……。
……。
……。
商店街に入って間もなく、純の姿を見つけた。
「じゅーんー」
「おわッ!? あ、梓!? ど、どうして」
「憂から聞いた。商店街にいるって。いったいどういうつもり?」
「ど、どういうつもりって……?」
私はしらばっくれるモップ頭を鷲づかみにし、とびっきりの睨みを効かせて言った。
「あんた、昨日憂と一緒に寝たんでしょ?」
「なんで知ってんの!?」
何でもクソも無い。本人に聞いたのだ。
もしドッペルゲンガー遭遇を危惧して、憂を家に泊めたのならまだ許せた。
しかし、こいつはこんなエンカウント率の高い休日の商店街に憂を連れ出す奴だ。そんなことを考えるわけが無い。
つまり、このモップは単純な好奇心、もしくはいかがわしい性欲求の赴くままに憂と一晩を共にしたのだ!
許せるわけが無い。頭がカーッと熱くなり、体がチクチクと痒くなった。
「ち、ちょっと梓さん……? 何か非常に怒ってらっしゃるようですが」
「……純。今まで友達でいてくれてありがとう」
「ち、ちょっと! それはいくらなんでも無いでしょ!? べ、別に変な事したわけじゃないんだし、それに」
「それに? まだ何かいい訳が?」
「憂はドッペルゲンガー、なんでしょ? だったら別にいいじゃん、何したって。どうせ梓だって、自分とこに来た憂に何かしちゃったんでしょ」
「なっ」
「ほら、顔赤くなった! なんだ、人のこと散々言っといて、自分のことは棚上げ? ずるいんだぁ」
「べ、べつに私は何もしてないよ! ……ホントだよ」
「ホントかなぁ……まあ、いじるのはこれくらいにして、信じてあげるとしますか」
にひひ、と笑う純。
当初の目的も忘れ、形勢も逆転し、私は顔を上げることが出来ない。プライドが高いねとはよく言われますが、まったくその通りです。
顔を俯かせていると次第に涙が溢れそうになって、慌てて天を仰いだ。雲ひとつ無い晴天。気持ちいい。憂も連れて来てあげたかったな。
あれ。
そういえば、つい数十分前まで電話で話していた憂の姿が見当たらない。
「ねえ、純。憂は?」
「さっきトイレに行ったけど……そういえば、遅いな。どうしたんだろ、具合でも悪くなったのかな」
相変わらず無責任な奴だと思う。
とりあえず純と一緒にそのトイレまで憂を迎えにいった。トイレは近くのコンビニにあった。
「いないじゃん。ねえ、憂いないよ」
「そうだね」
「そうだね、じゃない! ああもう信じられない!」
「まあまあ、落ち着いて梓。きっともうお腹の調子も落ち着いて、私たちと入れ違いになっただけだって」
「そんなわけ無いでしょ!? ねえ、なんでそんなに呑気なの?」
「別に呑気にしてるつもりはないけど……梓、さっきからカリカリしすぎだよ」
気がつくと店内の客の視線を独り占めしていた。恥ずかしくて外に出る。
それにしても純の憂……認めたく無いけど、純の憂、どこにいってしまったのだろう。
ひょっとして、余りの痛みに気絶してどこかでのた打ち回っているのではなかろうか。
嫌な想像が妙にリアルに浮かんだ。いけない。
「とにかく、手分けして探そう」
「うん。わかった」
純と二手に別れ、憂を探す。
飲食店、ファミレス、小物屋、ファンシーショップ。
商店街の軒並みを回って憂の姿を探すものの見つからなかった。可能性があるところは全部回ったが、ダメだった。
もうかれこれ30分以上走り回っている。
「ホント……どこいったのよ……」
探せど探せど、憂の姿は見つからない。焦燥と疲ればかりが募っていって、ついでにイライラも溜まっていった。
クソ純め。恋人一人、しっかり管理する事も出来ないのか。どんだけだらしないのよ。
……恋人? いやいやいやいや、何考えてるんだか。
「ああん……ういぃ……」
情けなくも、唯先輩のような台詞を吐いてしまう。私の憂の言うとおり、せっかくの土曜日くらい二人で一日中イチャつきたかったな。
ぐぅ、とお腹がなった。そういえば朝から何も食べていなかったっけ。
憂のことで頭が一杯になって忘れていたが、私の体も普通の女子高生と変わらないわけで、正直、朝食を抜いて走り回るのは堪える。
っていうか、ちょっと気持ち悪い。
とりあえず何か口に入れよう。この際、カロリーメイトでもうまい棒でもいいや。
近くのコンビニに入った。
……。
「あっ」
何気なく店内を見渡し、思わず息が止まった。
雑誌コーナーによく見知ったポニーテールの制服姿を見つけたのだ。さっきまではいなかったはずなのに、どうして? まあ、どうでもいい。
気付かれないように……特に意味は無いけど、そっと後ろから近づいてその華奢な肩先を指でつついた。
「ひゃぁ! ……えっ、梓ちゃん?」
「もう、どこ行ってたのよ……商店街中探したんだからね!」
安堵に胸を撫で下ろした。見たところ、顔色も優れていて元気そうだ。
なにより、コンビニで立ち読みしてるくらいだから、私の心配はただの杞憂にすぎなかったようだ。
安心したら空腹に拍車がかかった。またお腹の虫がなく。えずきそうになり、慌てて口を押さえた。
涙がジワリと目尻に寄った。
「あっ……あはは。鳴っちゃった」
「梓ちゃんお腹空いてるの?」
「うん、まあね。朝から何も食べてなかったし、憂を探すために商店街を走り回ったからね」
「私を探す? どうして?」
「どうしてって、トイレに行ったっきり帰ってこなかったからでしょ! もう、何言ってるの」
「うん? ……ああ、そうなんだ。ごめんね、梓ちゃん」
「もう」
「あはは……見つけてくれて、ありがとう」
困ったように笑う憂に、ちょっとだけ募った不満も吹き飛ぶ。やっぱり可愛い憂。制服越しではわかりにくい肢体もそそる。
それにしても、休日なのに制服姿なんてどうしたのだろう。やっぱり、純のところに送られてきた時も憂は制服姿だったのか。
「お腹空いてるんだよね、梓ちゃん。一緒にご飯でも食べない?」
「えっ。私はいいけど……純が、まだ憂を探してると思うから。まあ……純なんてどうでもいいけど」
「うん……?」
「あ、いや。やっぱ仲間はずれは一応可哀想だから、3人で食べようか」
「じゃあ、二人で純ちゃんのところに戻ろっか」
「うん。そうだね」
憂と二人でコンビニを後にした。
携帯を取り出し純に電話をかける。
『もしもし』
「あ、純? 憂見つかったから、これから三人でお昼にいかない?」
『え、そうなの? わかった。じゃあ、どこかに一回集まろう』
近くのファミレスで食べる事になった。その事を憂に伝えると、笑顔で頷いた。
……。
……。
……。
「おーい、こっちこっち」
憂と二人でファミレスに入ると、窓際に、手を振る純の姿を見つけた。恥ずかしくないのかな。
「えへへ、おまたせー」
「……えっ?」
純が、私達を見るなり妙な顔をして驚いた。失礼な奴。
「なによその顔」
「あれ……なんで制服? 着替えたんですか?」
どうやら憂に対してのリアクションらしく、私など最初から眼中に入っていなかったらしい。失礼な奴。
いくら憂が可愛いからって、それはないだろう。頭にくるなあ。
「ううん、今日はずっと制服だよ。どうしたの、純ちゃん?」
「いや……えっ、もしかして、梓のトコの憂?」
「はあ、何言ってるのよさっきから」
話が見えない。
しかも、梓のトコ、なんて複数の憂を示唆するような言葉まで使って、何を考えているのやら。もし憂に気取られたら大変な事になってしまう。
「梓が連れてきたの?」
「なにが」
「憂」
「そうだよ。さっきコンビニで見つけたから。電話で言ったじゃん」
「そうじゃなくてさ……ちょっとこっちきて」
純は席から離れるようにして、私の腕を引っ張っていった。憂が不思議そうに、でも笑顔でこちらを見ている。余計な心配でもさせちゃったかな。
純がキョロキョロと辺りを見渡しながら、とうとう化粧室にまでやってきた。なんだっていうんだ。
「ちょっと、なんなのさっきから。意味わからないよ」
「それはこっちの台詞だって。ねえ、あれって梓の家から連れてきた憂なんでしょ?」
「はぁ? そんなわけないじゃん。憂には家で留守番してるように言ってあるし」
「……」
「なんなの一体?」
「じゃあ、電話かけてみてよ」
何言ってるんだこいつは。
「なんでわざわざ」
「ひょっとしたら勝手に来ちゃったかもしれないじゃん」
「だからさ……うん? えっ……ねえ、もしかしてさ、あの憂、純が連れてきた憂じゃないの?」
「……わかんない」
そういう純の顔はどことなく具合が悪そうに見えた。心なしか、左右のモップが少し下に垂れている。
「わかんないって、なにそれ……あっ」
まさか、ひょっとして。もしかして私は本物の憂を、勘違いして連れてきてしまったのではないだろうか。
「ねえ……もしかしてさ、本物の憂なの? あれ」
「いや、それはないと思うんだけど。だから、電話で確認してってば」
「なんで? 私の家にいるのは、私の憂だよ?」
「ああもう、憂憂うるさい! いいから、早く電話かける!」
純のただならぬ剣幕におされ、私はしぶしぶ携帯を取り出し家にかけた。
数回のコールの後、母が出た。
「もしもし、お母さん? 私、梓だけど。ちょっと確認して欲しい事があるんだ」
部屋に行って憂がどうしてるか見てきて欲しいと告げると、すぐに保留のメロディーに切り替わった。
隣に目をやると、不安そうに爪を噛む純がこちらを睨んでいる。なんだっていうのよ、いったい。
しばらくして、メロディーが途切れた。
『もしもし、梓ちゃん? どうしたの?』
「あ、憂。うん、特に用事ってわけじゃないんだけどさ。今、何してるの?」
『今? パソコン借りて、ちょっと料理のサイト見てたよ。おもしろいね、インターネットって』
やっぱり憂は家にいた。ほらね、と純を見やる。
純は目を見開いて爪を半端に噛み、呆然としていた。
「……純?」
その様子に、私は何となく事態を察したのだった。
やはりコンビニにいたのは純の家にやってきた憂ではなく、本物の憂だと。だから、こいつはこんなにも動揺しているのだ。
今もこの近辺で純の憂がウロウロしている可能性を考えると、なるほど、青ざめるのも無理は無い。
馬鹿純。ファッキン純。
だから、言ったのに。無性に腹が立って、そのまま純の肩を掴んで壁に押し付けた。
「い、痛いよ梓」
「ばか! なんで憂を連れてきたのよ! 常識的に考えれば、こういう事態だって想定できたでしょ!?」
「えっ、それは……だって……」
「もし本物の憂とばったり出会っちゃったら、死んじゃうかもしれないのに!」
「そ、それはないよ」
「どうして? なんでそんな事言えるの?」
「うーん……どうしてって言われてもなぁ……」
視線を外すように苦笑いする純に、私は激昂した。カーッと血が上って、思わず手を振り上げそうになった。
「はぁ!? なにいってるの!? 現に、私が連れてきた憂はほんもの――」
と。
背後から声をかけられた。瞬間、私も純も凍り付いた。
「な、何やってるの二人とも!? 喧嘩はダメだよ!」
制服姿の憂。
現状を誤魔化す事も忘れ、私達は目の前の憂に冷や汗を流しながらただ突っ立っている事しか出来なかった。
憂が何か言っている。
心配そうな顔で、何があったのか、喧嘩はいけない、仲良くしようよ、などと言っている。私達の会話は聞かれてなかったようだ。
それだけが唯一の救いだったが、席に戻ってからも私と純が安心することはなかった。互いに無言で、私は最悪の事態を考えている。
そもそも、私の憂にしろ純の憂にしろ、それがドッペルゲンガーなんてものかすら確証は無い。そうであったとして、死ぬという事実関係も定かではない。
ただ、本物と瓜二つの人物を会わせる事は、どうかんがえても吉に転ぶとは思えなかった。
私は、カラフルなメニュー表を眺めながら、ただひたすら、純の憂が現れない事を祈った。
憂はそんな私達の空気を、喧嘩後の気まずいものと勘違いしている。都合がいいといえば確かにそうなのだが、だからと言って安心できる要素は何一つ無い。
早いとこ食事をすませ、適当に理由をつけてここから離れよう
「うわぁ、このステーキおいしそうだね! ね、梓ちゃんもそう思うでしょ」
「……そうだね」
「見て純ちゃん、これすごくおいしそう! 後でデザートに頼もうね」
「うん」
「……」
「……」
「……」
なんでこんなことになるかな。私はドッペルゲンガーの対策を考えようと出てきただけなのに、こんな窮地に陥るなんて。
元はといえば、純が悪いのだ。純が面白半分で憂を注文したりするからこんなことになったんだ。
そりゃあ、私も少しは期待していたし、今も私の家でのんびり過ごしている憂は、至高だけれど。
私だけの憂だったら、こんなことにはならないのに。
私は純みたいにズボラじゃないし、徹底した管理で憂を守りつつ堪能できる。2人も偽モノがいるからいけないんだ。
……いや、何考えてんのよ私。やめよう。
とにもかくにも、今回のピンチは純のせいだ。バカ純。
文句の一つも言いたくなって、顔を上げた。が、視線が合うことはなかった。
純が首を横に90度曲げて、目を見開いて固まっていた。
「……ヤバ」
釣られて視線を窓際に移すと、外で満面の笑みを浮かべた私服の憂がこちらに向かって手を振っていた。
最終更新:2011年11月21日 02:51