それから一ヶ月が経過した。
つまり、紬が学校を欠席するようになって、一ヶ月の時が流れたのだ。

学校側には体調不良との連絡がされており、疑問を挟む人間は少なかった。
良家育ちで成績優秀な紬の非行を疑う教師は皆無と言える。

ことの真相は、軽音部のメンバーのみが知っている。
とりわけ当事者の梓は、紬の突然の長期欠席に心を痛めていた。

他のメンバーも、この時ばかりは紬の心体を心から案じていた――



律「ふぅ……」

澪「あれから一ヶ月か」

唯「……ムギちゃん」

梓「……」

律「そろそろ、どうにかしないといけないよな?」

澪「ああ、もちろんだ」

唯「私、ムギちゃんのお家にお見舞いに行こうかな?」

律「わ、私も――」

澪「逆効果だ」

律「どーしてだよ?」

澪「……ムギにもプライドがある。律、お前が今さら慰めたところで惨めな気持ちになるだけだよ」

律「それじゃどうしろって言うんだよ!!」

ガタン

唯「ひぃ!!」

律「私は確かにムギを振ったさ!! ああ、振ったとも!!
  でもな、人を振るってそんなに罪なことかよ!!」

澪「……いいや、無理して付き合っても相手の気分を害するだけだろう」

律「だったら!!」

澪「一度、私と梓の二人でムギの家を訪問してみようと思うんだ」

梓「!?」

唯「わ、私も!」

澪「唯はいい。あまり人数を増やすのもよくない」

唯「そ、そっか」

律「……結局、私は手を拱いて見てるだけってことかよ」

澪「梓は今回の件の重要人物だ。梓がいないことには何も始まらない」

律「で、お前は?」

澪「私は第三者だ。一応、なんらかの役には立つつもりでいるよ」

律「……私よりは適任だって言いたいのか?」

澪「そう、律はとりあえず裏方に徹してくれ。今回ばかりはな」

澪「それでいいか、梓?」

梓「……はい」

澪「よし、そうと決まれば話は早い。明日は土曜、早速訪ねることにしよう」

律「……澪、頼むよ」

梓「皆さん本当にすいません。全て私のせいです……」

律「お、お前が気に病む必要はねぇよ。私にだって非はあるし」

梓「私がムギ先輩を蔑ろにしたから……」

律「私だってそうだよ……。元はと言えば全部私が……」

澪「おいおい、責任の被り合いは止せ。そんなことは何ら生産性がない。無意味だ」

唯「澪ちゃん」

澪「責任は私にだってあるよ。
  私は部活動のことばかりを考えて、ムギの気持ちを汲むことを失念していた」

律「……」

澪「梓、明日は大丈夫だよな?」

梓「は、はい! もちろんです!」

澪「――これで全てが丸く収まればいいがな」


―――
――

ピンポーン

斎藤『はい?』

澪「すいません、ムギ――紬さんの友人なのですが」

斎藤『お名前を伺ってもよろしいでしょうか?』

澪「私は秋山澪です」

梓「……中野梓です」

斎藤『少々お待ち下さい――』

澪「やはり豪邸だな。執事さんも丁寧で柔和な印象を受けたよ」

梓「ええ」

澪「ムギは在宅のようだな。特に入院などをしている様子は感じられなかった」

梓「……何よりですね」


ガチャ

斎藤「お待たせ致しました。どうぞお上がり下さい」




カチャ

斎藤「こちらの紅茶をお召し上がり下さい」

梓「あ、ありがとうございます」

澪「……紬さんは?」

斎藤「……紬お嬢様は、あなたたちにお会いしたくないと仰せです」

澪「え?」

斎藤「……この一ヶ月、紬お嬢様は喪に付したように元気をなくされております」

梓「そ、そんな……」

斎藤「学校で何があったかは存じませんが、あれほど気の沈んだ紬お嬢様を見るのは初めてのことです」

澪「……」

斎藤「ご学友にすら会いたくないと仰るのです。やはり余程のことがあったのでしょう」

梓「……っ」

斎藤「私は執事の身の上、僭越なことはできません。
   しかし、紬お嬢様を敬う気持ちは誇れるものだと自負しています」

澪「そ、そうですか……」

斎藤「……忸怩たる思いですが、紬お嬢様から御心を開いてくれないことには、何ら打開策が見い出せません」


―――
――

澪「ごちそうさまでした」

梓「紅茶、とても美味しかったです」

斎藤「……誠に申し訳ありませんが、今日のところはお引き取り願います」

澪「……はい」

斎藤「後日、改めて訪問された際には、紬お嬢様のお気持ちに変化があるかもしれません」

澪「そう願います」

斎藤「誠に申し訳ありません……」

スッ

澪「これは授業ノートの写しです。よかったら紬さんに――」

斎藤「……紬お嬢様は本当にいいご学友をお持ちのようです」

澪「いいえ、私にはこれくらいのことしかできませんから」

斎藤「……」


―――
――

コンコンコン

紬「……入っていいわよ」

ガチャ

斎藤「失礼します。紅茶をお持ちしました」

紬「……良い香りね」

斎藤「紬お嬢様、夕飯の支度が整いました。これから――」

紬「……今はいいわ。ごめんね」

斎藤「で、でしたらこちらにお持ちしましょうか?その旨、家政婦に伝えておきますので」

紬「……食欲がないの」

斎藤「紬お嬢様……」

紬「……斎藤、今は一人になりたいの」

斎藤「こ、こちらのノートを御覧ください。先程、紬お嬢様のご学友がお持ちになったものです」

紬「!?」

斎藤「秋山澪さまからです。同じクラスと仰っていましたが」

紬「……そこのテーブルの上に置いといてくれる?」

斎藤「かしこまりました」

スッ

斎藤「それでは失礼しました。私はこれにて――」

紬「ごめんね、斎藤……」

斎藤「……失礼します」

ガチャ


紬「……」

ペラッ

紬「澪ちゃんの字だわ。すごく丁寧ね」

紬「授業、結構進んでいるみたい。このままじゃ置いてけぼりだわ……」

紬「私、何やってるんだろう……」

パタン


紬「私、どうすればいいのかな? ねぇ、梓ちゃん――」


―――
――

澪「しかし残念だな。ムギの顔すら確認できなかった」

梓「はい……」

澪「後日、改めて訪問しよう。時間が解決してくれることを祈るしかない」

梓「……私、何やってるんですかね?」

澪「梓?」

梓「あれから色々考えたんです。ない頭を絞って――」

澪「……」

梓「私、こんなに人のことで頭をいっぱいにするのは初めてです」

澪「お前のせいじゃない」

梓「近頃の私、ムギ先輩のことばかり考えています。四六時中ずっと――」

澪「梓?」

梓「澪先輩、そろそろ電車が来ますよ? 早くプラットホームに向かった方がいいです」

澪「お前、まさか――」

梓「ええ、そのまさかです」

澪「こ、この時間帯はまだ……」

梓「陽が沈むまで待ちます」

澪「ほ、本気か?」

梓「今帰ったら絶対に後悔しますから」

澪「……お前がその気なら私は止めないよ」

梓「ええ、そうしてください」

澪「梓、頼りにならない先輩でごめんな……」

梓「いいえ、澪先輩からはたくさんのものを受け取っていますから」

澪「……」

梓「放課後ティータイムは終わらせませんよ、絶対に」

澪「……梓」

梓「さぁ、早く行って下さい。電車に乗り遅れちゃいますから」

澪「ああ」

ガタンゴトン


―――
――

梓(玄関から入っても元の黙阿弥だよね)

梓「よし、それならこの塀から――よっと!」

ガシ

梓「いたたっ! お腹挟んだ!」

ガシガシ


梓「……ふぅ」

梓(さて、なんとか登れた。それにしても高いなぁ)

梓(頭から落ちたら死んじゃう高さだ。これは気を付けないと)

梓(……これってよく考えたら不法侵入? 見つかったら即補導?)

梓(いや、この際気にしていられないよ。猪突猛進、律先輩の精神でいこう)

梓(あの木に飛び移ったら降りられそうかな――よしっ!)

梓「やぁ!」

スタッ


スルスル

梓(よし、侵入成功!)

梓(……ムギ先輩の部屋はどこだろう?)

梓(ああ、ダメだ。あまりに無鉄砲すぎたかなぁ――)

犬「ワンワンワンワン!!」

梓「ひゃああああ!!」

ガサッ

犬「ガルルルルルル!!」

梓(……お、驚いたぁ。ムギ先輩の家、あんなに大きな犬を飼ってたんだ……)

梓(とりあえず隠れたのはいいけど、このままじゃ動けないよ……)

梓「どうしよう――」


斎藤「これこれ、ジョン。一体どうした?」

梓(斎藤さん!?)

犬「ガルルルルルル!!」

斎藤「……何かいるのか?」

犬「ワンワンワンワン!!」

梓(ああ、不味いよ――このままじゃ絶対にバレちゃう!)

梓(な、何とかしないと! 今までの苦労が台無し!)

梓(よ、よし――)

斎藤「あそこの植木の陰か?」

犬「ガルルルルルル!!」

梓「に、にゃ~ご」

斎藤「……なんだ猫か。ジョン、野良猫なんぞに吠えるものじゃないぞ」

犬「クーン……」

斎藤「お前はイギリス王家の愛犬の血を引く、とても高貴な犬なんだからな。
   それじゃ私は戻るぞ――」

スタスタ

梓(セーフ!!)

梓(さて、早く行こう。このままじゃ命がいくつあっても足りないなぁ……)

スタスタ



3