ガチャ。
「ハァ……はぁ……せ、せんぱい……」
ドアを開けて入ってみると、ムワっとしたこもった熱気が襲ってきた。
締め切った部屋。もうみんな帰ってしまったのでは? とも思ったが、だったらなぜ施錠されていないという疑問。
「……せ、せんぱい……いないんです、か……?」
息を整えつつ、先に進む。
心臓が口から出そうだ。
「っ!?」
本当に心臓が口から出そうになった。
オルガンの後ろに、ムギ先輩が座り込んでこちらをジッと見つめていたのだ。
「ム、ムギ先輩……?」
「あら、梓ちゃん? どうしたの?」
「あ、その……えっと……」
「唯ちゃんとは上手くいった?」
どことなく疲れている様子のムギ先輩。
ふんわりとしたウェーブのかかった長い髪を揺らし、ゆっくりと立ち上がった。
喉が渇く。上手く言葉が出てこないことが、理由のわからない焦燥をかりたてる。
「唯ちゃんとは上手くいったの?」
「……あ、えっと」
「……疲れちゃった? やっぱり人の最後の抵抗って、予想以上にすごいものね」
「えっ」
ムギ先輩は私が既に唯先輩を殺したと思っているのだろうか。
それにしては、何か言葉が不自然な気がする。違和感を抱かずにはいられない。
ムギ先輩の様子。締め切った部室。
「私も疲れちゃった。それで、ちょっとうとうとしちゃって」
「ムギ先輩……私も、って……?」
「へ?」
あたかも、自分も人を殺したような口ぶりだった。
見当たらない他二人の先輩の姿。嫌な予感が汗とともに吹き出した。
「どうしたの、梓ちゃん?」
「あ、あ、あの、他の先輩方はどうしたんですか?」
「へ?」
ムギ先輩が私の言葉に反応し、とぼけた顔で物置のほうを見やると、ニコっと笑った。
物置の扉が開いている。
「うふふ。どうしたの梓ちゃん」
「ム、ムギ先輩こそ」
「へ?」
「あ、あはは……まさか、そんなことありえないですよね……ね?」
「へ?」
「……まさか、殺し――」
瞬間、目の前が真っ白になった。
一瞬遅れて、鼻に鈍い痛みと熱い感覚が広がった。
もの凄い音がして、気がつくと天井を見上げていた。
何が起きたの?
わけもわからず顔に手を伸ばすと激痛が走った。
「痛かった? ごめんね」
目の前にムギ先輩の笑顔が広がった。
声にならない叫びが喉の奥からせりあがる。恐怖で体が床に釘付けになったような錯覚まである。
なんで? どうして!?
鼻血が逆流して、むせそうになり、頭が恐怖でパニックになる。
「ム、ムギ先輩……?」
「すぐ楽にしてあげるからね」
ぐぅ、と喉から変な声があがった。
カーッと頭が真っ白に、目の前が真っ赤に染まっていく。
ムギ先輩が、ムギ先輩が私の首を……。
「わあああああああああああぁぁぁぁっ!!!」
「きゃ!」
自分でも驚くほどの力だった。けれど、その代わり、既に肩の感覚が無くなっている。
私は無様に鼻血を流しながら、駆け出した。
けど、気が動転していたらしい。
「あはは。どこに行くの、梓ちゃん」
出口と反対側に駆け、机に激突した。
けたたましい音とともに机が倒れる。パラパラと何かが床に散乱した。
「ガリガリ君食べるのも楽じゃないよね。冷たいもの食べ過ぎると、お腹壊すでしょ? もう本当に大変だったのよ」
「わぁぁっ、うわぁぁっ!! こ、こないで、こないでください!!」
「でも楽しかったわ……お墓作りなんて何が楽しいのかな、って最初は思ってたけど。やってみると結構楽しいのね」
「助けてーーっ!! だ、だれか、だれか――むぐっ!?」
口を押さえつけられた。怖くて頭がどうにかなりそうだった。
噛み付こうと思っても、もの凄い力であごを掴まれていて、口を開く事さえ出来ない。
なんで、なんでなんでなんでよ! なんでこんなことに……!
どうして? ムギ先輩は変わった人だけど、まさか人殺しまでするなんて、そんなのって。
今更、そんな疑問は白々しい。この現状、冗談で通じない今この瞬間が、ムギ先輩の狂気を証明してるじゃない。
「梓ちゃんもそう思わない?」
「うううっ!! むーっ!!」
「そっか。残念だわ」
また首に白い手が伸びる。
目玉が飛び出そうになって、次第に意識が真っ白に溶けていく。
死ぬのかな。
「梓ちゃんのお墓は、あずきバーで作ってあげるね。好きだったでしょ、あずきバー?」
「ぐっ……ぅぅぅぅ……っ……」
「何本ぐらいがいいかしら……トンちゃんの時はちょっと趣向を凝らして、トンと十をかけて、10本立ててみたんだけど、気付いた?」
「……っく……くっ……っっ!!」
死にたくない。
やだよ……憂とあんなことやこんなことしたかったのに。どうしてこんなところで殺されなくちゃいけないのだろう。
殺されたくない……殺されるなんてヤダよ。
のんきなかんがえがうかんではきえた。もう意識があるのか無いのかよくわからなかった。
……。
……。
……。
――ムギ先輩の絶叫で私は白濁した世界から引き戻された。
「きゃあああぁぁっ!! あああっ、ああああぁぁっっ!!」
ムギ先輩は自分の顔を押さえて、髪を振り乱しながら大声を上げていた。
透き通るような白い肌から、赤いものが流れている。
そして、私の手にもそれが付着していた。血だ。おそらくはムギ先輩の。
「いたいっ、いたいよっ!! あぁぁぁっ……!!」
けど、一体何をしたのよ私。
……あっ。そっか。
暴れまわるムギ先輩の顔のちょうど、目の辺り。そこに、見慣れた木の棒が何本か突き刺さっているのが見えた。
「だ、だれかぁっ!! たすけてたすけてたすけて――」
「む、ムギちゃん!? どうしたの!!」
あれ? この声はひょっとして。
「えっ……いやっ、いやあぁぁっ!!」
部室の出口に息を切らせた唯先輩が立っていた。
そして、ムギ先輩がその声に驚き……それとも私と同じように気が動転したいたのか、あらぬ方向へかけていった。
直後、けたたましい音が響いた。
尾を引くように、ムギ先輩の絶叫が遠くなっていき、やがて消えた。
「む、ムギちゃん……?」
窓ガラスを破って、ムギ先輩が転落したのだった。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
「ムギちゃん……」
割れた窓ガラス。遠くから聞こえてくる生徒の悲鳴、慌しい先生たちの声。
私は唯先輩の肩を借り、よろよろと立ち上がった。
見たくなかったけど、唯先輩の横に並び、恐る恐る窓から身を乗り出してみる。
「……」
「ムギちゃんが……ううっ」
あり得ない方向に曲がった白い足。あり得ない方向に曲がった色白の腕。
見る見るうちに広がっていく、赤い血だまり。
私は、倒れるようにして吐いた。
ヒクヒクと胃が痙攣を始め、食べたものを洗いざらい外に出す。
視界が滲み、けれど、吐瀉物の上に落ちる自身の鼻血はしっかりと見えた。また吐く。
「……ムギちゃん……ぐすっ……ムギちゃん……」
唯先輩の嗚咽が聞こえる。
私はこみ上げる吐き気で顔を上げて少ししか確認出来なかったが、唯先輩はとても泣いているようには見えなかった。
それどころか、窓を見下ろす唯先輩の口元は不気味に持ち上がって、奇妙な笑顔を作っていた。
「……っ……ゆ、ゆいせんぱい……?」
「あずにゃん……ひぐっ……ムギちゃん、死んじゃったかなぁ……?」
「……えっ?」
目の前を誰かが横切って、倒れた机の方へと近づいていった。
誰って、唯先輩しかいないけど。
「……ムギちゃん、死んだよね、あれじゃあ……ねえ?」
「ゆい、せんぱい……?」
ゴシゴシと涙を腕で拭う。ぼやけた視界がクリアになり、私の目にはっきりと唯先輩の姿が映った。
倒れた机。散乱したアイスの棒。誰のものかわからない筆記用具の数々。
唯先輩が床にしゃがみ込み、そこから何かを拾い上げていた。
「唯先輩? ねえ、唯先輩ってば……」
アイスの棒。
そして、ボールペン。
「ねえあずにゃん……ムギちゃんさ、勝手に死んじゃったんだよね。私が殺したんじゃないよね」
「な、なにを……? 唯先輩、さっきから何を言って――」
「だからさ、ムギちゃんのお墓作っても怒られないよね?」
Fin
おしまいです。何気に三日もかかってしまった。
いや、この板だと三日は短い部類なのかな。製作板で書くのは初めてなのでよくわからないけど、なんか新鮮でした。
vipほどカツカツしてなく、けど、スレは着々と伸びていく。500とかざらなのを見て、すごいなあと思った。
それにしても、やっぱり俺には台本形式は無理だったww
ホント、みんなどうやって考えるんだろう。すげえな。萌え萌えとかほのぼのも、いつかそれで挑戦したい。
それじゃあ、ここまで読んでくれてありがとう。
最終更新:2011年06月19日 21:37