――わたしは一旦ここで話を区切る

わたしが話を始めてから、部屋の中にお喋りなんかは無くなって、皆私の話に聞き入っている

何か、じめじめとまとわりつくような、そんな嫌な雰囲気を割って、私は口を開く

「……あー、なんか喉渇いたな。ちょっとジュース買ってくるわ。何か欲しい人いる?」

わたしが立ち上がりかけた時、

「あ、私も喉渇いたので、私が行ってきます。律先輩は待っててください」

後輩がすかさず立ち上がる
わたしは上下関係とか、自分が上に立つ分にはそんなに気にしないけど、どうやら気を遣ってくれたらしい

「ほんとに?じゃあ悪いけどお願いしちゃおっかな。」

わたしは、ペットボトルのお茶ね、そう言って後輩にお金を渡す

「お茶ですね、わかりました。他に何か欲しい人はいますか?」

皆が一斉に、私リンゴジュース、炭酸、私もお茶、等と言ってその後輩にお金を渡す

健気にメモをとって、買いに行こうとする後輩に、さきほど横槍を入れてきた友人が

「後輩ちゃん一人じゃそんなに持つの大変でしょ?私は自分が飲むのは見てから決めたいし、ついでについていくわ」

といって一緒に部屋を出ていく。
やっぱり、自分で買いに行けばよかったな。私は少し反省して、2人が帰ってくるのを待つことにした。


合宿所のロビーにある自販機の前で、私は後輩と一緒に皆のジュースを買っている。

かなり量が多く、小柄な後輩では1回で運ぶのは大変だっただろう

後輩もすみません、ありがとうございますとお礼を言ってくる

わたしは、いいからいいから、なんて照れ笑いを浮かべて自分が飲むジュースを選ぶ

昔から、お礼を言われるのには慣れていない

なにか、背中に虫が這っているような感覚を覚えてしまうのだ

むずむずするような、こそばゆいような、でも決して不快ではない。

そんな不思議な感覚を感じながらジュースを選んでいると、不意に後輩が真面目な声で聞いてくる

「……先輩は、律先輩の話、作り話、だと思いますか……?」

リンゴ100%のジュースにしようと思ってボタンを押しかけた指を、ピタリと止めて私は後輩の顔も見ずに答える

「……わかんない。りっちゃんとの付き合いは、大学に入ってからは一番私が長いと思うけど、全部りっちゃんの事を知ってるって訳でもないしね。ま、りっちゃんのあんな顔を見るのは私も初めてなんだけどね」

話しをしているりっちゃんの顔は、どこかいつもの明るさが無いというか、無理に話している感じがするというか。

とにかく、いつものりっちゃんからは想像もできないような顔だった。

それも、話の演出、そう言われればそれで終わり。少なくとも、私はそう思っている


「でも……」

喉まで出かけた自分の言葉を遮るように、ボタンを押すと、ゴトンという音がしてジュースが落ちてくる

「?先輩?でも、何ですか?」

後輩が不思議そうにこちらを見てくる

「んー、何でもないよ?ほら、皆が待ってるし、話の続きも気になるし、さっさと帰ろう?」

わたしはそう言って、両手で何本かジュースを持つ。

後ろから後輩が、先輩。待ってください、なんて言ってトテテテとついてくる

あの時、喉から出かかった

「でも、嘘だろうと本当だろうと、過去になにがあったとしても、りっちゃんは私の親友だよ」

なんて言葉、恥ずかしくて言える訳がない。
それに、何か律とは、わざわざ口に出して確認する、そんな関係はとっくに終わっていると思ったのだ。


「先輩?顔が少し赤いんですけど、大丈夫ですか?」

心配そうに後輩が覗き込んでくる。

私は

「まだ暑いからねー。あー、冷房にあたりたい……」

そう言って、ピトリ、と後輩の顔にジュースをあててみる。

「ひゃっ!……もー、冷たいですよー」

「あはは、ごめんごめん」

後輩の反応を楽しみつつ、私達2人は皆が待っているサークルの部屋を目指して歩き出した



2人が帰ってきたのは、ジュースを買いに行って5分後くらいだった

冷房のきいた部屋で、それぞれが自分の頼んだ飲み物を手に、話が始まるのを待っている

わたしは、お茶を一口飲んで口を潤すと、話を再開する

「よっし、喉も潤ったし、ここから最後まで一気に行っちゃうか。えーと、ムギが梓のツインテールを掴んで振り回したところからだっけ?」

「そういうの、ほんとにいいから」

ジュースを買いに行った友人がそう言いながら、服の中にペットボトルを投入してくる

「うひぃ!ば、ばか!冷たいだろ!わかった、まじめに話す。まじめに話すから、皆も入れようとするのはやめてくれ」

皆を制すると、わたしはオホン、と咳払いをして、今度こそ話を再開した




えーと、どこまで話したっけ……

ああ、そうそう、それで憂ちゃんと話をしながら帰ることになって、ちょっと待ったらレジ袋をさげて、スーパーから憂ちゃんが出てきたんだよ

それで、何か適当な話をしながら、人通りの少ない路地まで歩いたんだ

話してみると、憂ちゃんにしかみえないんだよ。

でも、おかしいんだ。だから、私は勇気を振り絞って、こう言った

「なあ、もうやめにしないか?唯」

って

憂ちゃん……いや、唯は

「律さん?お姉ちゃんがどうかしたんですか?」

ってとぼけてるんだけど、私はそんなの構わずに

「……唯。憂ちゃんは……もう、死んだんだ……わかってるんだろ……?何でそんな事するんだよ……なあ」

「お前は唯なんだろ?何で、憂ちゃんのふりしてるんだよ。頼むからもとの唯になってくれよ……」

って問い詰めたんだ


そしたらさ……笑ってるんだ、唯のやつ

追い詰められたような笑いじゃなくて、心底おかしいって感じでさ……

私が絶句してたら、唯はポニーテールをシュルルルってほどいてこう言ったんだ

「あははははは!りっちゃんたら何言ってるの?憂が死んじゃっただなんて、誰から聞いたの?」

って……

わたしは、金縛りにあったみたいに動けなかった

嫌な記憶を本能的に忘れちゃったのか?それとも、悲しすぎて壊れちゃったのか?

私の頭の中に、発狂っていう単語が浮かんで、怖いというより無性に悲しくなってさ……

わたしは泣きそうになりながら聞いたんだ

「じゃあ、あの日、事故で死んじゃったのは誰なんだよ……」

って


わたしはこの質問には答えられないと思ってた

だって、あの日、事故にあったのは憂ちゃんのはずなんだ

葬式にも唯はいたんだ、答えられるはずがない、そう思ってた


「うーん、誰なんだろうね?よくわかんないや」


わたしは耳を疑った

誰なんだろう?どういうことだ?

「さわちゃんから憂が事故にあって死んじゃったって聞いた時は焦ったよ?でも、憂は生きてるし、誰のお葬式なんだろうね」

「ちょっと待てよ、唯。どういう事だ?何が言いたいんだ?」

……意味がわからなかった、わかりたくもなかった

「だって、憂はここにいる。……ここにいますよ?律さん」


……狂ってしまったんだ、唯は。

わたしはそう思った。好きすぎて壊れてしまったんだ。

そう思った、いや、そう思わないと自分が狂ってしまう、そう思った

「律さん?顔色が悪いみたいですけど、大丈夫ですか?」

「……ふざけるのもいい加減にしてくれ、唯。わたしをからかって……おもしろいのかよ……」

もう、わたしは諦めかけてた。

そんなわたしを見て不思議そうに唯は言ったんだ

「律さん?大丈夫ですか?私が憂で。」

「私が唯だよ?りっちゃん?見分けがつかないなんて、ひどいよー」


わたしはまた言葉を失った

何も言えないわたしを、唯は心配そうにじっと見てくる

わたしはその雰囲気に耐えかねて、適当な質問、いや懇願にも近い思いで言葉を投げかけた

「なあ、唯、頼むよ……もとに戻ってくれよ……修学旅行の時、いつまで経っても友達だって約束したじゃないか……お前は、唯なんだろ?……頼むよ……」

「んー、そんな事言ったっけ?でも、私は唯だよ?りっちゃん、ほんとに大丈夫?」

わたしは、あの時感じた違和感を思い出した

何だろう……何かが引っかかる……

そんなわたしを、大丈夫?なんて聞きながら唯が覗き込んでくる

……そこで、体調が悪いみたいだ、とか適当な事を言って切り上げれば良かったんだ

これ以上突っ込まずに、自分がおかしかった、そういう事にしておけば良かったんだ



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