1章



――4月 けいおん部部室

律「いやー、今日も練習したなー」

唯「熱血だったね!」

澪「どこがだ。最後の30分にちょこっとパート別に練習してただけだろ」

梓「そうです! 今日もずっとティータイムばっかりで……もっとやる気を出してほしいです!」

唯「あずにゃん厳し~。ほらほら、怒るとほっぺた落ちちゃうよー」

梓「むにゃ! ほっぺたつままないで下さい!」

唯「やーらかーいなー」むにむに

紬「眼福だわー」

紬「梓ちゃんは2年生に進級して、やる気満々ね~」

澪「いつ後輩ができてもいいように心構えしてるんだろうな。真面目なんだよ、梓は」

律「まあ、ぜんっぜん入部希望者出てこないけどなー」

梓「はぁ……」ガックシ

唯「おやあ? あずにゃん、落ち込んでるー」

梓「落ち込みもしますよ……」

紬「どうして誰も入ってくれないのかしらね」

律「さあな。女子高だと『バンド組んで演奏だー!』っていう気合入った奴はなかなかいないんじゃね?」

唯「じゃあ私は気合入った女の子なんだ!」

澪「お前は軽音を『軽い音楽』と勘違いしてただけだろ」




――帰り道

テクテク

律「そういえばさ、最近学校に幽霊が出るっていう話、知ってるか?」

澪「うっ!」ビクリ!

唯「なにそれー。聞いたことないよ」

梓「本当の話なんですか?」

紬「あ、私、聞いたことあるかも。放課後の幽霊よね?」

律「そうそう。なんでもな、夜の6時か7時ぐらいになると学校の中を幽霊が徘徊してるらしい」

澪「うぅ……」

律「職員室から出てきたと思って追いかけてみると、曲がり角でいきなり消えちゃってな」

唯「どんな幽霊なのー?」

律「んー、髪の長い女の子だったり、小さな男の子だったり、学生服着た男の子だったり」

梓「ようは正体不明、ってことですね」

澪「何も聞こえない何も聞こえない何も聞こえない」ガクブル

唯「けど、夜7時だなんて、幽霊さんもすごく早い時間に出るんだねー」

律「だなー。普通深夜とかに出るよなー」

紬「その時間って生徒はいなくても、先生方はまだ残ってらっしゃるんじゃないかしら」

律「そう思ってさわちゃんに幽霊のこと聞いてみたけど、『見たことない』だってさ」

梓「だったらただの噂話なんですよ。よくある怪談です、きっと」

律「けどなー。もし今日みたいに一緒に帰ったりする時にだな」

澪「何も聞こえない何も聞こえない何も聞こえない」ガクブル

律「澪が忘れ物に気付き、『あ、私忘れ物したから取ってくる。皆は先に帰っててくれ』と言って、1人で学校に戻ったとする」

澪「何も聞こえない何も聞こえない」

律「夕方から夜に変わる学校。なぜか先生も守衛さんもいなくて、澪は薄暗い校舎の中を1人でひたひたと歩く」

澪「何も聞こえない何も聞こえない」

律「鍵を借りるために職員室に行くと、ふと、職員室から出てくる白い影が……」

唯「どきどき」

律「『あれ? 先生いたのかな?』。そう思って追いかける……けどその白い影は歩くのが早くて追いつかない」

紬「どきどき」

律「『先生!』。叫ぶようにして呼び止めると、白い影は立ち止まる。そしてゆっくりとこちらを振り向いたその顔は……!」

梓「……」

澪「何も……聞こえない……!」ガクブルガクブルガクブル

律「すぅ」

律「真っ白っけっけー!」

澪「わああああああ!」

唯「うわ! 驚いた!」

紬「澪ちゃんの叫び声に驚いちゃったわー」

梓「澪先輩、落ち着いてください!」

律「澪は必死になって逃げるけれども、真っ白な顔の怪物は澪を追いかけてくるのだー!」

澪「きゃああ! きゃあああ!」ダダダダ!

律「ありゃ。走ってっちゃったよ」

唯「澪ちゃーん、そんなに走ったら転んじゃうよー」

梓「律先輩、やりすぎです……」

律「なはははー」




――翌日 学校 昼休み

純「ああ、その話なら私も知ってるよ」

憂「私も聞いたことある」

梓「へえー。結構広まってるんだ」

純「けどさあ、夜7時とか中途半端な時間に出るよね」

憂「あはは、そうだね。早起きな幽霊さんなんだよ、きっと」

梓「幽霊って寝たりするの?」

純「案外3大欲求持ってたりするんじゃない?」

梓「ご飯食べる幽霊とか、なんだかロマンがないなあ」

憂「そういうアニメ、昔あったよねー。頭に毛が3本生えてるやつ」

純「うわっ、ふるっ」

梓「私達が生まれる前のアニメでしょ、それ」

純「けど、その噂話も中身が安定しないよね。特に外見」

梓「男か女かも分からないんだっけ」

純「唯一分かってるのは、色白だってことだけらしいよ。服装は見る人によってばらばら」

憂「私はロケット砲持ってるって話も聞いたことあるなー」

梓「ろ、ロケット?」

純「こわっ。なんで幽霊がロケット?」

憂「きっと兵隊さんの幽霊だったりするんだよ」

純「じゃあ、出会いがしらにロケット撃たれるんだ。どばーんって」

梓「それって幽霊じゃなかったとしても怖いよ」




――放課後 けいおん部部室

律「あー、今日も練習したなー」

唯「疲れたー」

澪「いやいや、今日も最後にセッションしただけだって」

梓「皆で弾けただけ、まだマシですが……」

紬「ふふふ、じゃあ、最後に冷たい紅茶を飲んで帰りましょうか。用意するわね」

唯「あずにゃーん」ダキッ

梓「あう。いきなり抱きつかないでください!」

唯「あずにゃん分補給だよー」

梓「後片付けの最中ですからやめてください」

唯「あずにゃんのけちー。ほっぺたぎゅってしてやるー」むにゅ

梓「にゅ! もう! 唯先輩!」

唯「あはは! あずにゃん怒っちゃやだよー」




――帰り道

律「ふぅ。明日は金曜日かー。もうすぐ休みだ休みだ」

澪「律は土日、何か用事ある?」

律「んー、弟を映画に連れていく予定だな。なんかあるのか?」

澪「ちょっとライブハウスに行こうかと思ってたんだけど……いいや、また今度にする」

律「おいおい。私と一緒じゃないと行けないのか?」

澪「1人であの中に入るのはちょっと……」

紬「ライブハウスって独特な空気があるものね」

唯「そうかなー。私はなんだか楽しいよ」

律「そりゃあ、お前は強面さんでも仲良くなれるからな」



梓「あっ」

律「ん? どうした、梓」

梓「スコア、部室に忘れたかも……です」

澪「今日練習してたやつか?」

梓「はい……後片付けの時に鞄に入れたと思ってたんですけど……入ってない」

律「あー、唯とじゃれあってたからな。入れ忘れたんだろ」

梓「どうしよう……家に帰ってからも練習するつもりだったのに」

紬「1度戻る? 今からならまだそんなに離れてないわ」

梓「いえ、先輩たちにまで迷惑をかけられません。仕方ないので……私1人で取ってきます!」

唯「大丈夫? もうすぐ暗くなるよー?」

梓「ちょっと行って取ってくるだけなので、大丈夫です。先輩たちは先に帰っててください。それでは!」

タタタタ



律「……あれ? なんかデジャブった」

唯「でじゃぶ? しゃぶしゃぶの仲間?」

紬「デジャブっていうのは、『何か経験したことあるなあ』っていう感覚のことよ」

唯「へー。りっちゃん、そんな難しい言葉知ってるなんて、すごいなー」

律「まあなー。うーん……けど、よく分からん。思いだせん」

唯「じゃあ、気にしないでいいんだよー」

律「そだなー」


澪「……」ガクブル

澪(梓! ふがいない先輩を許してくれ……!)




――夜7時前 学校

梓「うー、暗いなあ。夜の学校ってどうしてこんなに怖いんだろ」

梓(校門はまだ開いてたからよかったけど……あれ? 職員室もまだ明るい。誰か先生いるのかな)


タタタタ

ガラッ

梓「失礼します」

梓「あれ? 誰もいない……職員室の電気だけついてるなんて、おかしいなあ」

梓(仕方ない。守衛さんは守衛室にいなかったら、見回りかな。事情を話して鍵を開けてもらおう)

梓(……)

タタタタタ


梓(そう言えば、今って夜7時に近いんだっけ……)

梓(噂の幽霊って、今の時間帯に出るんだよね)

梓(……)


律『鍵を借りるために職員室に行くと、ふと、職員室から出てくる白い影が……』


梓(……そんなわけないよね)

梓(守衛さんを探そう)

タタタタタ


タタタタ

梓(いないなあ。2階も全部回ったのに)

梓(はあ……もう一度職員室に戻ろうかな)

ふっ

梓(!)

梓(今、何か白い影が見えたような)

梓(……)

梓(あ、あはは……そ、そんなわけないよね)

タタタ

梓(白い影は階段を昇ってったように見えた)

梓(この上は……音楽準備室。私たちの部室)

梓(……まさか、ね)


タン タン タン

梓(なんで私、白い影なんか追いかけてるんだろ)

梓(けど、もし本当に幽霊がいたとしたら……)

梓(ううん、そんなわけない。ただの見間違い。見回りをしてる守衛さんかもしれないし)

梓(そうだよね。で、私は守衛さんを探してるから追いかけてるだけ)

梓(決して幽霊みたさに……あれ? 何か音が聞こえる)


ジャン♪ ジャカ♪ ジャン♪


梓(ギターの音?)

梓(そんな。だって、どこのクラブもこの時間まで部活やってるはずないし……)

梓(……けいおん部の部室から聞こえる)


ジャン♪ ジャカ♪ ジャン♪


梓(……)

梓(ドアを開けて、み、見てみればいいんだよね)

梓(そうだよ。もしかしたら、守衛さんがギターを弾いてるのかも)

梓(『いつも君達の演奏聞いてて、私も弾きたくなってねー』って)

梓(……)

梓(そんなわけないか)


ジャン♪ ジャカ♪ ジャン♪


梓(よし!)

梓(扉をちょっとだけ開けて……ほんとにちょっと。ちょっとだけ……)

キィ


ジャン♪ ジャカ♪ ジャン♪


梓(暗くてよく見えないけど……ギターの音はよく聞こえる)

梓(これ、何の曲だったっけ。洋楽の何かだったと思う)

梓(もうちょっと明るければ弾いてる人の姿も……って、あれ? 人の腕が)


ジャン♪ ジャカ♪ ジャ、

ゴホッ! ゴホッ!

……

ジャン♪


梓(白い肌……え? すごく肌が白い人って、まさか噂の幽霊?)

梓(え? え? ゆ、幽霊さんがギターを弾いてる??)


ゴホッゴホッ!


梓(けど、足はちゃんとあるように見えるんだけど……それに、これって咳の音?)

梓(YシャツとGパン……なんか普通の格好。顔は後ろ向いてて見えない)

梓(これが……幽霊?)


ジャン♪ ジャカ♪……ピタ



??「誰かいる?」



ビクリ!

梓「――!!!」

梓(に、逃げなきゃ!)

ダダダダダダ!


ダダダダダ!

梓「はあ、はあ」

梓(勢い余って、校舎の外まで逃げちゃった)

梓(まさか幽霊に声をかけられるなんて……嘘みたい)

梓(あれ? けど幽霊って話しかけてくるものなのかな)

梓(それに、普通に考えて幽霊がギターを弾くないし……)

梓(……)

梓「もしかして、ただの人間?」



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