―――
――

スタスタ

少女「あ」

梓「あ」

ササッ

梓(うわー!! 絶対見つかったよぉ!!)

梓(今さら隠れても遅いって!! 何やってんの私!!)

梓(絶対通報される!! ああ、私の高校生活終わった……)

ヒョイ

少女「あの、失礼ですか――」

梓「!?」

少女「――紬お嬢様のお知り合いの方ですか?」

梓「……え?」

梓(中学生かな? 金髪碧眼――すごく綺麗な子)

梓「あ、あの……私が変質者に見えないの?」

少女「ええ、とてもじゃありませんけど」

梓「そ、そっか……。よかった……」

少女「?」

梓「わ、私はムギ――紬さんの部の後輩です。今日は夜分遅くに失礼してます……」

少女「お嬢様ならお部屋にいますよ。お呼びしましょうか?」

梓「え、いいんですか!」

少女「……紬お嬢様、最近すっかり元気をなくされていて」

梓「そ、そのために来たんです!」

少女「ふふ、中にどうぞ」

梓「こ、ここでいいです。私からも聞きたんですけど、あなたは――」

少女「琴吹家で使用人をしております」

梓(使用人――つまりメイドさんかな?)


―――
――

コンコンコン

紬「……菫、入っていいわよ」

ガチャ

菫「ど、どうしてわかったのですか?」

紬「菫なら気配でわかるわ」

菫「そ、そうですか。光栄です」

紬「……こんな時間にどうしたの?」

菫「えっと、紬お嬢様のお友達がお見えになっています」

紬「こんな時間にお友達? お名前は?」

菫「――ああっ!! 聞くの忘れてましたっ!!」

紬「……どんな子かしら?」

菫「え、えっと……背が小さくて猫っぽいというか何と言うか……」

紬「!?」


―――
――

梓「……ムギ先輩」

紬「……梓ちゃん」

梓「夜分遅くに失礼しています。こんなみっともない形になってしまいましたが」

紬「――菫、しばらく向こうに行ってくれないかしら?」

菫「は、はいっ!」

紬「私が庭にいること、絶対に誰にも話しちゃダメよ?」

菫「は、はい……」

紬「――行って?」

菫「し、失礼しました……」

スタスタ


梓「一ヶ月ぶりの再開ですね」

紬「……ええ」

梓「ムギ先輩、私は――」

紬「――どうして来たの?」

梓「え……」

紬「斎藤には絶対に会いたくないって伝えたのに」

梓「だから、こうやって不法侵入を承知で参じたわけですよ」

紬「……梓ちゃんはバカだわ」

梓「この時ばかりはバカだってなりますよ」

紬「……私が絶対に喜ぶことを知っていて」

梓「嬉しいんですか? 私はてっきり怒っているものだと思っていました」

紬「――梓ちゃんの顔を見たら嬉しいに決まっているじゃない」

梓「……」

紬「本当に嬉しすぎて、悲しくなっちゃうくらい――」

梓「――ムギ先輩、学校に行きましょう」

紬「……」

梓「皆さん、本当に心配しています。澪先輩も唯先輩も、律先輩だって……」


紬「……そう」

梓「?」

紬「梓ちゃんはどうなの?」

梓「わ、私だって心配ですよ! 当たり前じゃないですか!」

紬「自責の念に駆られて?」

梓「……」

紬「私、メールすら返さなかったものね……」

梓「私、何十通も出しましたから。いや、百通を超えていたと思います」

紬「……りっちゃんに振られた時の私みたいに?」

梓「そうです」

紬「私が梓ちゃんに振られたのに?」

梓「……そうです」

紬「うふふ……」

ゴソゴソ

梓「――ムギ先輩、この手紙を覚えていますか?」

紬「……忘れるわけがないじゃない」

梓「ムギ先輩が自分から自分に宛てた手紙ですよ」

紬「ええ、私の妄想の産物ね」

梓「どれもこれも、私の自我が入り込む余地はありません」

紬「だからこそ妄想の産物――梓ちゃんへの愛情が産み出したものよ」

梓「――今も、これらの言葉に偽りはありませんか?」

紬「正直に答えていいの?」

梓「ええ、もちろん。そのために持って来たんです」

紬「ないわ」

梓「……そうですか」

紬「梓ちゃんに触れられたい、梓ちゃんとキスしたい、梓ちゃんと抱き合いたい――」

紬「――全部、私の本心よ」

梓「……しかと心得ました」

紬「うふふ、今日の用事はそれだけかしら?」

梓「いいえ、今日は改めて私の返事を聞いてもらいに来ました」

紬「……え?」

梓「――私、やっぱりムギ先輩のことを恋人とは思えません」

紬「……」

梓「私にとってのムギ先輩は――そう、慈愛の人なんです」

紬「……」

梓「憧れの対象でもあります。もちろん律先輩や澪先輩、唯先輩とは違う意味で」

紬「……」

梓「でも、憧れは憧れです。年上の同性に抱くものです。そこに恋愛感情は存在しません」

紬「そう」

梓「……今さらこんなことを言うのもなんですが、
  ムギ先輩を落胆させるために来たわけじゃありません」

梓「自分なりに本気で考えて出した答えです。
  本当に偏頭痛に悩まされるほど。実際に頭痛で寝込んだこともあります」

梓「……ムギ先輩を欺くような真似はしたくありません。
  嘘偽りのない本心を聞いて欲しかったんです」

梓「放課後ティータイムを欺瞞に満ちたバンドにしたくありませんから……」


紬「うふふ」

梓「ムギ先輩……」

紬「わかったわ」

梓「す、すいません。生意気なことを言っちゃって……」

紬「いいのよ」

梓「ムギ先輩……」

紬「結局、妄想は妄想のままってことね……」

梓「……」

紬「でも、いつまでも妄想の世界に浸っていられないわ」

梓「……」

紬「私にだって、これから先の未来があるんだもの――」

梓「……はい」

パチン

紬「――菫、ちょっといいかしら?」

ササッ

菫「は、はいっ!」

紬「お客様を見送ってあげて?」

菫「か、かしこまりましたっ!」

紬「梓ちゃん、手紙を全て返してもらってもいいかしら?」

梓「わかりました」

スッ

紬「――私の妄想には私自身が決着をつけないとね?」

梓「……どうするつもりですか?」

紬「うふふ、聞かなくてもわかるくせに」

梓「――ムギ先輩、今日は空気が乾燥しています。火の取り扱いには十分注意してくださいね」

紬「ご忠告感謝するわ、梓ちゃん」

菫「それではお客さま出口はこちらになっています。お暗いので足元にお気をつけください」

スタスタ



紬「さよなら、梓ちゃん……」




次の週から紬は学校に顔を出すようになった。
長期の休みを感じさせない、柔和で快活な物腰であったという。

もちろん通学する以上、部への参加も当然のように確認できた。
まるで何事も無かったかのように振る舞う紬――余計な気遣いなどかえって野暮に思える。

部員たちは特別扱いすること無く、至って普段通りに接した。
それが紬の望みであることは、誰しもが承知していたのだ。

そして、紬が登校を再開して、一週間の時が経過した――



澪「ムギは異常だよ」

紬「そ、そんなこと言っても無駄よ」

澪「私はレズビアンじゃない。歴とした異性愛者だ」

紬「く、口ではなんとでも言えるわ」

澪「はぁ、どうして私がムギを性的な目で見なきゃいけないんだ?」

紬「澪、澪ちゃんが私とエッチなことをしたいからよ……」

澪「……付き合っていられないな。帰らせてもらうぞ」

ガチャ


紬「あの冷やかな眼差しだって、本当は愛情の裏返しなのよ……きっとそうだわ」


―――
――

紬「ねぇ、澪ちゃん。私とケーキのどちらが食べたい?」

澪「……」

紬「い、今だったら特別に――」

澪「なぁ、お前らも黙って見ていないで何とかしてくれ……」

唯「……はぁ、結局こうなっちゃうの?」

梓「……妄想から抜け出すとか言ってたのに」

律「わ、私は知らねーぞ。絶対に知らねーかんな」

梓「……澪先輩、受難ですね」

唯「り、りっちゃんは幼なじみなんだから何とかしてあげなきゃだよ!」

律「……勘弁してくれよ。私には対処しかねるぜ」

梓「次は唯先輩ですかね? 順番的に考えて」

律「アーメン、唯。お前はいいヤツだった」

唯「そんなぁ!?」


澪「なぁムギ、私なんかよりよっぽどいい人が――」

紬「あら、澪ちゃんが私を好きなんでしょ?」

澪「……」

紬「私が休んでる時のノート、あれってつまり愛でしょ?」

澪「……意味がわからないぞ」

紬「またまた、澪ちゃんって素直になれないわねぇ」

澪「はぁ、もうどうにでもしてくれ……」

紬「――あら、なんなのこの手紙!?」

澪「おい……」

紬「『愛しのムギへ』――ですって!! これってラブレターよね」

澪「お前が用意したんじゃないか……」

紬「ああ、なんてことなの!! 私って本当に罪な女!!」

澪「気が狂っとる」

梓「チャンチャンです」


~おしまい~