病院の中はやはり暗かった
マンションよりも暗く感じるのは、窓が見当たらないからだろう
正面には両開きの扉
その脇にカウンターがあって、後は左右に道がのびている
私はマンションと同じように地図がないかを探したが、カウンターの奥にあった額にあったであろう見取り図は、空っぽになっていた
もしかしたら、誰かが入った後なのだろうか?
周囲を照らしてみるが、人がいそうな気配はなかった

唯「病院ってなんか…怖い感じがするよね…」

そう独り言を呟きながら入り口から向かって左側に進む事にした
すぐに左手に扉が見えてきたので、早速扉をあけてみる

ノブが回る、その瞬間にリュックの中から砂嵐の音が大きく鳴った


目の前に、看護婦さんが立っていた


だが、看護婦さんの顔が…顔が…焼けただれたようになっている
溶けたように浅黒く変色し、垂れた皮膚
黒一色の眼
埃にまみれた白いナース服…

唯「ヒッ…」

変な息を吸うような声を挙げ、一歩退く
看護婦さんも驚いたように動いていない
我にかえり、鉄砲を掴み、構える
看護婦さんも同時に動き出した
ポケットからメスを取り出し、振りかぶった
メスが振り下ろされる、その寸前、鉄砲から炸裂音が響いた近かった事が幸いして頭に当たってくれた
おかげで看護婦さんはピクリとも動かない
ラジオも何も鳴らない事を確かめて、鉄砲に弾を込めようとリュックのサイドポケットから紙箱を取り出した
だが…

唯「…あ…」
もう弾がないことに気が付いた
残っているのは紙箱から取り出した一発と、鉄砲に込められている五発だけ…
目眩をしそうになりながら鉄砲に一発を込める
左手に持った空っぽの紙箱がむなしい…私はそれを投げ捨てた



そうして改めて室内を見渡してみた
どうやら診察室のようだ
お医者さんが座っているような椅子と机、レントゲンが貼り付けられる白い電灯みたいな板
それに白くて固いベッド…
何かないかな、と引き出しを開けていると、後ろの扉が開かれた
悲鳴を挙げ、鉄砲を掴み、弾が少ない事を思い出してバットを取り出す

だが、扉から入ってきたのは私の友達

紬「あら?唯ちゃん?」

紬ちゃんだった
紬ちゃんは近付いてくると思いきり私を抱き締めてきた

紬「よかった…唯ちゃんが無事で…」

唯「紬ちゃんこそ…よかった…」

友達の無事に、私達は抱きあいながらお互いの肩を濡らしあった


紬「憂ちゃんは見つかった?…って、見つかってたら一緒にいるよね…」

紬ちゃんの疑問に私は少し躊躇いながら首を振った

唯「ううん…見つかったの…でも…お化けに連れて行かれて…」

紬ちゃんの目が見開かれる

紬「え…ここに連れてこられてるの?」

唯「それは分からないけれど…でも、連れて行かれた先に扉が開いたここがあったから、ここかな?って…」

紬ちゃんはそれを聞くと顎に手をあてて考え始めた
私は内心、考える前に憂を探そうよ!と言いたくて仕方なかったが、紬ちゃんが何かを言ってくれるのを待った


そうしてしばらく待っていると、紬ちゃんは落ち着いた様子で言った

紬「ねぇ唯ちゃん、一旦みんなで集まってみんなでこの病院を探索しない?」

一瞬、何を言っているのか分からなくなった
憂が…憂がいなくなったんだよ!?
しかもマネキンに連れ去られて…

唯「そんな…ちょっとでも早く憂を助けてあげないと…」

紬「でも、助ける前に私達だけじゃお化けに負けちゃうかも知れないし…」

紬ちゃんの言っていることは分かるけど、私にはそんな余裕なんてなかった

唯「じゃあ紬ちゃんはみんなを集めてきて!私は一人で先に憂を探してるから!」

紬「唯ちゃん!」

後ろから紬ちゃんの呼び止める声が聞こえたが、私は診察室を後にした



左の廊下の扉は診察室のもの以外は鍵が掛かっていた
だが、異様な鍵が一つ気になった
廊下の突き当たり、そこにあるノブも取っ手もない両開きの扉
横に三角形の絵が書かれたボタンが付いているところからエレベーターだとは思う
でも、その扉はどうやったのか、鎖で雁字搦めにされて開かなくなっていた
エレベーター自体は動いているようなのにコレでは使えない
溜め息を吐いて戻ろうとした瞬間、私の頭に異変が起きた


また頭痛と、サイレンのような幻聴だ
二度目で少しだけ余裕のあったらしい私の目は、それを見た

周囲の光景が変わっていく
壁は赤錆が浮き出し、扉はまるで腐ったかのように崩れ、その下から鉄製の重々しい扉が現れる
地面も同じように、網のようになっていった



そうして頭痛と幻聴が収まる頃には病院の光景は一変していた
天井も網のようになっていて、ずっと上の方からうっすらと光が見える
おかげで、ハンドライトは必要なくなってきた

唯「れんごく…?」

ふと、そんな言葉が頭に流れ込んできた気がした
そして私は、この光景をさっきも見たことがあったのを思い出した
マンションの受付で見たあの光景が頭に蘇る
あの時の恐怖を思い出して、吐き気を催したが、唾を飲み込んで我慢する
そして、ゆっくり歩き出した

目指すのは、診察室
まずは紬ちゃんが無事なのかどうかを確かめないと…
そう思い、廊下を金属の軋む音と一緒に進んでいく

そして、診察室の扉に手を掛けた


そしてノブを回し…しかし、扉は開かない
さっきとは光景が違うから扉を間違えたのだろうか?
私はそう思い、一旦玄関に戻ってきた
その時、玄関の扉がトゲトゲの鉄の紐のようなもので閉ざされているのが見えたが、むしろ都合がいいように思えた
もしこれが幻覚なら、私に逃げ場がないから憂を探すしかなくなるし、現実なら、お化けも憂をここから連れ出せないのだ
そんな事を考えながら改めて診察室を目指す

唯「…やっぱり開かない」

紬ちゃんは無事だろうか?
さっきあんな別れをしたばかりなのに心配になってきた
だが、心配するくらいならここをよく歩こう
まず憂を探さなくてはいけないし、紬ちゃんも見つかるかも知れない
そう思いながら、無意識に先ほど開かなかった扉を開こうとしている自分に気付いた

唯「あれ?さっきここは確かめたのに…私何やって…」

るんだろう、とは続かなかった
扉が開いていた


扉の中は牢屋のようだった
小さな机と赤い色の付いた洗面台、毛布すらない代わりに、手錠と鎖の付いたベッド…

唯「…うわぁ…」

狭いだけじゃなく、雰囲気で既に気が滅入ってきている
ベッドの上に救急箱があったので、包帯と絆創膏だけ貰うことにした
薬だって賞味期間みたいなものがある、と昔テレビでやっていて知っていたからだ
危ない薬品は使わないようにしないとね
他にはなにもなかったので、さっさと部屋から出て行く事にした


他の部屋も入れるようになっていたので見ていくと、奇妙な板があったのでなんとなく持って行く事にした
板には頭を抱えてうずくまる男の人が彫り込まれていた

そして、さっき閉じられていたエレベーターは、さっきと同じように鎖で閉じられていた
錆の浮いた鎖なら壊せそうに見えたが、実際に壊そうとすると全然駄目だった

唯「あとは…向こうだね」

そう呟き、後ろを振り返る
向こうの突き当たりでは大きなプロペラが回っていた

そうして逆側の部屋も調べて回ったが、大体同じような部屋ばかりだった
何かが落ちているわけでもなく、かといってお化けに会うようなこともなかった


そして、最後の扉を開くと

唯「あ、階段だ」

ここだけは薄暗く、階段だというのも、かろうじて扉から漏れた光でそうだと判断できたからに過ぎない
私はリュックから片付けたばかりのハンドライトを取り出して、電源をつけた
そして、なにも考えずに階段を上っていく
踊場に足を掛けた時に気付いた
目の前に、奇妙なものがあった
簡単に例えるなら、『気味の悪い風船』だと思う
上に楕円形のモノがプカプカ浮いていて、それと地面との間には肉っぽい紐が張りつめていた


何も考えずにバットで潰して先に進んだ




階段を上り、二階の扉を開いた
おそらく患者さんの入院用の部屋が並んでいた階層なんだろう、一直線に廊下があり、そこに等間隔に扉があった
一つ一つ確認していく

何もない

何もない

何もない

もしかしたらこの階層にはなにも置かれてないんじゃないだろうか?
本当に憂は病院にいるんだろうか?
不安になりながら扉を開けていくと、またさっきと同じような板があった
今度は一人の男の人がもう一人の男の人を跪いて見上げている絵が彫られていた

私はそれも拾い上げ、また探索を開始した



看護婦さんが倒れる
もうバットを使って殺すことに慣れてきている事に、自分のことだけど怖く思う
躊躇わずに振り下ろし、叩き付け、踏みつけて、殺す
体が勝手に殺して、それを見ている私はなんの感動も恐怖もない
それ自体が怖かった

でも



それを見た瞬間、私は怖さで何も考えられなくなった
網の上を、引きずられる巨大な鉈が鈍い音をたてている
上半身を覆う巨大な鉄の塊、赤く染まったそれは、錆なのか血なのか判別がつかない
そして…その手に持ったボール

ボール?

本当に?



あれは、私を慕ってくれた、可愛い ト モ ダ チ じゃなかっただろうか?



なぜ彼女がここにいるんだろう?



なぜ



首だけになってるんだろう?




私がそれを見付けてしまったのは、二階の最後の部屋を調べ終え、扉をしめた時だった
階段に向かうために右を向いた私の背後に、ナニカが立っている予感がしてしまったのだ
部屋を出る直前に感じた自分への恐怖より遥かに圧倒的な死の予感への恐怖だった
振り向いて、まず最初に気付いたのは振り上げられた巨大な鉈
あまりの恐怖に倒れてしまったのが幸いした
頭のあった場所を振り抜き、鉈は床の金網を突き破った
私は鉈を振り下ろした相手を確かめるために頭を上げ、目が合ってしまった

唯「梓…ちゃん?」

驚きの表情のまま固まってしまった、首だけの友達と




5