――放課後 部室

律「っしゃー! 勝ったー!」

唯「あうー、私のケーキがー」

澪「お前のじゃなくて、余ったケーキだろ」

紬「りっちゃん、じゃんけん強いのねえ」

梓「……はぁ」

律「ん? どした梓? そんなにケーキが食べたかったのか?」

梓「いえ……」

紬「今日の梓ちゃんはちょっとアンニュイね」

唯「あんにゅい? それっておいしいの?」

澪「違う。憂鬱って意味だよ」

梓「いえ……なんだか私、恵まれてるなあ、っと思っただけです」

唯「恵まれてるー?」

律「それって紅茶とかケーキのことか?」

梓「それもありますが……ギターが弾けて、先輩たちがいて……こういう日常が過ごせるのはすごいことなんだな、と」

律「なんだなんだ? 今になって私らの尊さが分かったってことか?」

澪「どうしたんだ梓。何か嫌なことでもあったのか?」

紬「何でも相談してね」

梓「いえ、ちょっと思っただけです。ありがとうございます」

梓(はあ……どうして私、こんなに気になってるんだろ)

梓(やっぱり世話焼きなのかなあ)

梓(……せめて、○○さんがここで練習できる時は、有意義に練習できたらいいんだけど)

梓(1人でやるだけじゃなくて、バンドを……ううん、せめて誰かとセッションできたらいいのに)

梓(……)

梓(あ、そっか)

梓(私が一緒に練習すればいいんだ)


ガチャ

さわ子「ごめーん、ちょっといい?」

律「さわちゃん、どしたの?」

さわ子「梓ちゃん借りていっていい? ちょっと運び物があるのよ」

梓「私?」

律「おいおい、梓じゃちっこすぎて役に立たないだろ」

梓「むぅ」

梓「そんなことはありません! こう見えて私は力持ちです!」

律「じゃあ、ムギと腕相撲してみ」

梓「やってやるです!」



――数分後

梓「腕痛いです……」

紬「ご、ごめんね梓ちゃん。力加減できなくって」

唯「すごいねー。こう……ぐわっ! ごつん! って感じだったよー」

さわ子「もういい? 梓ちゃん、行くわよ」

梓「はい……」



――部室の外

梓「それで先生、非力な私は何を運べば……」

さわ子「やあねえ。本当に荷物運びだと思ったの?」

梓「え?」

さわ子「いい事を教えてあげにきたの。今日、予定されていた職員会議がなくなったわ」

梓「あっ……それじゃあ」

さわ子「先生方はどうも放課後に飲み会に行くらしくてね。多分校舎の戸締りは私の係になるわ」

梓「……先生、誘われなかったんですか?」

さわ子「何か言った?」ギロリ

梓「い、いえ、何も」

さわ子「ならいいわ。彼にはもうメールを送ってある。来るって言ってるわよ」

梓「あっ」

梓(良かった……練習できるんだ)

さわ子「で、梓ちゃんはどうする? また手伝う? このまま帰る?」

梓「……」

梓(よ、よし、まだちょっと決意が固まってないけど……!)

梓「手伝います!」

さわ子「良かった。じゃあ、部活が終わったらまた職員室に来てちょうだい」

梓「はい!」




――放課後 下校時

唯「今日はあんまん食べたい気分だねー」

澪「また買い食いか……ほどほどにしろよ」

律「澪だってまんざらじゃないくせに」

紬「私、またピザまんにしたい!」

梓「あ、あの!」

澪「ん? どうした梓」

梓「わ、私、またさわ子先生に呼ばれてまして……」

唯「もしかしてまだ荷物運び終わってなかったの?」

梓「そ、そんな感じです」

律「うっし、だったら私たちも手伝ってやるよ」

澪「お、律が意外なことを」

梓「いえ! あと少しで終わる仕事なので……先輩たちは先に帰っててください! それでは!」

ダダダダダ!



律「なーんか最近の梓は変だ」

澪「だな」

唯「もしや……もしかしたら、さわちゃんにいじめられてるのかも!」

紬「い、いじめって、どんな風に……?」

唯「新作の衣装の着せ替え人形にさせられてたりとか!」

紬「……」ポワワーン

澪「はいはい、変な妄想はいいから、早く帰ろう。ムギも呆けてないで」

紬「私、着せ替え人形が欲しいと思ってたのー」

律「うお! いきなり意外な趣味をカミングアウトしたな」

澪「なんだか危険な言葉だ……」

唯「どしてー?」

律「お前にはまだ早いよ」




――夜7時頃 部室

梓「どうも○○さん、こんばんは」

○○「こんばんは、中野さん」

梓「これ、昨日忘れてたみたいですよ、スコア」

○○「あっと、ごめん。ありがとう」

さわ子「ちょっとー、あんまりそういう忘れ物はしないでよね。ばれたらどうするの」

梓「私がフォローするので大丈夫ですよ」

○○「いやはや、ありがとう、中野さん」

梓「いえいえ」

さわ子「じゃ、適当に練習してなさい。私は今日も梓ちゃんで遊んでるわ」

梓「『と』じゃなくて『で』になってますよ!」

さわ子「ふふふふー」ワキワキ

梓「だ、駄目です! ○○さん! 今日は私も一緒に練習します!」

○○「え?」

さわ子「あら」

梓「その……1人でやるより2人でやった方が効率がいいかと思って……」

梓「セッションしたり、苦手なところを教えあったりすれば上達も早まりますし」

梓「あ、私が先輩である○○さんに教えるなんて、そんな失礼なことはもちろんしませんが!」

さわ子「いつも唯ちゃんに教えてるじゃない」

梓「あう」

梓「と、とにかく、私も練習に加えていただけませんか……?」おずおず

○○「……」

○○「うん、ありがとう、中野さん」

○○「中野さんがよければ、喜んで。むしろお願いしたいぐらいだよ」

梓「は、はい!」パァアア!

さわ子(うわあ、梓ちゃんかわいい顔するわねえ)

梓「じゃ、じゃあ今から用意しますね!」

○○「うん、ありがとう」

さわ子(彼も嬉しそうだし……あらあら、もしかしたら瓢箪から駒が出るのかしら)

○○「中野さんのギターは……なんか本格的だね」

梓「そ、そうでしょうか。○○先輩の方が独特でエレキっぽいと思いますが」

○○「んー、中野さんのこれって名前なんだったかなー……マスタング?」

梓「それは原音読みですね。日本ではムスタングと言う方が一般的かな」

○○「中野さんには大きくない?」

梓「そんなことは」

さわ子「梓ちゃんは、その小さな身体で大きなギターを持っているのがいいんじゃないの」

○○「なるほど」クスクス

梓「私はそこまで小さくありませんー!」


梓「○○先輩のギター、リッケンバッカーですよね」

○○「ああ、うん、そだね……ですよね、先生?」

梓(自分のギターのことを知らない?)

さわ子「そうよ。リッケンバッカーの360ね」

さわ子「ビートルズのジョージ・ハリスンなんかが使っていたことで有名よ。あっちは12弦だったけど」

梓「へえー」

○○「へー」

梓「って、先輩、知らなかったんですか!?」

○○「楽器屋で一目惚れして買ったから、あんまりこのギター自体には詳しくなくって」

梓(唯先輩みたいな人だなあ)


梓「先輩、それじゃあどの曲を弾きましょうか」

○○「まずはいつもの練習曲を……そういえば、中野さん」

梓「はい?」

○○「いつの間にか『先輩』って呼ぶようになってるけど……」

梓「え?……あ、ほんとだ」

○○「いや、まあ別にいいんだけど、部活の先輩でもないのにいいのかなって」

梓「な、なんだか一緒に練習するとなると先輩ってつけなきゃいけないような、そんな感じがしまして……」

さわ子「いいんじゃない? ○○君も先輩って呼ばれるとドキドキするでしょ?」

梓「そ、そうなんですか?」

○○「……あはははー。まあ、いいんじゃないかな」

さわ子(するんだ)

梓(するのかな……)



――練習中

○○「ふ、ふぅ。ちょ、ちょっと休憩」

梓「あ、はい」

○○「はぁー、ふぅー」

さわ子「……」

○○「中野さん上手いね。俺なんかより全然」

梓「そ、そうですか? 先輩の方が上手だと思いますよ」

○○「いやいや、ここのコードとか押し間違えたし」

梓「だったら、私もこの辺りのリズム狂っちゃいましたよ」

○○「……」

梓「……」

○○「はは」

梓「ふふふ」

○○「お互い様、か」

梓「ですね」


梓「このコードに移るのは難しいですけど、指の力をきちんと抜けば無理なく動かせますよ」

○○「んー、じゃあこういう感じか」

ジャン♪ ジャカ♪

梓「そうですそうです。力がちゃんと抜けてるとトリルにも難なく移れます」

○○「ほうほう」

チャラリラチャラリラ♪

梓(あ、トリルはすごく上手い……)

梓(んー、なんだろ。演奏技術はすごいのに、基礎的なコード、いや、違う。人に教えられないと分からない部分をミスしてる)

梓(……なんというか、歪みのある不安定な土台の上でトランプタワーしてるみたいな感じで)

梓(不思議な人だなあ。唯先輩並に不思議だ)

○○「あ、上手くできた」

梓「じゃあ、次は」



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