「まだ台詞を用意するのか? そこまで言ったら、さすがに唯も反省するんじゃないか?」

「ダメです。一度、唯先輩はグチャグチャに泣かせます」

「えっ!?」

「再犯を防止するためですよ。今ままで見てきた限りでは、あの人は同じ失敗を何度か繰り返す節があります。ですから」

 更になじってなじってなじりまくる。
 自分がいかに酷い行いをしてきたか。そして、それによってどれだけ憂が心労したか。
 十分に反省させるのはそれからだ。

「な、泣かすのか?」

「はい。唯先輩が泣くまでキツイ言葉を浴びせます」

「……」

「どうしました?」

「いや、その」

「先輩方は何も心配しなくてもいいですよ。飽くまで、言うのは私なんですから。先輩には唯先輩が泣いた後、慰めつつ反省させるという役割をお願いします」

「それだと、本当に梓が嫌な役になっちゃうな」

「始めから私はそのつもりです。まあ……慰める過程で、『梓も唯が嫌いで言ってるわけじゃないんだぞ』くらいのフォローは欲しいところですが」

「ああ……わかった。そこら辺は必ずフォローする」

「ありがとうございます」

 律先輩は納得しているようで、けれど、本当は嫌で仕方が無いのだろうと思う。
 出来レースとは違うけれど、これはHTTのメンバーで唯先輩を騙そうよ、という作戦なのだから。しかも、とびっきりたちの悪い。
 さっぱりした(?)性格の律先輩が気乗りしないのはある意味当然。
 おそらく、他の先輩も同じ気持ちだろう。
 ひょっとしたら、これがきっかけで、私はこれからずっと、HTTで浮いた存在になってしまうかもしれないな。
 反省した唯先輩に恨まれるかも。こんな作戦を平気で口にする私は軽蔑されてもおかしくない。

 でもいいんだ。

 ……。

「決めるべき事はざっとこんなもんでしょうか。あとは機を見て、決行、ですね」

「そうだな」

「なんだか今からもうドキドキしてきたわ」

「私もだよ。っていうかそうならない方がおかしいだろ」

 じゃあそろそろ解散しようか、という段になった。
 なのに、またしても澪先輩が煮え切らない感じの声で何か言った。

「どうした、澪?」

「澪先輩? 何か他に意見でもありましたか?」

「……あ、あの」

 言おうか言うまいか。
 そんな様子が私のイライラを募らせる。

「はっきり言ってください」

「あ、その……一つだけ、聞いてもいいか?」

「何ですか。外も大分暗くなってるので手短にお願いします」

「もし、もしもだけど……違ったらどうするんだ?」

「はい?」

「だからさ、その……あのお墓の悪戯が、唯の仕業じゃなかったらどうするのかな、って」

 ……。
 ……。
 ……。

『もしもし』

「あ、憂? 今、時間大丈夫?」

 家に帰るや否や、私はアドレス帳のア行を辿り、憂に電話をかけた。
 言うまでもなく、真偽を確認するために。
 今、桜ヶ丘を賑わせている事件の犯人は本当に唯先輩なのか、という澪先輩の疑問を晴らすために。
 正直、涙が出そうだった。

『うん、平気だよ。どうかしたの?』

「ちょっと憂に聞きたいことがあって……その、ちょっと聞きづらいことなんだけどさ」

『そうなんだ……あ、ちょっと待ってもらってもいい? 今、自分の部屋に移動するから』

 これから私は憂の心に傷をつけるかもしれない。
 いや、間違いなくそうなるだろう。だって、自分の姉があの悪戯の犯人じゃないかと勘繰られるのだから。
 憂が唯先輩をどれだけ慕っているかは皆が知っている。
 そして、憂が唯先輩をどれだけ心配しているかは私しか知らない。

『お待たせ。もう大丈夫だよ』

 姉の凶行に心を痛めている憂に、私はこれから追い討ちをかけなくてはならないのだ。
 思わず、ギリギリと歯軋りの音が零れた。

『梓ちゃん? もしもーし』

「……あっ、ごめん」

『……ねえ梓ちゃん』

「なに」

『梓ちゃんが聞きたいのって、お姉ちゃん事でしょ? そうだよね?』

 苦笑いが零れる間もなく、私は心臓を締め付けられるような感覚に襲われ、眩暈がした。
 ぼふっ、とそのままベッドへ倒れ込む。


『私、気付いてたんだ。多分、梓ちゃんは知ってるんじゃないかなって。お姉ちゃんが、虫のお墓を立てて遊んでること』

「あ、あはは……ばれてたか」

『うん。純ちゃんがあの悪戯の噂をしてる時、梓ちゃん、いつも心配そうな顔で私のこと見てたでしょ? それで、なんとなくわかっちゃったんだ』

「……そっか。そうなんだ。でも、聞いて憂。私、別に唯先輩のこと心配してたわけじゃないよ?」

『え?』

「憂のことを心配してたんだ。唯先輩を気にかける憂のことをね」

『そうなんだ……どうして?』

「どうしてって、そりゃあ……」

 もう一度眩暈がした。
 蛍光灯の明かりの残像なのか、貧血からくるホワイトアウトなのか、よくわからない。
 気がつくと、また歯軋りをしていた。
 今優先すべき事は私の気持ちじゃない。唯先輩の事だ。

「友達が不安そうな顔してたら誰だって心配するでしょ、普通。憂こそ、純が噂話に盛り上がってる時、心配そうな顔してたもん」

『だからバレちゃったのかな? お姉ちゃんのこと』

「ううん、それは違うよ。実は、ちょっと前に唯先輩がね――」

 私は一方的に話を始めた。
 聞きたいこと――唯先輩がやったという確証――を得るのも忘れ、ただありのままの事実を伝えた。
 数日前、唯先輩が部活中に突然始めた思い出話。その時の表情。そして、アイスの棒。
 途中、何度も何度も話を止めようと思っては続け、核心を突く質問を投げようと思っては踏みとどまった。
 結果、何も聞かずにそのまま電話を切って、ベッドに沈んだのだった。

 ……。
 ……。
 ……。

 憂に全てを話した翌日。
 自己嫌悪に朝から死にたいような気持ちを背負って学校へ行った。

「おはよう」

「おはよー梓ちゃん」

「……おはよう憂」

 見た感じ、憂の様子はいつも通りだったが、それを視界に入れることすら私には耐えられそうにもなかった。
 ところが、昼休みに憂にトイレに誘われた。
 純がいないことを確認している風だったから、すぐに何の用事なのかがわかった。

「梓ちゃん、今日、軽音部の部活、お休みできない?」

「えっ、どうして?」

「放課後、家に来てほしいの」

「……どうして?」

「やっぱり、梓ちゃんにはちゃんと話しておかなくちゃいけないなって思って」

「話すって、何を?」

 唯先輩のことには違いないだろうけど、一体何を話すというのだろうか。
 そんな悲しい顔しないでよ。まるで私がいじめてるみたいじゃん。
 正直のところ、もう憂を巻き込んで唯先輩の裏付けをとるのは止めようかと思っていた。
 昨日の電話がいい例で、やっぱりこの話は憂を傷つけるのだ。
 もし時間を戻せるなら、昨日の会話は無かったことにしたい。

「お姉ちゃんのこと」

「……」

「ダメ?」

「……ねえ憂、今更こんなこと言っても仕方ないのかもしれないけどさ、やっぱり――」

 後悔と懺悔を言い終わる前に、急に憂に口を押さえられた。

「純ちゃんの声!」

 爪先を浮かせるようにして、私はそのまま個室へと連れられた。目の前の扉が閉まり、入れ替わるようにして誰かが入ってきた。

「ありゃ? ここじゃなかったか」

 憂の言うとおり、純の声だった。
 私達を探しに来たのだろうか。何て寂しがり屋なんだろう……ちっとも可愛くないけどね。
 それよりも私は現状に心臓が口から出そうな気持ちだった。

 憂と二人きり。
 しかも、トイレの個室で。
 別にやましい意味も他意も憂には無いのだろうけど。でもやっぱりドキドキする。
 唇に当たる憂のたおやかな指。思わず、はむっと甘がみしそうになって慌てて憂の腕の中から逃げ出した。

「あ、ごめんね梓ちゃん」

「べ、べつにいいよ。それより、なにも隠れる必要は無かったんじゃない?」

 必死に冷静な自分を演出しているのだが、結果はどうだろうか。非常に自信がない。っていうか、ニヤけたりして。

「……純ちゃんには知られたくないから」

「えっ……そ、そうだね」

「それで、梓ちゃん。どう? 今日、部活お休みできない?」

「……憂がどうしてもって言うなら、私は構わないよ」

「いいの?」

「うん。そんな心配そうな顔をしてる友達を放っておくほど、私は人でなしじゃないしさ」

「ありがとう、梓ちゃん」

 束の間の幸せな時間は終わり、私達はそのまま教室へ戻った。

 ……。

 律先輩に訳を話し、私は部活をサボる。そして、約束通り、憂の家へ招かれた。

「お邪魔します」

「私、お茶でも持ってくるから梓ちゃん、先に部屋で待ってて」

 勝手知ったる人の家、とはいかないまでも、憂の部屋がどこにあるかぐらいはわかる。
 大人しく、言われたとおり憂の部屋に向かった。
 意味も無く心臓が高鳴り、不謹慎な自分を呪う。 
 今日の目的を忘れないように、と歯を食いしばって頬を両手でパチンと叩いた。

「お待たせ」

 程なくして、お茶とお菓子を携えた憂がやってきた。
 あの話さえなければ、本当に楽しい一時なのにと思う。はあ……なんでこんなことになってるんだろう。
 私はあえて何も言わず、憂が話し始めるのをじっと待った。
 憂が私を見つめ、私も憂を見つめる。言葉の無い時間がゆっくりと過ぎていく。
 やがて、憂が何かを決心したかのように立ち上がると、近くの戸棚から何かを取り出した。
 それは、クッキーとかサブレのお菓子が入っているような、可愛い模様が描かれたノートくらいの大きさの缶ケースだった。

 思い出、というフレーズが頭に浮かんだ。

「誰にも見せた事ないんだけど……梓ちゃんは特別に見せてあげるね」

「それ、なあに?」

「思い出入れ……お姉ちゃんと私の。小さい頃に書いたお手紙とか、図工で作ったプレゼントとかが入ってるんだよ」

「へえ……なんか憂らしくて可愛いね」

「へっ?」

「あ、ごめん。なんでもないよ。それで……その中に私に見せたいものが?」

「うん……これ、なんだけど」

 そう言って憂が差し出したのは、日焼けした大量の木の棒。

「……お墓、なの?」

「うん」

「っていうことはさ、やっぱり唯先輩の話は本当だったってことだよね」

「うん」

「……詳しく教えてもらってもいい?」

「うん。そのつもりで呼んだんだもん」

 ふう、と一息ついてから憂は話を始めた。

「一番最初はね、お姉ちゃんが幼稚園の頃。いつ、誰が教えたのかわからないんだけど、ある日、お姉ちゃんがお墓遊びしよう、って誘ってきたの。
 まだ小さい頃だったから、私もよくわからずにお姉ちゃんと一緒にこれで……アイスの棒で死んだ虫のお墓作ってたんだ。
 毎日毎日、公園や川の近く、側溝周辺の小さな草むら、とにかく虫の死骸を探して見つけては、洗って保管しておいたアイスの棒を地面に立てたよ。
 でも、何だか次第に気味が悪くなって、私はお姉ちゃんよりも一足先にお墓遊びを卒業したの。そしたら……」

 憂が自分の胸元をギュッと掴み、目を伏せた。
 出来るならこんな話、止めさせてあげたかった。
 けれど、私はただひたすら次の憂の言葉を待った。

「お姉ちゃん、生きてる虫でもお墓遊びするようになったの」

「それってつまり……殺したってこと? 生きてるのを」

「うん。あれは確か、和ちゃんが捕まえたセミを……こう、グチャって手で握りつぶして」

「うわぁ……」

「お姉ちゃん、呆然とする私達に笑顔でバイバイしながら、すぐにそれを持ち帰ってお墓作ってた。
 そして、その頃からお墓の作るペースも、量も増えていったんだ。一匹が二匹、二匹が五匹……ザリガニの時は百匹くらいいたかな」

「ザリガニの時ってひょっとして……」

「知ってるの? 和ちゃんの家のお風呂に、側溝から捕まえてきたザリガニを入れてね」

「そのザリガニって、全部、唯先輩に殺されちゃったの?」

「う、うん。お姉ちゃん……お湯をお風呂に入れて笑ってたんだってさ。真っ赤だよ、きれいだね~って」


 いつの間にか、憂の顔色がさっきよりも白くなっていた。体も小刻みに震え、いつ泣き出してもおかしくない雰囲気だ。
 それにしても……知らなかったな。
 和先輩の美談はいつもどこかズレているとは思っていたけど、裏にそんな凄惨な結末がある話を学園祭前に話すとか……やっぱりあの人も変わり者なんだ。

「まさか、殺した全部のザリガニのお墓作ったの?」

「うん。その時のアイスの棒がこれなんだ」

「うわぁ……憂、いくら唯先輩の思い出だからって、そんな気持ち悪いモノ保管するのはやめたほうが……」

「あ、ううん、そういう理由で持ってたわけじゃないよ! まだ話に続きがあるの」

「ザリガニの話?」

「うん。ほら、ザリガニって虫じゃないでしょ? これは、お姉ちゃんが虫以外の生き物のお墓を作り始めた最初のモノなの」

 虫以外? 最初?
 すごく嫌な予感がする。
 たとえ憂の口からでも聞きたくないような……背筋がゾクゾクとする。途端に鳥肌が立って、落ち着かなくなった。

「お姉ちゃん、次に何のお墓作ったと思う?」

「さ、さあ……?」

 ガチャ。

「憂ー、お腹すいたよぉ――あれ? あずにゃん来てたんだ?」

 ……。


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