翌日。
 教室に行くと既に純は居た。私の姿を見つけるや否や、口元に悪戯っぽい笑みを浮かべてやってきた。

「おっはよー、梓。ねえねえ、昨日の事だけどさ」

「しっ」

 純のすぐ後ろに憂がいることに気付き、私は慌てて口を紡ぐ動作を伝えた。あの注文が例え悪戯の類であっても、それを本人の前で口にするのは何となくダメな気がしたのだ。勿論、純も同じ気持ちだったらしく、私の言いたい事を気取り、適当に話題を誤魔化した。

「CDさ、結局見つからなかったよ。やっぱり慣れないうちは難しいね」

「そうだね。しばらく使ってるとそのうち、検索のコツとか分かるようになるよ」

「あ、梓ちゃんおはよう」

 どうやら憂を誤魔化す事には成功し、その後は憂も交えた3人で朝の他愛ない雑談になった。ここだけの話、昨日の妄想のせいで憂の顔がまともに見れなかった。
 朝のHRが終わり、すぐさま1限目の授業が始まった。さて、どのタイミングで憂を撒き、純と話をしようか。トイレに一緒に行くというのは有効な手段かもしれないけど、こういう時に限って、

「梓ちゃん、一緒におトイレ行かない?」

「えっ、あ、うん」

 結局、上手く機会を見つけることも出来ずに昼休みなってしまった。さて、と鞄から弁当を取り出す。

「あっ! 間違ってお姉ちゃんの分までお弁当持ってきちゃった!」

 思わず憂を見て手が止まった。ナイスタイミングだ。ここですかさず純が機転を利かせてくれた。

「じゃあ、私と梓で待ってるから、お姉ちゃんに届けてあげなよ」

「うん、ごめんね。ちょっと行ってくるね」

 憂が教室から出て行ったのを確認し、純が顔を近づける。またどうでもいいけど、近い近い。

「やったね」

「なんか聞かれたら誤解されそうな台詞。酷いね、私達」

「だって仕方ないじゃん。まさか、昨日二人で憂を注文しましたー、なんて本人に言えるわけ無いんだから」

「それもそうだね……ねえ、本当に注文しちゃったの? 冗談とかじゃなくて」

「したよ。何よ梓、まさかビビってるの?」

「そんなんじゃないけどさ……なーんか嫌な予感がするんだよね。こう、私の……」

「私の?」

「……だ、第六感が」

「……大丈夫、頭? あんたまでおかしくなっちゃたの?」

「ち、違うよ! 今のなし、今のなし! ……わ、忘れて」

 大して深い意味も無く口走った言葉が裏目に出て、要らぬ恥をかいてしまった。変に純が真剣な分、尚更恥ずかしかった。
 本題に戻ろう。今は憂についてだ。

「ねえ純、もし本当に憂が届いたらどうするつもり?」

「えっ? さあ、ね。考えてなかった」

 言うと思った。

「あんたねえ……」

「梓は? 本当に憂が送られてくると思ってるの?」

「えっ? そ、そんなことは……思ってないけど……でも、ひょっとしたらってことがあるじゃない」

「万が一にも無いと思うけどなあ。だってさ、憂だよ? 意味わかんないじゃん。もし本当に憂が送られてきたとして、それって一体何なの?」

「えっ、だから憂でしょ?」

「そうじゃなくて! ああ、もう……だからさ、今、姉の下にお弁当を届けに行ってる憂とは別の憂って、何者なのかってこと」


 それはつまり、もう一人の憂ということになるのだろうか。いや、意味が分からない。この世に自分と同じ人間が存在するわけもない。
 けれど、それは飽くまで常識を前提とした話であって、そこに非現実的な要素を考慮してもいいのなら……いわゆる、アンビリバボー的なものを。
 馬鹿馬鹿しいとは思いつつも、ここ最近私の身近で起きた色んな事を思い返すと、全身全霊でそれを否定できない自分がいるのも事実だった。
 超常現象。
 とても不謹慎。けれど、私はそれに惹かれる自分を認識している。昔から好きなのだ、そういう類のものが。お母さんに似たのかもしれない。

「ドッペルゲンガー……とか」

「えっ、なにそれ? どっぺる……なに?」

「ドッペルゲンガー。もう一人の自分で、会うと死んじゃうの」

「はぁ? それドラマか何か?」

「ううん。まあ、都市伝説みたいなものかな。気になるならググって……あ、いや、検索してみるといいよ」

 しばらくして憂が戻ってきた。何をやっていたのだ私達は。
 少し遅れた昼食をつつきつつ、とてもホットなネタ……私が実はオカルトの類が大好きだという、その少女っぽい一面を散々からかわれ、楽しい昼休みを過ごしたのだった。
 っていうか、自分で少女っぽいとか表現しちゃうとか恥ずかしさの極みだ。穴があったら入りたい。消え入りたい。恥ずかしい。

 ……。
 ……。
 ……。

 口では散々言いながらも、私はやっぱり素直じゃないらしい。
 風呂から上がり、ギターの練習も忘れて私はネットサーフィンをしながら調べものに夢中なっていた。

『amazom 友達 商品』

 検索バーにそれらしい文字を入力。かれこれ1時間ほど格闘しているが、全くといっていいほど関係のないものばかりがヒットしている。さっきなんて誤って企画モノのアダルトビデオのページを開いてしまった。
 都市伝説を収集したサイトを巡っては見るものの、やはり関連性のあるものは無かった。何をそんなにムキになっているのか自分でも不思議だった。
 すっかり冷えた髪の毛がうなじに当たった。時計を見れば、ブラウザを開いてからかなりの時間が経っていた。早いとこ髪を乾かそう。
 と、携帯が鳴った。
 純からのメールだ。

『発送のお知らせメールが来た』

 キュッと心臓をつかまれた気分。すぐさまアドレス帳を開き、純に電話をかけた。
 3回のコールの後、

『もしもし』

「発送メール来たって本当?」

『うん。さっきメール確認したら、届いてた。なんか、明日中には届くって書いてあった』

「あ、明日!? えっ、ちょっと早すぎじゃない?」

『私に聞かれても困るよ。ネットショッピングなんだから、そのくらい早くて当然じゃないの?』

「そりゃあ本とかDVDだったらわかるよ。でも……憂だよ?」

『そもそも憂が送られてくるって時点で既におかしいんだから、今更驚く事でもないんじゃない?』

 純の物事の適応力というか、飲み込みの早さって言うか、無神経なところは賞賛に値するのではないか。今更でも十分驚く事だろう、そこは。
 しかし、明日中に届くのか……。えっ。
 大事な事に気がついた。それってつまり、私の家に届くって事で、万が一本当に憂がダンボールに梱包されて送られてきたら、

「どうすんのよ!? えっ、どうしようどうしようどうしよう!」

『あ、梓!? ち、ちょっと落ち着こう、ね』

 落ち着いてなど居られるわけも無い。家族になんて言い訳したらよいのだろう。というか、それは純も同じじゃないか。

「ああ、もうバカ純! なんでうちに送るの、コンビニ受け取りでも良かったじゃん!」

『そんなこと言われても……』

「まずいよ、まずいよ。お母さんに何て言おう……明日ちょっと大きな荷物が来るから、あけないでね、とか? 絶対疑われるよ!」

『疑われるって、何を?』

「だから、ラv……う、ううん、何でもないよ。ほ、ほら、そんな大きな梱包が届いたら、誰だって危ないものかもしれないって思うじゃない?」

 うっかり等身大愛玩具の名称を口にしそうになって、慌てて誤魔化した。テンパってるし、大丈夫だよね。きっと。

 とにかくだ。
 物の中身がどうあれ、不自然なほど大きな荷物が届くのはいただけない。何としてでも、家族の目にさらすわけにはいかない。
 となると、明日は早めに部活を切り上げてダッシュで家に帰ろう。配達業者が家にやってくる前に。
 そして、その場で荷を解いて、庭のどこかに隠せれば万々歳だ。
 ……正直、うまくいく自信は半分も無い。

「配達の時間帯とか指定した?」

『一応ね。たしか、夕方ぐらいの時間を指定したはずだよ』

 間に合うだろうか。いや、間に合わせる。
 一方的にお互いの健闘を祈り、私は電話を切った。明日は大変な一日になりませんように、と頼りない現実に願をかけ、ベッドへ寝転んだ。
 今日も今日とて、ふしだらな妄想に耽る時間がやってきたのだ。人はそれを現実逃避なんていう悲しい言葉で揶揄するけれど、私はそんなの気にしない。
 胸に手を当てると、先ほどの余韻の為に鼓動は早い。早くも汗ばんできている寝巻きの下に、手を伸ばした。

「あ。髪乾かしてないじゃん」

 ……。
 ……。
 ……。

 憂がいた。一糸纏わぬ姿でベッドに寝転び、開けっぴろげに股を広げている。俗に言う、くぱぁ。
 そこは私の自室なのだけれど、憂のエッチな匂いが充満していて頭が反転しそうになる。股はヌラヌラと白熱灯に照らされて妖しく輝いている。

『エッチな梓ちゃん……好き。早く来て』

 どうやら私も全裸らしい。迷わずベッドに飛び込み、襲い掛かる野獣が如く憂をむさぼる。
 上気した頬、赤く色づいた首筋、豊かな胸。どれも私を悩殺するシロモノで、やっぱり頭が反転しそうになる。
 硬く立った乳首に口をつけると、憂が喘いだ。ここが弱点なんだ。私は執拗に責めた。

『エッチな梓ちゃん……好き。キス、して』

 憂のお願いに応え、柔らかい唇に自分のそれを押し当てる。ヌルヌルとした舌がすかさず、歯の間から進入してきた。
 憂はエッチだ。可愛い。けれど、どうしてエッチなのだろう。
 どうでもいいことを考えている暇があったら、早く憂をイかせなよ、と純が言った。

 ……。
 ……。
 ……。

 結局翌日。
 金曜日ということもあってか、教室の皆がどこか浮き足立った雰囲気に包まれていた。
 きっと、土日はどこで何して遊ぼうかなどと楽天的なことを考えているに違いない。
 今の私には及びも付かない。なぜなら、私は今日これからの事で手一杯なのだから。

「あーずーさ。なーに怖い顔してんの」

「うるさいよ。誰のせいだと思ってるの」

「さあ」

 純の相手も面倒に思える。なるほど、常に頭の中をギリギリまで懸念事項で埋め尽くしていると、他の事はもう何も考えなくて済むらしい。
 私のほうがよっぽど楽天的だ。

「あんまり深刻に考えない方がいいって。私は、もうウダウダ考えるのは止めたよ」

「単純で羨ましい」

「梓は何でも真面目すぎるんだよ」

 それは父譲りの性格なのだから仕方ない。今更変われるわけも無いのだし、放っておいて欲しい。
 憂の姿はもう既に無く、家に帰ったらしい。
 いつもの事だ。唯先輩の夕飯を甲斐甲斐しく準備して待つために、部活動にも所属せず、毎日毎日寄り道もせずに早々と帰宅する。
 そんなに唯先輩の事が好きなのか。きっといいお嫁さんになれるね、という世辞を言うにしても憂のそれは少し度が過ぎているようにも思える。
 しかし、私はそんな憂が好きでしょうがなかった。誰かの為に一生懸命になる。見返りは無く、あるとすれば感謝の言葉だけ。何て奉仕精神。
 そして……あの肉付きのいいカラダ。

「何にやけてるの? ……ちょっとその顔はヤバイって、梓」

 今日のことを考えると皮肉なのだけれど、もし憂が手に入るのならばどんな対価を支払ってもいい。

「ちょっと、梓ってば」

 純の揺さぶりで我に返った。私は口の端から零れた涎を慌てて拭った。

「……見た?」

「なんかいやらしい事でも考えてたんでしょ? 梓って、結構ムッツリだよね」

「ち、違うよ! これはその……お、お菓子のこと考えてたらつい」

「ま、そういうことにしといてあげる。一つ貸しね」

 モップ頭が悪人面で笑った。あんたの方がよっぽどムッツリだよ、と言いかけて止めた。スカートの中がエマージェンシーだという事に気付いたからだ。
 私は鞄とギターを背負い、さっさと部活へ向かうことにした。

 ……。

 唯先輩たちは既に来ていて、軽く練習を始めていたのだが、案の定私の姿を見つけるや否や、

「あーずーにゃーん! 遅いよ~、もう練習始めちゃったよー」

「すいません、ちょっと純の奴が」

「へっ、純ちゃん? 純ちゃんが何かしたの?」

「ちょっとセクハラを受けまして」

 私の言葉に、キーボードの激しい旋律が鳴り響いた。それもある意味セクハラな気もしないでもないが、ムギ先輩自体が既にセクハラなので私は気にしない。
 ケースからムッタンを取り出し、私も練習の輪に混じる事にした。
 一刻も早くこの胸の中で渦巻くいかがわしい気持ち……煩悩っていうの? を取り除かなければ。

「おっ、なんか今日のあずにゃん激しいね!」

「そうですか? 私はいつもこんな感じ……ですよ!」

「ううん、でも、今日は一段とパワフルっていうか……ねえ、ムギちゃんもそう思うでしょ?」

「ええ。今日の梓ちゃん、大分キてるわぁ」

「そうですか」

「なんかあずにゃんが元気だと、私も元気になっちゃうよ! よーし、もう一回フルでふわふわ時間、いっくぜー!」

 ……。

 結局、始終、私の性欲→有意義なモチベーション、の転換に先輩方を付き合わせる形で今日の練習は終了となった。久々にいい汗をかいた。
 何か非常に大事な事を忘れている気がしていたのだが、唯先輩の提案でファミレスに寄り道する事になった。
 激しい練習のお陰で、ちょうど小腹が空いたところだ。家に直帰してもまだ夕飯に早いだろうし。

「さあ、あずにゃん、じゃんじゃん好きなもの頼んじゃってよ!」

「えっ、いいんですか?」

「いいのいいの。今日はあずにゃんのお陰でいい練習が出来たし、これはそのお礼だよ」

「はあ、そうですか。それじゃあお言葉に甘えて」

 私は大好物のバナナタルトを、唯先輩はいちごパフェを、そしてムギ先輩はなぜか本気気味にサーロインステーキセットを頼んだ。
 理由は、なぜファミレスに靴底のソテーがメニューとしてあるのか気になったからだそうだ。ステーキが靴底。やはりムギ先輩は存在自体がセクハラだと思う。何か違うかな。

「私、ファミレスで靴底ソテー食べるのが夢だったの~」

「何言ってるのムギちゃん。これはステーキだよステーキ。靴底じゃないんだよ?」

「えっ、そうなの? 困ったわぁ、どうしよう……」

「責任もって食べてくださいよ。食べ物残すなんて、小学生のすることですよムギ先輩」

「そ、そうね……ああ、でも、今こんなの食べたら……た、体重がまた……」

「体重? 大丈夫だよ、ステーキの一枚や二枚で」

 珍しくムギ先輩が真剣な顔で唯先輩を睨みつけ、無言の圧力を放った。その迫力は関係ない私までもが思わず息を呑むほどだ。
 そんなに気にするほどムギ先輩が太っているとは決して思わないが、本人の基準があるのだろう。他人がとやかくいう事でも無い。
 まあ、私は少しムッチリしてる方が好みなので、できればムギ先輩に食べて欲しい。
 あれ。

「……それなら、唯ちゃんが食べてくれないかしら? 唯ちゃん、いくら食べても体重増えないんでしょう?」

「だ、だめだよ!」

「どうして? まさか、このまま私がブクブクと太って醜い女の子になっても構わないって言うの、どうなの?」

「違うよ、そんなこと思ってないよ!」

「じゃあ、どうして」

「だって、今ご飯食べちゃったら、帰ってから憂のご飯食べられなくなっちゃうもん」

 そりゃあそうだ。唯先輩の立場だったら、間違いなく私はファミレスの靴底と揶揄されるステーキよりも憂の手料理を選ぶ。常識だよそんなの。

「あっ」

「えっ?」

「どうしかしたの、梓ちゃん」

「あっ……ああぁ……」

 憂。忘れていた。
 配送は夕方。憂がうちに届く。


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