「もしもし、律だよ」

「あ、律さん、みなさんご一緒ですか?」

「うん、みんないる」

「お姉ちゃんが目を覚ましました」

麻酔が切れたのか…
無感動にそう呟くと、唯が目覚めたことを三人に伝えた

「そう、良かった」

「ハイ、良かったです」
ムギの言葉を繰り返す梓に携帯を返す

「○○病院の605号室、個室だってさ。今から検査があるみたい。終わったらまた電話するってさ」

検査が終わって憂から電話がきて、そしてその後は?

花束とケーキを持って病室を見舞えば良いのだろうか?

「…憂から電話がきたら知らせて。直接病室に行くから」

自分の分の勘定をテーブルの上に置くと、私は席を立った

「律先輩」

そう呼びかけた梓の声に気づかないフリをして



約三時間後、澪からメールがきたので病院へ向かった
病室の前では三人と憂が私を待っていた
私は無言で頷き、憂を促した

「お姉ちゃん。みなさんが来てくれたよ」

精一杯明るく振る舞っていたけど、語尾の震えが無理をしていることを物語っていた

「みんなー、心配かけてごめんねぇ」

憂以に無理をした声で唯が言う

「でももう大丈夫だからね。脳にも異常は無かったし、肋骨のヒビも半月もたたずに治るだろうって。なにしろまだハタチ前だからねぇ!」

いつものようにオーバーアクションで語っている
でもシャツの左腕は肩からぶら下がったようにゆらゆらと揺れていた

唯は事故当時のことを覚えている限り話してくれたけど、一つとして頭には入らなかった



一方的に話していた唯が口を閉じると、病室の中を沈黙が支配した

「お姉ちゃん、そろそろ警察の方がいらっしゃるみたいだよ」

それは唯に向けられたら言葉だったけど、憂が私たちを解放するために発した言葉のように思えた

「また来るからね」

三人が異口同音に唯に伝え、私たちは病室を後にした



帰り道は誰も言葉を発しなかった
ほんの二日前まで、私たちの間には止めどもない無駄口と音楽が溢れていた

でも今は…

「じゃあ、私と梓ちゃんはここで」

ムギにそう告げられても、手を振る気さえ起こらなかった

澪と並んで歩くいつもの道

一年前にフラれたとき、最初に澪に打ち明けたのがこの道だった

「呑むか!」

そう言って肩を抱いてくれた澪

だけどみんな未成年だったから、さわちゃんに電話してお酒を買ってきて貰った
そのさわちゃんも今年の二月に結婚し、遠い街に行ってしまった

さわちゃんのことを考えながら歩いていると、ローソンの看板が目に入った

何も言わずに店内に入ると、澪を無言で付いてきた

陳列棚から百円ライターと携帯灰皿を取り上げ、カウンターへ置く

「それと…一番左上のタバコ」

銘柄なんて分からなかったから、適当に指名した

年齢確認されるかと思ったけど、私と同い年くらいの茶髪の店員だったから何も言わずに売ってくれた

澪は支払いをする私の顔をずっと見ていたけど、やっぱり最後まで何も言わなかった



部屋に戻ると窓とカーテンを締め切った
全ての音と光が煩わしかった

ベッドの上で壁に背中を預け、タバコのフィルムを剥がす
たどたどしくタバコを一本取り出すと口にくわえ、ライターで火をつけ、大きく吸い込んだ

「ウッ、ゲホッ!ゲホッ!」

咳とともに涙が溢れ出す
自分の嗚咽が背中の壁で跳ね返り、鼓膜を揺らした

それは大切なハズの何かが崩れ落ちていく音だった



今日も学校を休んだ
今度は誰にもメールしなかった

ステレオからはFMラジオの音声から流れている
ベッドに仰向けになり、火のつけられていないタバコをくわえたままで聞いていた

誰かに抱かれたいな…
柄にもなくそんなことを考えてみた

「続きまして東京都のPN、ビッパーさんからのお便りです!」

DJがやたら楽しそうにハガキを読んでいる

「中学時代、この曲でロックに目覚めました、とのことでーす。それでは聴いて頂きましょう!ザ・ブルーハーツで、僕の右手」

イントロ無しでボーカルが入る…


 僕の右手を知りませんか?

 僕右手を知りませんか 行方不明になりました
 指名手配のモンタージュ
 街中に配るよ


反射的にリモコンのOFFボタンを押し、そのままステレオに向かって投げつけた
電池カバーの外れたリモコンから単三電池が二本、床に転がった

タバコに火をつけ少し控え目に吸い込むと、今度は咳こまずにすんだ

だけど案の定、涙は溢れ出てきた…



誰からの電話もメールも来ないまま、15時になろうとしていた
シャワーを浴びよっかな、そんな事を考えていると、突然携帯が鳴った
液晶ディスプレイには"唯"と表示されている

「もしもし、唯なの?」

「唯だよ、へへへ」

「電話直ったの?」

「お母さんが機種変してきてくれたんだ。SDカードは無事だったから、みんなの連絡先はバッチリだよ」

数秒間の沈黙

「今日は…誰もお見舞いに行ってないの?」

「さっきまで澪ちゃんとムギちゃんとあずにゃんがいたよ。その前は和ちゃんが来てくれた」

(仲間ハズレ…か)

でもそれは、たぶん自業自得だった

「律っちゃん来てくれなかったからさ。どうしたのかなって」

「あ、うん、ちょっと用事があってさ。これから行こうと思ってたんだけど」

勢いで嘘が滑り落ちた

(あぁ、こうやって少しずつ終わっていくんだな…)

そう考えたらまた泣きそうになった

「ホント?律っちゃんにお話したいことがあるんだぁ。待ってるね」

「あ、うん…」

ツーツーという無機質な音を聞きながら、深くため息をつく

「行かなきゃ…ね」

昨日みんなで歩いて帰った道を今日は一人で歩く

自分への罰なんだと思った



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