○○「……」
梓「……」
ひゅうう
梓「……」
梓(先輩何を考えてるのかな)チラ
梓「あっ」
○○「あっ」
梓(め、目が合った)
梓「えっと」
○○「えー、あのさ、梓ちゃん」
梓「は、はい?」
○○「俺さ、梓ちゃんと出会えてよかったよ」
梓「はあ。いきなりどうしたんですか?」
○○「なんだか言いたくなったんだ」
○○「夜の学校で初めて会った時は、こんなことになるなんて思いもしなかった」
○○「あの時、あそこに来てくれくちゃ、俺は何も変われなかったと思う」」
○○「だから、会えてよかった」
梓「そんな……大げさですよ」
○○「大げさなんかじゃないよ」
○○「出会えて変わったからこそ……俺は色々と覚悟できるんだから、さ」
梓(覚悟?)
○○「ありがとう、梓ちゃん」
○○「俺と出会ってくれて、ありがとう」
どくん
どくんどくん
梓(あ……)
梓(すごい)
梓(私、頭真っ白だ)
梓(その真っ白な中に一杯の感情が溢れてきて)
澪『自分の気持ちを相手に伝えたくてしょうがなくなる時が、きっと来る』
梓(澪先輩の言ったとおりだ。すごいなあ、澪先輩は。物知りだ)
どくんどくんどくん
梓(私、駄目だ)
梓(言わなくちゃ、耐えられない)
梓(言おう)
梓(好きだって)
梓「せんぱ、」
○○「梓ちゃん」
梓「は、はい」
○○「俺、梓ちゃんに話さなくちゃいけないことがあるんだ」
梓「はあ」
梓(うう、出鼻を挫かれちゃった)
梓(でも、先輩の話が終わったら、きちんと言おう、うん)
○○「……」
梓(? 先輩……いつになく真剣な表情だ)
梓(すごく大事な話なのかな?)
ひゅううう
○○「……」
梓(……先輩?)
梓「あの、話って、なんですか?」
○○「……」
○○「俺、さ」
○○「……」
○○「夏休みが終わったら、外国に行くんだ」
梓「がい、こく?」
梓「え?」
梓「それは、あの、旅行ですか?」
○○「……」
○○「アメリカで手術をする」
○○「いや、正確に言えば、手術する予定なんだ」
○○「あっちでドナーが見つかり次第」
○○「移植手術を受ける」
梓「……しゅじゅつ?」
梓「え? え?」
梓「そ、そんな急に」
梓「身体の具合が悪くなったんですか? そんな風に見えないですし、それに最近は調子がいいって」
○○「うん……」
○○「確かに今は命に関わるほど重くはないし、調子もいい」
○○「けどね、この病気はいつ悪化するかが分からないんだ」
○○「肺の高血圧が進んで、アイゼンメンゲル化すれば……つまり、今より病状が悪化すれば」
○○「歩くこともできなくなって、寝たきりになる」
○○「それが1年後になるのか10年後になるのかは、分からない。薬で抑え込んでいても、悪化する時は悪化してしまう」
○○「ただ、遅くても20年後には、今みたいに立って歩くことはできなくなってるのは確実なんだ」
○○「……そして、このまま治さずにいたら、俺が生きられるのは長くて40代まで」
梓「そんな……」
○○「実を言うとね、手術の話自体は前にも出てたんだ」
○○「けど、この病気は手術がものすごく難しい」
○○「心臓と肺を同時に移植する手術だから。日本だとまだ1つか2つしか手術例がない」
○○「成功する確率も当然低い……移植しても、長く生きられる保証はない」
○○「だから、手術なんて無理、このまま生きていくしかなかった……はずだった」
梓「……」
○○「けどね、お医者さんのツテというか……まあ、人伝で俺のことを知ったアメリカにいるお医者さんがいてね」
○○「心肺同時移植の新しい手法を確立したとかで、すごい人らしくって」
○○「その人が最近になって連絡してきたんだ。『手術を受けてみないか』って」
○○「『比較的病状が軽度な内の方が、まだ成功率が高い』んだってさ」
○○「その人の新しい手法なら、今までよりも格段に成功率が上がる」
○○「研究段階だけど、その分色々と特例扱いを受けられるから悪い話じゃない」
○○「……もしその手術が成功すれば、俺は普通の人と変わりなく生活できるようになる」
○○「ギターだって自由に弾けるし、この海を泳ぐこともできる」
○○「寝たきりにもならず、寿命だってもっと伸びて」
○○「……命を賭けるだけの価値はある」
○○「このまま何もせず悪化するのを待つぐらいなら」
梓「危険ではあっても、治る道を選ぶ……ですか?」
梓「それが、さっき言った『覚悟』の意味ですか?」
○○「……そうだよ」
○○「決めたよ」
○○「9月になったらアメリカに行ってくる」
○○「そして適合するドナーが出てきてくれたら、移植手術を受ける」
○○「……だから」
○○「今月の合同フェスを最後に、しばらく音楽もやめる」
○○「ギターも手術費用の足しにするために売ろうと思う」
梓「ギターを……そんな……」
○○「外国で移植となるとかなりお金がかかるしね。仕方ないんだ」
○○「……梓ちゃんとも、けいおん部の皆とも一旦お別れするよ」
○○「いつになるか分からないけど、また戻ってこれたら」
○○「こんな風に一緒に遊んでくれたら、嬉しいかな、はは」
梓「あっ……」
梓(先輩、あの悲しそうな笑顔してる)
梓(……)
梓(そうか)
梓(私には移植手術のことなんて全然分からないけど)
梓(きっとその手術はとても難しくて、成功するかどうかは分からないんだ)
梓(だから先輩は『覚悟』してる。笑顔の下に決意がある)
梓(もう戻ってこれないかもしれないけれど、それでも行こうとしてるんだ)
梓(私は)
梓(私は……)
梓(その『覚悟』を邪魔しちゃいけない)
梓(だから)
梓(今から言う言葉は私の精一杯の、)
梓「先輩」
ざざっー
○○「ん?」
梓「……また、一緒にギターを弾いて下さい、○○先輩」
○○「……できたら、ね」
6章 おわり
最終更新:2011年07月30日 16:31