「唯、入るよ」

「どうぞー」

病室に入ると花の香りで満ちていた
唯はベッドの上で体育座りをしている

そして見たことのある紙袋を大事そうに右手で抱えていた

「えへへ」

意味も無く笑う唯が、すごく遠くにいるように感じられたら

「あのね律っちゃん」

節目がちに話し始める

「午前中にね、看護士のお姉さんに体重計を持ってきて貰ったの」

言わないで…
お願いだからその先は…

「そしたらね、そしたら…2.3キロも痩せてたよ!もく……目標達成だね!」

泣き出した唯に歩みより、きつく抱きしめた
でもそれは、少し自己満足的な行動だったかもしれない

まだ失われていない何かを、必死で繋ぎ止めようとしていたんだから

唯が泣き止むまでずっと抱きしめていた
私の目からは、不思議と涙はこぼれなかった

「へへへ、ごめんね」

照れくさそうに笑いながら、右手で紙袋を掲げてみせる

「これなーんだ?」

「ピンクのキャミソール」

「せいかーい!」

私は唯を見つめたまま、次の言葉を待った

「えっとね律っちゃん…えっと…」

「どしたの?」

「私ね…これ…着てみたいんだ」

そう言って真っ直ぐに私の目を見つめた唯を、私も見つめ返す

「うん、絶対似合うよ」
私の言葉を聞き終えると、右手でシャツの前ボタンを外し始めた

「手伝おうか?」

そう言いかけて言葉を呑み込んだ
それは唯を、私の友達を侮辱する言葉だと思ったから



ボタンを外し終えシャツを脱ぐ
左肩の付け根の傷痕目に飛び込んでくる
胸部には真っ白な包帯がサラシ状に巻かれている
私は傷痕から目をそらすために、その白さばかりみていた

紙袋からキャミソールを取り出し、ベッドの上に広げる
白い子猫が刺繍が微笑んでいるように感じた

拙い手つきでキャミソールを着終わると、私に向かって正対した

「どうかなぁ?」

熱いものが込み上げてくるのをこらえながら、唯に言葉を返す

「すごい似合ってる。色っぽいよ、唯」

言い終わると同時にまた唯を抱きしめていた
今度は二人とも顔をグシャグシャにしながら、それでも長い時間抱きしめてあっていた

右手で左肩の傷痕を撫でると、くすぐったいと言って笑った
左手は唯の右手を握りしめている

私の人生を豊かにしてくれる温もり
それと同じ温もりを、私は唯以外にあと三つ知っていた



自分の部屋に戻るとタバコの箱の中身を数えた
まだ16本も残っていたけど、躊躇うことなくゴミ箱に投げ入れる

それから三人にメールを送った

 ―明日の16時、唯の病室でティーパーティー!―

返事は来なくても良かった
シャワー浴び、夕食を全て平らげ、泣き疲れた目を休ませてやるために布団に潜り込んだ



「何言ってるんですか!」

梓の声が病室に響く

「梓ちゃん、病院で大きな声を出しちゃダメだよ」

「だって…だって…」

梓を諭すように唯が語り出す

「怒らないであずにゃん。私が律っちゃんにお願いしたんだから」

「唯先輩…」

続いて私の番

「三人の中で一人でも反対したらこの話は無し」
ムギと梓が顔を見合わせる

「やりたいことってつまり」

澪が私と唯を交互に見つめる

「解散ライブってこと?」

「どうかなぁ」

唯の左肩に右手のひらを載せ、言葉を続ける

「私はただ唯のしたいようにさせてあげたいだけ。その後のことなんて考えてない。私の性格をよくご存知でしょ、みーおちゅわーん」

しばらく見つめ合っていたけど、仕方のないヤツだ、と言いたげな表情で頭を掻く
それが同意のサインだということぐらい、私にはわかる

ムギも同じような表情を浮かべていたけど、いつも笑顔でVサインを作ってくれた


残る一名は…

四人の視線がその約一名に集中する

「………もう!今回だけですからね!」

「天守閣が落ちたぞー!」

そう言いながら梓の髪の毛をクシャクシャにしてやった
最悪です、と言いながら、梓も久しぶりに笑顔を見せてくれた

このライブで何かが終わるのかもしれない

でもきっと
同じくらい大切な何かが新しく始まるんだ
それはとても素敵なことだと思えた



数日ぶりに叩くドラムは何だか別の楽器みたいで、梓から何度もダメ出しを喰らった

あとでケーキ奢るから
そう言うと

「今回だけですからね!」

と返ってきた

時間が空くと唯の部屋に集まり、ムギが持ち込んだティーセットでティータイムを楽しんだ

私たちのことは病院関係者の間でも評判になり、唯の病室は喫茶605と呼ばれるようになっていた

そして梅雨が空けるころ、唯は退院した



「100くらいいそうです」

ステージ袖から客席をチラ見してきた梓が報告した

「さわ子先生もいらっしゃいましたよ」

「お、幸せ女め!」

罵声とほめ言葉がブレンドされた私の叫びに、四人が揃って笑い声をあげた

「まぁ、今回の影の功労者だからね」

さわちゃんのツテを頼りまくり、150人収容の箱の金曜日の部にねじ込んで貰った

放課後ティータイムの出番は最後から三番目という良いポジション



「緊張するねぇ」

相変わらず緊張感の無い声で唯が言った
ピンクのキャミソールに白い子猫
やはり子猫は微笑んでいるように感じた

私たちを非難する人も大勢いるだろう
片腕を失って間もない女の子にキャミソールを着せ、ステージに上げようとしているんだから

「同情買うわけね」

出番を終えたバンドのメンバーたちがそんな風に口にしているのも聞いた
でも、そんなことはどうでも良かった
五人がいて音楽があれば、そこが私たちの世界の真ん中なんだから

「放課後ティータイムさーん、そろそろでーす」

スタッフに声をかけられ円陣を組む

さぁ行こう
真ん中の真ん中へ



唯がステージに上がるとどよめきが起こった
好奇心と嫌悪感が入り混じったどよめき

「放課後ティータイムです!よろしくお願いします!」

最前列にはギー太を抱いた憂がいる

梓がワンコードを鳴らし、私がカウントを取る


 僕の右手を知りませんか


歌い始めた唯の背中を見つめる


 僕の右手を知りませんか
 行方不明になりました
 指名手配のモンタージュ
 街中に配るよ


演奏レベルは大したことない
それは自分たちが一番よくわかってる

でも…


 見たことも無いような
 ギターの弾き方で
 聞いたことも無いような
 歌い方をするよ
 だから…


泣きそうになるのをグッとこらえる

終わったらみんなで呑もう!
いっぱい泣き笑いしよう!

間奏が終わりツーコーラス目が始まるん


 人間はみんな弱いけど
 夢は必ず叶うんだ
 瞳の奥に眠りかけた
 挫けない心

 今にも目からこぼれそうな
 涙のワケが言えません
 今日も明日も明後日も
 何かを探すでしょう





もう探す必要なんてない
失うことだってきっとない

私たちのティータイムは
ここからずっと続いていくんだから





拙い文章を読んで下さった方々
支援して下さった方々
どうもありがとうございました

つべで僕の右手を聴いていたら何故かけいおんと合わせてみたくなったのでw

若干禁じ手気味かもしれませんが、平にご容赦を