4章


――2週間後 6月上旬

――水曜日 昼休み 教室

純「あー、じめじめするー」

憂「もう梅雨に入ったらしいから、雨ばっかり降るね」

梓「こういう日って髪の毛がじめじめするから嫌だなあ」

純「あんたはまだいいでしょ、さらっさらの黒髪ストレートなんだから。私なんか……はぁ」

憂「私もこの時期の朝は鏡の前で格闘だよー」

梓「私だって似たようなものだって。お風呂上りなんて湿気のせいで髪の毛が乾きにくいし」

純「そうだ、梓、今週の土曜日、あんたの家に行ってもいい?」

梓「え? どうしたまた」

純「んー、なんとなく。遊びたいなあ、と」

梓「思いつきにもほどがあるでしょ……今週は駄目。用事があるから」

純「あー、そっか、梓はかれ、っおっと」

梓「カレー?」

純「ううん、なんでもない、なんでもないよ」ニヤニヤ

梓「?」



――廊下

梓(最近、どうも周りの様子がおかしい)

梓(純と憂はやけに優しいし……教室にいると周りから見られてるような感じがする)

梓(それに……)

クラスメイトA「中野さん! 頑張ってね!」

クラスメイトB「応援してるから!」

梓「あ、ありがと」

梓(特に仲の良くなかったクラスメイトに声をかけられることも多くなった)

梓(みんな、私を応援しているらしい)

梓(……なんでだろ?)




――昼休み 3-2

律「でだ、梓の奴、そこでいきなり顔を赤くしてな!」

姫子「おー、初々しい~」

エリ「いいなあ」

慶子「後輩さんかわいいー」

潮「だねー」

律「私は思ったねえ。この2人の関係は普通じゃないって!」


澪「……律の奴、思いっきり言いふらしてるな」

紬「この話、もう全校生徒に行き渡ったんじゃないかしら」

和「生徒会でも話題にあがってたわよ。かわいい後輩が秘密で禁断な恋をしてるって」

紬「幽霊のお話なんてもう消えちゃったわね」

澪「ひっ!」ビクリ

和「ああ、そんな噂もあったわね。結局、嘘だったのかしら」

澪「何も聞こえない何も聞こえない」ガクブル

紬「1度梓ちゃんが目撃して、『不法侵入者かもしれない!』って言ってたんだけど……」

和「ああ、それなら唯にも聞いたわ。夜の学校を探検したって、嬉しそうに言ってたから」

紬「ふふふ、けどそれも、うやむやな内にみんな忘れていっちゃったわ」

和「女子高の噂なんて、とてもじゃなけど75日もたないものね」

唯「むにゃむにゃ……もう食べられないよう」zzzz

紬「あら」

和「ベタな寝言を……」

紬「いいなあ。私もこういう寝言を言ってみたい……」

和「へ、変な趣味ね……それにしても、律が話している中野さんの話も、本当のことなのかしら?」

紬「というと?」

和「だって、あなたたちけいおん部のメンバーも、中野さんの彼氏をちゃんと見たわけではないんでしょう?」

紬「そうね。りっちゃんの目撃話が嘘だとは思えないけど……」

澪「何も聞こえない何も聞こえない」ガクブル


紬「あ、けど、梓ちゃんの様子が変だっていうのは本当なの」

和「どんな風に?」

紬「平日の放課後、時々1人だけ早く帰ったり、一緒に帰ってても『寄る所がある』と言ってすぐに別れたり」

紬「休日も、みんなで遊ぼうっていう話になっても、梓ちゃん1人だけ断ることもあったわ」

紬「付き合いが悪いというわけじゃないけど……ちょっと変わったところはある」

和「なるほどね。じゃあ、噂されてる『貴族の子息との禁断の恋』とか『ふらりと現れた旅人との衝撃的な出会い』なんていうどうなの?」

紬「それは噂に尾ひれがついてしまっただけではないかしら」

和「そうなんだ」

紬「確定している事実は『男の人と一緒にいる梓ちゃんをりっちゃんが見た』っていうことだけだから」

和「あとは全部噂する人間の妄想、ってわけね」

和「こんな風に噂話ばかりしてないで、あなた達が本人に直接聞いてみればいいのに」

紬「それが、唯ちゃんがね」

唯『あずにゃんが私たちに話してくれるのを待とうよ!』

紬「って」

和「じゃあ、誰も中野さんに直接恋人のことを尋ねないのは

紬「……多分、全校生徒がそう考えているのではないかしら」

和「それで噂だけが広がり、当の本人だけがそのことを知らない、という状況が生まれたわけか」

紬「もう梓ちゃんは全校生徒の妹みたいなものねえ」

和「何事もなければいいのだけど」




――放課後 廊下

梓(やっぱり視線を感じる……どうしてだろ)

梓(特に声をかけられるわけじゃないんだけど)

梓(何かこう……影から見られているような)

梓(……)

梓(そういえば、澪先輩もこんな風に視線を感じてたことがあったっけ)

梓(澪先輩の場合は、ファンクラブの人たちが正体だったけど)

梓(……)

梓(いやいや、私は澪先輩みたいにかわいくなんかないから、ありえないありえない)


ぴろぴろりん

梓「あ、メールだ」

梓「……○○先輩からだ!」


from ○○先輩
件名 以前話した楽譜

今、楽器店にいるんだけど、中野さんが探してたジャズ特集の楽譜、見つけたよ。
良ければ買っておこうか?


梓「『お願いします。今度の練習日にお金も渡します』っと」

梓「やった。欲しかった楽譜だ!」

梓(○○先輩、最近はメールでも敬語使わなくなったなあ)

梓(良い傾向だよね。敬語だと他人行儀だし)

梓(幽霊の噂も消えてきて、学校での練習も再開できる。いいことづくめだよ)

トコトコトコ

梓(ここ2週間、何度かスタジオや私の家で○○先輩と一緒に練習してきたけど)

梓(やっぱり思った。先輩は1度、バンドで練習した方がいいって)

梓(他の楽器とのセッションも経験した方が、もっと良い音が出せるようになるはず)

梓(……けど、先輩はそれを嫌がってる節がある)

梓(きっと自分の身体のことで、他人に迷惑をかけたくないからだ)

梓(私にも色々と遠慮する人だもん)

梓(きっと『バンドメンバーを集めてみたらどうですか』と言っても、乗り気にはならない)


梓(……けど、けいおん部の先輩たちなら)

梓(あの人たちとなら、きっと上手くいく……そんな気がする)

梓(だって、○○先輩も唯先輩たちも、音楽を楽しんでるから)

梓(楽しく楽器を弾けることを1番大事にしてるから)

梓(だから、最初に顔を会わせた時に仲良くなれさえしたら、きっと意気投合して……)


ガラリ

梓「あ、皆さん、もう来ていたんですね」

唯「あずにゃんだー」

澪「今日は遅かったんだな」

梓「掃除当番だったので」

紬「今日はティラミスよ~」

唯「おお! なんか茶色いよ!」ワクワク

律「めちゃくちゃ綺麗な形だなー上にかかってるのってココアパウダーだったよな?」

紬「ええ。いっぱい食べてね」

唯「いただきまーす!」

律「いただきます!」

澪「いただきます、と」

梓「……いただきます」


梓(○○先輩と唯先輩たちを引き合わせるにしても……)もぐもぐ

梓(どうやって先輩たちに話を切り出せばいいか……)もぐもぐ

梓「うーん」


律「!」キラリン

律「3年生は端っこに集合ー」

澪「は?」

律「ほら、こっちに来い来い」

唯「なになにー?」

紬「どうかしたの?」

梓「何してるんですか?」

律「梓はきちゃ駄目ー。そこで大人しくケーキ食っとけい」

梓「は、はあ」


澪「で、なんだよ、律」

律「こほん、梓の奴元気ないと思わないか?」

澪「ああ、確かにな。って、それを話し合うためにわざわざ集めたのか……」

律「だって気になるじゃーん。あんな悩ましい顔されたらさー」

澪「まあ……何かあったのかな」

唯「ティラミスが嫌いだったとか?」

紬「ええ! だったら他のケーキを」


梓「はあ……」


律「いや、違うな。あのため息……ずばり、恋の悩みだ!」

澪「また根拠もなく……」

唯「あずにゃんが失恋だなんてかわいそうだよ」

紬「まだ失恋と決まったわけじゃないのでは?」

律「けど、恋で悩んでる顔だ!」

澪「悩みを抱えてるっぽいのは同意できるけど……」


梓「先輩たち、どうして隅っこでお話してるんだろ」もぐもぐ


澪「そもそも律、そんな風に言えるほど恋愛経験ないだろ」

律「なっ、澪だってそんなの同じだろ! 男の前だと緊張して話もできないくせに!」

唯「そうなんだー」

澪「だ、だって男の人ってちょっと怖いし……」

唯「そうかなー? 男の子も女の子も変わらないと思うよー?」

律「唯は誰が相手でも緊張なんてしないだろ」

澪「男の人怖い……うぅ」ガクブル

紬「ふふふ、澪ちゃんはかわいいわー」


梓「……1人でケーキを食べるのは寂しいです」もぐもぐ


律「ふむ……ここは梓に事情を聞いてみるか」

澪「けど梓が話してくれるまでは聞かないって」

律「確かにそう言ったけどなあ」

唯「あずにゃん、1人で悩んで苦しんでるかもしれないよ?」

紬「そうね。辛い恋なのかもしれないし」

律「梓の先輩として、このまま放っておいていいわけない!」

唯「そうだそうだー」

紬「そうだそうだー」

澪「はぁ……まあ、私も心配なのは同じだし、聞いてみるか」


トコトコ


梓「あ、先輩たちが戻ってきた」


律「梓」キリッ

梓「はい?」

律「何か私たちに話したいことがあるんじゃないか?」キラキラ

唯「1人で抱え込まなくていいんだよ?」

澪「私たちじゃ頼りにならないかもしれないけど」

紬「精一杯助けるから」

梓「??」

梓「あの、先輩たちはいったい何を……」

律「いいんだ! もう隠さなくていいんだぞ、梓!」

律「お前の考えてることは分かってる。私たちに心配をかけたくなかったんだろ? そうだろ?」キリッ

梓「あのー」

澪(律の奴、ノリノリだな……)

律「さあ、話してみるんだ、梓」

律「私たちに紹介しなければいけない人が、いるんじゃないのか?」キリッ


梓「……え?」

梓「え? え?」

梓「ええ!?」

梓「ど、どうして分かるんですか!?」

律「そりゃあ、私たちはお前の先輩だからな!」

唯「あずにゃんのことはまるっとお見通し!」

澪「悩んだ顔してたし」

紬「最近は様子が変だったのよ?」

梓「そ、そうだったんですか……自分で気付かないなんて」

律「さあ、話してみろ。お前の悩みを。そして私たちが華麗に解決してやるんだぜ!」キリッ

澪(熱入りすぎだろ、律)

梓「はい! ありがとうございます!」


梓(○○先輩に話を持ちかける前だけど……うん、先に先輩たちに言っておこう)

梓(○○先輩と一緒に練習してください、って)

梓(先輩たちならきっと了承してくれるはず!)

梓「で、では、話します!」

律「来い!」

梓「実は!」

唯「あずにゃんの彼氏かー。どんな人なんだろー」

梓「……」ピタ

梓「……」

梓「……」

梓「……え?」

梓「彼……氏?」

律「こら、唯。話の腰を折るな。どんな奴かは話しただろ。色白で細っこい男だ」

唯「あ、そっかー、あずにゃんより背が高いんだったね」

紬「ギターケース背負ってたって、りっちゃん言ってたわよね」

澪「で、2人して夜の街に消えていったと……ちょっと破廉恥だ」

梓「……」

梓「え?」

梓「え?」

梓「そ、それはもしかして○○先輩のこと……!」

律「お、○○って言うのか」

紬「先輩ということは、私たちと同級生か、もっと年上?」

唯「あずにゃんは年上好きなんだー」

梓「かかかかか彼氏って、どういうことですか!」

律「隠さなくていいんだ。2週間前の土曜、駅前でお前とその○○先輩ってのが一緒にいる所、私見ちゃったんだからさ」キリッ

梓「……」ぽかーん

梓「……」ぽかーん

梓「はっ!」

梓「ちちちち違いますー!!」

梓「あの人はただのギター友達というだけで、そんな色恋沙汰が芽生えるような関係でもなく!」

梓「メールでの話題はもっぱら音楽関係で、後は好きな食べ物や、その日起こった面白い出来事を話したりするだけで!」

梓「私の家に来た時もギターの練習に打ち込んでいて、そんなドラマ的展開が起こるわけでもありませんし!」

梓「一緒にご飯を食べたりもしますが、本当にただお喋りしながら食事を共にするだけで、食べたらすぐにお別れです!」

梓「だから!」

梓「そんな特別な関係ではありません!」


律「メールしてるんだ」

澪「家に招待したんだ」

唯「一緒にご飯食べたんだー」

紬「とても仲が良いのね~」


梓「あ……」

梓「ち、違います」カァ


律「まあ、分かった。つまる所、梓の片思いなわけだ」

唯「彼氏じゃなかったんだー」

紬「でも、恋の悩みなのは当たってたわ。すごいわ、りっちゃん!」

律「あははー、もっと褒め称えろー」

梓「だから、そういう関係ではなく、もっとすがすがしい友達関係でして!」

澪「まあ、待て、梓」ポンポン

梓「み、澪先輩?」

澪「とりあえず落ち着こう。慌ててばかりじゃ何も話せない」

澪「ほら、みんなも茶化してばかりいないで、梓の話を聞いてやろう」

律「ほーい」

唯「わくわく、どきどき」

紬「どきどき、わくわく」


梓(うぅ、こんな、間違った期待をされながら○○先輩のことを話すだなんて……仕方ない、か)

梓(話そう。ただ……)

梓(どうしよう。○○先輩の身体ことも話すべきなのかな)

梓(人のプライベートを簡単に話しちゃいけない)

梓(けど、もし一緒に練習することになった時に○○先輩の身体のことを知っておかないと……)

梓(……)

梓(……)

梓(よし)


澪「梓、話してくれないか?」

梓「はい」

梓「まず、4月の下旬に広まってた、幽霊が出るという噂ですが――」



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