突然大きく息を吸い込んだかと思ったらそう叫んだ彼女。
そしてその海を眺めながら冷静に言う私。

「……見ればわかる」

誰がどうみても海だ。Seaだ。
言い返してきた彼女。

「だって澪!海だぞ海!海を見たら叫びたくなるだろ!?」

「いや、別に」

…でもそう言われるとちょっと叫んでみたいかもしれない。

「なんだよー、みーおー、一緒に叫ぼうよー」

潮の香りがする風が私と彼女の髪を揺らした。

「…私はいい」

ちぇっ。じゃあいいよ、私一人でもっかいやるから

そう言って彼女はまた息を大きく吸い込んだ。

スゥーー…



「「海だぁぁあああ!!」」

つい私もやってしまった。
ああ、やっぱり。
数秒の驚きの表情の後、彼女の顔にはニターッとした人を小馬鹿にした笑みが張り付いていた。

「あ~れ~?澪しゃんは別にやりたくなかったんじゃなかったっけ~?」

「…気が変わった」

「またまた~強がっちゃって~!
なんだよやりたいならやりたいって言~え~よ~。私寂しかったぞ?」

「う、うるさい!というか何で海なんだ!まだ五月だろ!?」

喋り方と表情にイラッとした私は話を逸らし、今日は何故こんなとこに連れてきたのかという理由を聞こうとした。

彼女には何も聞かされず家から引っ張り出され、切符を買わされ、電車に乗せられ、駅からここまで歩かせられた。

彼女は真面目な表情になり海に来た理由ではなく質問を私に返してきた。

「…澪、今日が何の日か知ってるか…?」

今日…?五月八日か…確か朝、テレビで観たのは…

「世界赤十字デー?」

「ちがーう!んなわけあるか!何の日なんだよ!」

こっちが聞きたい。今日は何の日なんだ。

私も彼女も誕生日は五月とは無縁だ。

他に思い当たる人物もいない。

答えの見当もつかない私に彼女は溜息をついた。

「…ハァ…今日はゴールデンウイークの最終日だろ?」

「なんだそんなことか…」

もっとちゃんとした答えを期待していた。

「そんなことってなんだよ!連休今日で終わっちゃうんだぞ!?」

「だからそれがどうしたんだ。連休最終日と海になんの関係がある」

私がそういうと彼女は顔を下に向けて黙ってしまった。

ちょっと今の言い方はキツかっただろうか…


「………思い出作りだよ」

「思い出作り?」

ちょっと拗ねた声で海に来た理由をやっと明かした彼女。そして聞き返す私。

「…だ、だって今年はあんまりみんなと遊びに行けなかっただろ?」

「練習もしてないな」

「と、とにかく!高校生活は今年で最後なんだぞ!」

「まあ確かにそうだな…」

思い出作りなんて事を彼女が考えていたなんてちょっと意外だ。

彼女の言う通り私たちの高校生活は今年で最後。

運動部の子たちは夏頃にはみんな引退だし、私たちだって文化祭が終わったら引退なんだろう。

「でも思い出作りなら今日は他の皆も誘えば良かったんじゃないか?」

「ま、まあそうなんだけど…
今日は澪と二人で来たかったの!」

……今日の彼女は何を考えているのかいつも以上によくわからない。

私と来たかった…?

「でもやっぱりみんなと来た方が良かったろ」

「いいのっ!今年はやっと澪とおんなじクラスになれたわけだし。
それに他のみんなとはどうせ夏合宿でまた海に行くからさ!」

「それでいいのか?」

考えているんだか何も考えていないんだか…

「いいんだよ!ほら澪!あの夕日に向かってダッシュだ!」

彼女はそう言って私の肩を叩き、まだまだ空高く昇っている太陽に向けて指を指した。

今日も彼女は元気なようだ。

「まだ夕日じゃないぞ」

「行くぞ澪!」

そう言うと本当に走り出した。

私の言葉は聞いていないようだ。

私も砂浜の上の彼女の後ろ姿を追いかけようとする。

って、あれ?もうあんな遠くにいる。


「ま、待って!置いてくな!り~つ~!!」




突然走り出した時と同じように、彼女は突然立ち止まって私を待っていた。

横髪が汗で顔にくっついている。

「ハァ…ハァ…ったく…なんでいきなり走り出すんだよ……」

私たち以外誰もいない砂浜。

そしてそこで肩で息をしている私。

「だってさ夕日を見たら走りたくなるだろ?」

海を見たら叫びたくなるの次はこれか。

「別にならない!っていうかまだ夕日じゃない!」

「怒るなよ澪」

「べ、別に怒ってるわけじゃ…」

つい怒鳴ってしまったが怒っているわけじゃない。本当だ。
彼女だけにはどうも強くでてしまう。

「本当かぁ?溜め込むのはお肌に悪いぞ澪」

言いながら彼女は履いていた靴と靴下を脱いでいた。

「ほら、澪も脱げよ。海入ろうぜ」

「いや、私もお前も水着持ってきてないだろ?」

それに五月の海は泳ぐにはむいていないだろう。

「誰も泳ごうだなんて言ってないだろ。歩くだけだよ」

ズボンの裾を捲り上げつつ彼女はそう言った。

「なんだ、そういうことか」

私も彼女に倣って裸足になった。





砂を踏みしめる感触が気持ちいい。

最近元気になってきた太陽の暑さと走った時に身体に溜まった熱が足下から五月の海に流れ出す。

海面は太陽の光が反射してキラキラしている。

素敵な景色だなと思っていると彼女が声をかけてきた。

「なあ、最近どう?」

「まあぼちぼち…かな」

こういう問いかけにはなんて答えるのがいいのだろう。

新学期になって一ヶ月程度。

別段変わったことはないのでとりあえずこう答える。

「そうか…なら良かった」

何が良かったんだろう。

脱いだ靴を手に持って彼女と二人で海岸沿いを歩く。

歩きながら波の音に耳をすませていると前を歩く彼女が私の方を振り返らずに言った。

「私達って今年三年生じゃん?」

「まあそうだな」

「だから私らもうすぐ卒業じゃん?」

「…そうだな」

今まであまり卒業のことなんて考えないようにしていたが彼女の方からこの話題を出してくるとは。

「…私らが引退して卒業したら梓は一人になっちゃうんだよな」

………

私は黙ってしまった。

私だって来年の軽音部の事を考えた事がないわけじゃない。

三年生の私たちがいなくなったらあの部室に一人になってしまう後輩。

「梓のために私たち何ができるんだろうって、最近ずっと悩んでてさ」

そう言って彼女は水平線の方を見た。

その横顔は弱々しくて、なんだかとっても彼女らしくない。

彼女がそんな事を悩んでいたなんて。

一番近くにいるつもりだったが気がつかなかった。

ここは私が何か言わなくちゃいけない。

一人で悩んでいた彼女の力になりたい。

私は立ち止まって彼女の背中に向かって言った。


「まだ時間はあるさ!!」

つい声が大きくなった。

「え?」

突然大声を上げた私に、驚いた表情で振り向いた彼女。

「そうだよ…まだ時間はあるじゃないか…だからさ、ゆっくり考えよう?私たちみんなでさ!」

前半部分は彼女というよりは自分に言いきかせているような言葉だ。
彼女はそれに少し考えるような表情をしてから彼女も大声で私に言い返した。

「……ああ、そうだな!!」

負けじとより大きな声で叫ぶ私。

「絶対成功させよう!!文化祭!!」

とにかく梓の為にも私たちの為にも…

「ああ、そうだな!!」

そう言った彼女の顔は明るかった。

やっぱり彼女に悩み事は似合わない。

そう思いながら彼女に歩み寄る。

「いきなりどうしたんだよ、澪らしくない」

彼女に追いついたところで彼女が言う。

私にもよくわからない。なんでだろう。

「海だから……かな?」

「どういう事だよそれ」

そう言って彼女はケラケラと笑った。

私もつられて笑う。


その後も海岸沿いを裸足で歩きながらいろんな話をした。

後輩の事、部活の事、受験の事、連休中の事、音楽の事、最近夢中になっている事。

二人でこんなに話したのはいつ以来だろう。

いつも一緒にいた気がしたけど私が思っていた以上に私は彼女の事について知らなかった。

彼女と一緒にいることが多いというよりも部活の皆と一緒にいるという方が正しいのかもしれない。


「あっ!澪、サメだ!」

唐突に彼女が言った。

「ひぃ!どっ、どこ!?」

慌てて浜に逃げる私。

「嘘だよ、サメなんているわけないだろ」

そう言って彼女はまたケラケラと笑った。

むぅーと頬を膨らませて彼女を睨む。

いじけた私はその場にしゃがみ込んでもう疲れた歩けないと主張した。

彼女は辺りを見渡すと、上の道路から海岸へ下るコンクリートの階段を指差して言った

「あそこにちょっと座るか」



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