わたしが、桜高を卒業してすでに2年が経とうとしていた。
わたしたち軽音部のメンバーは別々の大学に進み、たまにメールをする程度の関係に落ち着いていた。
メールの内容は他愛もない事で、サークル活動や授業の事、近況報告が主な内容だった。
今日、高校時代の友人である秋山澪から送られてきたメールもそんな他愛もない内容だった。
(ふむふむ、澪のやつも何だかんだ言って、友達も沢山できたみたいじゃん)
サークルでバンドを組んでいる事、バイトを始めた事等、メールを通して生活が充実しているという事が伝わってくる。
メールの最後には、「やっぱり、ムギや律達がいないと少し寂しいな……」とあり、そこらへんは変わってないんだな、と呆れる反面少し笑顔がこぼれる。
当のわたしも、もともととがっている訳でもなく、明るいといわれる性格のおかげか友達はたくさんでき、充実した大学生活を送っている。
今も、サークルの友達や後輩と一緒に7泊8日の合宿の真っ最中と言う状況である。
(んー、何て返すかな。少しからかってやるのもいいな……)
そう思って返信を打ち込もうとしたとき、
「…ちゃん?りっちゃん?次、りっちゃんの番だよ?」
急に声をかけられ、思わず携帯を閉じてしまう。
「あれれ?どうして閉じちゃうのかなー?もしかして彼氏ですかにゃ?」
ニヒヒ、と笑いながら、茶化すような口調で話しかけてくる
「ばっか。わたしに彼氏なんてできるわけないだろ?身を焦がすような恋がしたいですな、全く」
いつも通り、ふざけた態度で話題を水に流す。
質問してきた友人も「ですなー」なんて言って笑っている。
「……と、これが私の嘘話でしたー。……駄目?」
私は一応皆に聞いてみる。
嘘話というのは、このサークルの伝統行事のようなもので、嘘の話をする、というエイプリルフールの延長のような馬鹿げた企画である。
しかし、人間は咄嗟に嘘をつけと言われても、そんなに上手に嘘をつくことなんてできないものだ。
結局、話す事はどこかに本当の事が入ってくるものである。
どこが嘘でどこが本当か、それを本人に聞いたり想像したりするのがこの企画の楽しみなのだ。
以前この企画があった時は、ムギが力持ちである、という事を思いっきり誇張して話した気がする。
ただでさえ重い机に私が腰かけていたら、汗一つかかずにわたしごとムギが運んでいった話とか、そういう話をした記憶がある。
「えー?もっと真面目に考えてよー」
普段からあほな事をしたり、人に突っ込んで笑いを取っている分、要求されるハードルも高くなっているのだろう。
友達から、はては話に参加している後輩からも非難の声が上がる。
(まいったなー……こういう話を考えたりなんかで笑いをとるのは苦手なんだよな……)
「ほらほら、りっちゃん。何か面白い話期待してるよ?」
後輩もワクワクした眼でわたしを見ている。
(はぁ……仕方ないか……)
わたしは観念して、ポツリポツリと語り始める。
「わかったよ。これから一つ作り話をする。でも、作り話だから質問なんかはやめてくれ。」
そこまで言うと当然、おもしろみの半分を奪われたも同然だ。友達や後輩から非難の声が上がる
「まーまーまー、このわたしが皆を楽しませようと考えた話だぜ?退屈はさせないよ。約束する。」
そこまで言うと、渋々と言った感じで静かになる。
「……よし。まずは何から話を始めようか。……あれは今日みたいに残暑が厳しい秋の話だったかな……」
あれは、残暑が厳しく連日30度を超えるような暑さが続いていた、秋の出来事だった。
見慣れた風景、歩き慣れた道。
長く滑かなアスファルトの坂を下ると曲がり道があり、そこを右に曲がると5分程で学校につく。
わたしはその日、少々寝坊した事もあり、小走り気味に学校へと向かっていた。
時計の針は、朝のHRまであと10分のところをさしていた。
(よし、ここまで走ればもう大丈夫だな……)
そう思ったわたしは曲がり道を勢いよく右に曲がったところで走るのをやめ、テクテクと歩きだした。
額には走ったせいか、うっすらと汗が浮かんでいた。
それをハンカチで拭いていると、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「おおーい、りっちゃーん!待って待ってー!」
タッタッタと小気味よく足音が2つ近づいてくる。
「何だ、唯隊員。寝坊するとは情けないぞ」
「あはははは、今日は憂が寝坊しちゃってさあ……」
「えー?寝坊したのはお姉ちゃんだよー」
「あ、そうだったそうだった。お姉ちゃんが寝坊したんだった。ごめんね憂-?」
「もう、気を付けてね?」
「はは、唯らしいなー」
「「「あはははははははは」」」
……この時、いやもっと前から狂い出していたのかもしれない。
でも、その時はそれがいつもの通学路の風景で、卒業までずっと続くものだと疑ってなかったんだ。
私達、いや私にとっての学校での一日っていうのはとても早く過ぎて、とっても楽しみだった部活の時間になったんだ。
……この時はあんな事が起こるなんて思いもしなかったよ。
いつもみたいに部室に集まって、友達が用意してくれたお菓子を食べて一通りだらだらし終えて、さあ練習するぞって時だったかな。
いきなり、部室に顧問の先生が飛び込んできたんだ。
いつもなら一緒にだべったりするんだけど、その日は何か血相変えてというか、とにかく様子がおかしくて、私達も固まっちゃったんだ。
そしたらその先生が、ああ、友達の名前は平沢唯っていうんだけどその子を連れて行っちゃったんだよ。
何分くらい経ったかな、その唯が部室に帰って来てさ。
私達は「何の話だったんだ?」って聞いたんだけど、唯は無言で帰る準備してるんだ。
それで、その時の唯の顔なんだけどさ、真っ青なんだよ、ほんとに。
顔色が悪いとかそういうレベルじゃなくて、救急車呼ぼうかと思うほど真っ青だったんだ。
それで唯が荷物持って帰る前に……
ああ、この辺はあんまり思い出したくないわ。結果だけで勘弁してくれ。
唯の妹……憂ちゃんって言うんだけどさ、買い物帰りにトラックにひかれてさ……即死だったんだと
「……ちょっとりっちゃん、いくら作り話だからって友達使ってそんな話するのは……」
話しの途中で、友達から横槍が入る。
「……じゃあ、やめるか。皆はどうするよ?」」
一応、皆にも確認をとってみる。
「私は、聞きたいです。田井中先輩の話、何か惹きこまれるっていうか……」
「……私も。毒を喰わば皿までっていうしね」
「ちょ、ちょっと。あー、もう。幽霊が出てくるとかそういうオチはやめなさいよ!?」
横槍を入れた友達も結局聞くらしい。
茶化してきたり、横槍を入れたり、忙しいやつだ。
私は、大学でできた親友のころころ変わる表情に、少し猫を重ねてみてしまい、ニヤッとしてしまう。
「……気になるなら、話を始めたのは私だし、最後まで話すよ。えーっとどこまで話したっけ……」
「友達の妹さんが事故にあったところまでです」
「あ、そうだったそうだった。じゃ、その子のお葬式から話を始めるか」
それで後日、その事実は私達にも伝えられてさ。
私達も憂ちゃんにはお世話になってたし、お葬式には出席したんだよ。
憂ちゃんと唯は普段から滅茶苦茶仲の良い姉妹でさ。
私達は唯に何て声をかけたらいいかすっげー悩んだんだよ。
でも、この時の唯は泣いてなかったんだ。泣かずに妹さんの棺をじーっと見てるんだよ。何か考えるみたいにさ。
わたし達が
「唯……我慢しないで、今日くらい泣いてもいいんだぞ?」
って言ったんだけど、唯は
「私が泣いてると憂が心配するから」
って言ってさ。ああ、唯はやっぱり立派なお姉ちゃんだなってわたしはその時思ったんだ。
それでお葬式の話は終わり。
その後ばたばたしてたみたいで、結局唯が学校に来たのはそれから3日くらいしてからだったかな。
唯のお父さんは海外で働いてるみたいで、お母さんはそのお父さんの世話をするために一緒に海外で住んでるんだって。
それで、唯の両親は唯も海外に連れて行って一緒に住もうとしたみたいだけど、唯が一人でも生活できるって事を何とか証明したみたいで、結局こっちに残る事になったんだ。
その後はほんとに、あんな事故があったっていうのが嘘みたいに何事もなく時間が過ぎて行ったんだ。
それで、文化祭が近くなってきた時だったかな……
私達は、毎年文化祭でライブみたいな感じで演奏してたんだけどさ、練習で結構家に帰るのとかも遅くなったりしてたんだ。
その時さ、他の部員の皆は気づいてないみたいだったけど、私は毎日同じ時間に唯がどこかに電話をかけてる事に気付いたんだ。
別にプライベートな事だし、本人に聞こうとも思わなかった。
でも、何となく私は気になったんだ。
家にかけるにしても、唯の家には唯一人しかいないはずだし、もしかして彼氏にでもかけてるんじゃないかってね。
で、次の日唯が電話をかけた時に、傍でこっそり聞き耳をたててたんだよ。
何かおもしろい話ならからかってやろうって。
それで、電話が終わるまでずーーーーっと聞いてたんだけど、唯の
「うん、うん、うん。じゃーねー」
っていう声しか聞こえなくてさ。
結構近くにいたのに相手の声とか全然聞こえなくて、その後何日か聞こうとしたんだけど駄目で、いよいよ誰と電話してるのか気になってさ。
私は唯に聞いちゃったんだよ。
「毎日誰と電話してるんだ?」
って。
そしたら唯は普通に
「え?家にかけてるんだよ?最近遅くなってるしさぁ。連絡しないと憂が心配するし」
って答えたんだ。
わたしは、元気に振舞ってるけどまだ立ち直れてないんだなって、わたし達がしっかり支えてあげないと駄目だなって思ったんだ
で、19時くらいかな……その日の練習も終わって皆は家に帰ったんだけど、私は先生に用事があって20時くらいまで学校に残ってたんだ
用事も一通り済んで、街灯がついた道を一人で歩いて帰ってたんだけど、その途中で私はある事に気が付いたんだ……
(あ……すごいお腹減った。)
まぁ、その日はお昼も少なめだったし、いつもより遅くなったしでかなりお腹が減ってたんだ
これは家までもたないな、そう思った私はちょっと遠回りして近くのスーパーに寄って、何か軽食でも買って食べながら帰ろうと思って
目的地をスーパーに変更してまた歩き出したんだ
スーパーに着いたのは、20時10分くらいだったかな
その日の売れ残りの惣菜とかがちょうど半額になってて、人もそこそこ居てさ
わたしは3割引になってるプリンをカゴに入れてレジに向かおうとしたんだ
そしたら……さ、一瞬だけど視界の端に、確かに見た事ある人が映ったんだよ
(あれ?何か見た事ある人がいたような……誰だろ)
っていう好奇心と、知人なら挨拶でもするかっていう軽い気持ちで私はその人を探すことにしたんだ
まぁ、そんなに大きいスーパーでも無かったし、結果としてその人はアイス売り場で見つけたんだけど……
あの時ほど、驚いた事は無いぜ、まじで
何せ、事故で死んだはずの憂ちゃんにそっくりな人が買い物に来てたんだ
元気そうにポニーテールをピョンコピョンコ揺らしてアイスを物色してるんだ
結局その日は、人違いだろう。人違いじゃなかったらそれこそ怖い。
私はそう思って声をかけたりせずにプリン食べながら家に帰ってドラムの練習して寝たんだ。
最終更新:2011年07月20日 19:02