梓「ムギ先輩は異常ですよ」

紬「そ、そんなこと言っても無駄よ」

梓「私はレズビアンじゃありません。歴とした異性愛者です」

紬「く、口ではなんとでも言えるわ」

梓「はぁ、どうして私がムギ先輩を性的な目で見なきゃいけなんですか?」

紬「あ、梓ちゃんが私とエッチなことをしたいからよ……」

梓「……付き合っていられませんね。帰らせていただきます」

ガチャ


紬「あの冷やかな眼差しだって、本当は愛情の裏返しなのよ……きっとそうだわ」




憂「梓ちゃん」

梓「……また?」

憂「うん」

純「あはは、モテる女はツライねぇ。しかも上級生に」

梓「純、冗談はやめてくれる? 全然嬉しくないから」

純「初夜は報告してよね」

梓「純、いい加減にしないと怒るよ?」

純「あはははははははははは!」


ガチャ

紬「梓ちゃん!」

梓「またですか、ムギ先輩……」

紬「今日もお弁当を作ってきたわ!」

梓「私は自分のがありますので」

紬「またまたぁ、本当は嬉しいくせにぃ! 素直になれないだけよねっ!」

梓「……平和な人ですね、ムギ先輩は」


―――
――

憂「……すごいお弁当だねぇ」

純「……作り手の偏執的な愛情を感じるってかさぁ」

梓「あの、二人とも? すごく食べ辛いんだけど?」

憂「あの黒いプチプチってキャビアだよね?」

純「松葉ガニも入ってるね。弁当のオカズとしてはやりすぎだわ」

梓「ムギ先輩の家はお金持ちだから……」

純「よかったじゃん、梓。これっていわゆる玉の輿?」

梓「全然嬉しくないから……」





~部室~

紬「!!」

律「お、おい。どうしたんだよムギ?」

澪「またか……」

紬「こ、これを見てっ!! 私のキーボードの上に置かれていたのっ!!」

唯「手紙?」

紬「き、きっと梓ちゃんからのラブレターよ……絶対にそうだわ」ブツブツ

唯「開けるね、ムギちゃん」

澪「唯、人の手紙を勝手に開封するものじゃ――」

律「――止めなくていいと思うぞ。どうせ自作自演だし」


―――
――

~愛しのムギ先輩へ~

ムギ先輩のお腹に手を這わせたいです。
ムギ先輩のお尻を揉みほぐしたいです。

ムギ先輩の内腿を舌で舐め回したいです。
ムギ先輩の首筋もペロペロしたいです。

でも、それらは叶わない願望です。
なぜなら、ムギ先輩は私を愛を頑なに拒否するからです。

しかし、私はムギ先輩を諦めません。
いつかきっと、私のモノにして見せます。

必ず――

~哀れな後輩より~


――
―――


律「全部ムギの願望じゃねぇかよ」

澪「……」

唯「どういうことなの?」

律「ムギは梓に内腿や首筋をペロペロされたいってことだ」

唯「そんなの汚いよ」

律「まったくだ」

澪「……ムギ、哀れなヤツ」


ガチャ

梓「すいません、遅れました――」

紬「!?」

梓「な、なんですかムギ先輩? ハトが豆鉄砲を食らったような顔して」

紬「――梓ちゃん、何度も言うようだけど私は無理だから」

梓「?」

紬「梓ちゃんの倒錯した愛に、応えられそうにないから――」

梓「倒錯してるのはどっちですか……」


紬「御免なさい……ううっ」

梓「ム、ムギ先輩?」

紬「しくしく」

唯「ああ、あずにゃんがムギちゃんを泣かせた~」

律「はは、いけねーんだぁ」

律「……お二人は少し黙って下さいよ」

紬「本当に御免なさい、梓ちゃん――」

ガチャ


梓「ああ、ムギ先輩っ! 待って下さいよっ!」

澪「行ってしまったな」

律「梓、部室は舞台じゃないんだぜ? 下手な愁嘆場は他所でやれよなぁ」

梓「人ごとだと思って……」


律「梓、お前もうムギと付き合っちゃえよ」

梓「無理です」

澪「私からもお願いしたい」

梓「……どうしてですか?」

澪「ムギがあの調子じゃ部活動がままならないじゃないか」

律「近頃、練習も全然できてねぇし」

唯「りっちゃんはその前からもやる気ないでしょ」

律「うるせーよ、唯」

澪「これは放課後ティータイムの危機なんだよ。存続が危ぶまれている」

梓「……澪先輩が私の立場ならどうします?」

澪「ん?」

梓「ムギ先輩から異様に執着されたらです。お尻を撫でて欲しいなんて頼まれたら」

澪「冗談きついな」

律「はは、勘弁してくれよ。レズでもあるまいし、考えただけで気色悪いわ」

梓「……律先輩には聞いていません」


梓「とにかく、私はムギ先輩を探して来ます」

唯「あずにゃん、どこいるのかわかるの?」

梓「大体見当がつきますので」

律「さすがだねぇ。赤い糸で結ばれた二人はよぉ」

梓「……」

澪「梓、前向きに検討してみてくれ。全てはお前の双肩にかかっている」

梓「変なプレッシャーをかけないで下さい」

唯「あずにゃん、ファイト一発だよ!」

梓「……唯先輩、全然聞いていませんね。失礼しました」

ガチャ


澪「元を辿れば全部律のせいだぞ」

律「ん?」

澪「お前がムギを振ったから、こんな面倒なことになったんだ」

律「ああ、そんなこともあったような……」

澪「とぼけるな」

律「おいおい……」

澪「お前に振られてからのムギは酷いものだったぞ。なぁ唯?」

唯「うんうん、メールが一日に何十通も来てねぇ。正直返信するのが億劫だったよ」

澪「ああ、私たちにはどうすることもできないのにな」

律「人を完全に悪人扱いしやがって……」

澪「――その点、梓は実に献身的だったよ。ムギへの励ましも人一倍だった」

唯「だよねぇ、二人で遊びに行ったりもしたって言ってた」

澪「梓は根が真面目だからな。バンドの調和を保とうと努力したんだろう」

唯「でも、それが――」

澪「――仇になったんだな」

律「……」

澪「結果として、ムギは律から梓に入れ替えたというわけだ」

律「で、でもさぁ。お前らだってムギから『好き!』なんて言われたら気色悪いだろ」

澪「論点のすり替えだな。見苦しいぞ」

唯「反省しなきゃだよ、りっちゃん」

律「ちっ!」

澪「私としては部が円滑に機能してくれさえすればそれでいい」

唯「ムギちゃんがいないとお菓子が食べられないし! お茶もだよ!」

澪「……いつの間にやらティータイムも必要不可欠な要素になったからな」

律「ったく! 私だって自分なりに色々考えてだなぁ!」

澪「……ふん、部長のくせに部員のメンタルケアすらできないくせに」

律「お前は部長に求めるものが多すぎるぞ。無理難題を課せられても困る」

唯「はぁ、どうでもいいけど早くケーキ食べたいなぁ」

澪「ケーキならそこにあるぞ」

唯「わぁ! お先に食べちゃおっと!」

律「そーいや腹減ったな。私も食おっかな」

澪「……ムギが帰って来るまで置いておけよ」


―――
――

梓「ムギ先輩」

紬「……うふふ、やっぱり梓ちゃんは全てをお見通しなのね」

梓「早く帰りましょう。こんな場所にいても仕方ありません」

紬「こんな場所って?」

梓「校舎裏です。校内でも有数の辺鄙な場所じゃないですか」

紬「……本当は帰りたくないのよね?」

梓「?」

紬「……わ、私と二人きりになりたいのよね?」

梓「ムギ先輩……」

紬「い、今だったらキ、キスくらいならさせてあげてもいいわよ? 思ってもない幸運でしょ?」

梓「遠慮します」

紬「ど、どうして?」

梓「私にとってのムギ先輩はバンドの仲間に過ぎません。それ以上でも以下でもなく」

紬「梓ちゃん……」

梓「邪な幻想を抱くなんて、万が一にもあり得ません」

紬「で、でも……。手紙にはいつも……」

梓「あの手紙はムギ先輩の自作自演です」

紬「……」

梓「ムギ先輩、疲れませんか? いつまでもこんなことを続けるのは?」

紬「そ、そんな……」

梓「律先輩とのことは同情します。あれが切欠でムギ先輩は変になってしまったのですから」

紬「――っ!!」

梓「私で力になれるなら協力しますよ。でも、ムギ先輩の好意に応えるのは不可能です」

紬「りっちゃんなんてどうでもいいわっ!!」

梓「!?」

紬「私が好きなのは梓ちゃんだけよっ!! 以前から変わりなくっ!!」

梓「ムギ先輩……」

紬「ねぇ、梓ちゃん覚えてる? 私たち、一緒に遊園地に行ったわよね?」

梓「ええ、覚えていますよ。私から誘ったのですから」

紬「本当に嬉しかったわ……」

梓「小さな遊園地ですけどね。アトラクションの数も知れています」

紬「でも、私、ああいう遊園地に行くの初めてだったから……」

梓「……そうですか。それはよかったです」

紬「梓ちゃん、本当は私だって気付いているわ。こんなことは自己満足に過ぎないって」

梓「……」

紬「みんなにだって迷惑をかけているし……」

梓「それなら……」

紬「――だから、はっきりと言わせてもらうわ」

梓「?」

紬「梓ちゃん、私の恋人になって」

梓「……」

紬「今なら全てを受け入れるわ。嘘偽りのない本心で答えて?」



梓「――ごめんなさい」

紬「……」

梓「私はムギ先輩とは付き合えません」

紬「……」

梓「ムギ先輩の気持ちは嬉しいです。人から好意を寄せられるのは、誰だって嬉しいはずです」

紬「……そう」

梓「でも、私は――」

スタスタ

紬「……うふふ、ごめんなさいね、梓ちゃん」

梓「ムギ先輩、どこに行くつもりですか?」

紬「……私、なんだか具合が悪くなっちゃった。先に帰るわね」

梓「ええ!?」

紬「――さよなら」

梓「ムギ先輩っ! 部室に荷物を置いたままですよっ!?」

紬「……さよなら」



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