――タクシー車内

運転手『へい、まずはどこに行く?』

梓『えーと、この住所のホテルに」

運転手『ふむふむ。はいよ』

ブロロロロ

梓「……」

運転手『お客さん、日本人かい? えらく若く見えるけど』

梓『あ、日本人です。18歳で』

運転手『へえ。気をつけなよ。女の子のひとり旅は何かと危険だからね』

梓『ありがとうございます』


梓(アメリカか……)

梓(すごく活気に溢れてる街だ、ロスって)

梓(ロサンゼルス空港も芸術的な形をしてたし)

梓(移民がいっぱいいる都市なんだっけ)

梓(日本人もたくさんいるって)

梓(……なんでも受け入れる街っていう感じがする)

梓(先輩はすごいところにいるんだなあ)



思えば、高校3年はけいおん部とアルバイトに明け暮れていたように思う。

けいおん部の部長になってからは、特に部活が忙しかった。

なんと合同フェスの影響がここにも出てきて、けいおん部目当てで桜高に入学してきた後輩がたくさんやってきたのだ。


今でも新歓ライブ後のあの光景が忘れられない。

新歓ライブを純と憂に手を借りてなんとか乗り切った後、放課後になってどっと見学者が押し寄せてきたのだ。

部室内にひしめく女子の数に、私はびっくりして言葉も出なかった。


時間をかけて彼女らに今の状況を説明すると、目当ての先輩たちがいないことに落胆した様子だったが(○○先輩のファンまで来たことにはびっくりした)

それでも、『ここで音楽をやりたい』という子が10人も入部してくれたのは、ありがたい。けいおん部がこれからも続いていくのだから。


彼女ら後輩と、純、憂の存在が、先輩たちのいない寂しさを和らげてくれて、私は前へと進めたように思う。

文化祭も純、憂の3人でライブをした。私たちのジャズの演奏はなかなか好評だった。


それに加え、卒業した先輩たちとの縁も全く切れることはなかった。

私たち『元けいおん部』は、1カ月に2、3度ほど『放課後ティータイム』として集まり、音楽スタジオを借りて練習していた。

大学生になっても唯先輩たちに変わりはなく、いつもムギ先輩がケーキを持ってきてくれて、スタジオ外で簡単なお茶会を開いた。

もちろん、練習もする。大学生になって、先輩たちのレベルはますます上がったように思う。

やっぱり『放課後ティータイム』として演奏することは楽しい。

私が大学生になったら、音楽バンドとして活動してみよう、という話も出ている。



一方、私は部活のない日、駅前のレストランでウェイトレスをやっていた。

○○先輩と初めて一緒に晩御飯を食べに行った、あのレストランだ。

接客業は得意ではなかったけど、給料が良いのと、先輩との思い出がある場所で働きたいという思いがあって、頑張ってみた。

苦労はしたが、今ではそこそこ仕事もできるようになり、「ちっちゃい先輩」として後輩に頼られる存在になっている。



……そりゃ、18になった今も身長・体型共に中学時代と変わってないけど、この呼び方はあんまりだ。




――ホテル内

コンシェルジュ『では、こちらにサインを。荷物はお預かりします』

梓『はい』

コンシェルジュ『これから観光ですか?』

梓『いえ、ここに会いたい人がいるので、その人のところに』

コンシェルジュ『それは良いですね。久方ぶりの再会ですか』

梓『はい、楽しみにしています。サインはこれでいいですか?』サラサラ

コンシェルジュ『結構です。これでチェックインは完了です』

梓『また夜頃に戻ってきます』

コンシェルジュ『行ってらっしゃいませ』


梓「すっごい良いホテルだなあ。さすがムギ先輩が紹介してくれたところ」

梓(ムギ先輩の計らいで、かなり安く泊めさせてもらってるし、ほんと、ありがたいなあ)

梓(コンシェルジュの人も良い人だし、泊まるところには不便しなさそうかな)


テクテク

梓「えーと、さっきのタクシーは……」

老婆『おや、そこのお嬢さん、演奏家かい? 良ければこっちのカフェで1曲弾いてくれないかの?』

梓「え、え? えーと、英語だと……」

梓『急いでいるので! ごめんなさい、おばあさん!』

タタタタタ

老婆『おやおや、あんな小さな子が大きなギターケース背負って、どこに行くんだろうねえ』




――タクシー内

運転手『お、チェックインは済んだのかい』

梓『はい、お待たせしてすみません』

運転手『いいってことよ。じゃ、次はどこに行くんだ?』

梓『この紙に書かれた住所でお願いします』

運転手『なになに?……おいおい、本当にここでいいのか?』

梓『はい、ここに私の会いたい人がいるので』

運転手『わかった。じゃ、出発するよ』

ブロロロロ




アルバイトをする理由はただ1つ、○○先輩に会いに行くためだった。


○○先輩は月に1回、必ずエアメールを送ってくれた。

内容は自分の身体に関すること、外国での暮らし、そこでできた友達など、多岐に渡っていた。

私は手紙を読むたびに、先輩の姿を思い浮かべる。

手紙から目に浮かぶ、決して絶望せず、日々を楽しんでいる様子。先輩は外国に行っても、苦しい闘病生活を送っていても、生き続けている。

私もそこに行って、先輩との時間を共有したい。

そういう思いが私をアルバイトに駆り立て、旅行資金を貯めさせていった。



だが、十分貯金ができた頃、

突然先輩からのエアメールが来なくなった。



原因は分からない。

最後のメールで先輩は『別の病院に移ることになりそうだ』と言っていた。

何故別の病院に移ったのか。それは分からない。もしかしたらドナーが見つかったのかもしれないし、お医者さんが変わったのかもしれない。

メールでは詳しいことが書かれていなかった。

『落ち着いたらまた手紙を送る』とだけあって……


それから1通も、手紙は来なくなった。


こちらから送っても返事は来なかった。

何があったのか、先輩はどうなったのか、全然分からない。

先輩との接点はその手紙しかなく。

いくら寂しくても、いくら悲しくても、私は先輩に会えなかった。



そして、そのままさらに月日が経ち……先輩と離れ離れになって1年と半年が経って、

今はもう3月の下旬。

私はもう高校を卒業し、進学先の大学も決まっていた。

近くの公立大学に合格していて、すでに入学手続きも終わっている。

よって、入学式が開かれる4月まで時間が空いていた。

大学から色々と書類を渡されているが、そんなものはちょっと目を通すだけでいい。

私は、高校生と大学生の狭間にある、手持ち無沙汰な1人の女の子。

そんな私に、外国からの突然のエアメールが届いた。



私はそれを読んですぐ、

先輩に会うために、

ここ、ロサンゼルスへやってきた。




運転手『本当にここでいいのかい?』

梓『はい。あっ、これ、お金です』

運転手『まいど。ギターケースも、はいよ』

梓『どうもです。帰りはまた別のタクシーを頼みますので。ここまでありがとうございました』

運転手『分かったよ。気をつけて』

梓『はい!』

タタタタタタ

運転手『……』

運転手『……ま、ここじゃ気をつける必要もないけどな』

運転手『襲われる心配もないだろ』

運転手『なんてったって、ここは死者の眠る場所なんだから』



51
最終更新:2011年07月30日 16:54