【廊下】

憂「………」

軽音部の方達が次々とお姉ちゃんの病室に入っていった。
澪さんは戻ってくると端を切ったように泣き出した。
律さんは泣くのを必死に我慢し、紬さんは優しい顔で泣いていた。

梓「………」

次は、梓ちゃんの番だった。

紬「梓ちゃん、いいわよ」

梓「………」

しかし梓ちゃんは扉の前で立ち止まったまま、動こうとしなかった。

憂「…梓ちゃん?」

梓「…いやです」

梓「行きたく、ないです」

梓ちゃんは、病室に入ることを拒絶した。

憂「ど、どうして…」

梓「だって、これってつまり、唯先輩にさよならを言いに行くってことでしょ?」

梓「私は、さよならなんてしたくない…」

澪「お、おい梓…」

紬「私たちは唯ちゃんにさよならを言いに行ったつもりはないわ」

梓「じゃあどうして!!」

梓「どうしてそんな簡単にこの扉を開けられるんですか…?」

梓「これが最後になるのかも知れないんですよ…?」

梓「先輩たちは、唯先輩の死を簡単に受け入れることが出来るんですか?!!」


パチィン…

梓「えっ…?」

梓ちゃんの体が横に大きく揺れた。

律「………」

律さんだった。
律さんが、梓ちゃんの頬を叩いたのだ。

律「…いい加減にしろよ」

紬「りっちゃん、落ち着いて…」

律「ここにいるみんな、唯とさよならなんかしたくないんだよ!!!」

梓「……!」ビクッ

律「けどさ、唯が最後まで笑っていられるようにしようって、約束しただろ」

律「最後の最後に、唯を悲しませるようなことすんなよ…。ワガママ、言うなよ…」

澪「律…」

律「…くそっ。なんでだよ…。なんで、こんなことに……」

澪「お、おいっ」

律さんはそう言うと、どこかへ行ってしまった。



ガラッ

梓「………」

唯「あずにゃん、遅かったね」

梓「す、すいません…」

目が真っ赤だ。泣いてたんだね。
頬も赤く腫れてる。
大方ワガママ言ってりっちゃんあたりに怒られたんでしょ?
ふふっ、かわいいなぁ。

唯「あずにゃん、おいで」

梓「………」

唯「ぎゅーっ…」

腕に力が入らない。
もう抱きしめてあげることも出来なかった。
それでも、力を振り絞ってあずにゃんを抱いた。

唯「あずにゃん分、補給だよ」

梓「…離さないで」


初めてだった。離さないでだなんて言われたのは。
今まで事あるごとにイヤイヤ言われていたのに。

梓「お願いです、離さないで」

唯「あずにゃん…?」

梓「いやです…。やっぱり、いやですよ…」

梓「お別れなんて、したくないです」

あずにゃんはそう言って泣いていた。
まったく、困った子猫ちゃんだ。


お別れしたくないのは、私の方だよ。


こんなかよわい後輩を残してお別れだなんて、絶対に嫌。
でも、こればっかりはどうすることも出来ないから…。
せめて最後ぐらいは、先輩らしくいさせてね。

唯「ねぇ、あずにゃん」

唯「軽音部をよろしくね」

唯「いい子でいるんだよ?歌も練習して、ギターももっと上手になってね」

梓「そんなこと言わないで…。いやだっ、いやですよぉ…」

唯「ワガママ言わないのっ」

梓「…!」

唯「ねっ?」

梓「…はい」

そう言うと、しぶしぶ私から離れた。

梓「…約束してください」

唯「?」

梓「絶対、またこうしてぎゅっくれるって」

唯「…うんっ」

今の私は、どんな顔をしているのかな?
先輩らしい顔になってるかな?

梓「…私、待ってますから」

そう言ってあずにゃんは病室を出て行った。
最後の最後まで迷惑かけて、ごめんね。ありがとう。



スッ

あずにゃんが出て行ったのと入れ替わりで、和ちゃんが入ってきた。

唯「和ちゃん」

和「無理しないで起き上がらなくていいわ、そっちまで行くから」

和ちゃんはそう言うと私のすぐ近くまで来てくれた。
こういう気が回るところは相変わらずだね。

和「私の後ろ、随分と静かになったわ」

唯「…へへ。ずっと騒がしかったもんね」

和ちゃんの後ろの席は、なぜかいつも私だった。
何かあったらすぐ助けてもらえたし、お話しも出来た。
これって運命だったりしてね。和ちゃんはそんなことないって鼻で笑うだろうけど。

和「………」

唯「………」

唯「ねぇ、和ちゃん」

唯「私がいなくなったら、寂しい?」


ふと、和ちゃんに聞いてみた。
長い付き合いでたくさん迷惑かけたし、お世話になった。
もしかして、私がいなくなったら和ちゃんはもっと自由に過ごせるのかな。
なんてことを思ったからだ。

和「………」

和「寂しくなんか、ないわ」

唯「…へへ、だよね!私、和ちゃんに迷惑かけっぱ―――」

和「なんて、言うと思う?」

唯「えっ?」

そう言った和ちゃんは、泣いていた。
和ちゃんが泣いてるところなんて、初めて見た。

和「…寂しいに決まってるじゃない」

和「バカね…」

唯「…ありがとう」

思わずもらい泣きしてしまいそうだった。
私、和ちゃんと一緒にいれてよかった。
本当に、そう思ってるよ。ありがとう。



憂「………」

和ちゃんが戻ってきた。

和「憂。いっておいで」

と、言い残して和ちゃんは歩いていってしまった。
和ちゃんは、泣いていた。

憂「お姉ちゃん…」

本当は、私も行きたくなかった。
梓ちゃんが言っていたように、さよならを言いに行くみたいで嫌だから。
でも、行かなきゃ。お姉ちゃんが待ってる。
最後まで、笑っていようって決めたんだから。

そして、扉を開けた。


唯「うい…」

憂「お姉ちゃん…」

お姉ちゃんは、だいぶやつれていた。
もうこのまま眠ってしまうんじゃないかってくらい。

唯「うい。ごめんね」

唯「お姉ちゃんらしいこと何一つしてあげられなくて」

憂「そんなことないよ、お姉ちゃん」

私は精一杯強がった。
溢れそうになる涙を抑えて、ぎこちない笑顔で笑った。

憂「頑張ってるお姉ちゃんも、だらけてるお姉ちゃんも、大好きだから」

憂「だから…笑って?」

憂「私は、笑ってるお姉ちゃんが一番好きだから」


唯「………」

目の前にいる妹は、泣くのをぐっと堪らえていた。
強いね、憂は。本当に、よく出来た妹だよ。

本当は伝えたいことがたくさんあった。
ちゃんとご飯食べてね?
和ちゃんとケンカしないでね?
澪ちゃんたちと仲良くね?
あずにゃんを支えてあげてね?

でも、言葉に出来なかった。
ただただ、別れが悲しかった。

鼻の奥がつんとする。
涙がこみ上げてくるのがわかる。
けど、ここで泣いちゃダメ。
憂が頑張って我慢してるのに、お姉ちゃんの私が泣いたら…。
でも、でもっ…。

唯「ねぇ、うい…」

憂「…なぁに?」

唯「…ありがとう……」


やっぱり、我慢出来ないよ。
お別れしたくないもん。もっとずっと一緒にいたいもん。


憂「お姉ちゃん…」

ありがとうを言ったお姉ちゃんの頬を涙が伝った。

憂「お姉ちゃんっ!!!」

私はお姉ちゃんに抱きついた。
もう我慢出来なかった。大声を出して泣いた。

唯「うい、うい…。ごめんね、ごめ…んね…」

憂「う、ううっ。うわああああああああああ」

ずっと我慢していた涙が滝のように溢れた。
嫌だよ、離れたくない。もっとずっと一緒にいたい。

唯「ごめんね…ごめんね…」

お姉ちゃんも泣いていた。
2人で抱き合いながら大粒の涙を流していた。

ごめんね、ダメな妹で。最後まで笑っていようって決めたのに、出来なかったよ。
でもね、お姉ちゃん。
私、お姉ちゃんの妹でよかった。

ねぇ、お姉ちゃん。


大好きだよ。

――――――
――――
―――
――





時が経ち、9月。
まだ日差しが眩しい季節だ。

お姉ちゃんが亡くなって、5ヶ月ほど経った。
今日から文化祭の準備が始まる。
装飾やら何やら学校の至る所で活気づいている。

純「ういー。早く行くよー」

憂「あっ、うん…」

私は純ちゃんと買出しに行っていた。

憂「………」

体育館の前で立ち止まる。
扉には、文化祭当日の体育館のタイムスケジュールが貼ってあった。






しかし、軽音部の名前はそこにはなかった。





お姉ちゃんを失った軽音部は、水を与えられなくなった花のように枯れていった。
澪さんも、律さんも、紬さんも、いる意味を失ったかのように軽音部から離れていった。

残ったのは梓ちゃんだけだった。
梓ちゃんだけは、お姉ちゃんの言葉を守っていた。

―――軽音部をよろしくね―――

そして、お姉ちゃんの帰りを待っていた。約束を信じていた。
もう帰ってこないとわかっていながらも、ずっと待っていた。

私は何度も梓ちゃんを慰めた。
梓ちゃんも、壊れそうになっていた私を支えてくれた。
体を重ねたりもした。お互い醜く傷を舐めあっていた。
体を重ねる度に梓ちゃんは、お姉ちゃんの名前を呼んでいた。
そうすることでしか、私たちは生きられなかった。



一週間ほど前のことだ。
梓ちゃんが自殺したという話を聞いたのは。



たぶん、文化祭が近づくにつれて思い出してしまったのだろう。
軽音部のこと。お姉ちゃんのこと。
耐え切れなかったのだ。それほどまでに、お姉ちゃんの存在は大きかった。
私なんかで埋められるようなものではなかったのだ。

ねぇ、お姉ちゃん。
やっぱり、ダメだよ。お姉ちゃんがいなくちゃ。

お姉ちゃんは今何してるの?
そっちに梓ちゃんはいる?
もしかして、一緒にギター弾いてたりしてね。
いいなぁ…。私、もう疲れちゃった。
お姉ちゃんのいない家ってね、すっごい静かなんだよ。
ご飯もおいしくないし、何してても楽しくない。

憂「………」

私は空を見上げた。
この空のどこかで、お姉ちゃんは私を見ていてくれてるのかなぁ。

お姉ちゃん。もう少ししたら、私もそっちに行くから。
向こうで会えたら、また一緒に色んなことしよう?
まだ暑いから、いっぱいアイス食べようね。

ねっ、お姉ちゃん。









ごめんね。






おしまい。
長々とすんませんですた。




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