エピローグ





――平沢唯が死んだ――




わたしはその報せを受け、ひとり電車にゆられながら、生まれ育った街へと向かっている

高校時代の友人の不幸、普通であれば涙を流すものであろう

だけど、わたしの胸中は複雑だった

楽しかった時の事、友人の眩しい笑顔の事を考えれば悲しくなる

しかし”あの記憶”が蘇ると、多少の恐怖と、どこかホッとしている自分に気づき、自己嫌悪にかられる

ひとり電車の中で、そんな悶々とした時間を過ごしていると

「次は~桜ケ丘~、桜ケ丘~」

車掌のどこか抜けたようなアナウンスが響いた

わたしは慌てて荷物を掴むと、降車する人の流れにのまれながらも桜ケ丘の地に降り立つ


―――懐かしいな―――


わたしがこの街に帰ってくるのは実に2年振り、大学に進学してから初めての帰省となる

変わらない風景、変わらない街並、あの頃はいつも見ていたものだが、久々に見ると新鮮に見える

燦々と照りつける太陽の下、時計を確認すると、時計の短針は午前11時を回ったばかりだ

葬式の予定は午後3時からなので、時間はまだまだある

(少し散歩でもするか)

予定を決定したわたしは、ふらふらと街へ向って歩き出した



2年振りで目に映る景色は新鮮に感じるとはいえ、実際に歩いてみると、交差点を曲がるとどこに着くかや、細い路地の一本一本まで正確に把握している自分の記憶力に少し驚かされる

(ああ、あのアイス屋。唯が好きだったな……)

(この喫茶店で、5人でよくだべってたっけ……)

(この楽器屋で唯がギー太を買ったんだよな……)

気が向くままに歩いて行きつく先は、どれも軽音部の思い出が詰まった場所ばかりだった

つまらない事で笑い、くだらない事で盛り上がり、どうでもいい事で喧嘩して……

次の行先も決定しないまま歩いていると、わたしの頭にふとある場所が思い浮かぶ

高校時代、もっとも長く過ごした場所で、一番思い出が詰まった部屋

わたしは、桜ケ丘女子高等学校を次の目的地に決定した


――また、”皆”に会えるかもしれない――


自分でも馬鹿げている、そう思う希望だが、何故かその時は信じたくなっていた

わたしは歩き慣れた道を歩いて行く

長く滑かなアスファルトの坂

そしてその先にある曲がり角

その曲がり角を右に曲がり、学校に歩いて行こうとした時、うしろで足音と自分を呼ぶ声が聞こえた気がして、足を止めてわたしは振り返った


――誰もいない――


ガッカリしたような、安心したような不思議な気持ち

わたしはまた、学校に向けて歩き出す

もう一度呼ばれた気がしたけど、今度は気にせずに歩く

気がつけばわたしは、見慣れた校門をくぐり、校庭に到着していた

(やっぱり、誰もいない、か)

ふぅっと一息ついて、時計を覗き込む

時計は午後2時をさしていた

(そろそろ会場に行かなきゃなー……)

わたしが重たい腰を上げ移動しようとした時―――



りっちゃん!りっちゃんよね!?」

後ろからわたしを呼ぶ声が、今度ははっきりと聞こえた

「久し振り!りっちゃんたら少し大人っぽくなったんじゃない?」

振り向くと、金髪をふわふわとゆらしながら近づいてくる琴吹紬の姿が目に入る

「ムギ!会いたかったぜ!久し振りだなー!」

「私もよ、りっちゃん」

礼服姿の親友の変わらぬ姿に、顔が自然に緩んでいく

「りっちゃん。澪ちゃんと梓ちゃんもあっちにいるんだけど、一緒に会場まで行かない?私、久し振りにお話したいなあ」



それから会場に到着するまでの間、私達4人は色々な事を話した

大学の話だったり、音楽の話だったり……

わたしの話は主に大学でできた親友の話だった


―――

「へー、そんな娘と友達になったのか。なんか毎日おもしろそうだな」

「おもしろそうっていうか、律先輩とコンビでいると騒がしそうですね。でも、にぎやかでとっても楽しそうです」

「ねえねえりっちゃん。私その娘に会ってみたいな。今度紹介してくれない?」

「わ、私も会いたい!」

「私もです!」

「あー、そういやあいつも皆に会ってみたいって言ってたな。シャイな奴だから最初は印象悪いかもだけどすっげーいい奴だから、仲良くしてやってくれ」

―――


会場に到着すると、すでにかなりの人間が席に座っていた

中には、すすり泣いている人もいる

わたしたちは適当な席をさがして座り、葬式が始まるまでのしばしの間、それぞれが物思いに耽る

自分の世界に入っていたわたしを引き戻したのは、響きだした読経と、ポクポクという木魚の音だった

葬式は淡々と進み、遂に、火葬場目指して出棺される前の、最後のお別れの時がやってくる

参列者が次々と棺に向かって最後のお別れを告げている

わたしの前を歩いている澪やムギ達は、やはり悲しいのだろう

目に涙を浮かべ何かを話しかけている

そして、わたしに順番が回ってくる



唯の顔は穏やかだった

わたしの頭には楽しかった思い出が次々と浮かんでくる

そして、同時に言いようのない恐怖をわたしは感じていた

これは、本当に唯なのか?もしかしたら、2人はまだこの街で演じ続けているのではないか?

あの日のように、不思議な顔を浮かべて、この葬式を眺めているのではないか……?

「じゃあな」

わたしは自分の考えを否定するかのように短い言葉を投げかけ、次の人間に順番を回す

泣きじゃくりながら別れを告げている次の人間を尻目に、もやもやした気持ちを抱えたままわたしは会場を後にする

会場のしんみりした空気とは打って変わって、外は太陽により明るく照らされていた

ぽかぽかした気温の中、ぼーっと出棺されるのを待っていたわたしに澪達が話しかけてくる


「なあ……唯は、幸せだったのかな」

「……さあな。でも、楽しそうだった表情しか浮かんでこないだろ?幸せだったと思うぜ、多分な」

「そうだといいな……」

ところで、と澪が話を続ける

「律は、火葬には行くのか?私達は特別にどう?って言われたから行くつもりなんだけど」

「…………いや、わたしは帰りの電車の時間もあるし、遠慮しとくよ」

そうか、ならしょうがないな。澪達はそう言うと、わたしに別れの挨拶をして棺とともに車で移動を開始する

―――また会おう、か―――



実は、電車の時間までには、まだかなりの余裕があった

わたしには、明るいうちにどうしても行っておきたい場所があったのだ

何で行きたいと思ったのかはわからない

だけど、行かなければならないと思ったのだ

車が見えなくなったのを確認したわたしは、今度は明確な目的地を持って歩きだす

平沢家に向って―――



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