セミの墓事件から、2週間ほど経った。
 事は、もう単なる悪戯では済まされない事態にまでエスカレートしていた。
 最初は、セミ、トンボといった些細な(って言っても十分不気味だけど)虫の類だったのに、


『カブトムシの墓』

 水泳部部室横に、カブトムシ、クワガタムシの死骸。
 次は対象が虫から少し大きな生き物に変わり、


『雀の墓』

 職員用駐車場の植え込みに、雀の死骸。
 そして、つい昨日はテニス部のコートの裏に、

「きゃあああああああ!!! ち、ちょっと……だ、誰かぁ!」

「ど、どうしたの!?」

「あ、あ、あれ……」


『カラスの墓』

 もう悪戯の域を超えていた。
 それでも警察沙汰になっていないのは、学校の名前に傷が付くのを恐れた先生達が、全校集会を開いて生徒に緘口令をしいたからだった。
 とは言っても、そんなものが噂好きの女子高生に通用するわけもないんだけどね。
 休み時間、昼休み、そして放課後。学外に漏れないだけで、毎日がその話題で持ちきりだった。
 当然、それがHTTの先輩達の耳に入らないわけもなかった。

「た、大変だったな梓。ほら、今回のアレを見つけた子って、梓のクラスメートなんだろ?」

「はい。本人は大分、参ってる感じでした」

「だよな。流石にカラスともなると……なあ」

 部活は始終、こんな感じのぎこちない空気のまま、当たり障りの無い話題を振ってはすぐに終わった。
 この話題が続くわけもない。かといって何も言及しないわけにもいかない。
 皆、あの唯先輩の思い出話を胸につかえたまま、どうしたらいいか考えているのだ。
 ところが、当の本人はというと、

「ひどい事するよね、まったく。カラスが可哀想だよ」

「えっ? あ、うん。そ、そうだな」

「そうね」

「そうですね」

「……カラス……カラス……うぅっ」

 相変わらずあっけらかんとして部活に来てはアイスを食べていた。
 それとなく件の話題を振っても、焦る様子を一切見せることなく、普段通りの振る舞いをしている。
 他の先輩はどうだかわからないけど、少なくとも私には、唯先輩の一挙一投足、全てが白々しく思えてならなかった。
 唯先輩がやったんですよね? と声を大にして問いただしたかった。
 無邪気、なんて言葉じゃもう済まされない。これは立派な犯罪、それもすこぶるたちの悪いものなのだから。
 そして、何より。

「唯先輩」

「うん? なあに、あずにゃん」

「憂の様子、最近どうですか? あんまり元気が無いみたいなんですけど」

「そうかな? 家ではいつもどおりだよ。あ、そうそう、そう言えば昨日憂が作った晩御飯が――」

 姉の凶行に心を痛めている憂。
 目に見えてわかるほどの憔悴しきった顔で、それでも健気にいつも通りに振舞おうとする憂。
 可哀想でならなかった。そして、それに全く気がつかない唯先輩が許せなかった。
 いや、それとも……もしかして、気付いた上で犯行を重ねているのだろうか。

「ねえ、唯ちゃん」

 ペラペラと呑気なことを喋っている唯先輩を遮り、ムギ先輩が声を上げた。
 皆、ムギ先輩を見つめる。
 そういえば、墓に使われているアイス棒はやはり、あのガリガリ君の棒なのだろうか。

「ムギちゃん? ……な、なんか顔が怖いよ? どうしたの」

「ねえ、唯ちゃん。唯ちゃんはアイスが大好きよね?」

「えっ、あ、うん。そうだよ」

「そのアイスなんだけど」

「えっ!? な、なに、ひょっとしてまさか……明日からアイス無しとか?」

「ううん、そうじゃないの」

「ホッ……よかった」

 ホッ、じゃないっての。

「ただ……その、明日から、全部ハーゲンダッツにしてもいいかしら?」

「え? どうして」

「どうしても」

「……ふーん。うん、別にいいよ」

 思わず律先輩と顔を見合わせた。
 ムギ先輩の意図。それは、つまり、

「じゃあ、ガリガリ君は当分止めにするわね」

「うん」

「……本当にいいのね?」

「いいよ、別に」

「そう……わかったわ」

 ムギ先輩がこちらを見た。
 何とも言えない表情で、けれど何かやり遂げた風な笑みが口元に浮かんでいた。
 けど、果たしてそんなことで、唯先輩の凶行を止めることができるのだろうか。
 私はムギ先輩の行動に大した意味があるとも思えず、何となく唯先輩を見た。

「ガリガリ君なら家でも食べられるしね」

 ……。

 唯先輩と別れた後、携帯が鳴った。
 律先輩からだ。

「もしもし」

『今、時間大丈夫か?』

「えっ、あ、はい。まだ外なんですけど、大丈夫です。それで、どうしたんですか?」

『ちょっと今から学校に戻ってきてくれないか?』

 はっ? と拍子の抜けた声と心の声が重なる。
 しかし、すぐに、その理由がわかった。

「唯先輩の事ですか?」

 電話先の無言が、律先輩の肯定を表していた。
 ひょっとして、他の先輩方も部室に残っているのだろうか。電話の向こうから、澪先輩の心配そうな声が聞こえた気がした。

「わかりました。今から戻りますので、ちょっと待っててください」

『悪いな、梓……本当は、私達だけでどうにかしたいんだけどさ』

「水臭いこと言わないでください。あと、律先輩に弱気な声は似合いませんよ」

『……ありがとな』

 電話を切り、空を仰ぐ。
 アクションを起こすには少し遅すぎたのかもしれない。

 ……。

「急に呼び出して悪かったな。ほい、これ梓の」

 律先輩からポカリを受け取った。
 一息に飲み干す。走ってきたから体が水分を欲していて、スーッと染み込んでいった。

「ぷはぁ……ありがとうございます、律先輩……けふっ。あっ……し、失礼しました」

「いいって、気にするな」

「あ、あはは……」

「それで、早速なんだけど」

 律先輩、ムギ先輩、そして澪先輩。予想通り、部室には唯先輩以外の皆が集まっていた。
 窓から差し込む西陽に照らされた先輩達の顔は皆、不安そうな表情に染まっている。
 きっと、私が思う以上に、この件には抵抗があるんだろうな。なにせ、私より一年も多く、唯先輩と一緒に過ごしてきたのだから。
 場合と手段によっては、もう今までと同じような関係ではいられないかもしれない。
 皆の中心となっていた唯先輩のことだ。
 この事が原因で、部活の、ひいてはHTTの崩壊ということもあり得る。

 とは言え。
 このまま放って置くことも出来ないわけで。っていうか、だからこそ私は呼ばれたはずだ。
 私は早速本題に入る事にした。もう余計な遠慮などしていられない。

「先輩方は、唯先輩のことをどうするつもりなんですか?」

「……別に、責めたりはしない」

「そうですか」

「ただ、唯のやってることは絶対に止めさせる」

「どうやってですか?」

「説得する」

 なるほど。
 最大限の譲歩がそれか。意外と律先輩って肝の小さい人なのかもしれない。
 関係を壊したくないから唯先輩を責めたくない、けれど、唯先輩の行為は止めたい。だから、説得する。
 なんだか走ってまで学校に戻ってきたのが急に馬鹿馬鹿しくなった。

「どうやって説得するんですか?」

「そ、それは……」

「まさか、唯先輩のやってることは悪い事だからやめましょうね、とか甘い調子で説得するつもりじゃないですよね?」

「……」

「まさか、そんな馬鹿げたことするつもりじゃないですよね?」

「お、おい梓」

「何ですか? 澪先輩も当然、その場に立ち会うんですよね? まさかとは思いますけど、嫌な役を全部、律先輩に押し付けたりしませんよね?」

「そ、そんなことしない! わ、私だってちゃんと唯に言う」

「なんて言うんですか?」

「だからその……もうお墓作ったりするな、って」

「ぷっ」

 思わず吹きだしてしまった。


 澪先輩は今にも泣きそうな顔で、律先輩は私の言葉にとても驚いた顔をしている。
 私だって言う時は言うのだ。特に今回は憂が苦しんでいるのだから。
 一切の妥協は許されないんですよ、先輩。
 私としては別にふざけているわけではなかったが、ムギ先輩の目にはそういう風に映ったらしい。
 見たことの無い真剣な表情で、太い眉毛を吊り上げていた。

「梓ちゃん。笑い事じゃないのよ」

「すみません。でも、ふざけているのはそっちも同じじゃないですか。唯先輩の行動はもう悪戯じゃ済みませんよ」

「それはわかっているわ」

「だったらもっと真剣になってください」

「りっちゃんも澪ちゃんも真剣よ」

「そうですか? 本当にお二人とも、唯先輩を止める気があるんですか? 私には、今の関係を壊さないように壊さないようにと、そればかりに気してる風に見えますが」

「……そうね。梓ちゃんの言うとおりかもしれないわ」

「だったら――」

「だから梓ちゃんを呼んだの。今の私達じゃ……どうしても唯ちゃんの為に鬼になりきれないから」

 なんだそれ。
 それってつまり、私に嫌われ役になれって事? それが曲がりなりにも先輩の言う事だろうか。
 今、ふと気がついた。
 なんて身勝手な人達なんだろう。

「ひどい事言うんですね。私に全部押し付けるんですか」

「梓、それは違う! 梓には、意見を出してもらうだけで、それは皆でやるから」

「でも、唯先輩の心を抉る言葉を考えるのは結局私なんですよね?」

「そ、それは」

「はあ。まあ、いいですけど。私、普段からきついこと先輩たちに言ってますもんね。それで白羽の矢が立ったんでしょうし」


 実際、得意なんだと思う。
 人のあら探しや、それを躊躇なく言える態度。考えれば、納得できない事も無い。
 ましてや唯先輩が相手となれば、私以外の適任者がいるとも思えないし。
 もう一度、溜息をついた。
 わかりました、やりますよ。やればいいでしょ。
 どうせ生半可な事を言って失敗するより、最初からドぎつい一発をブチかました方が効果的なんだから。
 やな子だな私。
 けど、憂なら許してくれるよね。

「じゃあ、早速考えますか。律先輩、ホワイトボードの落書き消してください」

「えっ? あ、ああ、わかった……なあ梓」

「何ですか?」

「こんなこと後輩に頼むなんて、ホントどうかしてるし、嫌な先輩だと思う」

「……」

「ごめんな……本当にごめん」

「……いいですよ別に。これでもHTTのメンバーですから。あと、電話でも言いましたけど、律先輩にそんな弱気な声、似合いませんよ」

 さて、と。
 まずは場所とタイミングだ。問責するにしても、これを決めない事には始まらない。
 いつもどおりの部活の時間にするか、唯先輩がトイレに立った後を追うか、それとも家に押しかけるか。
 とりあえずムギ先輩あたりに意見を求めてみた。

「やっぱり、部活の時間がいいんじゃないかしら」

「私もそれについては同意見です。何かと都合がいいですからね」

「どういうことだ?」

「部活中なら、唯先輩がどんな行動をとっても皆でフォローできるじゃないですか」

「どんな行動をとっても……? 唯が何をするって言うんだ?」

「追い詰められた犯人が自暴自棄になって暴れだす、というのはよくあるパターンですから」

「あ、暴れるって……もし唯が暴れたら」

「皆で押さえつけます」

「……皆でか?」

「はい、皆で。唯先輩が落ち着くまで……あるいは観念するまで押さえつけるんです。そんな心配しなくても、こっちには力持ちのムギ先輩もいますし、大丈夫ですよ」

「そ、そういう問題じゃ――」

「何ですか澪先輩? 言いたい事があるなら、どうぞ」

「あ、いや、その……」

「何ですか?」

「……な、なんでもない。ごめん」

「そうですか。律先輩は何か異論はありますか?」

「いや、私はそれでいいと思う。他の場所でやったら、色々と問題になりそうだしな」

 これはサラリと恐ろしいことを言ってるのではないだろうか。
 まあ、いいや。ここはスルーしておこう。

「じゃあ、タイミングと場所は部活中ということで決定ですね」

「次は何を決めるの?」

「そうですね……肝心の台詞でも決めておきますか、一応」

「台詞って、まさか台本でも用意するつもりなのか?」

「まさか。台詞って言うか、まず何て言って唯先輩を問い詰めましょうか、って話です」

「単純に聞くだけじゃダメなのか?」

「それがダメだと思ったからこうして考えてるんじゃないんですか? 澪先輩、ホントに真剣に話し合うつもりあるんですか?」

「ご、ごめん! そ、そんな睨まないでくれ……」

「あ、梓、澪が怖がってるからもうちょっと……な?」

「あ、すみません。つい。すみませんでした澪先輩。ニコっ」

「ひいっ!」

「……じゃあ、話を続けますね。それで、最初の一言ですが、私は『唯先輩、あなたがやってる事は犯罪ですよ』で行こうと思ってます」

「えっ、梓が言うのか?」

「ええ。この際もう私でいいと思います。先輩達は私のバックアップをお願いします」

「私もその方がいいと思うわ。やっぱり、どうしても躊躇っちゃうと思うから……梓ちゃん、本当にお願いしてもいいの?」

「はい、構いません」

「……そうか。ありがとう梓」

「気にしないでください。で、この台詞について何か意見ありますか?」

 澪先輩に視線を送ったら、ハッとした様に逸らされた。
 もう二度と振るまい。

「律先輩? どう思いますか」

「うーん、そうだなぁ。ちょっとストレート過ぎると思う。それに唯ならきっと、『えっ、何のこと?』ってなると思うし」

「その辺は大丈夫です。とぼけたら、怒鳴りますから。『とぼけないでください!』って」

「あっ……そ、そうなんだ」

「私が大声上げたら、さすがに唯先輩も本気で焦るんじゃないでしょうか」

「まあ、そうかもしれないな」

「そして、畳み掛けるように、言ってやるんです。『いい年して子供みたいな……いいえ、あんな残酷で不愉快な事して恥ずかしくないんですか!?』」

 思わず気持ちが入ってしまい、声を荒げてしまった。いけないいけない。
 律先輩は目を見開き、澪先輩は真っ白くなっていた。ムギ先輩は感心したように、ホワイトボードに一言一句、私の台詞を書いていく。

「す、すみません……つい」

「ううん、気にしないで。それくらいの本気がなくちゃ、ダメだもの」

「そ、そうだよな。唯のことだし、梓が本気なるのも当たり前だよな!」

 少し的外れな律先輩の言葉に、私は苦笑を浮かべて肯定した。
 私が今回、こんなにも本気になっているのは、たしかに唯先輩が絡んでいるからだけど、本質は憂ということをわかってほしい。
 憂の笑顔を取り戻すため。
 だから、唯先輩にはとっとと踏み誤った道から復帰してもらいたいのだ。
 その為なら私は心を鬼にして唯先輩を糾弾できる。建前でも、本音でもだ。

「ゴホン……話を続けますけど、とりあえず今の台詞を言ったら、少なからず唯先輩は動揺すると思います。しなかったらしなかったで、語調を変えて同じような言葉を続けます」

「それでも動揺しなかったら?」

「その時は……力で訴えましょうか」

「ぼ、暴力はダメだろ!?」

「冗談ですよ。そんなことしませんし、私じゃ唯先輩相手でも不利ですから」

「ホッ……」

「……自分は律先輩のことポカポカ殴ってるくせに」

「えっ?」

「何でもありません。話を戻しますよ」


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