1番手の方、乙です。
投下します。
『ウワサ』
最初は、自分のことだと気付かなかった。
女子高生たる者、ヒソヒソ話の一つや二つくらい
別に珍しいものでもない。
いつからか、クラスの皆がどこか暗い視線で何かを見ているような
そんな気はしていたが、まさかその視線が向けられているのが
自分だったとは夢にも思っていなかった。
律「今日はムギの奴、休みか……」
その日、ムギが休んだ。
季節の変わり目ということもあったし、おそらく風邪でも引いたのだろう。
昨日の部活の時も、どこか気のない感じだった。
後でメールでも送っておくか……
1限目の休み時間、そう思った時ふと視線らしきものを感じる。
感じた方を向いてみると、数人のクラスメイトが
不自然に顔を逸らしたのが目に入った。
内輪でこっそり話をしているのは一見してわかるが
どうやら、その話の標的は私だったようだ。
私は見逃さず、席を立ちその一団の方へ歩いて行く。
律「お~いお前たち。私の方見てただろ~?何の話してたんだ?」
いつもの軽い調子で話を振る。
そうすれば、いつもと同じように向こうも軽いノリで返してくる。
はずだった。
彼女たちは、複雑そうな表情でお互い顔を見合わせ
私の方をチラチラ見ては、何か言いたげな、でも言うのをためらう様子を見せる。
……何なんだよ。
流石の私も少し気分が悪くなる。
それはそうだ。
ヒソヒソ話の標的にされ、しかもそれが本人の前で言えないような
内容であったというならば、不快感を覚えない人間などまずいない。
律「なあ、気になるだろ?何話してたんだ?」
嫌な気分を殺しながら、努めて明るい口調でもう一度尋ねる。
ただ、先程より少し語気が強めだったのか、私の声に反応して
体をビクっと縮こませる子もいる。
……私が何かしたってのか?
この時、既に私の表情から笑顔は消えていたのだと思う。
軽いノリではいられない、重い空気にその場は飲まれていた。
静寂が場を支配する。
やがて、輪の中一人が周りに目配せしつつ一言「何でもない」と小声で言う。
……何でもないわけないだろう。
本人の前ではどうしても言えないような話なのか。
実は、今目の前にいる面子から
ヒソヒソ話を追及するのは初めてではない。
前にも同じようなことがあった。
その時は、軽いノリでやりとりしあったのを覚えている。
「おい、何見てるんだよ~?」
「りっちゃんのオデコが輝いてたから見てたんだよん」
「何だとこの~」
記憶をたどると、そんな会話が思い出された。
このようなことがあったからこそ、私は遠慮無くこの輪に飛び込んで来たのに。
状況は、その時とまるで違っていた。
心の奥から様々なものが込み上げてくる。
怒り、不快感、吐き気……
私はそれら全てを一息に飲み込み、「あっそ」と彼女たちに返事をした。
これ以上この場にいては、私自身が耐え切れない。そう感じたのだ。
私は踵を返し、ドタドタと足音を響かせ自分の席に戻る。
周りの視線が少し目に入るが、おかまいなく
私は乱暴に椅子を引き、ドサリと腰を落とす。
横目で先程の輪をもう一度確認する。
彼女たちは懲りもせず、また内緒話を始めているようだった。
昼休みになり、私は今朝あったことは既に忘れようとしていた。
嫌なことはさっさと忘れる……私の特技の一つだ。
私は弁当を持って、いつも昼食を共にしている仲間のもとへ向かう。
律「はあ~、腹減ったな~」
そう一言告げて、私は手近な席へ勢い良く腰掛ける。
唯「りっちゃん、お行儀悪ーい」
唯が冗談めかしく私を咎める。私は、へへと返す。
いつものお昼時間。勉強があまり好きじゃない私にとっての憩いの時間。
今日は一人足りないけれど、まあたまにはそんな時もあるだろう。
私はいつもの面子の顔を見渡し――
ふと、その内の一人がどこか浮かない顔をしているのに気付く。
律「澪、どうしたんだ?」
私は、俯き加減な澪に声をかける。澪は、少し周りの様子をチラチラ見るような
仕草を見せて、「何でもない」と気のない返事をする。
……何でもない、なんてことは嘘だ。一目でわかった。
ふと、私は忘れようとしていた今朝のことをもう一度
頭の奥から引っ張り出した。いや、引っ張り出さざるを得なくなった。
……視線を感じる。
今朝と同じような感覚。それも、一箇所からではない。
……私のせいか?
何か私が噂されるようなことをしたせいで、澪まで過敏になっているのか?
そう思うと澪や唯――もっとも唯は周囲の視線に気づいていないようだが――に申し訳
なく感じる。しかし、それ以上に実態不明のこの視線に対する苛立ちが大きくなる。
律「さ~て、今日のおかずはどんなのかな~」
私はイライラを押し殺すように、出来る限り明るく振舞う。
今ここで澪に何か言うことは難しいし、何より唯にまで変な心配を
かけるわけにはいかない。
唯「あれ、澪ちゃん。食べないの?」
何も気づいていない唯は、いつも通り明るく元気に澪にも話しかける。
澪はやはりどこか気の抜けた返事を返そうとする。
その瞬間を狙い……私は澪の弁当からおかずを取り上げる!
律「ほーう、食べないんなら私がもーらい♪」
澪「な……!」
流石に勝手に弁当を取られたとあっては、澪も反応しないわけにはいかなかったのか。
澪は「何すんだよ!」といつもと同じ口調で、いつもと同じく私にツッコミを入れる。
痛っ!
容赦のないツッコミに、私は涙目になる。
けど――
ひとまずは、これでいい。
周りのことなんか気にしなくていい。
その後も、私は異常なテンション――我ながらそう感じた――でお昼休みを乗り切った。
ムギがいないにも関わらず妙に元気の良い私の態度に、唯は少しヒイていたみたいだったが
変に気を使わせるよりは遥かにマシだ。
……しかし、この判断が余計に事態をややこしくするなんてことを
私は微塵も考えていなかった。
最終更新:2011年07月14日 22:16