だんだんと寒さを増した11月のある日。

私はムギの誘いを受け、ファーストフード店に来ていた。

窓際の席に陣取ると、ハンバーガーとシェイクを挟んで向かい合う。

律「それで、今日はどうしたんだ?」

紬「実はりっちゃんに相談があるの!」

律「うん?お金ならないぞ?」

紬「うん、知ってる!そうじゃなくて・・・」

まぁ大体の見当はついてる。11月の下旬と言えば・・・

律「唯の誕生日のことだろ?」

紬「すごい!りっちゃんどうしてわかったの?」

不思議そうに小首を傾げるムギ。

そのおとぼけぶりと可愛らしさに苦笑しながら、私が答えた。

律「この前梓の誕生日プレゼントの相談を受けたばっかりだからな」

紬「えへへ、そうだったね」

ちろっと舌を出してみせるムギを眺めながら、シェイクを啜る。

バニラの香りとしつこい甘ったるさが喉を通り過ぎていく。

コーラにしておくべきだったかな。

ムギが続けて言った。

紬「去年のクリスマス会で、ビックリ箱をプレゼントしてたでしょ?」

律「あぁ、あれは澪を驚かせようと思って」

紬「でも、さわ子先生が当てちゃったのよね」

律「あはは。あの時は参ったよなぁ」

紬「ふふふ。それでね、私も今度の唯ちゃんの誕生日にビックリ箱をプレゼントしようと思うの!」

満面の笑みで紬が言う。

楽しいことを思いついたときのあの顔だ。

律「唯は鈍感だからなぁ、あれくらいのビックリ箱で驚くかどうか」

紬「そうなの?じゃあもっとすごいビックリ箱を持ってくるわ!」

どうあってもビックリ箱を持ってくるつもりらしい。

こうなったムギを止められる者などいないだろう。

私は突っ込むのをやめて話をあわせることにした。

律「そっか。それは楽しみだな」

紬「それでね、りっちゃんにどんなのがいいか相談したくて」

律「そう言われてもなぁ」

紬「お願いします、りっちゃん先生!」

先生か、悪い気はしないな。

よし、ここはひとつ誰もが驚くビックリ箱の秘訣でも伝授してやるか。

律「おほん、そうだな・・・まずは」

紬「まずは?」

興味津々、と言った顔で身を乗り出して聞いている。

得意になった私が続ける。

律「まずは空けた瞬間飛び出すこと、これだな!」

紬「ふむふむ、空けた瞬間飛び出す・・・と」

真剣にメモまでとっている。

まぁこの真面目さがかわいいところだったりするんだけどさ。

律「何かなって箱を覗き込む前に飛び出さなきゃ負けだ!」

紬「はい!りっちゃん先生!」

かわいいノートにすらすらとメモをとっていく。

そんなたいしたこと言ってないってば・・・

律「水が噴き出すビックリ箱なんかもあるんだぞ。鈍感な唯にはピッタリかもな。」

紬「なるほど、水が噴き出す・・・」

律「スミが噴き出して顔中真っ黒、なんてのもいいかもな!」

紬「なるほど!」

ちょっとやりすぎかな?

まぁムギなら笑って許してもらえるよな。

私がやったら確実に澪に殴られる。

たんこぶ何段重ねか・・・想像もしたくない。

律「最後は何と言っても一生忘れられないようなインパクトだな!」

紬「インパクト?」

律「そう!一番重要なのはインパクト!唯の今後の人生を左右するようなキツいのをお見舞いしてやれ!」

紬「わかったわ!きっついのをお見舞いする!」

鼻息荒く答えるムギの頬が高潮している。

こりゃ本気だな。

し~らないっと♪

そのあとはいつも通り、くだらない話をして解散。

まぁそのくだらない話のほとんどは私がしたんだけどさ。

唯の誕生日、私は無難に筆記用具でもプレゼントするか!


――――

今日は待ちに待った日!

そう、私の誕生日なのです!

私の家に集まってお誕生日会。

憂が楽しそうに準備している飾りつけ、ごちそう、それにケーキ!

うぅ、待ちきれないよぅ・・・

唯「憂、なにかお手伝いできることある?」

憂「だめだよ!お姉ちゃんは今日の主役なんだから!」

ちぇ~っ、あっさり断られちゃった。

いいもん、私にも計画があるんだもんね。

唯「名づけて『お返しプレゼント作戦』だよっ!」

この日のために買った便箋、キラキラのラメ入りペン。

これでみんなにお手紙を書く計画なのです!

唯「ふふ。早くみんなこないかなぁ」

鼻歌交じりにペンを走らせる。

憂「お姉ちゃん、皆さんきたよー」

あれ?いつの間にか寝てたみたい。

たいへん!お手紙は・・・全員分書いてあるね。

慌てて封筒にしまって、ポケットに入れる。

喜んでくれるといいなぁ。

リビングへ行くと、真っ暗!

唯「憂?真っ暗だよ?」

そろそろと様子を伺った、その時だった。

パァン!

クラッカーの炸裂音が響く。

律「唯、誕生日おめでとう!」

澪「おめでとう!」

梓「おめでとうございます!」

紬「唯ちゃんおめでとう!」

憂「お誕生日おめでとう、お姉ちゃん!」

続いて、みんなの祝福の声。

うれしくって、涙が出そうだよ。

唯「ありがとー!」

律「おいおい、何涙ぐんでるんだよ。」

澪「ほら、主役はこっち」

促されて着席した私の前にズラリと並ぶごちそう、ケーキ、友人たち。


ハッピーバースデー!

それからは、夢のようなひと時だった。

おいしいごちそう。みんなの笑顔。

みんないつも以上にはしゃいでいたっけ。

律「唯、誕生日おめでとう!」

そういって取り出したのは可愛い文房具。

唯「わぁ、ありがとう!」

律「結構恥ずかしかったんだぞ?こんなファンシーな物買うの。」

照れたようにそう言ったリっちゃんの顔、かわいかったなぁ。

澪ちゃんからはかわいいぬいぐるみ。

あずにゃんからはロックのCD。

和ちゃんからは佃煮のセットをもらった。

和ちゃん、お中元じゃないってば・・・

そしてムギちゃんからは・・・

紬「ふふふ、開けてみて?」

唯「わぁ、可愛い箱!何が入ってるのかな?」

ワクワクしながらふたを開ける。

ブシュッ

飛び出してきたのは・・・水?

唯「びっくりばこ?」

・・・なんだか、顔が熱いや。

あれ、みんなどうしたの?

澪「いやぁああああああ!!」

澪ちゃんの悲鳴で、皮膚を灼かれる痛みに気付いた。

私の顔は、箱から飛び出した濃硫酸で溶かされたのだ。

律「どういうことなんだ、ムギ!」

紬「ち、ちがう、私は・・・」

ビックリ箱は、アイデアを琴吹お抱えの研究所に持ち込んで作らせたものらしい。

依頼内容のメモには



空けた瞬間、液状のものが出る、開けた人の一生を左右するような箱。


紬「違う・・・違うの・・・こんなはずじゃ・・・」

呆然とするムギちゃんを尻目に、わたしは洗面所の鏡の前へと急ぐ。

溶けていた。

唯「私の・・・私の顔・・・わたし・・・わたしの・・・へへへ」

頭がカァッとなるのと対照に、心が冷えていくのを感じた。

台所に向かい、果物ナイフを取り出す。

ぎゅっと握り締め、リビングルームへ。

青ざめて震えている琴吹へつかつかと歩み寄る。

その場にいる誰も動かなかった。

唯「まぁゆぅげぇええええ!!」

私は、琴吹の髪を引っつかむと、腹部めがけてナイフを突き立てる。

果物ナイフは、かつての親友の白い肌を容赦なく貫いた。

えぐるようにしてそれを引っこ抜く。

もう一度刺そうとしたとき、私は友人たちに取り押さえられた。

澪「唯、やめろって!」

律「おい、唯!やめるんだ!」

唯「うるさいブス!顔を溶かされたことがないからそんなことが言えるんだよ!」

律「ブ・・・」

唖然とする律にかまわず、私は続ける。

唯「そこのホルスタイン!怖いだろ?私の顔が怖いか?ん?」

澪は悲しそうな顔を浮かべて何も答えない。その表情は怯えではなかった。

憂「お姉ちゃん、病院いこ?直して・・・」

唯「じゃあさ、憂の顔ちょうだいよ」

憂「・・・えっ?」

唯「私たちそっくりなんだしさ、憂の顔を私に移植したらいいんだよ」

憂は下唇をかみしめたまま、答えない。

唯「ほらね、何も答えない。自分が一番可愛いんでしょ?そこの生意気チビは眉毛につきっきりだし」

ちらりと見やると、梓はこちらを見て睨んでいた。

どうして、私は何も悪くないのに・・・

やりきれなくなって、玄関へと駆け出した。

ドアを開けて、外へ飛び出す。

向かった先は学校。

歩く道々、考えていた。

眉毛があんなことをしなければ、私たちは、私は幸せでいられたのに。

もう戻れっこない。

もし仮に私の顔が治って、元通りになったとしても、もうあの頃みたいに笑えないよ。

私たちの幸せは繊細なガラス細工のように脆かったんだ。

ここまで幸せに過ごせただけでも奇跡なんだよ。

もう、戻れない。

気がつくと、通いなれた校舎の屋上に立っていた。

みんなで夕日を見上げた場所。

ほんの少し前まで、あんなに幸せだったのに

みんなが私の誕生日を祝ってくれて

嬉しくて

楽しくて

なのに今の私の心に湧き上がってくるのはその何倍もの・・・

幸せだったときには、こんな感情気付きもしなかった。

気付きたくなんてなかったよ。

唯「どうしてこんなことになっちゃったんだろうね」

一人呟きながら、上履きを脱ぐ。

唯「ねぇ、人の心ってさ」

―――――――まるでパンドラボックスだね






グチャ


          おしまい



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