しかし、十数秒ほど経ったでしょうか。


 「あ、あれ? 爆発しない……」


波をかぶって火薬がしけてしまったのでしょう。戸惑った私は、手榴弾を右手に握って眺めました。


 「お姉ちゃん、石で叩いてみようよ!」


そう言って、憂が足もとにあった石ころに手を伸ばしたそのときです。










………ボン。












―――同日、日本軍沖縄守備軍 第三十二軍司令官・牛島満中将が摩文仁において自決。

これにより組織的戦闘は終わったものの、以下の軍司令官命令が発せられ、停戦交渉も行われなかった。

「爾後各部隊ハ各局地ニオケル生存者ノ上級者コレヲ指揮シ最後マデ敢闘シ悠久ノ大義ニ生クベシ」

このため、各地で散発的な抵抗と米軍の執拗な掃討作戦が長く続いたのである。

最終的に、日本軍沖縄守備軍が降伏調印したのは、

ポツダム宣言受諾の八月十五日、戦艦「ミズーリ」艦上における降伏調印の九月二日よりも遅く、

実に、九月七日のことであった―――



―――どのくらい時間が経ったのでしょうか。


私は全身の傷口にハエがたかり、ウジが体中をついばむ感覚で、ぼんやり意識を取り戻しました。


 「……ぅ……ぃ」


憂の名を叫ぼうとしても、激痛とともに血がのどにゴボゴボと絡まるだけ。

手榴弾の破片にやられたのでしょう。目も見えず、言葉も発することができません。


感覚のなくなった右手を、左手で触ると、手首から先がなくなっていました。


 (……憂……どこ……?)


しばし、岩陰を転がってまさぐりましたが、憂らしきものには触れられませんでした。


 (ああ、きっと、米兵にさらわれちゃったんだ……)


私は負傷がひどく気絶して仮死状態で、死体と間違えられたのでしょう。


 (こんな、こんなことって……)


妹と最期を共にすることさえできないなんて。

光を失った私の両眼から流れる、血の涙。


 (憂、ごめんね……最期まで情けないお姉ちゃんで、ごめんね……)


きっと、憂も米兵の獣欲の毒牙にかかった挙げ句、殺されるのでしょう。

もはや私には、助けに行くこともできません。


 (……だったら、せめて、せめてこんな暗い穴蔵じゃなくて、太陽の下で、死にたい……)



そして私は、片ひじと片ひざで、波の音を頼りに、ズルズルと、外にはい出したのです。





ざざあ……




ざざあ…………




―――――――――

――――――

―――




―――「ひめゆり学徒隊」に動員された生徒二百二十二名、教師十八名。


うち戦死者、生徒百二十三名、教師十三名。学徒隊以外の戦死者、生徒八十七名、教師三名。





そして、男子学徒隊の各校「鉄血勤皇隊」や、他校の女子学徒隊である、



「白梅学徒隊」「瑞泉学徒隊」「梯梧学徒隊」「積徳学徒隊」「なごらん学徒隊」など、



沖縄全県下の学徒・教師のうち二千六名が戦場で亡くなっている―――




―――


――――――


―――――――――



  ……?…イ? 大丈夫? 唯!?」


誰かが、すぐ近くで叫んでいます。


 「……う……」


まぶたをこじ開けると、そこは薄暗い深緑のテントの中。

寝台の上に寝かされているようです。私の顔や体のあちこちに包帯が巻かれています。


私は、まだ目の焦点も定まらず、うわごとのように問いました。


 「ここは……?」


しきりに叫んでいたのは、少し大人びた女学生っぽい人でした。

その人が、少し表情を和らげて私に話し掛けます。


 「ここは、宜野座の米軍の収容所にある病院。私も、至近弾を浴びて気絶している間に捕まって、ね」


意識がもうろうとしている私には、そう言われても状況が飲み込めません。


 「べいぐんの、しゅうようじょ…?」


米軍、と聞いて、これから酷い目に遭うのか、とも思いましたが、捕まった以上は心配してもどうにもなりません。




 「そう、収容所。でもよかった。唯が、目を覚ましそうだと聞いて、病院まで来たんだけど……」





 「ぁ、私、唯じゃなくて、妹の、憂です……」






私は、覚めかけの頭を回転させて、その女学生さんの勘違いを正しました。


 「……ごめん。私、唯の同級生の知花姫子。

   あなたが唯そっくりだから、付けてたヘアピンを見て、てっきり唯だと思って」


そう言って姫子さんは、はにかみながら、私が付けていたお姉ちゃんのヘアピンを見せてくれました。


 「そのヘアピンは、海岸で手榴弾自決しようとしたときに、お姉ちゃんがくれたんです……」

 「……えっ?」


私がそう言いかけると、姫子さんの表情が険しく曇りました。


 「「じゃあ……」」


その言わんとするところを察した私は、姫子さんと同時に問いを発したのです。







 「唯は!?」「お姉ちゃんは!?」






 “……然レトモ朕ハ 時運ノ趨ク所 堪ヘ難キヲ堪ヘ 忍ヒ難キヲ忍ヒ 以テ萬世ノ為ニ 大平ヲ開カムト欲ス……”
                                               (上記音声資料においては、3:21前後)



―――八月一五日


まだ昼だというのに、米兵たちがさかんに酒を飲み、花火や銃を空に撃ったりして騒いでいます。


米兵が銃を乱射する音を聞いて、「友軍が総攻撃をかけて助けに来た」と叫ぶ人もいましたが、

噂では、日本は戦争に負けたらしいです。



収容所に入ってからというもの、米兵の強姦事件が幾度もあったり、

食糧事情や衛生事情も悪く、せっかく助かっても命を落とす人が多くいました。


私は、ケガもだいぶ癒えたのですが、収容所内の病院の手伝いにかり出される以外は、

抜け殻のように、無気力にぼんやりとしていたのです。





私は、バラックの寝台の上に座り、汗で額に張り付いた前髪を払います。

すると、髪に留めたお姉ちゃんのヘアピンが指に触れました。


 「……“生きて虜囚の辱めを受けず”、か」


そのヘアピンを指先でいじりながら、ふと、独り言を漏らしました。


 「……“死して罪禍の汚名を残すことなかれ”」


私のつぶやきに応じて、背後から声がしました。私はわずかに振り向いて声の主を確かめます。


 「『戦陣訓』も私たちみたいな“艦砲の喰い残し”には、もう何の意味もないわね」

 「姫子さん……」


私たちのいるバラックの前を疾走してゆくジープの上で、酒と日焼けで赤ら顔になった米兵たちが歓声を上げていました。



姫子さんが寝台に腰を下ろし、外の景色を見遣りながらつぶやきます。


 「やはり、日本は負けたんですって。米兵のバカ騒ぎは、その祝勝会」


私は、その姫子さんの言葉を聞いて、ヘアピンをいじる指を止めました。


 「……そう、ですか」











視界の中では、昨日と同じように、収容所のバラックとテントの群れが、炎暑の下でかげろうに揺れています。






長い、長い、沈黙がありました。






そして、


 「生き残りの女学生は、小学校の臨時教師をやるように、って言われてるけど、よかったら、どう?」


姫子さんはそう言って、ガリ版刷りの教科書をかたわらに置いてくれました。

収容所でもすでに、青空教室が産声を上げていたのです。


 「………」


私は返事をしないまま、ほこりっぽい赤茶けた外の景色を眺めつづけていました。


 「……オルガン、弾けるんでしょ?」


そう言い残し、姫子さんは静かに立ち去ったのです。


私は、やはり返事をしませんでした。


 「………」





やがて、日が西に傾きます。


そして私は、ふと、手元に置かれた教科書に目を向けました。



 「………」


その小学一年生向けの教科書を初めて手にとって、何気なく表紙をめくります。

すると、その1ページ目には、こう書いてありました。






 『 アヲイ ソラ   ヒロイ ウミ 』






 「あ………」


私は、思わず声を漏らしました。



ポタ、ポタ、と、我知らず、教科書のページに雫が落ちます。私の涙でした。


「国破れて山河なし」と言われるほどに緑を焼き尽くし、山野の形すらも変え、

のちに「鉄の暴風」とまで形容された砲火が吹き荒れたこの島に残されたのは、

『青い空 広い海』、それだけでした。



親しい友人たちも、優しい先輩たちも、そして、最愛の姉も、もはや居ないのです。



 (……いないんだ。もう、みんな、いないんだ)



ふと、そんな感覚が、猛烈な実感を持って押し寄せてきます。

私は思わず、髪に留めていたお姉ちゃんのヘアピンを手に取ると、

手のひらに突き刺さるほど、強く、強く握りしめました。


そして、私は、慟哭したのです。 




 「…う……うぅ、っ、お、おねぇぢゃぁぁぁ……ぁん……っ」









―――ひめゆり学園と言われた、この沖縄師範学校女子部・沖縄第一高等女学校は、

他の多くの師範学校が、戦後の学制改革によって新制大学の教育学部として再出発する中で、

学び舎は灰燼に帰し、教師も生徒も多くが死亡し、米軍軍政下で再建もままならず、廃校となった。

かつて県営鉄道の鉄道橋であり、現在は国道330号線の一部である「姫百合橋」に、その名を留めるのみである―――


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