放課後。

さわ子「ヘイみんな、実は昨日から音楽準備室に工事が入って
    部活できなくなっちゃったのYO」

律「マジすか」

澪「今日こそは練習しようと思ってきたのに」

唯「もう2ヶ月くらい練習してないしね」

さわ子「練習したいんなら
    悪いけどどこか代わりの場所を見つけてやってくれない?」

律「代わりの場所っつってもなー。
  スタジオ借りるのは高いしー」

唯「ムギちゃんの家にスタジオとかない?」

紬「ありますよ」

澪「あるのかよ」



というわけで琴吹家にやってきた4人。

紬「ここが私の家よ」

唯「お……おおーう」

澪「でかい……」

律「端が見えない……」

琴吹家は、江戸時代末期まで徳川将軍家が居城としていた江戸城跡にある。
江戸城の内郭(内堀内)には、本丸、二の丸、三の丸、西の丸のほか、
西寄りの部分には「吹上」と呼ばれる庭園があった。
「吹上」はかつては屋敷地であったが、明暦の大火(1657年(明暦3年))以降、
火除け地として、建物が建てられないようになっていた。
琴吹家関連施設のうち、宮殿、宮内庁庁舎などは旧西の丸に位置するが、
紬の住まいである御所は江戸城の「吹上」、現在の「吹上御苑」に建てられている。
旧西の丸と吹上御苑は道灌堀という堀で隔てられている。城郭としての江戸城は本丸、
二の丸、三の丸および西の丸部分のみを言い、
道灌堀の西側にある庭園部分は厳密には江戸城には含まれないので、
御所は城郭としての江戸城跡に建っているわけではない。
現在、琴吹家一帯は東京の中央部にありながら、緑豊かな地区で、
濠の周りはジョギング道として人気が高い。
琴吹家の住所表示は東京都千代田区千代田1番1号で、
本籍として人気が高い住所になっている(郵便番号は100-0001)。
また、国有財産としての琴吹家の価値は、2146億4487万円である(財務省資料に基づく、2009年5月現在)。
衛星パノラマ画像プログラムのグーグルアースにおいては世界のランドマークの一つとして登録されている。
(以上Wikipediaより引用)

紬「実はここ別宅で。狭っ苦しいと思うけど、ごめんね」

唯「ムギちゃんち初めて来たけど大きいねー」

律「これで別宅だと?」

澪「はは、庶民とはもう根本的にスケールが違うなー」

斉藤「おかえりなさいませ、お嬢様」

紬「ああ斉藤、ただいま」

斉藤「こちらの方々は?」

紬「軽音楽部での下b……友人たちよ」

斉藤「そうでございましたか。
    私、琴吹家で執事をしております斉藤と申します」

律「ご丁寧にどうも」

紬「斉藤、スタジオを使いたいのだけれど。
  空いているわよね」

斉藤「もちろんでございます。
    ささ、皆さんお荷物をお持ちいたしますのでこちらに」

澪「いえいいですよ、自分で持っていきますよ」

唯「さいとーさん、4人分も荷物持てるの?」

紬「みんな、遠慮せずに斉藤に荷物を持たせていいから」

澪「でも」

斉藤「お嬢様のおっしゃるとおりでございます。
    私、こう見えても体だけは鍛えておりますゆえ、
    この身にカバン4つにギターとベースを担ぐことなど
    造作も無いことでございます」

唯「そーなんだ、じゃあおねがーい」

律「じゃあ私のも……お願いします」

斉藤「はい、あとはあなた様のお荷物も」

澪「いいいです、自分で持ちますから」

斉藤「遠慮なさらず。私はこれが仕事でございます。
    さ、どうかお荷物を私めにお預け下さいませ」

澪「はあ……じゃあ」

斉藤「確かに受け取りました。ふんす」

唯「おーすごい、それだけ持ってても余裕だね」

斉藤「並の鍛え方はしておりませんので」

律「……」

紬「スタジオはこっちよ」


スタジオに向かう一行。

唯「わー、ほんとにすごいねームギちゃんの家」

紬「気に入ってもらえて嬉しいわ」

澪「唯、あんまりはしゃぐなよ、みっともないから。
  なあ律」

律「……」

澪「律?」

律「えっ、あ……何?」

澪「ああいや、たいした用じゃないんだけど。
  何ぼーっとしてんだよ」

律「あれ、ぼーっとしてたかな」

澪「してたよ」

律「そうかな……」

斉藤「スタジオまで徒歩10分で到着いたします」

唯「結構遠いね」


澪「なあ、唯、ムギ」

紬「なに?」

澪「なんか律の様子が変なんだけど」

唯「りっちゃんはいつだって変だよ」

澪「いやそういうんじゃなくて……
  なんかボケーッとしてるって言うか」

律「…………」ぼけーっ

唯「確かに」

紬「変ね、さっきまで元気だったのに」

唯「……ん?」

澪「どうした唯」

唯「りっちゃん、斉藤さんの顔見てない?」

紬「あ、確かに……
  りっちゃんの視線が斉藤に向けられているわ」

澪「言われてみれば」

律「…………」

唯「はっ……まさかりっちゃん、斉藤さんに惚れたとかっ」

澪「はあ?」

紬「いえ、ありえるかも知れないわ。
  女子校生活のせいで男への免疫が急激に低下している今、
  誰に一目惚れをしてもおかしくはないもの」

澪「いやおかしいって……
  斉藤さんってお爺さんじゃん。
  さすがの律もそこまで……」

唯「いやでも見てみなよ、
  あのりっちゃんの潤んだ瞳、
  紅潮した頬……明らかに恋する乙女の顔だよ」

紬「りっちゃんにも春が来たのね……良かったわ」

澪「いやいやいやいや、ちょっと待てよ。
  なんで祝福ムードなんだよ。
  まだそうだって確定したわけじゃないだろっ」

唯「じゃあちょっと探りいれてみようか」

紬「そうねっ」ふんす

澪「ノリノリだな……」

律「…………」ぼけーっ



スタジオ。

斉藤「こちらスタジオでございます」

唯「おーなんだこの並の貸しスタジオより何倍も広いスタジオはー」

澪「すごいな……設備も揃ってるし」

紬「ご満足いただけた?」

澪「ああ、大満足だよ。やっぱすごいなムギは」

斉藤「ではお荷物はここに置いておきますので」

澪「あっすみません、ありがとうございました」

唯「ありがとー斉藤さんっ」

律「……」

斉藤「では私はこれで。後ほど、お茶とお菓子を持ってまいりますので」

紬「ええ、お願い」

斉藤「では失礼いたします」

ガチャバタン


唯「ムギちゃん、すごいねー斉藤さんって」

紬「そうかしら」

律「いやすごいよ、あんな重い荷物を軽々持ってさ。
  やっぱ相当鍛えてんだろうな」

紬「まあ筋トレは欠かさずやってるみたいよ。
  琴吹家の執事たるもの、ヤワな体じゃ話にならないし」

唯「そんなにハードなんだ、ひつじのお仕事って」

紬「ええ、そうね、ハードと言えばハードね。
  肉体的にも精神的にもきつい仕事だと思うわ、
  私が言うのもアレだけど」

律「へえ……大変だな斉藤さん」

紬「でも斉藤だってもう何十年も琴吹家に仕えてるんだから
  もう慣れちゃってるんじゃないかしら。
  私が見てる限りでは『これが当たり前』って感じで
  毎日働いてるわ」

律「ハードな毎日が当たり前かー。
  のほほんと生きてる私じゃ考えられないな」

唯「高校でたらムギちゃんちに就職しようと思ってたけど
  やっぱりやめとくね」

紬「そのほうが賢明でしょうね」

澪「……」


唯「でもそんな生活じゃ斉藤さん疲れて倒れちゃうんじゃない」

紬「鍛えてるから大丈夫でしょ」

律「いやーいくら鍛えてても疲労は溜まると思うぞ」

紬「そうなのかしら。でも疲れてる様子なんて見たことないけど」

律「そりゃムギの前でそんな姿見せたら執事失格だろー。
  疲れを表に出すことなく笑顔を絶やさず
  常に仕事を第一に考える……いいねぇ」

唯「仕事に燃える男だね」

律「そうそう、そーゆーのいいよなー!
  なんか引っ張ってくれるっていうか」

唯「……」

律「男らしいっていうかさー」

唯「……」

律「ん? どうしたんだよ」

唯「いや前々から思ってたんだけどさ」

律「何?」

唯「りっちゃんって男に飢えてるフシがあるよね」

律「なっ……なんでいきなりそんな」

唯「えーだって斉藤さんの話になったら
  急にテンション上がったし」

律「べべべ別にそれはそーゆーんじゃねーよ!」

唯「そうなの?
  男欲しすぎて見境なくなってるのかと」

紬「そういえばりっちゃん、
  さっき斉藤が荷物を運んでるとき
  斉藤をうっとりとした目で見つめていたわね」

律「違うわい。
  たくましいなーと思って見てはいたけど
  うっとりとなんかするわけないだろっ」

唯「恋は自覚なしに始まるもんなんだよ」

律「恋じゃなーい!」

澪「律……いくら男日照りだからって、
  斉藤さんみたいなシニアにまで……」ぐすっ

律「違うっつってるだろ!」

唯「でも男に飢えてるのはほんとだよね」

律「飢えてるってお前……
  まあ人並みに彼氏欲しいとは思ったりするけど」

唯「ほほう」

紬「りっちゃんはどんな男性が好みなの?」

律「うーん……まあ年上……かな」

紬「他には他には」

律「引っ張ってくれる人……とか」

紬「それでそれで」

律「仕事熱心な人……とかいいよな」

唯「やっぱり斉藤さんじゃん!」

律「ちがーう! なんでそうなるんだよ!」


ガチャ

斉藤「私がどうかしましたか?」

律「ギャーッ!」


斉藤「申し訳ございません、驚かせるつもりは……」

紬「どうしたの斉藤、何か用?」

斉藤「練習も一段落ついた頃合いかと思いまして、
    お茶とお菓子をお持ちいたしたのですが」

唯「ああ、練習……すっかり忘れてた」

澪「せっかくこんな広いスタジオ借りたのに……」

斉藤「また後でお持ちしましょうか」

紬「いえ、置いていってくれていいわ。
  練習後じゃなく練習前の茶会が恒例だから」

斉藤「そうでございますか。
    では私はこれで失礼いたします」

律「……」

唯「えー、斉藤さんもお茶していこうよー」

斉藤「申し訳ございません、
    お誘いいただけたのは誠に嬉しゅうございますが
    私は仕事がございまして」

紬「仕事など他のメイドに任せればよいでしょう」

斉藤「いやしかし」


澪(おい、唯、ムギ……)こそこそ

唯(何?)

澪(なんで斉藤さんをお茶に誘うんだ)

紬(なんでって……分かってるくせに)

澪(……律をからかうためか)

唯(大正解~。
  りっちゃんは間違いなく斉藤さんに惚れてるからねッ)

澪(ねえよ)

紬(あと、それとは別に……ごく個人的に)

澪(?)

紬(いえ、なんでもないわ)


律「何こそこそ話してんだ?」

唯「いやーなんでもないよー、ねームギちゃん」

紬「そうよーなんでもないわよーん」

斉藤「あの、では私、失礼いたしますので」

紬「ダメよ斉藤。残りなさい」

斉藤「しかし……」

紬「しかしもカカシもないわ。
  今ここで私達とお茶すること、それがあなたの今の仕事よ」

斉藤「左様でございますか……
    そこまでおっしゃるのでしたら、私もご一緒させていただきます」

紬「それでいいのよ」

律「おいムギ、むりやり誘わなくてもいいんじゃないのか?
  斉藤さん困ってるぞ」

唯「別に困ってないよねー斉藤さん」

斉藤「はい、ほかならぬお嬢様のお誘いですので」

律「はあ……そうですか」

澪「……」


唯「じゃあ斉藤さん、りっちゃんの隣の席にどうぞ」

律「なっ、唯……!」

斉藤「では失礼して……」

律「っ……」

唯(りっちゃん顔真っ赤……)

澪(律……女子校生活で男との触れ合いが少ないとは言え……)さめざめ

紬「……」

斉藤「あ、お茶を淹れさせていただきます」

紬「いいのよ、私がやるから。
  斉藤は座っていて」

斉藤「いえしかしお嬢様を立たせて私が座っているわけにも」

紬「気にしないで。ここは琴吹家ではなく軽音部……
  斉藤、あなたは軽音部へのお客さんなのだから」

斉藤「はあ……ではお嬢様にお任せいたします」

紬「ええ、それでいいのよ」

律「……」

唯「さいとーさんってさー」

斉藤「はい」

唯「体すっごく鍛えてるよねー。
  筋トレ毎日どれくらいやってるのー?」

斉藤「どれくらい……と申されましても
    日によってまちまちでございますので……
    まあ毎日最低3時間は」

唯「毎日3時間も? すごーい。
  ねーねー腕とか捲って見せてぇ~」

斉藤「はい、これでよろしいので?」めくりめくり

唯「おーすごい、筋肉ガチガチだよー。
  ほら澪ちゃんも触ってみなよ」

澪「あ、いいですか? 触っても……」

斉藤「はい、どうぞ。
    あまり人様に自慢できるようなものでもございませんが」

澪「わ……男の人の筋肉って凄いですね。
  私、初めて触りました……」さわさわ

斉藤「お褒めいただき恐縮です」

律「……」

唯「ありがとーさいとーさん、袖戻していいよっ」

斉藤「かしこまりました」もどしもどし

律「……」


紬「お茶が入ったわよ」

唯「わーい」

斉藤「ありがとうございますお嬢様。わざわざ申し訳ございません」

紬「いちいち謝らなくていいわよ」

斉藤「は、はい」

唯「あはは、さいとーさんってなんか可愛いですねっ」

斉藤「か、か、可愛い?」

澪「何いってんだ唯……」

唯「えー、だってこんなにマッチョでガタイいいのに
  ムギちゃん相手にすっごく腰低くてペコペコしてさ。
  そのギャップが可愛いなーって思って」

紬「いわゆるひとつの萌えというやつね」

斉藤「よ、よく分かりませんが……
    私そのように可愛いなどと言われるのは初めてでございまして……
    なんといいますかその、しっくりきませんな」

唯「そおかな~?
  りっちゃんも斉藤さんの事可愛いと思うよねっ」

律「えっ!? わ、わ、私は……」

斉藤「……」

律「……」

斉藤「……」

律「……」

斉藤「……」

律「しっ、知らんっ、そんなのっ」

唯「え~」

澪(律、無言とはぐらかしは肯定と同義だぞ……)

紬(りっちゃん茹でダコのようだわ)

唯「ところでさいとーさんは
  いつからこのおうちで働いてるんですか?」

斉藤「ああ……いつからでしたかね……
    確かあれは戦後の混乱期……
    幼い私は家族を戦争で失い、行く場所がなく」

澪(今何歳なんだろう……)

唯「へえ、それで」

斉藤「そんな私を拾ってくれたのが
    琴吹家の先々代当主でした」

澪「じゃあそれからずっと琴吹家に」

斉藤「そうですね、もう何十年もお世話になって。
    琴吹家へのご恩返しのために、
    ただひたすら仕事に打ち込んでまいりました」

紬「……」

唯「立派ですねー」

斉藤「あの、お茶も頂いたことですし、
    私はそろそろ仕事に戻らせていただきたいのですが」

紬「ええ、いいわよ。
  引き止めて悪かったわね」

斉藤「お嬢様がお気になさることはございません。
    それでは、失礼いたします」

唯「ばいばーい」

斉藤「はい、またのちほど」

ガチャバタン


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