梓「すごく有名な曲じゃないですか。ロックンロールの元祖みたいなものですよ」
○○「だね」
梓「これが思い出の曲なんですか?」
○○「まあね」
○○「音楽をするきっかけになったライブで、出演アーティストがこれをカヴァーしててね」
○○「他の曲と比べて、この曲が1番印象に残った」
○○「で、チャック・ベリーのオリジナルを聴いてますます好きになって」
○○「この歌詞の中にさ、『鈴を鳴らすようにギターを弾く』っていうフレーズがあって」
○○「それがなんだか大好きなんだ」
○○「いつかはあのアーティストみたいに、この曲を舞台で気持ちよく弾けたらいいなと思ってる」
○○「やっぱり、音楽って楽しく弾けるのが大事だから」
梓「……できますよ、きっと」
○○「ん、だから練習しなきゃだね」
梓「はい!」
ジャンジャカジャン♪
梓(もう3時間も経ってる……休憩しながらなら、けっこう長く練習できるんだ)
梓(けど、連続しての演奏はそう長くできない……)
梓(うーん、確かにバンドを組んでも、なかなか上手くいかないのかもかなあ)
ジャンジャカジャン♪
梓「あ、待ってください」
○○「っと、どこかミスってた?」
梓「ミスじゃないんですが、ちょっと気になることがあって」
梓「先輩って、曲を独自にアレンジすることが多いですけど」
梓「今の所、リズムが変化しすぎてて、もし実際にバンドで演奏するとなるとドラムとベースにすごい負担がかかるんです」
梓「かなり練習しないと難しいので……あまりここはアレンジしない方が。1人で弾くならそれでもいいんですけど……」
○○「そっか……んー、こっちの方が良い感じに音が出ると思ったんだけどなあ」
梓(こういうところで、先輩がバンドを1度も組んだことないのが分かる)
梓(先輩は高度な演奏テクニックも難なくこなせるけど、それが走りすぎてる。周りに合わせることを知らない)
梓(他のパートがいれば指摘してくれるような歪みを、そのまま持ち続けてしまってる)
梓(……)
梓(……なんとかしてあげたいなあ)
――夜
○○「あ、もう6時か」
梓「ほんとだ。時間経つの速いですね」
○○「今日はなんか1週間分練習した気分だよ。腕がつりそうだ」
梓「普段は1時間しかできませんもんね。あ、気分が悪いとかは」
○○「それは大丈夫。ただの疲れだから」
梓「よかったぁ」
○○「ふぅ……じゃあ、そろそろ帰るかなあ」
梓「そうですか? けど、この曲のアレンジがまだ終わってませんが」
○○「それは確かに心残りなんだけど……」
梓「うちはまだ大丈夫ですよ?」
○○「けど、そろそろ晩御飯の時間だし、親御さんも帰ってくるんじゃ?」
梓「どうでしょうか。メールはまだ来てないんですが……」
ぴろぴろりん
梓「あ、メールが来た」
from 母
件名 ごめん!
ちょっと遅くなりそうだから、晩御飯は外で食べるか買うかしてください。
お金は後で返すので、好きなものを食べてください。母より。
梓「……はぁ」
○○「どしたの?」
梓「晩御飯は1人になりそうです……外で何か買ってこいって」
○○「あらら」
梓「どうしよう。今から買ってきて料理しても遅いし……何か食べに行こうかなあ」
○○「んー……」
梓「うーん」
○○「中野さん」
梓「あ、はい」
○○「実はね、俺も親から『晩御飯は適当に外で食べてこい』って言われててね」
梓「え? 先輩のご両親もお出かけですか?」
○○「うん、前の家の契約がどうのこうのあるらしくて。今日は晩、1人なんだ」
梓「……そ、それじゃあ」
○○「中野さんが良ければなんだけど」
○○「一緒に何か食べに行く?」
梓「……あ、い、一緒に、ですか?」
○○「駄目なら全然構わないんだけど」
梓「い、行きます! 行きましょう!」
――駅前
梓(勢いで了承してしまったけど、まさか一緒に食事なんて……)
梓(緊張することないよね。ただ一緒にご飯食べるだけだし)
梓「どこの店にしましょうか」
○○「んー、何か食べたいものとかある?」
梓「いえ、特には……何でもいいですよ?」
○○「あー、そっか……」
梓(あ、先輩が困った顔してる)
梓(そう言えば聞いたことあるなあ。女の人に『なんでもいい』って言われると、男の人は困るって)
梓(ど、どうしよう。どこかの店を……あ、あれだ!)
梓「先輩、あそこにしましょう!」ビシッ!
○○「あそこって……牛丼屋?」
梓「え?」
梓「あ」カァア
○○「はは、本当に何でもいいんだ」
梓「ちっ違います! これは不可抗力というか、慌てて間違えてしまっただけで、決して牛丼好きの女などでは」
○○「じゃあ豚丼好き?」
梓「どちらも違います! 私が指差したのは隣のレストランで……」
○○「ああ、あれか。いいね。オシャレな感じで。パスタメインの店か」
梓「はい。結構おいしいですよ」
○○「じゃあ、中野さんのおススメを信じてあそこにしよう」
梓「あう、そう言われるとなんだかプレッシャーです」
○○「さっきの俺と一緒だね」
梓「あ、ほんとですね。あはは」
――レストラン
店員「いらっしゃいいませー。お2人様ですかー?」
○○「はい」
店員「禁煙席と喫煙席がございますがー」
梓「禁煙でお願いします!」
店員「ではこちらへどうぞー」
――テーブル席
梓「うーん、クリームパスタにしようかなあ……」
○○「よし、あさりと春野菜のパスタにしよう」
梓「え、もう決めちゃったんですか? すみません、早く私も」
○○「いやいや、ゆっくり選んでくれていいよ」
――食事中
カチャカチャ
○○「おー、美味しい」
梓「ふっふー、私の勝ちですね」
○○「勝負だったんだ。恐れ入りました」
梓「私の家族がお気に入りで、よく来るんですよ、ここ」
○○「うん、俺もお気に入りになりそうだ」
梓(良かった……)
カチャカチャ
○○「へえー、部室のあの水槽にいるのは亀じゃなくてすっぽんもどきなんだ」
梓「トンちゃんって言うんです。声をかけたらこっちを見てくれるんです。かわいいかどうかは……」
○○「微妙?」
梓「唯先輩はかわいいって言ってるんですけどね」
カチャカチャ
梓「これから夏になると日焼けが辛くって……」
○○「日焼け止めは? へえ、効かないんだ。そりゃきついなあ」
カチャカチャ
○○「ははは、それがネット通販の罠って奴だね」
梓「買う時は『絶対に必要だ!』と思ってしまうんです。ほんと、広告って怖いです」
カチャカチャ
○○「ごちそうさまでした」
梓「ごちそうさまでした」
○○「いやー、美味しかった美味しかった」
梓「ご満足いただけて何よりです」
○○「中野さんと一緒っていうのも大きかったかもね」
梓「な、何を」
○○「1人で食べるよりは2人の方がやっぱり楽しいし」
梓「そ、そうですね……」モジモジ
梓「うぅ、すみません! お手洗いに行ってきます!」
○○「どうぞー」
タタタタ
○○「……」
○○「店員さん、すみません。水をもらえますか」
――女子トイレ 洗面台前
梓(先輩ってさらりと恥ずかしいこと言ってくるなあ)
梓(……はぁ)
梓(ああいうこと言われると慌てちゃうの、なんでだろ)
梓(やっぱり私、男の人に免疫ないのかなあ)
梓(……よし、顔が赤いのも治ったし、戻ろう)
タタタタ
梓「先輩、お待たせしました」
○○「あ、お、おかえり」ささっ
梓「? 先輩、今何か隠しました?」
○○「い、いや、何もないよ、うん」
梓「……あっ」
梓(鞄の口から見えてるあれは……薬の袋?)
梓(そっか。薬を飲んでたんだ)
梓(そうだよね。飲んでるって前にも言ってたし)
梓(……先輩はそういう、直接病気を悟らせる場面を見せたがらないから、こっそり飲むつもりだったのかな)
梓「……」
梓「私、もう一度お手洗いに行った方がいいですか?」
○○「あっ……」
○○「いや、大丈夫」
○○「終わった、から」
梓「……はい」
――駅前
○○「じゃあ、そろそろ帰るね」
梓「今度はまた学校の部室で、ですね」
○○「だね。さわ子先生が許可してくれるまで1、2週間かかりそうだけど」
梓「また私の家が使える日があったら、連絡します」
○○「そんな何度も使っちゃ、」梓「迷惑じゃないですよ?」
○○「……ありがとう」
梓「いえいえ、私もいい練習になりますから」
最終更新:2011年07月30日 16:09