――夜 部室

梓「こんばんは、○○先輩! 今日もよろしくお願いします!」ペコリ

○○「はい、よろしく」ペコリ

さわ子「ふふふ、仲良くなってきたわね」

○○「中野さんは本当に良い練習相手ですからね。ありがたいことです」

梓「は、はい! 私も有意義です!」

さわ子「ふふふ。じゃあ、今日は2人で練習しておいてくれる? 私、まだ仕事が残ってるのよ」

○○「分かりました」

さわ子「気をつけなさいよ」ボソッ

○○「はい、分かってます」ボソッ

梓「どうかしました?」

さわ子「ううん。じゃ、お2人ともごゆっくり~」

ガチャン


○○「じゃ、始めようか」

梓「はい!」


――練習中

ジャンジャンジャカジャン♪

○○「ゴホッ、ふぅ、こんな所かな」

梓「そうですね。前に言った部分、ちゃんと直ってますね」

○○「努力したから」

梓「ふふふ、練習できてたんですね」

○○「まあね。ただし今月のお小遣いはもう0だけど」

梓「あ、やっぱりスタジオだったんですか……そうだ。良い練習場所がありますよ」

○○「ん、どこかな」


○○「なるほど、カラオケボックスか」

梓「はい。あ、けどまずは店員さんに楽器の持ち込みをしていいか聞かないといけませんね」

○○「カラオケに楽器を持ち込むってのも、なんだか恥ずかしいけどね」

梓「それは我慢してもらうしかないです」

○○「もしできたら、かなり安上がりになるなあ」

梓「ですね。あ、けど何人も入れないかも……2人ぐらいが限界じゃないでしょうか」

○○「んー、まあそれは気にしなくていいよ」

梓「そう、ですか」

梓(……やっぱり先輩は、ずっと1人で練習するのかな)


梓「そういえば先輩は、歌は歌わないんですか?」

○○「え?」

梓「歌曲でもギターパートばっかりやってますけど」

○○「あー、うん。俺、歌は下手だからね。ギターで十分だよ」

梓「じゃあ、誰かにボーカルを頼むとか」

○○「そんな気はないかな」

梓「そうですか……けど、もったいないですね」

○○「もったない?」

梓「これだけ上手に引けるなら、バンドを組んで弾いたらすごく良くなると思います」

○○「ん……そうかな」

梓「はい」

○○「……」

梓(……あっ)

梓「ご、ごめんなさい。何か気に障りましたか?」

○○「いやいや、違うよ。中野さんの言う通りだなあ、って思ってね」

○○「うん、また機会があったら、メンバーも探してみるかな」

梓(先輩……またあのすごく悲しそうな笑顔を浮かべてる)

梓(きっと何か事情があるんだ。家や学校で練習できないのと同じで……)

梓(駄目だな、私。すぐ人の心に乗り込んでいっちゃう)

梓(けいおん部に入りたての頃も、そうやってトラブル起こしちゃうし……)

○○「中野さん?」

梓「あ、いえ……メンバーを探す時は、私もお手伝いしますね」

○○「うん、ありがと」

梓「じゃ、じゃあ練習しましょう!」

○○「ん」



――30分後

ジャンジャカジャンジャカ♪

梓(すごい。やっぱり音が合う)

梓(私と先輩のギター、息がぴったり)

梓(よし、このままこの曲の最後まで突っ走ろう!)

ジャンジャカジャンジャン♪

ジャン!

梓(良い感じに終わった!)

梓「ふぅ、今の、すごく良かったですね!」

○○「はぁはぁ……」ふらふら

梓「先輩?」

○○「あ、うん、そだね、すごく良かった……はぁはぁ、ゴホッゴホッ!」

梓「せ、先輩?」

○○「だ、大丈夫。風邪がちょっとね。うん」

梓「水飲みますか?」

○○「もらうよ……はぁ、はぁ、ゴホッゴホッ!」

梓「やっぱり病院に行った方がいいですよ。風邪って言っても、もう1週間以上……」

○○「ゴホッゴホッ! ヒュー、ゴホッ!」

びちゃあ!

梓「わ! 水が……先輩!?」

○○「ゴホッゴホッ! ヒュー、ゲホッ!」

梓「ど、どうしたんですか!? 大丈夫ですか!?」

○○「ゴホッゴホッゲホッ!」ドタッ

梓(先輩が倒れ……ど、どうしたら)

梓「先輩! 先輩!」

○○「だ、だいじょ、ゴホッゴホッ! ちょっと気管に、ゴホッ、入って、ゴホッゴホッ!」

梓「そんな風には見えません! どこか悪いんですか!? 痛いんですか!?」



バタン!

さわ子「どうしたの!」

梓「せ、先生! ○○先輩がっ!」

○○「ゴホッゴホッ!」

さわ子「まずいわ、発作ね。○○君の鞄は……!」

梓「これです! この鞄です!」

さわ子「薬と……吸入器! これね! ほら、飲みなさい!」

○○「だいじょ、ゴホッヒューゴホッ! まだそんな……」

さわ子「何言ってるの! 早くなさい! もう梓ちゃんに隠すのは無理よ!」

梓(私に……隠す?)


シューコーシューコー

梓(なんだろ、あれ……スプレー缶みたいなのから伸びてるチューブを口に入れてる)

梓(吸入器って言ってたっけ……そうだ。マラソン番組でよく見る奴に似てる。酸素を吸うやつ……)

梓(先輩、何かひどい病気なんじゃ……)

シューコーシューコー

さわ子「もう大丈夫ね」

○○「……はい」

さわ子「胸の痛みは? 腕は?」

○○「そっちは大丈夫です。苦しいのは呼吸だけだったので……」

さわ子「そう、よかった」ホッ

さわ子「……○○君」キリ

○○「……」

さわ子「無理しちゃ駄目って言ったでしょ」

○○「すみません」


さわ子「ふぅ、休憩なしで演奏してたわね?」

○○「……はい」

さわ子「まったく。ここを使用する上での条件、覚えてるわね」

○○「『自分の身体は自分で管理する』」

さわ子「そう。あなたはこれを破った。もうここを使わせるわけにはいかない」

梓(!)

○○「……」

さわ子「残念だけど、ここでの練習は今日限りで、」

梓「あ、あの!」

さわ子「え? 梓ちゃん……?」

梓「私が悪いんです! 私が調子に乗ってずっと演奏してたから、先輩も止められなくなって……」

さわ子「梓ちゃん……」

○○「中野さん……」

梓「だからそんな、ここを使わせないなんて、い、言わないで下さい!」

さわ子「……」

○○「……中野さん」

梓「は、はい!」

○○「ありがとう。だけど、これは俺の責任なんだ」

梓「ち、ちが」

○○「元々は俺のわがままで始めたことだから。自分で約束を破った以上、もうここは使えない」

梓「そんな……!」

○○「ごめんね。今まで、俺の身体のこと隠してた。俺は……ゴホッ!」

さわ子「長く喋るのはやめなさい。私から説明するわ」

○○「すみません……お願いします」

梓「先生。○○先輩は何かの病気なんですか?」

さわ子「梓ちゃん……そうね。彼には、生まれつき心臓に障害があるのよ」

梓「しょう、がい?」

さわ子「血液を送り出す機能が十分じゃなくて、そのために肺も衰えてしまっていて」

さわ子「心室――えーと、○○君、なんだったっけ」

○○「心室中隔欠損と肺高血圧症、です」

さわ子「そういう名前。これのせいで、彼の心臓と肺の機能はとても低下している」

梓「……」

さわ子「彼は激しい運動ができない。おそらく50メートルも走れば倒れてしまう」

梓「ご、50メートル……」

さわ子「楽器の演奏も同じこと。ギターは吹奏楽器じゃないとは言え、本気で演奏するとどうしても体力を消耗するわ」

さわ子「それに演奏は集中力が必要。過度な集中はストレスとなって、心臓に悪影響を及ぼす」

さわ子「身体を鍛えることもできないから、筋肉もついていない」

さわ子「だから長く演奏するとばててしまうし、悪くすれば今みたいに発作が起きてしまうの」

さわ子「それでも彼はギターを、」

○○「先生、そこからは俺が説明します。大事なことなので……」

梓「先輩……」

さわ子「そう……疲れたらすぐに言いなさい」

○○「はい」

○○「中野さん、改めてごめん。こんな大事なことを隠したりして」

梓「いえ……」

○○「ほんと、俺のわがままから始めたことなんだ、これは」

○○「今年の3月まで、俺はここじゃなくて他の土地に住んでた」

○○「もう少し山に近くて田舎っぽいところにね」

○○「そこが俺の生まれた場所で……小学生ぐらいだったかな、今の病気が発覚したのは」

○○「発覚した時にはもう手術がほぼできない状態になっちゃってね。完治はほとんど不可能」

○○「まあけど、薬を飲んでれば日常生活には問題ないんだ」

○○「ただ、激しい運動はもちろん、長い距離も歩けない」

○○「簡単に言うと、ものすごく体力のない身体でね」

○○「さっきみたいな息切れもそうだけど、少しの運動で手足はすぐにだるくなっちゃう」

○○「だから、病気が発覚して運動制限がかけられた後は、友達と遊びに行くこともままならなかった」

○○「いつも、楽しそうに遊んでる人たちを遠巻きに見てた」

○○「もちろん、中学生になってもまともに部活動なんてできない」

○○「それも仕方ないって、諦めてたんだけど……」

梓「……」

○○「2年前ぐらいかな、昔からの友人に音楽ライブへ連れてってもらったんだ」

○○「外国のアーティストのライブでね。後ろの方の、比較的人が少ない場所で見てたんだけど」

○○「すごかった」

○○「1つ1つの音に観客が反応してた。感動してた」

○○「もちろん俺も」

○○「音が胸を揺らすなんて経験は初めてだった」

○○「それまでCDやテレビでしか音楽は聴いたことなかったけど、実際のコンサートに行くとこんなにも違うものかと驚いた」

○○「ギターは、人の心に心を伝えられる楽器なんだって思った」

梓「……」

○○「それから、自分でも弾きたい、音を人に伝えたいと思って」

○○「貯金を使ってこのギターを買った。かなり高かったけど、一目惚れした楽器だから後悔はしなかった」ポンポン

○○「最初は1日10分だけ。自分の部屋で弾いてた」

○○「あ、もちろんコードを押さえたり指を動かしたりするだけなら身体に負担なくできるから、ずっとやってたよ」

○○「ただ、腕を動かして実際に弾くのはけっこう体力と集中力を消耗するもんでね」

○○「実際に曲を弾けるようになってきたのは、半年経ってからかな。身体に負担をかけずに演奏するのに慣れてきて」

○○「以前の学校の軽音部にもちょこちょこ顔を出せるようになって」

○○「今は、こんなにも弾けるようになりました、ってね」

梓「……」

○○「けど、1度演奏中に発作が起きて……その、ちょっと死にかけたことがあって」

梓「しに……」

○○「それ以来、親にはギターを禁止されてるんだ。学校にも連絡がいって、軽音部にも入れなくなった」

○○「親の目があるから家ではギターが弾けない。学校だと先生の目があるからできない」

○○「で、今みたいに練習場所に困る1人の体力不足ギタリストができあがった、ってわけだよ」

○○「あ、この街に来たのは今年の4月でね。都会のもっと良いお医者さんがいる病院に通うために引っ越してきたんだ」

○○「このお医者さんのおかげで、少し長いくらいの距離なら歩けるようになったし、発作が起きることも少なくなった」

○○「今日はちょっと調子が悪かったけど……いつもはあれぐらいの時間弾いてても、なんともないんだよ?」

梓「……」

○○「こういうわけで」

○○「ごめん、隠してて」

○○「あんまり心配をかけたくなくって……ほら、演奏中に俺の身体のことが気になって、手元が狂っちゃ駄目だろ?」

○○「いや……それだけじゃないか。あんまり、中野さんには悲しそうな顔はしてほしくなかったのかもしれない」

梓「……?」

○○「ここで俺がギターを弾いて、中野さんがそこで笑顔で見てくれてて」

○○「なんというか、すごく楽しかった。演奏しがいがあった」

○○「身体のことを教えたら、はらはらした顔で見られるのかと思うと……言いたくなかった」

○○「ははは、これもやっぱり俺のわがままだね」

○○「……」

梓「……」

○○「ごめん、ね」

梓「!」

梓「……」


梓「……うぅ」ポロポロ

○○「う、うわ! ご、ごめん、泣かせるつもりなんて全然!」

梓「先輩は!」

○○「は、はい」

梓「先輩は、もっと人を信じるべきです!」

○○「……!」

梓「私は!」ポロポロ

梓「先輩の身体のことを知っていたら、それ相応の練習方法を取ります!」ポロポロ

梓「演奏だけを聴いてほしいというなら、一生懸命音だけを聴きます!」ポロポロ

梓「病気のことを知ってたなら……ひっく、今みたいなことが起きても、助けられます!」ゴシゴシ

○○「……」

梓「先輩がそこまで真剣に音楽に取り組むなら……私はそれをお手伝いします」

梓「自分ひとりで背負い込まないでください」

梓「私に心配をさせてください」

梓「何も知らずに先輩が倒れてるのを見る方が……よっぽど悲しいです!」

○○「中野さん……」

梓「それでも自分のワガママでここを使うのに気が引けるというなら」

梓「こうしたらいいんです」

○○「……」

梓「私たちは、一緒にギターを弾きました」

○○「うん」

梓「……もう、先輩とはギター友達だって、私は思ってます」

○○「うん」

梓「だから、これは友達としての、お誘いです」キッ




梓「また、ここで一緒にギターを弾きましょう、先輩」




○○「……うん」



――さわ子の車の中

ブロロロロ

○○「……」

梓「……」

さわ子(なーんか、微妙な空気ねー。息が詰まりそうだわ)

○○「……」

梓「……」

さわ子(結局、私も梓ちゃんに押し切られる形で、これからも部室の使用を許可した)

さわ子(これでいいのか悪いのか)

さわ子(面倒なことになって減給になったら……いえ、○○君の親御さんから責任問題を問われたら、どうしよう)

梓「……あの、先輩」

○○「ん?」

梓「すみませんでした、生意気な口を利いて」

○○「いや、いいよ。中野さんの言う通りだったから。俺、色々怖がってただけなんだ」

梓「……先輩」

○○「これからは少し、中野さんを頼ることになるかもしれない」

○○「色々迷惑もかけるだろうけど」

梓「いいんです」

梓「私と先輩は、その、お、お友達ですから」

梓「友達は、持ちつ持たれつ、です」

○○「ん、ありがとう。俺も、できる限り中野さんの手助けするよ」

○○「ギターのことぐらいしか、助けられないだろうけどね」

梓「はい!」


さわ子(はぁ、あの2人を見てると、面倒だなんだって思う気もなくすわね)

さわ子(仕方ないわね、若者を良い方向へ導くのも教師の役目)

さわ子(たとえ常識的には駄目でも、あの2人にとって必要なら、私は後押ししてあげましょう)

さわ子(覚悟を決めるのよ、さわ子!)

ブロロロロー



2章 終わり




おまけの1レス

――部室

律「梓」

梓「はい、なんでしょうか」

律「辛い恋をしているんだな」ポンポン

梓「は?」

律「何か相談があったら私たちに言ってくれ!」

澪「恋は他人に相談するのが1番なんだ!」

紬「教師と生徒の禁断の恋、梓ちゃんが本気なら応援するわ!」

唯「がんばれー」



梓「……」

梓「えっ?」

律澪紬唯「え?」



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