憂「えっ…?」

突然だった。
誰かがお姉ちゃんに告げたの?いや、そんなことするような人はいない。
でも、なんで…。

憂「ど、どうしたの?お姉ちゃん」

唯「昨日ね、たまたまお医者さんたちが話しているところ聞いちゃったんだ」

唯「私、もってあと10日の命なんだって」

…最悪だ。
どうして、どうしてこのタイミングでお姉ちゃんが知ってしまったんだろう。
お姉ちゃんに元気がなかったのも頷けた。
目が腫れぼったく見えたのは、泣いていたからなのだろう。

しかも、あと10日って…。2週間もない。
お姉ちゃんは、あと1回しか日曜日を迎えることが出来ないの?

唯「ねぇ、うい。私―――」


憂「聞き間違いだよ、お姉ちゃん」

唯「えっ?」


しばらく黙っていた憂は、口を開いた。

憂「お医者さんは、いい薬があるって言ってたもん」

憂「絶対に治るよ。お薬が出来るまで、あと10日ってことなんだよきっと」

唯「うい…」

うい。私、お姉ちゃんなんだよ?
私には何でもわかるんだから。
だから…。

そんな悲しい顔で、ウソをつかないで。

唯「うい。私、わかってるから」

憂「早く元気になって、また一緒に学校に行こう?」

憂は頑なに受け入れようといなかった。

唯「うい。私は―――」

憂「…やめてよっ!!!」

唯「……!!」びくっ

大きな声が耳をつく。
憂に怒られたのなんて、初めてかも知れない。
すると憂は私に抱きついた。
顔も見せず、ただただ震えていた。

憂「…そんなこと、言わないでよ」

憂「お姉ちゃんは死んだりなんかしないもん…」

憂「ずっとずっと、私のお姉ちゃんでいるんだもん…」

私は、ダメなお姉ちゃんだね。
妹を泣かせることしか出来ないんだから。

唯「…ごめんね」

食べたリンゴはしょっぱかった。涙の味がした。
私も、泣いていたのかな?



憂「ふぅ…」

昨日はみっともない姿を見せてしまった。
泣かないって決めてたのに、お姉ちゃんに抱きついて泣いてしまった。
私は、ダメな妹だね。お姉ちゃん。
でも、もう泣かないよ。残りの日々を笑って過ごすんだから。

私は今日もまたいつものように病室に向かっていた。
背中にお姉ちゃんのギターを背負って。

お姉ちゃんから夜中にメールがあった。
次来るときに、ギー太を持ってきて欲しいと。

学校から帰り、お姉ちゃんの部屋に入る。
少し散らかった部屋の隅にギターが置いてあった。

憂「よい…しょっと」

ギターを背負う。

憂「…んっ」

たくさんの思い出が詰まったギター。
ずっとずっとお姉ちゃんの傍にあったギター。
それを私が背負うには、ほんの少し荷が重いような気がした。



ガラッ

憂「お姉ちゃん。ギター持ってきたよ」

唯「あっ、ギー太ぁ!」

ギターを渡すとお姉ちゃんはうれしそうにそれを抱いていた。
ほんのちょっぴり、妬けたりもした。
けど、こんなに幸せそうなお姉ちゃんを見たのは久しぶりだった。
思わず私もうれしくなってしまった。

そのあとお姉ちゃんは、私のためにギターを弾いてくれた。
しばらく弾いてなかったせいかどこかぎこちなかったりしたけど、
その時のお姉ちゃんの顔はとても輝いていた。

唯「ここはね、こう押さえて…」

憂「えっと…こう?」

唯「そう!さすがうい。優秀だねぇ~」

憂「えへへ、ありがとう」

その後、私にギターを教えてくれた。
去年の文化祭の時にお姉ちゃんになりすまして弾いたことがあったから弾けないことはないんだけど、
お姉ちゃんに教えてもらって弾くということが私には特別で新鮮だった。


ジャカジャカ

唯「ふわっふわった~いむっ」

憂が帰ったあとも、私は一人でギー太を弾いていた。
もうこうしてギー太を弾くことも出来なくなるのかな。
そう考えると怖かった。

久しぶりに触ったギー太はやっぱり楽しかった。
憂も、弾いてる私を見てすごくうれしそうだった。

初めて憂にギターを教えた。
まだまだ教えられるほど上手ではないけど、せめてこういう時ぐらいはお姉ちゃんっぽくね。
憂は私とちがって飲み込みも早いし、センスもある。
これなら私がいなくなった後でも、ギー太は寂しくないよね。

唯「ね、ギー太?」

夜はギー太を抱いて寝た。
ほんの少しだけ、寂しさが薄れた気がした。
めずらしく寝付きもよかった。



それからは、毎日誰かが必ずお見舞いに来てくれた。

澪ちゃんは、学校であったことをいっぱい話してくれた。
私が茶々を入れると、その度に顔を真っ赤にして恥ずかしがったり、怒ったりした。
その姿がかわいくて、さらに澪ちゃんのことを茶化してた。

りっちゃんとは、ゲームとかくだらない遊びをずっとしてた。
最初はりっちゃんの圧勝だったんだけど、回数を重ねるごとに私の勝ちが増えてりっちゃんの負けが増えてきた。
負けず嫌いなりっちゃんの相手をするのは、とっても楽しかった。

ムギちゃんとは、おいしいケーキとお茶を飲みながらたくさんお話しした。
私はムギちゃんにたくさん質問した。実はムギちゃんのことあんまり知らなかった気がしたし。
お茶の淹れ方とかも教わったりした。ムギちゃんはずっと笑っていてくれた。

あずにゃんとは、ギターで一緒に演奏したり教わったりした。
時々ぎゅって抱きつくと、しゅんとするあずにゃんがかわいくて、その姿をおちょくったりしてた。
私はいい後輩を持ったなぁ。つくづくそう思った。

和ちゃんは、私のくだらない話にずっと付き合ってくれた。
幼稚園の時からこういう関係だったから、何か特別なことをしていなくても楽しかった。
私のバカに和ちゃんが突っ込んでくれて、時々和ちゃんをからかって、そんな関係。

憂も毎日来てくれた。
日を追うごとに自分の体が重くなっていくのがわかったけど、
誰かが来たときはそんなの感じなかった。
それほどまでに、充実していたし、幸せな時間だったから。



ガラッ

憂「お姉ちゃん」

再び訪れた日曜日。

明日から隔離病棟に移動するようで、そこからは誰も面会出来ないらしい。
言ってしまえば今日でお姉ちゃんと病室で会えるのは最後。いや、最期だった。

お昼過ぎに軽音部のみなさんと和ちゃんで一緒にお姉ちゃんの病室に向かった。

唯「あ、みんな…」

かなり無理しているのが伝わった。
顔も痩せ細っているし、体もふらふらしている。

唯「ごめんね、寝起きで頭回らなくて…」

お姉ちゃんがウソをついてるのはみんなわかっていた。
それでも誰も弱音は吐かなかったし、泣きもしなかった。
最後まで、笑顔で。そう決めていたから。

紬さんのお茶をみんなで飲みながら、最後のティータイムを過ごす。
しばらくして、お姉ちゃんが口を開いた。

唯「一人ひとりとお話したいな」

そんな提案から、一旦病室を出て一人ずつお姉ちゃんとお話しすることになった。



唯「………」

私は、みんなを病室から出した。
もうこれで最後。
お医者さんにも、明日からもうみんなには会えないと知らされた。

時間がいくらあっても足りない。
もっともっとお話したいし、色んなことしたかった。
でも、それは出来ないから…。
せめて、みんなにお礼を言わなくちゃ。最後ぐらい、ね。

なんてことを考えていると、扉が開いた。


ガラッ

澪「ゆい」

唯「みおちゃん」

最初は、澪ちゃんか。
りっちゃんかなって思ったんだけど、ちがったみたい。

澪「なんだ?話って」

唯「えへへ、ありがとうを言いたくて」

唯「私にたくさん優しくしてくれて、ありがとう」

澪「……!」

澪ちゃんの顔が一瞬崩れたのがわかった。
泣くのを我慢しているのが伝わってくる。
私も、泣きたい。でも泣いちゃダメ。
最後まで笑っているって決めたんだから。

唯「私さ、ドジだし、頭もよくないからたくさん迷惑かけちゃったと思うんだ」

唯「でも澪ちゃんは、その度に色々と私のこと助けてくれて…」

唯「ライブでも、2人でボーカル出来てすごくよかった」

唯「だから、ありがとう」


澪ちゃんは黙って聞いてくれた。
顔は下を向いていた、泣き顔を見せたくないんだね。
そんな強がりの澪ちゃんのこと、私は好きだよ。

澪「…私こそ」

澪「私の方こそ、ありがとう」

澪「唯がいたから、毎日が楽しかった」

澪「唯といるとな、すごく心があったまるんだ」

澪「これからも何かあったら助けるよ。私がいないと、唯はダメダメだからな」

澪「だから…さ」

澪「また、学校でな」

唯「うんっ」

そう言って澪ちゃんは足早に病室を出て行った。
学校で、か…。また、部室に行きたいな。
叶わないことなんだろうけど、澪ちゃんはそう言ってくれた。うれしかった。



ガラッ

律「うーっす」

唯「あ、りっちゃん」

次に来たのはりっちゃん。
いつもの調子で病室に入ってきた。

律「んで、なんだよ話って」

唯「へへ…」

唯「りっちゃん。ありがとう」

律「な、なんだよ急にかしこまって」

唯「りっちゃんは、私の人生を変えてくれた」

唯「軽音部に誘ってくれて、ありがとう」

唯「私、危うくニートになっちゃうところだったよ!」

律「なんだよ、ニートって。私たちまだ学生だろ?」

唯「ふふ、それもそうだね」


律「………」

律「澪もムギも梓もどっちかって言うと真面目な方だろ?」

唯「?」

律「だからさ、平気でバカ出来る唯がいてくれてすごく楽しかったんだ」

唯「そうだね。いつも私たち澪ちゃんに怒られてたかも」

りっちゃんとはずっとバカやっていたかった。
本当にそう思うよ。

律「いいか。またあのゲームで勝負だかんな!」

律「勝ち逃げすんなよ、わかったな!」

唯「…ふふっ、わかってる。いつでも相手になってあげる」

律「待ってるからな、絶対…」

そう言うとりっちゃんは背を向け病室を飛び出して行った。
りっちゃん、背中震えてた。我慢してたんだね。
ちょっと泣いた顔も見てみたかったな、なんて。



ガラッ

紬「唯ちゃん、こんにちは」

唯「ムギちゃん!」

次はムギちゃんが入ってきた。
ムギちゃんはすでに目に涙を溜めながらも、必死に笑っていた。

唯「ムギちゃんには、特にありがとうを言わなきゃだ」

紬「?」

唯「ムギちゃんがいなかったら、ギー太なんて持ってなかっただろうし」

唯「合宿も、あんなに楽しいところなんて行けなかったかも知れない」

唯「私ね、ムギちゃんのお茶が楽しみで毎日音楽室に向かってたんだよ」

唯「それだけじゃない。いつも笑ってて、ほんわかしてて、私を癒してくれた」

だからね、ムギちゃん。

紬「………」

そんな泣きそうな顔を、しないで。

紬「唯ちゃんっ…」

ムギちゃんに、そんな顔は似合わないよ。


紬「…ぐすっ。私ね」

唯「?」

紬「唯ちゃんのおかげでたくさんの夢が叶ったの」

紬「楽しいことも、うれしいことも、たくさん経験出来た。本当に感謝してるわ」

紬「唯ちゃん。戻ってきたら、またお茶しましょうね」

紬「唯ちゃんの大好きなケーキたくさん用意してるから!」

唯「うん、楽しみにしてるよ♪」

紬「絶対よ?」

唯「うん」

そう言ったムギちゃんの顔は、笑っていた。
やっぱりその顔が一番素敵だよ、ムギちゃん。



唯「………」

ムギちゃんが出てからしばらく経った。
けど、一向に誰かが入ってくる気配がない。
次は順番的にあずにゃんかな?
たぶんあずにゃんのことだから、部屋に入るのを渋ってるんだろうな。
ふふっ、わがままな子猫ちゃんだね。

・・・・・・


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