5章
――1ヵ月後 7月中旬 水曜日
――夜 梓の自室
梓(……)ごろごろ
梓(……)ごろごろ ぴた
梓(明後日が、けいおん部のみんなと○○先輩が一緒に練習できる日かあ)
梓(1週間に1度、金曜日に合同練習をする。うん、これぐらいがちょうどいい)
梓(良かった、本当に。良かった。○○先輩が一緒に練習できるようになって)
梓(……)ごろごろ
梓(暇だし、ちょっと○○先輩にメールを送ってみようかな)
to ○○先輩
件名 夜遅くすみません
あさっての合同練習日ですが、何か練習したい曲とかありませんか?
よければスコアを用意しておきます。
梓(送信、っと)
梓(……)ごろごろ
梓(……)ごろごろ ぴた
梓(返信が来ない……)
梓(もう1時間も経ってる)
梓(寝てるのかな)
梓(それとも夜遅くにメールしたから鬱陶しがって)
ぴろぴろりん
梓「きた!」バッ
パカッ
from ○○先輩
件名 ごめん、音楽聴いてた
音楽聴いててメールに気付かなかった、ごめん。
やりたい曲なら、以前けいおん部オリジナルの曲がいいかな。
梓「よかった。メールが嫌だったわけじゃないんだ」
梓「えーと、返信は……『どんな音楽を聴いていたんですか?』っと」
梓「あ、そういえば先輩のおススメのゲーム曲、聞いてないや」
梓「それも教えてもらおっと」
――翌日 昼休み 教室
純「それで臭くってさー」
梓「あはは」
憂「面白い人だねー」
純「そういえば、梓は最近どうなの? けいおん部」
梓「え?」
純「なんか毎日が楽しそうって顔してるしさ」
憂「お姉ちゃんも楽しそうだよー」
梓「ふふ」
梓「うん、すっごく楽しいよ」パァ
純「おふ、なんて良い笑顔」
憂「充実してるんだね!」
――放課後 部室
さわ子「今日は○○君を呼ぶつもりなんだけどー」
唯「おお!」
律「ひっさしぶりだなー」
紬「合同練習日以来かしら?」
澪「今日の夜かあ」
さわ子「で、いつも通り梓ちゃんと……あと1人はどうする?」
唯「じゃんけんだね!」
律「よーし、やるぞー」
澪「ま、前の続きがしたい……!」
紬「じゃーんけーん」
ポン!
澪「やった! 勝った!」
唯「まーけーたー」
律「ちぇー。リズムの調整したかったのになあ」
紬「残念だわー」
梓(……)
梓(いつの間にこんなことになっちゃったんだろう)
梓(いや、さわ子先生が『夜の学校で練習できるのは3人までが限界』って言ったからだけど)
梓(そりゃあ、6人もいるとばれる可能性高くなるから、3人ていうのはなんとなく分かる)
唯「次は負けないもんねー」
律「しゃーない、明日は合同練習だし、よしとするか」
梓(……みんな、先輩と練習するのを楽しみにするようになったんだなあ)
梓(けど、どうして私は最初から夜まで残ることが確定してるんだろ)
さわ子「梓ちゃん、どうしたの?」
梓「あ、その……私はどうして最初からメンバーに入ってるのかなあ、と」
さわ子「んー、嫌だった?」
梓「嫌ではないです、むしろありがたいです、はい」
さわ子「じゃあ、いいじゃない」
さわ子「みんな、察してくれてるのよ」
梓「……?」
――夜 部室
澪「うぅ……」びくびく
○○「澪さん、大丈夫? 暗い所が駄目なら、せめて窓際で」
澪「だ、大丈夫! 練習を始めれば集中できる……はず」
さわ子「じゃあ、好きに練習しときなさい。私は例によって仕事があるから」
梓「先生、最近仕事溜めすぎなような気がしますが……」
さわ子「3年生を担任に持つと色々苦労するのよ。じゃあねー」
ガチャン
澪「……」びくびく
○○「じゃ、練習しよっか」
梓「はい!」
――30分後
澪「この時のリズム取りが……」
○○「身体に叩き込むしかないかなあ。澪さんならいくらかずれても修正できるかと」
べんべーん♪
梓(……なんだか)
梓(澪先輩と○○先輩、すごく仲が良くなってる)
梓(ギターとベースで、お互いに話してて新鮮だからだろうけど)
梓(……)
梓(ちょっと寂しい)
○○「中野さん? どうかした?」
澪「疲れた?」
梓「い、いえ、なんでもありません」
○○「そう? じゃあ、1度3人で合わせてみようか」
澪「あ、まだ14小節目の音について話したい……」
○○「んー、前後を通してみると、案外自分で見えてくるものがあるかもだし」
澪「……分かった。○○さんがそう言うなら」
梓(やっぱり仲が良い)じーっ
○○「中野さん? 始めるけど、大丈夫?」
梓「あ、はい」
○○「1、2、3、4」
ジャンジャカジャン♪
梓(ん、いい感じ。やっぱりベースが入ると音に厚みが出るなあ)
梓(○○先輩にとっても良い練習になるはず)
ジャン!
○○「ふぅ……こほっ、こんなもんかな」
澪「だ、大丈夫? なんだか疲れてるけど……」
○○「これくらいなら問題ないよ。ありがと」
澪「い、いえ、どういたしまして」
梓(むー……)
コツコツ
梓「あ、先輩、誰か来ます!」
○○「さわ子先生?」
梓「いえ、この足音は……先生じゃないです、多分」
澪「守衛さんか! か、隠れなきゃ!」
○○「けどどこに」
梓「物置に!」
ガチャ
ドタドタ
――物置内
○○「も、物置って狭いね」ヒソヒソ
澪「この前片付けて少しはマシになったんだけど……また物が増えてる」ヒソヒソ
梓「整理整頓しないからです。うー、せ、狭いです」ヒソヒソ
梓(これじゃあ、みんな身体がぶつかっちゃう……)
梓(一応○○先輩が1番前に立って、距離は空けてくれてるけど)
梓(ち、近いよう)
ガチャ
○○「誰か入ってきた! 静かに」ヒソヒソ
トタトタトタ
守衛「んー? なんか音が聞こえたと思ったけどな……気のせいか」
守衛「異常なし、かね」
守勢「ん? この鞄は……忘れ物か?」
○○「鞄?」ヒソヒソ
澪「あ! 私の鞄! 持ってくるの忘れてた!」ガタガタ
梓「み、澪先輩、動いちゃ駄目です。こけちゃいます!」
ガタガタ
澪「わ!」
梓「きゃ!」
○○「っと!」
ポスン
守衛「ん? 何か音がしたか?」
○○「静かに」
澪「う、うん」
梓(澪先輩! ○○先輩に抱きとめられて!)
澪「うぅ」
○○「ごめん、嫌かもしれないけど、今は動けないから我慢して」ボソッ
澪「は、はいぃ」
梓「……」ムカッ
梓(……胸が苦しい。何これ)
守衛「……気のせいか。よし、戻るかね」
ガチャン バタン
ドタドタドタ
○○「……もう大丈夫かな」
澪「あ、あの」
○○「あっと、ごめん。ドアを開けるから、そのまま外に」
澪「は、はい」
梓「……」
○○「ふぅ、なんとかなったか」
澪「危ない所だった……」
梓「……」
○○「ごめんね、いきなりあんなことになっちゃって」
澪「い、いや、私のせいだから……気にしないでいいよ」
○○「澪さん、男の人苦手みたいだから、悲鳴あげられたらどうしようかと思ったよ」
澪「私だって状況は分かってたし、それに……そこまで嫌じゃなかったから」
○○「良かった。あれ? 中野さん、ギター片付けて、もう帰るの?」
梓「あんなことがあった後ですし、もう今日は帰った方がいいと思いますっ」ぷいっ
○○「あ、うん、それもそうか……」
――職員室前
さわ子「そうだったの。じゃあ今日はこれで終わりね」
○○「はい、少し早いですが、用心して、ということで」
さわ子「そうね。帰りましょう……で、梓ちゃんは何をそんなにぷりぷりしてるの?」
梓「ぷりぷりなんかしてません!」ぷいっ
さわ子「な、何かあったの? ○○君、澪ちゃん」
○○「さ、さあ?」
澪「特に何も……」
梓「……ふん!」
さわ子「変な梓ちゃんね……とにかく3人とも私の車で送ってあげるわ」
――車の中
○○「……」
梓「……」
澪「……」
さわ子(く、空気が重いわ。特に後ろの○○君と梓ちゃん)
さわ子(明らかに何かあったんでしょうけど、○○君は何がなんだか分からないみたいね)
さわ子(ま、こういうのは当人同士で解決するものだし、静観しときますか)
○○「……あの、中野さん」
梓「なんですか?」とげとげ
さわ子(うっわ、声ひくっ)
○○「な、何か怒ってる? もしかして十分に練習できなかったのが……」
梓「アクシデントで中止になったのに、どうして○○さんに怒るんですか?」
さわ子(しかも『さん』付けになってる。怖いわあ)
○○「えーと……」
梓「○○さんは別に何も悪くありせんから、気にしないください」
○○「は、はあ」
梓「先輩なんか、フルーツケーキになっちゃえばいいんです」ぷいっ
○○「フルーツケーキ?」
さわ子(怒りすぎて自分でも何を言ってるのか分かってないのかしら)
――梓の家の前
梓「さわ子先生、今日もありがとうございました」
さわ子「ええ、またね」
澪「梓、また明日」
○○「中野さん、また」ふりふり
梓「……はい、また」
スタスタスタ ガチャン
○○「……」
さわ子「手を振り返しもしないか。なかなか重症ね」ボソッ
澪「はい? 先生、何か言いました?」
さわ子「いいえ。さ、帰りましょう」
――梓の自室
梓(……)ごろごろ
梓(……)ごろごろ
梓(私、何に怒ってたんだろ)
梓(あんな態度取っちゃって……どうして?)
梓(先輩が澪先輩を抱きとめてるのを見てから、胸がもやもやする)
梓(けど、あの状況だと、ああするのが当たり前だし、最善だった)
梓(だから○○先輩は何も悪くない)
梓(悪いのは私だ)
梓(無闇に怒ったり、手を振り返さなかったり)
梓(あんなことするつもりはなかったのに、気持ちが高ぶって……)
律『梓は何も意識してないのか?』
梓(1カ月前の律先輩の言葉が、まだ私の中で残ってる)
梓(……そういうことなのかな)
最終更新:2011年07月30日 16:17