それで、他の3人……澪とムギと梓を、唯は絶対に連れてくるなって言って、わたしの家に呼ぶ事にした

家には一人ずつぱらぱらと来て、わたしを含めて4人揃ったところで話を始めたんだ

「……で、律。昨日はどうだったんだ……?」

澪が恐る恐る聞いてきた

「そうだな、結果から言うと、あの憂ちゃんが幽霊だった方が100倍ましだったな……」

3人の顔が強張り、私の部屋に重苦しい空気が流れる

わたしは、昨日の出来事をできるだけ細かく話していった

スーパーで憂ちゃんに会った事、帰り道に憂ちゃんと話した事、そこでの内容……

でも、私は唯の家に何かが居た事は話さなかった、いや、皆には話してはいけない気がした

昨日あった事を思い出すふりをして、唯の家での事はほとんどでっち上げて話した気がする

一通り話終えると、皆は疑問に思ったことを質問してくる

「唯は生きてるんだろ?精神科とかに連れていったら治らないのか?」

とか

「唯先輩が憂が生きてるって思いこんでるって事ですか……?」

とか、まあ当然の疑問だろう


「……わたしにも、正直よくわからないんだ。……だから、わたしがこれから話す事は仮定の話だと思ってくれ」

わたしはそう前置きをして、今度は自分の考えを語り始めたんだ

「なあ……皆はさ、わたしの話を聞いて何か違和感というか、もしかして……とか思わなかったか?」

皆は不思議そうな顔でわたしを見てきた

「梓……梓はさ、憂ちゃんにいろいろ修学旅行の時のこと質問してただろ?どうだった?」

「どうだった?って、全部答えられてて、これは憂なんじゃないかって思いましたけど……」

やっぱり、わたしは確信にも近い何かを得た

「……唯に、修学旅行の事を聞いたんだ。ずっと友達でいようって言っただろ?って。皆は覚えてるか?」

わたしはムギと澪に聞いてみる

2人とも、よく覚えてる、そう答えてくれた


皆、何か違和感を感じたんだと思う。

「もし、もしもの話だけど、二人が日常的に入れ替わっていたとしたらどうだ?あの時、梓達と一緒にいたのが、実は今生きている唯だったとしたら?」

3人共、言葉を失ってた。

わたしは構わずに話を続ける

「実際そう考えると、いろいろな事に辻褄が合うんだ。

やけに料理が上手かったこと、梓の質問に答えられたこと……それだけじゃない、クリスマスの事を覚えてるか?」

ムギと澪、2人が、あっ、という表情を浮かべた

「そうだ、憂ちゃんがギターを弾いてくれただろ?ちょっと練習しただけで、やけに上手で私達はびっくりしただろ?

わたし達は、唯に似て才能があるんだな、そう思った。でも、いくら何でも上手くなりすぎだ、そう思わなかったか?澪」

「……正直、少し嫉妬してしまう位上手になってたな」

澪はそう言って、楽しかった頃を思い出したのか、下を向いてしまった

「あれだって、日常的に入れ替わってギターを弾いていたのだとしたら?

唯は、一つの事を覚えたら、よくその前の事を忘れてたよな?それも入れ替わっていたのだとしたら?」

それだけじゃない、わたしはそういって話を続けた

憂ちゃんが事故にあった日の朝の会話をとっても、そう考えると異常なものになるんだ

あの日、あの日の朝までは憂ちゃんだった、その時の唯が寝坊したから唯は「憂が寝坊した」、そう言ったんじゃないか?

「気を付けてね」は互いの認識に差が生まれてたから言ったんじゃないか?

……もしかすると、わたし達と初めて会った時の唯は憂ちゃんだったんじゃないか?

誰も否定しなかった……いや、できなかったんだと思う

わたしも少し疲れて一息置いてたんだけど、その時ムギがこんな質問をしてきたんだ

「ねえねえ、りっちゃん。今生きてるのは唯ちゃんなの?憂ちゃんなの?」

って

「……それは、もっとわたしの推測の域を出ないんだけど……それでもいいか?」

うん、だとか、はい、だとかそれぞれから肯定の返事が返ってきたから

わたしは、ふーって深呼吸をして、わたしの推測を話した

「たぶん、わたし達がそれをわからないみたいに、唯……生きてる方にもわからないんだと思う。

葬式の時の唯の様子、思い出せるか?何か考えるみたいに憂ちゃんの棺見てたろ?それで、「私が泣いてると憂が心配するから」って言っただろ?

わたしの話を聞く前だと、立派なお姉ちゃんで終わる話だけど、わたしの話を聞いた後だと、ニュアンスがかなり変わる、そう思わないか?

入れ替わりをずっと続けてるうちに、もともとどっちがどっちだったかわからなくなった、っていうのが正しいのかな……」



皆下を向いて考え込んでた

すると何か思いついたのか、ぱっと顔を上げて梓が質問してきたんだ

「でも、それだと悲しまないっていうのはおかしくないですか……?どっちがどっちだかはわからないけど、自分の片割れが死んだっていうのはわかるはずだと思うんですけど……」

「……多分だけど、入れ替わりを続けるうちに、それぞれの中で、例えば、唯の中には憂ちゃんの。憂ちゃんの中には唯の人格が形成されていったんじゃないか?

それで、続けるうちに自分はもともとどっちだったかを忘れていったんじゃないか?

……こんな事言いたくないけど、言ってしまえば唯と憂っていう人格を演じるだけの器になってしまったんだと思う

1つの器の中に唯と憂っていう2つの人格があって、それが2つあったと考えたら?器が2つあった時はどちらかがどちらかをって感じでその時その時で演じてただけで、1つが壊れてしまっても、唯と憂は1つの器の中で生き続けているとしたら……?

憂ちゃんは、唯の中で生き続けてるんだ。いや、もしかしたらあの日死んだのは、唯として生まれてきた方かもしれないな……」

誰も、何もしゃべらなかった

ふと、わたしの脳裏にあの日のことがよぎった


唯は

「憂はここにいる」


確かにそう言った。唯の心の中にいる、ムギ達はそう思っているだろう

でも、わたしはまた違った風に思えたんだ

得体のしれない何か、確かに存在していたけど、目には見えないなにか

もしかしたらあれは……あれこそが器なのではないだろうか

体、という箱が壊れてしまっただけで、その中にしまわれていた器は壊れていなかったのではないだろうか……

それなら、どちらの名前で呼ばれても反応していた理由も、憂ちゃんは死んでいないという主張も納得できる

そして、未だに、”2人”で演じ続けているのではないだろうか……


「……つ?……律?」

澪が悲しそうな顔でわたしを呼んでるのにも気付かないくらい、わたしは考え事に没頭してた

ああ、悪い悪い、どうしたんだ?って言ったら、澪のやつが、呟くような声で聞いてきたんだ

「……唯は、……もう、もとに戻らないのかな……?」

戻るさ、そう言ってやりたかったけど、嘘はつきたくなかった

「……なあ、澪。わたし達は、事故があって、唯が壊れてしまった。そう思ってただろ?」

澪は小さく頷いた

「たぶん、違うんだ。今の状態を狂ってる、そういうなら……わたし達と出会った時点で唯は、唯達は狂ってたんだ。

わたし達は、その壊れてる状態の唯しか知らないんじゃないか?いや、壊れていない状態の2人を知ってる人間はたぶん、いないんだ……」

「じゃあ、唯は壊れてないのか……?わたし達が知ってる唯と変わっていないなら、また前みたいに付き合えるのか……?」

わたしは、しばし考えた

そう、今の状態を普通だというなら、付き合いを続けても問題はないはずだ

だけど、あの日いた何かは、関わってはいけないものだ、直観的にそう思った

「……やめた方がいい、わたしはそう思う。もちろん、絶交しろとかそういうあれじゃない。

ただ、家にいったりだとか、そういう踏みこんだ付き合いは止めた方がいい、と思う。一定の距離を置くんだ。

この話を聞いて、唯は異常だ、そう思っただろ?

……なあ、皆はこういう有名な話、知ってるか……?」




――

「……と、これでわたしの話は終わり!いやー、すっかり長くなっちまったなー」

部屋の中は静まり返っていて、冷房だけが音をたてている

「明日も早いんだし、もう寝ようぜ」

わたしはそう言っていそいそと布団に潜りこむ

顔は冷房で涼しいのに、布団の中は暖かい。そのギャップに何とも言えない心地よさを覚える

「……あの、律先輩。一つだけ教えていただいてもいいですか?」

後輩がおずおずと聞いてくる

「……質問は受け付けないつもりだったけど、特別に答えてあげよう。何が聞きたい?」

コロン、と寝返りをうって、皆の方に頭を向ける

「……どこが本当で、どこが嘘なんですか……?」

「……うーん、そうだなー……」

ニヤッと笑みを浮かべて、わたしは口を開く

「この話しは作り話、っていうのが嘘……かな」

わたしはいたずらっぽくそう言うと、また寝返りをうってそっぽを向く

他の皆も、トイレにいったりして寝る準備を始めたということが、聞こえてくる音でわかる



少しして、静寂に包まれた部屋の中で、わたしは頬を伝って、涙が枕を濡らしていることに気が付いた

わたしがそれを拭おうとした時、何か温かいものがわたしの手にふれた

「……りっちゃん?起きてる?」

隣で寝ている親友が、わたしの手をそっと握っていた

わたしは無言でその手を握り返す

「ふふっ、起きてるんだ。……ねえ、もっと教えてほしいな、りっちゃんのこと」

わたしは顔を向ける

多分、そうとうひどい顔をしていただろう

でも、こいつにならそんな顔を見られても構わない、むしろ……見てほしい、知ってほしい、そう思った

「……」

親友は、無言で手を握ったまま、もぞもぞとわたしの布団に入ってくる

おいおい、わたしがそう言って親友を制止しようとした時―――


ギュッ


わたしは、ふかふかの布団の何十倍、何百倍も温かい感覚に包まれた

石鹸のような、微妙に甘くて清潔感溢れる香り

そんな親友の香りが胸一杯に広がっていく

振り解く事もできた。

でも、振りほどけなかった。

わたしは、泣いた

あの時、救ってやれなかった後悔が。

皆に嘘をついた後ろめたさが。

そして、どこか懐かしい感覚が。

全てがわたしの双眸から、涙となって溢れて、親友の胸を濡らしていく

子供のように泣きじゃくるわたしを、親友は優しく包んで、ずっと頭を撫でてくれた



その日、わたしたちは夜が明けて、空が白んでくるまで語り明かした

お互いが出会った時の事、出会ってから今までの事、そして、出会う前の事

色々な話をしたし、色々な話を聞いた

結局、お互いがお互いを親友、そう呼ぶ事は無かった

でも、何故かわかりあえている、そう思えた。声に出して、言葉にしてしまうと、それが薄れてしまうような気もした。

わたしたちが寝たのは、結局鳥の鳴き声が聞こえてくるようになってからだった

わたしは、自分の隣で先に眠ってしまった親友の寝顔を見る

にへーっと薄ら笑いを浮かべた寝顔は、だらしなくもあったが、とても愛しく思えた

ありがとう、おやすみ。わたしはそう呟いて、ほっぺたに軽くキスをした

誰かに見られていたら、恥ずかしくて爆死する。

そんなレベルの行為だけど、せずにはいられなかった

厚い雲に覆われていた心に、少しずつ青空が広がっていく

そんな清々しい感覚の中でわたしは眠りに落ちていった

きっと、この時のわたしの顔もだらしなく薄ら笑いを浮かべていたであろう事や

そういえば澪のメールに返信してないとか、そんな事はその時は一切気にならなかった

わたし達2人の笑顔は、その2時間後。

1つの布団で、抱きあって幸せそうに眠っている所を発見されるまで崩れる事は無かった



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