【参考資料をめぐる>>1の雑記】

結局のところ、遺憾ながらSSは創作であり脚色なので、まだ夏休みもあるでしょうし、参考文献も是非どうぞ。


1,「ひめゆり平和祈念資料館 ガイドブック」(ひめゆり平和祈念資料館発行)
  女師・一高女及びひめゆり学徒隊の概略を知ることが出来る。他校学徒隊に関する記述もあり。
  証言が充実しているが、実体験は極めて凄惨である(このSSでは到底比較にならない)。
  市販されていないが、資料館に直接問い合わせると、有償頒布してくれる。

2,「墓碑銘」(ひめゆり平和祈念資料館発行)
  沖縄戦で亡くなった女師・一高女の教師・生徒の一人ひとりの足跡、そしてその最期を紹介したもの。
  「「テンプルちゃん」の愛称で親しまれ」「ブルーマーのよく似合うスポーツマンで」などという表現を見ると
  本当にごく普通の女子校生が戦場にかり出されたのだと痛感させられ、非常に沈鬱な気分になる。
  1,同様、市販されていないが、資料館に直接問い合わせると、有償頒布してくれる。

3,長編ドキュメンタリー映画「ひめゆり」パンフレット(資料集)及び同映画(プロダクション・エイシア)
  元学徒隊員の証言を記録したドキュメンタリー。DVD化はされておらず、自主上映のみであるが全国各地で上映されている。
  観られる機会は少ないので、近場で自主上映していたら、観にいくとよい。
  なお、パンフレット(有償頒布)は映画の内容を文字に起こしたものが掲載されており、単体で読んでも勉強になる。

4,「ひめゆりの塔をめぐる人々の手記」(角川文庫)
  ひめゆり学園の元教諭の仲宗根政善氏の編著による。ひめゆり学徒隊関連の書籍としては最も入手しやすいと思われる。
  書名のとおり、著者及び元学徒隊員たちの、沖縄戦における手記を編集したもの。
  なお、初版は「沖縄の悲劇」という題名であったが、改題した。そのあたりの事情・心情の考察は5,にも詳しい。

5,「死者たちの戦後誌 沖縄戦跡をめぐる人々の記憶」(御茶の水書房)
  沖縄戦の記録そのものというよりも、戦後において“その戦死者を悼む”ということが、
  どのような社会的・文化的・政治的文脈の中に置かれ、どのように生き残った人々が行動したか、を研究したもの。
  元は著者の博士論文を増補したものらしいので、非常に重厚であるが、極めて示唆に富む。
  当初SSでは沖縄戦そのものについても紙幅を割いて扱う予定であったが、これを読んだために、到底無理と悟り、
  ひめゆり学徒隊のあらましを中心にすることにした(けいおん!との関連性をも考えると、それでよかったと思う)。

6,「沖縄県の百年」(山川出版社)
  県民100年史シリーズのひとつ。琉球王朝末期から現代までの近現代沖縄史をまとめたもの。
  教科書然としているがコンパクトにまとまっていて、沖縄及び沖縄戦にまつわる前提知識を得る上では適書。

7,「21世紀のひめゆり」(毎日新聞社)
  元学徒隊員の戦後の活動記録を中心にまとめられた本。様々な苦労が戦後も続いたことが察せられる。
  無論、基地問題等、政治活動に関する記述も多く、読者によっては、政治的な立場の違いから若干げんなりするかもしれないが、
  このような悲惨な戦場体験を経た以上は、平和運動に邁進することは当然の帰結であろう。  

8,「ひめゆりの塔 学徒隊長の手記」(雄山閣出版)
  ひめゆり学徒隊引率者西平英夫氏の手記。構成は4,に似ているが、基本的には西平氏本人による記録が中心。
  この手記は戦後まとめられたものであるが、戦中において記録された「状況報告書」が戦没学徒隊の援護事業に活かされた。

9,「ドキュメント沖縄 1945」(藤原書店)
  見開き2ページで1日分の推移を雑記した、日めくり形式のドキュメント。
  あえて雑然とした構成をしているが、往時の新聞を日々追っているような気分でサクッと読める。

10,「沖縄の島守―内務官僚かく戦えり」(中公文庫)
  戦前最後の沖縄県知事、島田知事と、警察部荒井部長の姿を追ったもの。
  沖縄戦下においても最後まで戦場行政を担った人々の記録。

11,「母と子でみるひめゆりの乙女たち」(朝日新聞出版社)
  1980年の全国巡回写真・資料展をまとめたダイジェスト。

12,「ひめゆりの沖縄戦―少女は嵐のなかを生きた」(岩波ジュニア新書)
  ある学徒隊員の沖縄戦時の回想録。ジュニア新書なので読みやすい。

13,歴史群像シリーズ「沖縄決戦」(学研)
  沖縄戦の戦況の推移に関しては主にこれを参考とし、ウィキペディアも参考とした。

14,けいおん!各巻(芳文社)及びけいおん!・けいおん!!DVD各巻(ポニーキャニオン)
  不要かと思うが、一応言及すると、軽音部員の女子校生のまったりした日常の徒然草。
  そもそも、去年沖縄に行って戦跡を巡ったあと、帰宅して深夜に『けいおん』を観ていたところ、
  ふと、「『ひめゆり』も同じ平仮名四文字の女子校生の記録だというのに、時代と場所が違うだけでこうも違うものか…
  きっと、りっちゃんとかも“夢はでっかく武道館!”とは言っても、そこに程近い靖国や千鳥ヶ淵なんか“何それ?”だろうな…」
  と、やるせなくなり、そして「そう言ってもこうして安閑としている自分も似たようなもんだ…」と非常に憂鬱になったのを覚えている。
  今回、このSSを編んだのも、それが遠因かと思う。



まだ落ちてなかったのか…せっかくなのでまた蛇足

沖縄戦と音楽というと、以下の歌も有名ですね

さとうきび畑

http://www.youtube.com/watch?v=tyB9z2C98tM
島唄

http://www.youtube.com/watch?v=DKB41krUnVU

何事も、是非を論じ、善悪を案じるにしても、人ごとに立場の違いがあるのは致し方ありませんが、
そもそも、歴史を知らないことには考えようもないですし、忘れてしまうというのは、とても寂しいことです。


何も四六時中、眉間にシワ寄せて考えることはないとは思いますが、
時には、歴史の来し方行く末を考える機会があっても良いのではないでしょうか。
過去があって現在があり、現在があって未来があるわけですし・・・

すでにあっちこっちで正体割れているみたいなので白状しますが、去年「ジョニーが凱旋するとき」を題材にしたときは、
正直そこまで深くは考えていませんでしたけれども、あれも歌と小説と別個に史実に題材がありますし。
(戦史ではありませんが野麦峠も歴史という文脈では同じ位置付けといえましょう)

ところで、しばしば「けいおんでやる意味なくね?」と言われるのには反論の余地もないのですが、
"日常系アニメ”のもう一つの姿、ということでご容赦ください。
(さすがに軽音部員らを不要に傷めつけているというのは心外だけど)

しかし、いわゆる"日常系アニメ”なる文脈で、「日常≒ゆるゆるまったり」という図式が成り立つのも、
現代の天下泰平の世の中だからこそで、少し時代が違えば日常なんて決してゆるゆるまったりしてなかった、と。
現代の「日常」を我々も享受してるのを忘れちゃいけないなー、とか思うわけです。