澪(やべー!こっちのこと完全にばれてる!)
澪(ここは白を切りとおすしか…)
澪「すいません、そのような名前は一切記憶に御座いません。人違いだ、でしょう」
澪(うわ、かんじゃった)
唯「うそだー。澪ちゃんでしょ」
澪「お客様、店内では他のお客様に迷惑になるので、大きな声を出すのはご遠慮いただきたいのですが」
唯「ねえ、澪ちゃん、どうしてこんなとこで働いてるのー?」
澪「ですからお客様……」
唯「ねえ、店員さん!この人秋山澪ですよね?」
店員「はあ、下の名は存じませんが、確かに彼女は秋y」
とす(手刀の音)
澪「申し訳ありませんが、今日はこれにて閉店にさせていただきます」
唯「な、なんで?表に営業時間 9時~18時までってかいてるよ」
澪(しっかりとそういうとこはみてやがる…)
澪「もう、やめてくれないか……」
唯「!?」
澪「人のことをさ、そうやって詮索するの」
唯「せ、詮索って……」
澪「悪かった、皆に隠れてバイトしてたことは謝る」
澪「だから、帰ってくれないか」
澪「言いふらしたっていい。私が在日だって噂も流していい。好き勝手したらいい」
澪「だから――帰ってくれないか、頼む」
唯「そ、そんなことしないよっ!見損なわないでっ!」
澪「じゃあ、昨日のは何だったんだよ」
唯「昨日?」
澪「お前ら、来ただろ」
唯「そ、それは……好奇心が」
澪「っ!嘘つけ!」
唯「ホントだよぉ」
唯「澪ちゃんが考えてるような事が、目的なんかじゃないよ!」
澪「……わかった、もうそれでいい。理由なんて聞かない。どうでもいい、だから」
澪「帰ってくれ」
唯「私は帰らないよっ!」
澪「………いい加減にしないと、営業妨害で110番するぞ」
唯「それでも、いい」
唯「でも、信じて」
唯「私は、いや、私達は、そんなちっぽけなことで差別したりしない」
唯「―――絶対に、しない」
澪「………」
唯「みおちゃんのことストーキングしてたことは謝るよ、でもそれは、下卑た目的じゃない」
唯「今日だって、違う。純粋に、おどかそうと思っただけ」
唯「だから――」
澪「……もうやめてくれよ」
唯「!!」
澪「私はな、今まで在日在日ってバカにされてきたんだ」
澪「でもな、それを知らない子達は、私の友達、いや、親友になってくれた」
澪「だが、その子達ですら、私の秘密を聞くと、唯の今言った台詞と同じような言葉を言いながら、距離をとってくんだ」
澪「だから、もう、わかるんだよ」
澪「その言葉に隠された、意味がさ」
澪「ワタシニチカヅカナイデって、言ってるようにしか、聞こえないんだ」
澪「だからもう、いいから」
澪「唯も、うすうす気付いてたんだろ?」
澪「私が在日だって。異端だって」
澪「だからこういう粗探しみたいなこと、したんだろ?」
澪「別に、それを責める気にはならないけどさ」
澪「私のことは、気にしないで」
澪「四人で、夏の大会に出てくれよ」
澪「私みたいのは、邪魔だろ?」
澪「どうしても足りないってなら、ほら、唯の妹の憂ちゃんなんか、入部させたらどうだ?」
澪「あの子、結構音楽のセンスありそうだしな」
ぱしん、と音がした。
それは、澪の頬を張る音だった。
唯の平手打ちが、炸裂した。
澪は頬を押さえて、――ゆっくりと、唯の顔を見据えた。
瞳に涙をためた、唯を。
悲しそうな顔の、唯を。
澪はその時、何も言うことが出来なかった。
澪「 」
澪はその時、思った。
唯の言ったことは、本心なのではないか。
しかし、それに気付くのは、あまりにも遅かった。
唯「わかったよ、みおちゃんが普段、私達をどんな目で見ていたのか」
唯「―――最低」
唯は駆け足で店を出た。
澪の制止の声が聞こえたが、それすらも無視して。
来るときは晴れていたのに、いつの間にか、雨が降っていた。
しとしとと降る6月の雨は、唯の憂鬱に拍車をかけた。
澪は部活に来ていない。それはおろか、学校にも来ていなかった。
唯はあの日、家に帰ったと同時に自己嫌悪に陥ってしまった。
勘違いだ、と言えば良かったのに、つい手を出してしまった幼稚さに、呆れてしまった。
月曜日になったら、謝ろう――と言う唯の決意を壊すように、澪は学校に来なくなった。
ぶしつ!
律「今日も澪は、来てないか」
唯「……うん」
土曜日の出来事は、週があけた月曜に打ち明けていた。
唯は怒りの持続するほうではないので、休みが終わる頃には、怒りは心配に代わっていた。
しかし、それからというもの、せっかくのティータイムも、空気が重い。
梓「心配ですね」
紬「そうね~、そうだ、行って見ましょうよ。澪ちゃんの家」
律「ああ、昨日も行ったけどな」
昨日行ったときは、インターホンから澪の声がしたのだ。
帰ってくれと言う、拒絶の声が。
律(でも、今日は……今日なら)
唯「ようし、行くぞー!」
明るく言った声は、しかし重い沈黙に打ち消されてしまった。
梓「じゃあ、私も」
梓(澪先輩、早く帰ってきてくださいよ)
そして4人は、部室を後にして、澪宅へと向かった。
*
律「おーい澪ー」
外からまた、律の声が聞こえた。
澪は自室に引きこもり続けていた。
澪(唯はあんなに怒ってたしな、うう)
澪(律も怒ってるに違いない)
澪(でも悪いのは総て私なんだ)
澪(勝手に誤解して、被害妄想……)
澪(どんな顔で皆に逢えばいいんだ?)
澪(皆に合わせる顔なんて、ない)
後ろ向きな発想が、インターホン越しにいる律達に向かって、拒絶する言葉を言わせてしまう。
澪「私のことは気にしないで、お願い、帰って」
澪(本当は、皆と一緒に、けいおん部で駄弁ったりしたいのに)
律「お、おい、澪!皆心配してるぞ!」
澪(心配……、どうせ、哀れまれているだけかもしれない。きっと、居場所なんてなくなってるんだ)
律「おい!澪!頼むから!来てくれよ、けいおん部に!」
律「夏の大会だって近いんだ、ベースがいなくて、何が出来るってんだよ!」
律「おい、澪!お願いだから!」
涙ながらの律の声は、しかし。
澪「ごめんね」
静かな拒絶によって、届くことは無かった。
澪(わたしがいなくたって、誰か別にいるでしょ)
澪(我がままばっかり。どんどん私、嫌われてるんだろうな)
澪(自分で居場所なくしてるのかもしれないけど)
澪(やっぱり、怖い)
澪(皆に、ひかれることが)
幼初期のトラウマが、澪の心を捉えて放さない。
在日と言うだけで受けた差別は、いまでも心の奥底に記憶として残っている。
澪(そうだ、クラス中がみんな、冷たい目で私を見てきたんだ)
澪(でも只一人、私の見方だった人がいたんだよな)
澪(律だけが、私にも平等に接してくれたんだ)
澪(その律なら、私を見放さないで、ずっと親友でいてくれるかもしれない)
澪(唯もきっと認めてくれる。けいおん部の一員として)
澪(でも、紬は、梓は?)
澪(もし、来てなかったことを許してもらえなかったら?また、差別されたら?)
澪(駄目、私はきっと、もう二度と立ち上がれなくなる)
まだ玄関の向こうで、律たちが何事かを言っていたが、澪の耳には届かなかった。
最終更新:2011年07月16日 19:49