駅へ向かう途中、おもむろに唯が叫んだ
通行人が忍び笑いで通り過ぎていくのを横目に、唯に言葉を返す

「去年もそんなこと言ってなかったっけぇ?」

「去年は去年だもん!今年20歳になるんだもん!律っちゃんみたいにフラれて泣きたくないもんね!」

最後の言葉が余計だったので頭にチョップを落としてやると、あぅー、と情けない声をあげた

「ハタチならハタチらしくしなさい!それに私は泣いてない!」

「うん、泣き笑いだった。そしてお酒臭かった」

再びチョップの構えを取ると、両手で頭を庇うように飛び退いた

「移動式ドラムセットねぇ」

三歩後ろを着いてきていたムギが笑顔で言う

(どんどん色っぽくなるなぁ)

と、少し嫉妬まじりに見とれた

「ムギ、そろそろ自分で持つよ」

三人分の買い物袋を持ったムギに手を差し出す

恒例の夏合宿用に水着と服を買ったあと、誰が駅まで荷物を持つかジャンケンで決めようと唯が言い出した
そしてムギはまさかの三連敗中だった

「ううん。大丈夫。私、けっこう力持ちだから」

(それは知ってます)

心の中で控えめに同意しながら、荷物を受け取った

「ほら唯、ここからは自分で持ちなさい」

「ハーイ」

受け取った荷物を胸の前で抱きしめている

「欲しかったんだぁ、このキャミソール」

そろそろ大人の色気をださなきゃ、と言って選んだキャミソールは、ピンク地に白い子猫が刺繍されたものだった

「今年こそムギちゃんみたいに素敵な相手を見つけるぞぉ!」

右拳を突き上げながら宣言する唯を見ながら、ムギと二人で苦笑した

「律っちゃんもイメージチェンジしなよ!前髪下ろすとかさぁ。ねぇ、ムギちゃん?」

いきなり話を振られたムギは微笑みをたたえながら

「でも律っちゃんが前髪下ろすと、唯ちゃんと見分けがつかなくなるから」

と、いろいろと問題のある解答を導き出してくれた



「じゃあ、私はここで」

「彼氏と待ち合わせー?」

好奇心たっぷりの表情でたずねる唯を

「うふふ。彼女かもよ?」

と爽やかにかわし、手を振って私たちと別れた
左手薬指のリングが夕日を受けてきらめいていた

「あー、いいなぁ」

「なんと素直なお言葉」

いまだ彼氏というものに縁が無い大学二年生二人は、空想上のデート話を繰り広げながら歩く

「はぁ、来年の夏は合宿どころじゃないしな。今年がラストチャンスかも」

「え?来年は何かあるの?」

「就職活動に決まってるでしょ!」

「えぇ!律っちゃん就職できるの!?」

こちらもいろいろと問題のある発言
というかアンタにだけは言われたくない

「じゃあ放課後ティータイムは解散しちゃうの?」

その言葉にチクリと胸が痛む

「解散じゃない、休止」

自分に言い聞かせるようにしながら唯に返す

「そっかぁ!」

簡単に納得する唯を見ながら、アンタだけはそのままでいて、と願い、私たちはそれぞれの家路に着いた



「おはよう」

「おーはーよー」

七割方眠ったままの頭を机の上に載せ、横目でチラリと澪をみる

端正な顔と長い黒髪に、薄化粧がよく映えている

「恋してますなぁ、青春ですなぁ」

「バカ!そんなんじゃない!」

いつも通り頬を赤らめる澪を見て、少しだけ目が覚める

「携帯鳴ってない?」

「へ?」

澪に言われてバッグの中を確かめる

「電源切っときなさい」

「あれ、梓からだ。授業前に何だろ?」

通話キーを押して携帯を耳に当てる

「おはよう梓。どしたの?」

「律先輩おはようございます…あの…」

「お、まさか私に惚れたかぁ」

いつものようにからかってみる
でも、返ってきたのは初めて聞く梓の怒声だった

「そんなこと言ってる場合じゃないんです!唯先輩が事故に遭ったって憂から連絡があったんです」

不穏な空気を察した澪が私の顔を凝視している

「梓、いまどこ?」

「あ、第一校舎の入り口です。授業どころじゃなくて抜け出してきました」

「すぐ行く」

携帯と授業道具をバッグに押し込ながら澪にまくし立てた

「唯が事故ったって、憂から梓に連絡があったって、私行ってくる」

「ちょっと、ちゃんと説明して」

「ちゃんと説明するから澪も来て」

言い終える前に席を立ち、第一校舎へ向かう
後ろから澪が付いて来るのが分かったから、振り返らなかった



「律先輩、澪先輩」

「梓、ムギは?」

「電話したんですけど電源落としてて…なのでメールしておきました」

「わかった。私はコーヒー買ってくるから、澪にも説明しておいて。中庭のテーブルのとこに行っててよ」

梓の返事を待たずに背を向けると、1F談話室前の自販機で缶コーヒーを三本買った

まだ微かに残る眠気を振り払うために自分用にはブラックコーヒーを買い、飲みながら中庭へと向かう

中庭では白い丸テーブルを囲んだ二人が、沈痛な表情を浮かべていた

「で、詳しい容態は分からないの?」

澪の隣、梓の正面のチェアに座った私は、二人に缶コーヒーを配りながら梓に訪ねる

「はい…憂も動転していたみたいだし…」

空き缶で額を冷やしながら、もう一度説明するように言った


今から四十分ほど前、警察から大学宛てに電話があった

警察は大学職員に、ここの学生が事故にあったこと、携帯は破損してしまい、唯の両親と連絡が取れないこと、なので学生証に記載されていた番号に連絡したことなどを述べた

学校側は唯の両親へ連絡すると同時に、ここの一年生である妹の憂に話をし、憂から梓へ、そして私へと回ってきたのだった

「搬送先の病院は言ってなかったの?」

「憂は何も…」

「そっか」

六月中旬の湿った風が肌にまとわりつく

授業に戻る気なんて起こらなかったから、私たちはムギ、そして憂からの連絡を待つことにした

「大したことなければ良いけど…」

ずっと黙ったままだった澪が声を押し出した
その声に多分に祈りの成分が含まれているように、私には思えた



一時間目を終え合流したムギに事情を説明し、私たちは行きつけのカフェ"VIP"に移動することにした

…何杯目かのコーヒーを飲み干した澪が、たまりかねたように切り出した

「遅すぎる…」

梓から私に電話があったのが9時過ぎ
店内の時計は16時を回っていた

「いろいろと…検査があるだよ、きっと…」

そう言ったムギの笑顔は強張っていた

17時になり街中に夕やけこやけのメロディーが鳴り響く中、梓の携帯が鳴った

「もしもし憂?うん、みなさんと一緒だよ。律先輩に替わるね」

梓が携帯を差し出す
別の何かも押し付けられた気になったけど、梓を責める気持ちにはならなかった


「もしもーし、憂?」

努めて明るい振るまおうとしたけど、自分の声が虚しくなるほど憂の声は沈んでいた
とっさに最悪な事態を想像してしまった自分を責めながら、憂に問いかける

「唯は…無事なの?」

語り出した憂の声は普段の彼女からは考えられないほど、暗く沈んでいた
それでも搾り出すように、命に別状は無いこと、左の肋骨二本にヒビが入っていること、脳波に異常はないけど、目を覚ましてから再検査する必要があることを告げた

憂から聞いた事をそのまま三人に伝えると、三様の表情で大きく息を吐き出した

「良かった。命に別状は無いんですね」

両目に涙を溜めながら梓が口を開いた
ムギは優しく梓の両目を拭ってやった
澪はテーブルに突っ伏しながら

「こういうのやめてよね…」

と脱力した声を出した

「あの…」

携帯の向こうから憂の声

「ゴメンゴメン、みんな気が抜けちゃってさ。無事で良かったぁ」

「律さん、あの…」

「ん?」

憂の声は沈んだままだった
三対の瞳が再び私を凝視する

「律さん、お姉ちゃんは…」

自分の脳がその言葉その物を拒絶するのがわかった
憂が言った言葉を何度も頭の中で繰り返す
何度も何度も繰り返すうち、無意識にその言葉を呟いていた

「左腕を切断…」




電話を切ったあとのことはよく覚えていなかった
あの言葉がドラムロールのように頭の中をグルグル回り続けている

部屋に荷物を置くと浴室に飛び込み、少し温めのお湯を浴びた
半分以上夕食を残してしまったので母親から心配されたけど、大丈夫、とだけ言い残して部屋に戻った

 ―明日学校休む―

と三人にメールを送ると、電気を消して早々と布団に入った
そして、自分の左腕を抱きかかえるようにして眠った



目を覚まし、枕元の時計を確認する
11:40という数字の並びを眺めながら、昨日の今ごろを思い返した

あのときはまだ知らなかった
だから不安だった

今はもう知ってしまった
そしてやはり不安だった

携帯を見ると五件のメールと三件の着信が入っていた
そのメールで三人も学校を休んだことを知り、そして今はVIPにいることを知った

昨日より熱めのシャワーを浴び、髪を乾かす
無意識のうちに左腕を見ないようにしていることに気付いた
だけど気付いてからも左腕を見ないように努めた



VIPに着くと三人のいるテーブルに座る
梓の目は既に真っ赤だった

「唯はどんな顔するかな」

窓の外に視線をやりながら、澪が私に問いかける

「無理して笑うのかな、やっぱり」

「唯はそういう子だからね」

運ばれてきたアイスティーにミルクを注ぎながら、澪に同意した

「そんなの…辛すぎます…私たちが唯先輩を励まさなきゃならないのに…」

友人として当然とも言える梓の言葉に、私はイラついていた

励ます?片腕を失った今年ハタチになる女の子を?どうやって?

「大丈夫だよ唯、片腕を無くしても唯は唯だよ」

そう言って抱きしめてやれば良いの?

「…律、律!」

澪の声に我に返る

「あ、うん、ゴメン…」

意味の無い謝罪を口にしながら、テーブルの上に置かれたムギの手に目をやる
左手のリングはハズされていた

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こうなることは分かっていた
長く重く、痛みに満ちた沈黙
耐えきれずに席を立とうとしたとき、梓の携帯が鳴った

「憂からです」

通話キーさえ押さずに携帯を差し出す梓を、今度は心の中でハッキリと責めた




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