―――そして、三月二十四日、夜。


前日に続いて、その日も激しい空襲がありました。南部の港川のほうで艦砲射撃も始まったそうです。

そしてついに、私たちは陸軍病院に動員されることとなりました。

みんなでわずかな身の回り品を持ち、モンペ姿で南風原に出発することとなったのですが、

先生たちが、ばたばたと走り回って私たちに準備を急かします。


 「急いで! 本当に必要なものだけ持って行くのよ!」


さわ子先生も、焦りをあらわにして生徒に呼び掛けています。

ところが……


 「えーと、コレと、アレと……」


私は荷物をぎゅうぎゅう詰めにまとめていました。

鏡、クシ、歯ブラシ、洗面器、制服などを持てるだけ持って行こうとしましたが、澪ちゃんにたしなめられます。


 「おい唯、そんなにいっぱい持って行けないぞ? 遠足じゃないんだからな!」


そう言う澪ちゃんのカバンを見ると、やはりパンパンにはち切れそうなほどです。


 「そう言う澪ちゃんも、本やノートや日記帳、持ちすぎじゃないかな……」

 「べっ、別にいいだろ! 空いた時間に歌の詞を書いたりするから!」


私が苦笑していうと、澪ちゃんはムキになって反論します。


 「はーいはい。遠足気分はどっちだよ!」


りっちゃんがあきれて言うと、ムギちゃんが小声で耳打ちしてきました。


 「……唯ちゃん、ウッチン茶って、要るかしら?」




女の子なので、鏡やクシは、ほぼ全員が持って行きました。

でも、結局は、お風呂どころか顔も洗えず、ほとんど使うことはできなかったのです。



―――翌朝


 「これが病院?ここ小学校だよね。まあいいか」


一晩中歩いて、ようやく南風原陸軍病院にたどり着きました。

国民学校を接収した病院本部がありましたが、その裏山に、穴ボコがたくさん開いていました。


 「何だあの穴?」


りっちゃんが私の思っていたのと同じ問いを発します。


 「さあ?何だろね?」

 「陣地にしては、病院に近すぎるよな……」


澪ちゃんが、いぶかしげな顔をしています。

ムギちゃんが、ようやく状況を飲み込んで、口を開きます。


 「病院の病棟、らしいわ……」


付近には粗末な三角兵舎がいくつか建っていて、

赤土っぽい山の斜面にいくつも掘りかけの、坑木も天板も作りきっていない横穴。

……つまりは、壕がありました。そこが、病院の主要部分です。

その、幅一間(約1.82m)、高さ一間程度の息苦しい横穴の片側に、木製の二段の寝台が奥までずぅっと並んでいます。



“赤十字の旗のひるがえる病棟で白衣の天使”という幻想は、早くも打ち砕かれました。



―――三月二十九日、夜十時


まだ未完成の壕も多かったので、看護当番でない人は、壕堀り作業などをしていました。

その日も、昼夜続けて、私たちは病院の壕掘りをしていたのです。


 「しゃらんら しゃらんら♪」


私は、ムギちゃんが澪ちゃんを従えてモッコを担いでいく様子を、横目で眺めていました。


 「お、おいムギ、ちょっと待ってくれ!」

 「ムギちゃんは、ほんとに力持ちだよねぇ…」


すると、本部壕に伝令に行ったりっちゃんが、和ちゃんとともに息を切らして走ってきました。


 「おい!今から卒業式やるらしいぞ!みんな早く来いって!」

 「え? 卒業式? こんな夜中に!?」


急遽、校長先生が首里城の司令部からいらっしゃって、卒業式を行うことになったのです。


 「あ、私、制服持ってきてたんだ!本部壕に取りに行かないと!」


そう言った私を、和ちゃんが制します。


 「唯!もう第一外科、第二外科は集まってるのよ!そのままの格好でいいから早く来なさい!」


作業の真っ最中だった私たちは、泥だらけのモンペ姿で出席することになったのです。

結局、大事な制服を着る機会はその後もなく、混乱の中で制服もなくなってしまいました。


とある三角兵舎での簡単な卒業式でした。


例年どおりの卒業証書授与や教員免許状授与もなく、

来賓は、陸軍病院の偉い人たち、父兄代表もお一人だけでした。

あちこちから、すすり泣く声が聞こえます。



   “海行かば 水漬く屍

    山行かば 草生す屍

    大君の 辺にこそ死なめ

    かへりみはせじ……”



「海ゆかば」を歌っている最中にも、遠雷のように艦砲の砲声が響いてきます。

卒業式で歌う予定だった、先生方作詞作曲の「別れの曲」は、歌うことができませんでした。


二つだけともされたロウソクが、校長先生の顔を薄暗く照らし、砲撃でゆらめいて消えかかります。

来賓の祝辞も、校長先生の式辞もほとんど頭に入りませんでしたが、


 「この卒業式は、戦場で挙行する世界で前例を見ない卒業式である」


という校長先生の言葉の一節だけが、心に残りました。


わずか三十分の式が終わると、私たちは余韻を感じるひまもなく、あわただしく各自の持ち場に戻ったのです。

その、卒業式をした三角兵舎さえ、翌日には焼夷弾攻撃で灰となってしまいました。



―――そして、四月一日。米軍はついに沖縄本島中部に上陸を開始。

すでに三月下旬、沖縄本島西方の慶良間諸島を米軍が上陸・占領していたが、

米軍の沖縄本島上陸時、日本軍守備隊は海岸線での抵抗を放棄していたため、ほぼ無血上陸であった。

「こんな楽に上陸できるなんてウソだろう。今日はエイプリルフールだから」と、冗談を言う米兵も居たという。

しかし、これは猖獗を極め、数ヶ月の長きにわたった沖縄本島地上戦の、嵐の前の静けさに過ぎなかった―――



―――初めて、負傷兵が担ぎ込まれてきたときのことです。

運悪く、そのとき私たちは手術室当番でした。

軍医さんや衛生兵が、ばたばたと手術の準備をします。

負傷した兵は砲弾の破片を全身に受けて、血まみれのまま、うんうんと唸っていました。


 「……ひ………っ―――」


澪ちゃんは、その姿を見るやいなや、一言も発さずに失神しバタリと倒れてしまいました。

すると衛生兵が倒れた澪ちゃんの背中を蹴飛ばします。


 「貴様ッ!そんなことで看護が務まるか!立てぃ!」


その様子を見ていた私たちは、止めに入るどころか無言で顔を真っ青にしていました。


 (戦場って、こういうものなんだ……!)



―――四月上旬、ついに沖縄本島においても地上戦が本格化。

嘉数高地などを中心として激戦が繰り広げられる。

一方、三月下旬には「天一号作戦」、四月六日には「菊水作戦」が発動、

以後、六月下旬まで、延べ二千機近い特攻機が沖縄方面に出撃。

四月七日には、水上特攻の任を帯びて沖縄に向かっていた日本海軍第二艦隊が

米軍機動部隊の猛攻を受け、戦艦「大和」以下数隻が撃沈されている―――



―――そして、四月中旬、下旬と時が経ち、負傷兵が増えるにつれて、状況はどんどん悪くなります。



壕の中は換気が悪く、人いきれで蒸し風呂のような暑さで、時にはロウソクが消えるほどの酸欠状態。

むせ返るような血の臭い、膿の臭い、汗の臭い、糞尿の臭い、腐臭。


 「換気用意!」


さわ子先生がかけ声をかけると、みんな、上着、手ぬぐい、タオル、風呂敷などを手に取ります。


 「始めっ!」


そしてひたすら扇ぐのですが、5分も10分も続くので、自然と歌が出ます。

先生の歌う『ああ、特攻隊』の哀調を帯びた歌が心に残りました。


………壕内のあちこちから響く、負傷兵のうめき声。

手のもげた人、足のちぎれた人、火炎放射で全身火傷の人もいます。

破傷風患者は、口から泡を吹いて背中を反らせ、食事はおろか水も飲めません。

破片でノドや背中を裂かれて、呼吸するたびスースー、ジブジブと息が漏れる人……



ある日、下あごが砕かれて食事の出来なくなった人が、何か書く真似をしていました。


 「澪ちゃん、ノートと鉛筆持ってたよね?1枚くれる?」

 「いいけど、ノートはもうないから、教科書ちぎって使って……」


その人が書いた文字は。


 “ゴム管栄養法を考えてください”


そんな事を言われても、ゴム管どころかミルクもありません。

こう言うしかありませんでした。


 「すみません、おかゆで我慢してください……」


私たちは、そんな阿鼻叫喚の中で働いていたのです。


 『飯はまだか!早くしてくれ!腹が減ってんだ!』

 「あずにゃんたちがさっき“飯上げ”に行ったよ!ちょっと待って!」

 『女学生さん、痛てぇ、痛てぇよ!』

 「はいはい!もうすぐ治療班が来るよ!」


薬も包帯も器具も不足していましたが、呼ばれれば応えないわけにはいきません。

私がある兵隊さんに近寄ると、


 『傷がかゆい、包帯代えてくれ、ウジを取ってくれ!』

 「り、了解です!澪ちゃん、包帯ある?」

 「無い、な。また同じ包帯を使うしかない……」


血糊でくっついた包帯は固まって腐ってしまい、ほどくにほどけません。

澪ちゃんが、ハサミを借りてきたので、包帯を切り開きます。

……ドロリ。

ゼラチンか濃い鼻水みたいな大量の膿汁が、強烈な悪臭とともに溢れ出て、足もとに太ったウジが何匹も転がります。


 「おぇ……」

 「……ゴホっ」


私と澪ちゃんは、思わず一瞬吐き気を催して顔を背けると、ランプで照らされた薄暗い壕の奥で、

他のみんなが修羅場の中で苦闘している姿が見えました。

 『水が欲しい!水くれぇ!』


りっちゃんが、発熱患者の頭を冷やすタオルのための泥水を運んでいると、

いきなり寝台から伸びてきた兵隊さんの手に、腕を捕まれています。


 「ダメだダメだ!これ泥水だし!それに水飲むと傷が悪くなるから!」

 『頼むから水を!水ぅ!』


りっちゃんがその手をふりほどくと、その兵隊さんはいきなり近くにあった空き缶をつかみ、

それを口に運んだのです。


 「あ!やめろ!飲むなって!それ尿器だから!」


中には渇きに耐えかねておしっこを飲んでしまう兵隊さんもいました。




 「うぅ……傷の奥に入り込んで……」


私は、暗い手元を見つめ眉間にしわを寄せ、ウジを取っています。


 『ぐぅう!痛いぃぃい!』

 「ひえぇ、ごめんなさい!」


無理に取ろうとすれば、兵隊さんが苦悶の表情で身をよじるのです。

ピンセットもなく、そのへんの葉っぱの茎でウジをかき出していました。

するとまた、別の場所から叫び声が上がります。


 『用が足したい、便器くれ、尿器くれ!』

 「おい澪!これ持ってってやって!」


りっちゃんが、尿器に口をつけていた兵隊さんから尿器をむしり取って、澪ちゃんに渡します。


 「え!? ちょっと、誰に持って行くんだよ!」

 「いま声がしたろ!自分で探してくれよ!」


澪ちゃんとりっちゃんが言い争うように問答していると、奥のほうから怒鳴り声が上がります。


 『ちくしょう、上のヤツがションベン漏らしやがった!ふざけやがって!』


絶えず響く、負傷兵の呻吟、煩悶、怒号、罵声。

また、気の触れた脳症患者はうわごとを繰り返し、ケガの痛みも忘れてあちこち暴れ回ります。


 『突撃!突撃ぃ~!』


時には周りの負傷兵に危害を加えるので、危険極まりありません。


 『おい!こいつうるせえからどこかに連れていけ!』

 「はい!どんとこいです!」


力自慢のムギちゃんが押さえつけますが、なかなか静まりません。


 「むぎゅううう!!!衛生兵さん!早く来てぇ!」


軍医さんどころか衛生兵さんも、ほとんど来てくれません。

耐えかねた軽症患者が、協力して寝台に脳症患者をしばり付けます。


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