3章


――5月下旬 木曜夜 学校

ジャカジャンジャカ♪

ジャン!

○○「ふう……どう、かな」

梓「はい! すっごい良い感じでした!」

さわ子「この1カ月でえらく上手くなったものねえ」

○○「そっか、あれから1カ月か」

梓「私が先輩の身体のことを知ってから、ですね」

○○「なんだかんだ言って、もう何度もここ使ってるね」

さわ子「相変わらず幽霊の噂は消えないけどね。あー、頭が痛いわー」

○○「す、すみません」

梓「大丈夫ですよ! ここ最近は『幽霊はさわ子先生なのでは?』っていう噂もありますから」

さわ子「へ?」

さわ子「ど、どういうこと?」

梓「さわ子先生が度々学校に残ってるのをどこかの生徒が知って、噂したんじゃないでしょうか」

○○「あー、練習の度に学校の戸締りを引き受けてますもんね」

さわ子「……まずいわね」

梓「そうですか? むしろこのまま幽霊の噂が消えてくれた方が、興味本位で校舎に残る人も少なくなると思いますが」

さわ子「そりゃそうでしょうけど、今度は私が学校に残って何してるか、が問題になるでしょ」

○○「まあ、そうですね」

さわ子「教頭先生あたりに知られたら……うぅ、まずいわあ」


さわ子「そろそろ噂を消す時期に来たわ」

○○「え? ということは」

さわ子「当分、この部室は使用禁止ね。だいたい2週間ぐらい」

梓「え、えー!」

○○「あらら」

さわ子「仕方ないわ。この2週間は大人しくしておいて、噂が消えるのを待ちましょう」

梓「け、けどそれだと先輩の練習場所が……」

○○「いや、中野さん、それはいいよ」

梓「先輩! けど!」

○○「さわ子先生に甘えすぎるのも駄目だよ。これまでずっと助けてもらったんだし、文句は言えない」

梓「……先輩がそう言うなら」

さわ子(あらま、素直になっちゃって)


梓「だったら練習場所はどうするんですか? 毎日でも練習したいって言ったのは、先輩ですよ」

○○「前に聞いたカラオケボックスとか」

梓「駄目です。カラオケボックスって空気が淀んでます。煙草の煙もーもーです!
空気が悪いところも身体に悪いって、先輩言ってたじゃないですか!」

○○「いや、個室なら大丈夫じゃ」

梓「先輩の前のお客が煙草を吸ってたっていう可能性がないわけじゃありません。
ああいうところのエアコンは空気清浄機能もないですし、絶対駄目です」

○○「……はい」

さわ子(梓ちゃん、年下なのに妙に世話焼きよね。性格なのかしら)

さわ子(というより、彼が尻に敷かれるタイプなのね、きっと)


○○「んー、だったらまたスタジオ借りるかなあ……」

梓「でも、新しいシールド買ったからお金ないんじゃ」

○○「そうなんだよね。仕方ない。自分の部屋でこそこそ運指の確認だけしとくよ」

梓「……」

梓「……」

さわ子「さあ、そろそろ帰るわよ」

○○「はーい」

梓「あの、先輩!」

○○「はい?」

梓「て、提案があります!」

○○「はあ、提案」

梓「はい!」

○○「何かな」

梓「その、ですね……」

梓「先輩がよければなんですけど……」

梓「その……」モジモジ

梓「わ、私の家で練習しませんか!」

○○「……家?」ポカン

さわ子(わお、大胆)


梓「私の家は音楽一家でして、家の中の防音設備もちゃんとしているんです」ワタワタ

梓「あ、いえ、実際に演奏しなくても、エレキにヘッドフォン繋げればいいわけですし」ワタワタ

梓「先輩は自宅では絶対にギターを弾けないみたいですし、それなら私の家でやった方がまだマシというか」ワタワタ

梓「私の両親はいますけど、お、お友達として紹介すれば全然OKなので!」ワタワタ

○○「……」

○○「……家か。けど、迷惑じゃないかな?」

梓「友達が家に遊びに来て迷惑なわけありません!」

○○「うん、そっか」

○○「ご両親もいらっしゃるなら変な誤解も受けないだろうし……」

○○「分かった。じゃあ、土曜日にでもお邪魔していいかな?」

梓「はい! ぜひ!」




――さわ子の車の中

ブロロロ

さわ子「○○君が梓ちゃんの家にねえ」

梓「ただの練習ですから!」

○○「うん、そうですよ。だから安心してください、さわ子先生」

さわ子「ま、別に心配しちゃいないわよ。ただ、面白いことになってるなってね」

○○「面白いこと?」

梓「練習が面白いんですよね!」アセアセ

さわ子「ふふふ、そういうことにしてあげるわ」

梓「うぅ」

○○「?」

○○「そうだ。中野さんの家までの道順だけど……」

梓「あ、電車で来ますか? 確か1駅離れてるだけでしたよね。私、駅まで迎えに行きますよ」

○○「いやいや、それはさすがに気が引けるよ。道だけ教えてもらえればいいから」

梓「けど……」

○○「大丈夫大丈夫。桜高までだって1人で来てるんだし。最近は身体の調子もいいから」

梓「……」

梓「……」

梓「あ、あの、また提案があるんですが」

○○「ん? 提案?」

梓「はい」

○○「どうぞ」

梓「その……携帯のメルアドを交換しませんか?」モジモジ

さわ子(かー、甘酸っぱいわー)


梓「できればでいいんですよ?」ワタワタ

梓「もし迷ってもすぐに連絡つけられますし、私も居場所が分かりますし」ワタワタ

梓「これからもこういう機会があった場合にですね、便利だと……その」ワタワタ

○○「そうだね。というか、まだ教えてなかったんだっけ」

梓「は、はい」

○○「せっかくの友達に教えてないだなんて、ごめんね。はい、赤外線やるね」

梓「ちょっと待ってください。今用意して……」

ぴろりん

○○「はい、送ったよ」

梓「じゃあ次は私のを」

ぴろりん

○○「ん、ありがと」



――梓の家の前

梓「では先輩、また土曜日のことはメールします」

○○「うん、楽しみにしてるよ」

さわ子「うふふ」ニヤニヤ

梓「さ、さわ子先生は何をにやにやしてるんですか」

さわ子「いーえ、別にー」

梓「早く帰ってください!」

さわ子「はいはい。じゃあね、梓ちゃん」

○○「ばいばい」フリフリ

梓「はい、さようなら!」フリフリ

ブロロロー



梓「……」

梓「め、メルアド交換しちゃった」



――梓の部屋

梓(うぅ、なんだろ。すごく携帯が気になる)パカパカ

梓(どうしてこう、何度も開いたり閉じたりしてるんだろ)

梓(……先輩のメルアドがあるからかな)

梓(い、1度送ってみようかな)

梓(……何を書けばいいんだろ)

梓(もう夜も遅いし、失礼だよね……)

梓(けど土曜日のことは早めに決めておいた方が)

梓(うー)

ぴろぴろりん♪

梓「うひゃあ!」

梓「め、メール?」

ぱかっ


from 唯センパイ
件名 眠いよー

あずにゃん、目を覚ましてよー


梓「唯先輩……? どういう意味なんだろう、これは」

梓「無駄に添付写真がついてるし」

梓「これはギー太?」

梓「なんでギー太の写真を送ってきたんだろ」

梓「分からない……意味が分からない」


梓「『さっさと寝てください』っと」

ぴろりん


梓(それにしてもびっくりしたー)

梓(一瞬、○○先輩からのメールかと思っちゃった)

梓(あはは、そんなわけないよね)

梓(……)ゴロリン

梓(……)ゴロゴロ

梓(1カ月一緒に練習したから、よく分かる)

梓(○○先輩は、すごく優しい人だ)

梓(本当に自分より他人を大事にしてる)

梓(だから自分の身体のことで人に迷惑をかけたがらない)

梓(たとえ相手が家族や友人でも、心配をかけさせたくないんだ)

梓(けど、そうすると○○先輩自身に辛いことがたくさん圧し掛かってくる)

梓(……いつか潰れちゃわないか心配だ)

梓(……?)

梓(私、どうしてこんなに先輩のこと考えてるんだろ)

ぴろぴろりん

梓「あ、メール……」

ぱかっ

梓「あ」


from ○○先輩
件名 こんな夜遅くにごめんなさい

せっかくなので1度メールを送ってみました。ちゃんと届いてますか。寝ていたらごめんなさい。
土曜日のこと、ありがとうございました。本当に嬉しかったです。
お土産に何か持っていきたいと思うので、良ければ好きなお菓子を教えてください。


梓「ぷっ」

梓「あははは」

梓(先輩、メールの中だとまた敬語になってる)

梓(癖なんだろうなあ。先輩らしいなあ)

梓「『大丈夫です、まだ起きてましたよ。先輩はもうすぐ寝るんですか。
私はチョコレートケーキとフルーツケーキが好きです』っと」

梓「ふふふ」




――金曜日 放課後 部室

紬「今日はチョコレートケーキよ~」

梓「え、チョコレートケーキ?」

紬「ええ、そうよ。どうかした?」

律「今、梓がチョコケーキって聞いた瞬間、顔歪めたぞー」

唯「あれー? あずにゃん、チョコケーキ大好きだったよね?」

梓「は、はい。好きです……」

澪「そのわりには落胆してるな」

梓「そんなことないです! いただきます!」

紬「はい、召し上がれ」

梓「そういえば唯先輩、昨日のメールなんですが」

唯「メール? ああ、あずにゃんの返事が冷たかったやつだー」

梓「あんな変なメールを送られたら返事に困ります。あのメール、どうしてギー太の写真を一緒に送ってきたんですか?」

唯「だって、ギー太がかわいかったから……」モジモジ

梓「?」

唯「メールを打った後に、急に自慢したくなっちゃって」

梓「はぁ、彼氏を自慢する女の子みたいですね」

唯「そんな彼氏だなんて。ギー太とは健全なお付き合いをしていてね」テレテレ



――ティータイム後

梓「今日はパートごとに練習ですか」

澪「唯が梓と練習したいって言うからな」

唯「あずにゃーん、教えてー。ここがよくわからなくってー」

梓「仕方ないですね唯先輩は。あっちでやりましょう」

トトト


律「梓の奴、元に戻ったな」

澪「思えば、さわ子先生に恋してるだなんて誰が言ったんだ?」

律「誰だっけ?」

紬「さあ~?」

律「ま、いつも通りならそれでいいさ」

澪「んー、けど微妙に違う感じが……」

律「違う?」

澪「前が全力疾走で走ってる梓だとしたら、今はジャンプするためにかがんでる梓、みたいな感じ」

紬「どっちもかわいいわねえ~」

律「そういう話か? で、澪のその例え話は結局どういう意味なんだ?」

澪「私にもよくわかんないけど……近い内に何か起こるんじゃないかってことかな」

律「はあ、何かねー」


梓「違います! ここの指はこうで、そのままチョーキングです!」

唯「あうー、あずにゃんが厳しいよー」



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