新任教師として桜高に赴任して、季節は秋になっていた。文化祭二週間前とあって、学校も活気付いている。しかしそんな中で、山中さわ子はため息をついていた。

山「はぁ…若いっていいわねぇ。」

別に年をとっているつもりはなくても、高校生を見ると若さがうらやましくなってくる…別に高校時代を楽しく過ごせなかったわけではない。
軽音楽部で青春を謳歌したつもりだ。ただ、唯一心残りがあるとしたら…



山「こんなふうに、もっと可愛い高校時代も過ごしてみたかったなあ。」

つい、そんなふうに考えてしまう。デスメタルで謳歌した高校時代に、可愛さはなかった。
そんなことを考えていた時、後ろから突然声をかけられた。

律「山中先生!!お願いです、軽音楽部の顧問をやってください!!」

一瞬、何を言われたのか分からなくなった。
文化祭二週間前に顧問の依頼?頭が回らなかった。
カチューシャをつけたこの女の子の後ろから、もう1人女の子が出てきて言葉をつないだ。

唯「さわちゃん先生しかいないんです、お願いだよー。」

ショートヘアーにピンをした女の子がそういってフランクに話しかけてきた。
やばい、可愛い。というかさわちゃん先生って私のこと?そしてもう1人…

澪「なんて口の聞き方だ!先生、突然失礼しました。私たち軽音楽部なんですが、実は最近になって顧問がいないことに気づいて…
名前だけでもいいので顧問になってくれませんか?そうしないと私たち、ライブができなくて…」

黒髪のロングヘアーの女の子は、目を潤ませながら懇願してきた。
思わず「可愛い!」と言ってしまいそうになったが、口まで出かけたところを急いで戻し、落ち着いて話を聞いてみた。

紬「先生、どうでしょうか?お願いできますでしょうか?とりあえず顧問依頼の紙だけでも受け取ってもらえませんか?」

なんなんだこの可愛い女の子たちは…とか思っている場合ではなく、私に軽音楽部の顧問はとてもじゃないができそうにない。
吹奏楽部の顧問もあるし、授業も忙しいし…



山「ごめんなさい、別の人をあたって下さい。とてもじゃないが先生に顧問はできそうにないのよ。」

そういって私はその場を後にした。後ろのほうから4人の困ったオーラが感じてとれたが、気づいていないふりをして…
そして、私のカバンの中に金髪ロングの女の子が紙を忍ばせたのも気づいていなかった。



山「ふう、今日は疲れたなあ。」

夜遅くにアパートに着き、ふぅと息をつく。部屋に戻っても、あの顧問の依頼は頭の中をぐるぐると回っていた。
正直、引き受けたいという気持ちもなくはなかった。あんな可愛い女の子たちに囲まれて、デスメタルではないポップな音楽を演奏してみたいとも思っていた。
ただ今の立場ではそんなことは出来ないし、もうあの頃のように若くもない…こともないのだが、そんな時間もない。


そんなことを考えているうちに、さわ子はいつの間にか眠りについてしまった。



そして次の日…朝起きて周囲を見渡すと、異変に気づいた。
周りのものが一回り大きくなっているのである。いや、落ち着いて考えてみると違う。
私が小さくなっているのだ。高校に入学した時くらいの身長になってしまっているではないか。
髪はセミロングで、顔つきもどこか幼くなっている。

山「これって…どうしよう、ていうか一体何がどうなって…」

落ち着きたいが落ち着けない。ようやく状況が少しではあるが整理できたら、とりあえず一番最初に考えたのは仕事のことだ。
こんな状態で仕事なんてできない。学校に連絡を入れ、身内の不幸ということでしばらく仕事の休みをとることにした。

山「何か変な薬を飲んだり…した覚えはない。だとしたら、とにかく誰かに相談しなきゃ…でも誰に。」

親に相談してもとてもじゃないが、普段から仕事の愚痴を言っている親にはまともに聞いてもらえないだろう。
困り果てたなかで、一つだけあることを思い出した。
一年生に、琴吹財閥のお嬢様がいることを。
琴吹財閥といえば製薬関係でも有名な企業を有している。
そのお嬢様に頼ればなんとかなるかもしれない…

そう考えたさわ子は、怪しまれないように昔の制服を引っ張り出し、急いで学校へと向かった。
校門で一年生に琴吹さん伝言をお願いした後は、時間の空く昼休みまで誰もいない音楽準備室で身を隠した。

山「やけに生活感があるけど…誰か勝手に使ってるのかしら。」

軽音楽部が勝手に使用していることを知らないさわ子は、昼休みまで静かに待った。
なんだかこうしていると、口調や仕草も高校時代に戻ってしまいそうだ。



そして昼休み…

紬「失礼します。あなたが私に伝言を頼んだ人ですか?それで用件っていったい…」


さわ子は驚いた。この子は昨日の女の子ではないか。
まさかこの子が琴吹さんだったとは…でも、いつまでも驚いている時間はない。
信じてもらえないことを覚悟して、ありのままの事を、そしてこの体を治してほしいとお願いをした。

紬「あなたが山中先生だなんて…証拠になるものもないのに、信じることは…」

と言ったあと、紬は突然何かを思い出したようだった。

紬「そうだ!あなたが山中先生なら、昨日カバンの中に顧問依頼の紙を忍ばせたはずです。そのカバンのなかにそれが入ってたら、信じることができます!」

念のためカバンを持ってきておいてよかった…さわ子はそんなことを思いながら、カバンの中を漁ってみる。
すると、本当に顧問依頼の紙が出てきたではないか。

山「これで信じてもらえる?」



紬「まさか本当にあるなんて…でも私、こんなふうに映画みたいな経験してみるのが夢だったの~。」

そう言うと琴吹さんはおっとりとした雰囲気で語りだした。
ほんとに可愛いなあ。どんな衣装が似合うかしら…
っとそれどころじゃなかった。

山「それで、体のほうだけど…」

紬「あ、そうでしたね!いいですよ、なんとかしてみます。ただ、条件があります…」

山「条件…?」

紬「文化祭までの間、顧問をしてくれませんか?名前だけでもいいので、是非。そしたら体はなんとかしてみせます。学校の方にはこちらから何とかしておきますので!」

正直驚きはしたが、引き受けないわけにはいかない。こんな事態になってしまっては、吹奏楽部も授業もどうしようもない。

山「仕方ないわね…ただし文化祭までよ。体が戻れば、また吹奏楽部に戻るからね。」

こうして話は合致した。そして二人で部室を出ようとした時…



律「おいーす!ムギ、ここかー!」

唯「やや、りっちゃん隊長、ムギちゃんの隣に誰か知らない女の子がいますぞ?」

澪「ムギ、誰なんだその女の子は?」

やばい、めんどくさい事になってきてしまったぞ…

律「なんだよムギその子はー!もしかして、新入部員かー?」

冗談めいた雰囲気で、カチューシャの女の子は突っ込んでくる。
すると琴吹さんは、一瞬考えこんで…

山「おい…なに考えこんで…」

紬「そうなのー、実はこの子、入部希望なんだって!」



一瞬、部室の空気が凍りついた。
律は驚きのあまり言葉が出ず、さわ子も絶句していた。

唯「おぉ~、とうとう五人目の部員が入ったんだねりっちゃん体調!これも一重に隊長の人徳ですな!」

律「ま、まあな…」

あきらかに動揺を隠しきれていない様子のりっちゃんという女の子だが、それは私も一緒だ。

山「おい、どういうことだよ…」

紬「こうしているほうが文化祭にも参加できるし、顧問としてもしっかり活動できるしで一石二鳥だと思って…えへへー。」

ああもう可愛いな。私の人生は今この女の子に握られているのだから、反論はできない。だとしたらとる行動はただ一つ…

山「そうなんだ、実は入部希望なんだ。」

澪「また凄い時期に入部したくなったもんだな…でも楽器はなにかできるのか?文化祭前だし、とてもじゃないが未経験だとついてこれないんじゃ…」

山「…あぁ?」

澪「ひいっ!…」

いけない、つい昔の癖がでてしまった。ただ、桜高にこの人ありと言われたギターテクをこんな女の子になめられしまってはたまらない。

山「ちょっと君、そのギター貸してくれないかな?」

唯「私?はい、ギー太だよ!大事にしてね!」

そしてギターを受け取ると…昔の魂に火がついた。

部室には荒々しいがどこか聞き入ってしまう音が鳴り響いた。


澪「なんていう…早弾きだ…」

律「おおお…」

唯「し、師匠…」

あまりのテクに見入ったようだな。まあ、当然だ。


澪「そ、それで、あの、名前はなんて…」

山「あー、そんなにビビんなよ。名前は、えっと…山中…山中沙和だ。さわって読んでくれ。」

唯「はい、ししょー!」

律「さわね、よろしくう!」

澪「(よく見ると髪はサラサラだし、なんだか…かっこいい女の子だなあ。)」

こうして私は文化祭まで軽音楽部に居座ることになってしまった。
顧問に関しては山中先生が引き受けたとムギちゃんが伝えてくれた。
それを聞いたみんなはそりゃあもう凄い喜びようだった…



そして練習が始まったが…

沙(山から変更)「このバンド、ボーカルはいないのか…?」

部室が一瞬静かになる。まさか、こいつら…

澪「そう…言えば。」

唯「そう…だね。」

沙「なん…だと…」

おいおい、どんなバンドだよ。
私はこのバンドでいいのか不安になってきた。
というか最初から不安でいっぱいだったが…

沙「とりあえず、ボーカルがいないんじゃ話にならないだろ。しかも曲しかないんじゃないか。歌詞はどうするんだ?」

澪「あ、一応歌詞は用意してあるんだ。できればさわに、見て欲しいな…」

なんだかよく分からんが、澪が少し頬を赤く染めながら歌詞を渡してくれた。
まあ自作の歌詞を見せるんだから恥ずかしいのは当然か。

沙「どれどれ…君を見てると、いつも…ハートどきどき…?

私の頬まで赤くなる…わけはなく、寒気のするような甘ったるい歌詞だった。
澪の方を見ると、瞳を潤ませながらこちらの顔色をうかがっている。

澪「さ、さわぁ…ダメ、かなぁ…?」

ああもう、可愛いな!ダメなんて言えるわけないだろうが。

沙「い、いや…可愛らしくていいと思うぞ。」

澪「ホントかあ!昨日の夜、徹夜して考えたかいがあったな!えへへ///」

紬「(良い感じの雰囲気になってきたわね…)」

こんな表情を見せられては今さら変えることなどできない。
鳥肌をたてている律をなんとか説得し、この歌詞でいくことにした。

沙「それで、ボーカルは誰がやるんだよ。まあ普通にいくと歌詞を書いた澪になるけどな。」

澪「い、いやだよお。こんな恥ずかしい歌詞!」

沙「…あぁ?」

澪「ひいっ!!」

また思わず素が出てしまった。
おい作詞者、お前自分で恥ずかしいとか言うなよ。



沙「まあ澪が嫌っていうなら仕方ないか。唯はどうだ?」

唯「歌いたい…けど、ギターやりながらじゃ全然できる気がしないよー。」

ふむ、そうなるとやはり澪しか…

澪「さ、さわなんていいんじゃないかん?ギターも上手いし、弾きながらでも歌えるだろ?」

何を言い出すんだ…こんな歌詞を歌うとか、私には無理だ…

沙「澪、お前どういうつもりだ…」

澪「ひいっ!わわわ私はたださわの歌が聞いてみたいっていうか、この歌詞もさわのことを少し思いながら書いたというか…ゴホンゴホン。」

紬「さわちゃん、これはもうやるしかないわ!」

ムギまでいったい…
ってムギの目は何か圧力をかけているようにも見えるぞ。

沙「う…うー、分かったよ!やりゃあいいんだろやりゃあ!」

唯「いやー、師匠!大出世ですな!フンス」

律「ボーカルの座とともに澪の心を奪っちまえよー、さわ!」

澪「バカ律!何言ってんだお前…」

紬「あらあらまあまあ。」

こうしてボーカルになってしまった私は、恥ずかしさと戦いながら文化祭に向けて練習を続けていった。



そして二週間はあっという間に流れ、文化祭前日の昼休み…

沙「澪が風邪ひいたぁ?」

律「そうなんだよ、なんか張り切りすぎて練習してたら隊長崩したらしくて…」

唯「澪ちゃん大丈夫かなぁ?」

沙「なにやってんだあいつ…どうするんだよ文化祭は。」

紬「そうねえ、とりあえずさわちゃん、お見舞いに行ってあげなさい!1人で!」

沙「なんで1人なんだよ!みんなで行けばいいだろ!」

紬「あんまり大勢で行くと迷惑だし、きっと澪ちゃんはさわちゃんに一番会いたいと思うわ。うふふ。」

どういうことだそりゃ。
まあムギの命令なら仕方ない…



そして放課後…

澪「(こんな大事な時期に風邪なんて…きっとさわも呆れてるんだろうなあ。)」



ガチャッ

澪「(ん、律か?)おーい、しっかりノックしてから入れより津ぅ。」

沙「私だよ。」

澪「さささささ、さわわわわ!どうしてここに!?」

沙「どうしてって…お見舞いに決まってるだろうが。それより体調は大丈夫なのか?」

澪「(かかか、顔が近い///)」

沙「なんだよ、顔が真っ赤じゃないか!しっかり休んで明日は絶対来いよな!」

澪「ぜぜぜ、絶対行く!絶対入って頑張るから!!」

沙「はは、その元気なら大丈夫そうだな!じゃあまた明日な!」



次の日、澪はすっかり回復して学校に来た。
ただ私の前に来るとまだ顔が赤くなる。やっぱりまだ全快ではないのかな?
なんかムギはニコニコしてるし…



そして文化祭本番直前。

沙「なんか成り行きできてしまったが、なんだかんだ楽しかったな!最高の演奏をしようぜ。」

唯「ししょー!ギターテクを炸裂させましょう!」

律「いよっし!いっちょやったるか!」

紬「えいえいおー!」

澪「(なんでだろう、この演奏が終わったらさわと会えなくなってしまう気がする…いや、今はまず演奏をしっかりしなきゃ…でも…)」

そしてステージが開く。



演奏は、大成功だった。

さわの美しくワイルドな歌声、そしてポップな演奏、ファンシーな歌詞。
奇跡的な調和を見せ、文化祭は幕を閉じた。

そして…



律「さわが転校!?」

紬「そうなの、なんだか家庭の事情で…みんなに別れの挨拶ができなくて残念だって。」

唯「し、ししょー!グスグス…」

澪「そ、そんな…」

部室が寂しさに包まれかけたとき、突然部室のドアが開いた。



山「みんなー!顧問になった山中さわ子でーす。よろしくね!」

律「まったく…今はそんな雰囲気じゃないってのに。」

唯「さわちゃん空気読んでよー。」

口ではさわ子に冷たく当たりながらも、さわ子の登場によって部室の空気は和んでいた。しかし、澪だけは違った。

澪「私は…耐えられないよぅ…さわぁ…」

律「澪…」

山「……」

さわ子は静かに澪の横へと近づく。

山「(しっかりしろよな、澪)」

澪「え…」

澪は驚き横を見るが、そこにはさわ子しかいなかった。
それでも、澪は何かを理解した様子で、涙を拭いたのだった。

そして次の年の春、本当の新入部員が加わり軽音楽部はさらなる飛躍を遂げていく…


おわり



初めてのSSではっきし言って最後は中途半端に終わってしまいました。
読んでくれた人、いてくれたらどうもでした。
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