」


律「…んで、このダンボールは…おっ、小学校と中学校の卒アルか、懐かしいな」


律「………」

律「少し休憩、するかな」

 私は作業を中断し、卒業アルバムと大量の写真が納められたアルバムを開けてみる。

 つんとしたカビと埃の匂いに一瞬顔がこわばるが、写真を見れば懐かしい思い出が蘇り、匂いの事なんてすぐに忘れてしまっていた。


律「あ~、私この先生よく叱られたっけな~」

律「懐かしいー! コイツ、確か澪に告って撃沈したんだっけ」

律「澪は…相変わらず写真だと顔がこわばってるなぁ、あははっ」


 そして、思い出にふけって数分経った頃かな、『ぴんぽーん』と、玄関のチャイムが来客を告げたんだ。

聡「ねーちゃーん、澪さん来たよー」

律「はいよー、今行くー!」

 弟の声に返事をして玄関に向かい、私は澪を出迎える。


律「いらっしゃーい」

澪「暇だったから遊びに来たよ、ちゃんと勉強してたか?」

律「いきなり母親みたいなこと言わないでくれよー…ちょっと部屋の掃除してたけど、まあ気にしないで上がって」

澪「へぇ、珍しいな? でも、どうせ勉強がしたくないから、部屋の掃除でもしてようって魂胆だろ?」

律「いーじゃん…べつにぃ~」

 …さすが澪、名探偵も顔負けの鋭い推理力だった。


澪「少しだったら手伝おうか?」

律「いいの?」

澪「うん、少しでも早く終わらせて、気持ちよく勉強したいもんな」

 言いながら、にやにやと意地の悪そうな顔で笑う澪だった。

 まぁ…どうせいつかはやらなきゃいけないんだし…別にいいか。


律「む~~…まぁいいや、ありがと」

澪「いえいえ」

―――
――

 澪を部屋に通し、私は台所からジュースと茶菓子を持って来る。

 とは言っても、今は、部屋と呼ぶには散らかりすぎてはいるんだけれどもね。


澪「これは…えらく本格的だな…」

律「いや~、な~んか熱入っちゃってさ~、あ、オレンジジュースで良かった?」

澪「うん、ありがとう。 …あれ、卒アルなんて見てたの?」

律「まぁね~、休憩がてらに少し見てたところなんだ」

澪「卒業アルバム…か」

律「澪も見ない?」

澪「律、掃除は…」

律「まだ時間あるし、平気だよ」

澪「…少しだけだからな?」

律「わ~かってるって…」


 そして、私は澪と一緒にアルバムをめくる。

 写真の中の私は、どれも相変わらずというかなんというか、一際明るいって印象があった。

 それに対し澪は…性格なのだろう、緊張と怯えが入れ混じったような暗い顔が目立つ。

 相反する性格の二人だけど、私達は決して仲が悪い訳じゃない。 

 …どういうわけか女ってやつは、互いの性格が真逆なら真逆なほど、仲良く出来るようになってるようだ。


律「澪、昔っから写真とか苦手だったもんなぁ」

澪「…なんか、緊張するんだよな…」

律「まー、昔と変わらず今も恥ずかしがり屋だもんねぇ~。 だから写真を撮るようになったんだろ? 写真を撮る側なら、写真には写らずに済むから」

澪「別に…それだけじゃないさ…ってか、そういうお前は昔と全然変わってないのな」

律「あははっ、ま、それがりっちゃんですからっ」

澪「自分で言うか…」


 それから…私達はしばらくの間、昔の思い出話に花を咲かせたんだ。

 やれ子供の頃に流行ったアイドルの名前だの、よく遊んだオモチャの事や、どんなアニメを見てただの…互いに今も忘れ得ぬ子供の頃を思いだし、童心に帰っていた…。


律「ほらほら、この先輩覚えてる? 澪の初恋の相手…」

 中学時代の写真を指差し、ある男子生徒の名前を読み上げてみる。

澪「わーーーっっ!! 言うなーーー!!!」

律「中2の頃、バレンタインに澪が気合入れて書いたラブレター読んで…それで……」

澪「や~め~ろって…言ってるだろっ!」

 ぷるぷると怒りに震えた澪が拳を振り上げ…


 ――ゴチーン!!


 とびきり大きなゲンコツが私の脳天を狙い撃つ。

 …いや、気のせいかな…ここ最近こいつのツッコミ、やたら気合が入ってるような気が…


律「ぁぃ…スミマセンでした…」

 目の奥に星が浮かぶのを自覚し、私は目を回しながら澪に謝るのであった…。


 …ちなみに、そのラブレターの一件の後、澪がどうなったかだが…

 とりあえず、あいつの天然成分200%のメルヘンワールドが炸裂しまくり、ガチ引きした先輩のフォローを私が必死こいてやりまくった…とだけ言っておこうかな。


澪「まったく……」

律「でもさー、こうして見ると、澪も変わったよなぁ」

澪「…そう?」

律「うん、前はここまで凶暴じゃなかった」

澪「ほほう、もう一発喰らいたいようだな」

律「ちょっ! たんま! 冗談だって!」

 二度拳を振り上げようとする澪を必死でなだめておく。


澪「…ふぅ、そろそろ、片付けやろっか?」

律「…そうだな」

 そして、ジュースを飲み終えた私達は再度部屋の片付けに取り掛かる。

 私は押し入れの中を整理し、澪には本やCDやDVDの整理に取り掛かって貰った。

 …しかし、その押し入れだけど、長い事ごちゃまぜにしといた事もあって、中はちょっとしたカオスな世界と化していた。

 ……こりゃあ大変な作業になりそうだ…。


澪「なあ…律……」

律「ん? どしたー?」

澪「これ、私の貸したCDじゃないか?」

 そういう澪の手にあったのは、澪の好きな洋楽バンドのCD。
 確か…高1の夏ごろに借りてからそれっきりだったっけ…

律「あ…ごめん、そうかも」

澪「無くしたと思ったら、ここにあったのか…」

律「ごめんごめん、返すのすっかり忘れてた」

澪「お前なぁ…」

澪「この様子じゃ…他にも出てきそうだな…」

――――――――――――

 黙々と片付けは進む。

 押し入れの中もゴミを整理したら随分とスペースも空き、これなら部屋にある物も幾つか収納できそうな感じがしてきた。

律「おや…あれは…?」

 その時私は、押し入れの奥の方に、ゴミに埋もれて汚れた…大き目の箱を見つけたんだ。

 どこか見覚えのあるけど…なんだっけ、コレ?

律「この箱は…?」

 がさごそと箱を引っ張り出し、ふたを開けてみると…。

律「うはっ! ハイパーヨーヨーだ!」

 箱の中には、懐かしいオモチャが入っていた。

 よく見れば箱の外側には薄く汚い文字で「おもちゃ」と書いてある…。 どうやらこれは、私の幼少の頃のおもちゃ箱のようだ。


律「ねー澪~」

澪「ん…どーした?」

 澪に声をかけた私はヨーヨーを構え、前の方に放り投げてみる。

律「そりゃ、ループザループ!」

 そして、手前に投げたヨーヨーを手元に引き寄せ、スナップを効かせてもう1回手前に飛ばし…、器用にそれをキャッチしてみる。

 子供の頃しょっちゅう練習した技だけど、まさかまだ出来るとは…勘って、衰えないもんだなぁ。

律「ふふん、まだまだ行けるな」

澪「懐かしい、よく小学校で男の子がやってたな」

律「まだまだ…シュートザムーン!」

 さっきの要領で手元に放り投げたヨーヨーを今度は真上に向かって投げてみる…が。

 ―――ガンッッ!!!

聡「ねーちゃんうるさいーー!」

 私のヨーヨーは勢いづいて蛍光灯の傘を直撃し、その音に隣の部屋から弟の苦情が飛んだ。

律「いやっはっは…失敗失敗」

澪「あまり調子に乗るから…」

律「でもでも、この中懐かしいのいっぱい入ってたんだよー」

律「ポケモンにデジモンに…うおおーゲームボーイアドバンスだなっつかしー!」

澪「ほとんど男の子に人気だった物ばっかだな」

律「…確かに……、女の子っぽいオモチャが一つもないな……」


 まぁ、この頃の私って…よく男の子と交じって遊んでたしな…。

 …女の子っぽい人形で遊んだ事、あんましなかったかも……。

澪「あれ? この人形…」

律「それ、どれみの人形じゃん」

澪「あー…これ私のだ…無くしたと思ったら、律の家に置き忘れてたのか」

澪「…なんか、腕が変な方向に曲がってる…それにこれ、こんなにボロボロだったっけ?」

律「…ぁ」

澪「ん、律どうかした?」

律「いや…別に…」

 …思い出した。

 …確かそれ…今度澪に返そうと思い、その日だけ貸して貰うつもりで特撮モノの人形と戦わせる遊びをして…それでめちゃくちゃ乱暴に扱って…。

 勢いづいて気付いたら腕が変な方向に曲がってしまったから、慌てておもちゃ箱の奥に隠したんだったっけ……。


澪「このアニメ、毎週楽しみに見てた…私さ、昔から魔法少女とか魔女っ娘とか、そういうおとぎ話みたいな話が大好きだったから…」

律「今も深夜にやってるみたいだよ、魔法少女もののアニメ」

澪「へぇー、今度見てみようかな?」


 …澪があれを見るのか…?


律「まー、私はどれみの前にやってた特撮とかが好きだったなぁ、クウガとかアギトとかさ。 聡と一緒によく見てたわ」

澪「それで律、次の日学校で女の子がどれみの話してた時、男の子と一緒にライダーの話ばかりしてて…」

律「……ほんと、今考えても全然女の子らしくなかったかも…」

澪「それは今も…だろ?」

律「む~、それは失礼だぞ?」

澪「へー、それじゃ、自分は女の子らしいとでも?」

律「…ぶぅ~」

 澪の言葉に口を膨らませるしかできなかった。

 けどまぁ…澪の言う通りか。

 今も昔も、明るくて元気だけが私の取り柄だからなぁ…

 …そりゃ恋とか興味ないわけじゃないけど、なんか、今はその気になれないと言うか…。 なんか…なぁ。


澪「ん、このヘアバンド…」

律「あ、それは…」


 澪がおもちゃ箱から引っ張り出したそれは、全体が黄色く、片側に大きなヒマワリの飾りがついた、子供向けのヘアバンドだった。

 埃にまみれてすっかり色あせてしまっていたが…その一際目立つヒマワリの飾りは、私が長らく忘れていたあの日の事を鮮明に思い出させてくれていた…。


澪「おっきいヒマワリ…意外だ、律、こんな可愛らしいヘアバンド持ってたんだ?」

律「…澪、覚えてないの?」

澪「え、何が?」

律「いや……ならいいんだけどさ…」


律「…さて、無駄話もそこまでにして…ちゃっちゃとやりましょか!」

澪「あ…ああ…」

澪(律、どうしたんだろ?)


 それからは、お互いにさして会話を交わすことも無く、部屋の掃除はスムーズに進んでいった。

 そして部屋が片付き、掃除機をかけてテーブルを置いた時には、西から差し込む陽光が、部屋を真っ赤に染め上げていた。

澪「ふぅ…終わったなぁ~」

律「うん。 澪のおかげで助かったよ、ありがと」

聡「ねーちゃん俺お腹減っ…うお、すっげー綺麗になってる…」

 夕飯をねだりに来た弟が私の部屋を見て驚きの声を上げる。

 本当はここまでやるつもりは無かったけど、なんやかんやで熱入っちゃったからな…私自身もここまで綺麗になると、正直びっくりだ。


律「ふふふ、『なんという事でしょう、あのごっちゃりした部屋が、匠のワザにより、こんなに綺麗に…』なんちて」

 某リフォーム番組のナレーションの声マネをしてみる。

澪「悔しいけど、そっくりだな」

聡「ほんと、芸人にでもなれそうなレベル」

律「へへん、まいったか」

澪「はいはい…。 さてと…それじゃあ私はそろそろ…」

律「ああっと…澪、良かったらご飯食べてかない? 手伝ってくれたお礼に、私何か作るよ」

澪「でも、悪いよ…」

律「いいって、どうせ今日親仕事でいないし、私もこれから夕飯作る予定だったしさ。 聡もいいだろ?」

聡「別に大丈夫だけど?」

律「んじゃ決まりな」

澪「…まぁ、別にいっか…」

律「ハンバーグでいい?」

澪「うん、あ、私も手伝おっか?」

律「だいじょーぶ、聡とゲームでもしてて待っててよ」

澪「悪いな…それじゃ、お言葉に甘えてさせてもらうかな」

聡「いいけど俺、澪さん向けのゲームなんて持ってないよ?」

律「私の棚に音ゲーあったろ? それ持ってっていいよ、澪もそれならできるっしょ?」

澪「あれか…まぁ、できなくはないかな…っと、それなら家に連絡入れとかないと…」

律「んじゃ、ちょっとだけ待ってて~♪」


 そして自宅に連絡を入れる澪とゲームを持ってく聡を部屋に残し、私は一足先にキッチンに降りるのだった。


律「え~っと、タネタネっと…」

 事前に下ごしらえをしておいたハンバーグのタネを冷蔵庫から取り出す。

 それを手の平より少し大きめのサイズに丸めて準備はOK、あとは中にスライスチーズを入れて焼き上げるもよし、上に目玉焼きを乗せるもよし。 ハンバーグの調理パターンは無数だ。


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