梓「あの目つき……
  先生も変だと思いますよね!?」

医者「んっ!? ハイハイハイまったく!! 実に変だ!!
    地球人は実に変わってる! なんと不思議なおかしな人種だろう。
    ……………で、何が?」

梓「もう、ちゃんと私の話を聞いてくださいよっ!!」

医者「あ、なるほどなるほど! わかった、わかりました」

医者「つまり、食欲に関すること一切が秘めごとになっているのに、
    性欲の方があまりにもあけっぴろげだと、こういう疑問ですな」

梓「はあ、まあそういうことです」

医者「まったくだ!! われわれ火星人から見ると、
    じつに奇怪な価値観の逆転だ!!」

梓「うう、やっと話をわかってくれる人にめぐりあえた……」

思わず涙ぐむ梓。

医者「しかし! せっかく地球へ来たんだから……
    ひとつ地球人の立場で考えてみましょうや。
    それなりの必然性があるかもしれない」

梓「はあ」

医者「食欲、性欲……ともに最も根源的な欲望ですな。
    どちらが欠けても地球人は滅亡する」

梓「……でしょうね」

医者「ところで、この二つのうち、どっちか恥ずかしがらねばならんとすれば、
    はたしてどちらですかな」

医者「食欲とはなにか!?
    個体を維持するためのものである!
    個人的、閉鎖的、独善的、欲望と言えますな」

また話が変な方向に向かいつつある……
と思いながらも梓は黙って聞いていた。

医者「性欲とは!?
    種族の存続を目的とする欲望である!
    公共的、社会的、発展的、性格を有しておるわけです」

梓「はあ?」

医者「と、こう考えれば、
    地球社会のあり方も怪しむにたりませんな!」

梓「私は怪しみますよっ!
  大体いつからそんなことになったんですか?」

医者「昔からに決まっとる……だと思いますよ」

梓「そうかなあ……」

医者「じゃ、まあその問題はこっちへおいといて……」



――
―――
――――
―――――

唯『あずにゃん、どうしたの?
  さっきからおかしいよ』

おかしいのはそっちですっ!!……と怒鳴りたかったのですが、やめました。
なんだか自信がなくなっちゃって……。
私はそれから先輩たちの会話になるべく口を挟まないようにしました。

律『そうだ、ライブハウスの件だけどな』

澪『うん』

律『どうやら、私たちにライブさせてもらえそうなんだ』

唯『え? そうなの?』

紬『他のバンドがやることになったんじゃなかったかしら』

律『そのバンドのボーカルが殺されたらしくてさぁ』

唯『へえー』

律『それで、そのバンドが辞退して、
  こっちに回ってきたってわけ』

澪『おー、やったな』

紬『うふふ、殺してくれた方にお礼を言いたいわね』

それなら本番に備えて練習しましょう! とか
殺人者にお礼なんて不謹慎です! とか
言いたいことは山ほどありましたが、ここはぐっと堪えました。

唯『あずにゃん、ほんとに大丈夫?
  顔色悪いけど』

梓『あ、いえ、大丈夫です……』

律『本当か~? ライブハウスの話で一番喜ぶの梓だと思ったのに、
  完全に無反応だし』

紬『具合悪いならそう言わなきゃダメよ』

梓『はあ……』


澪『梓が体調悪そうだし、今日の部活はここまでにするか』

紬『そうね』

梓『いえ、いいですよ、そんな……
  私一人で帰りますからっ』

唯『だめだめ、帰る途中で倒れたりしたら危ないから、
  送ってってあげるよ』

梓『はあ、そうですか……すみません』

唯『いーのいーの、たまには先輩を頼ってくれなきゃ』

私たちは部活を終えて帰ることにしました。
私は別に体調を崩しているわけではありませんでしたが、
色々あって精神的に疲れてしまったので、
さっさと家に帰って横になりたい……と思っていました。

学校から帰る途中、律先輩の弟さんに会いました。

聡『あっ、姉ちゃん』

律『よう』

聡『澪姉、この前のすごく良かったよ~。
  またやろうな!』

澪『おう、いつでもいいよ』

澪先輩と短い会話を交わすと、
弟さんは自転車でさーっと走り去っていきました。

梓『何をやったんですか?』

澪『ん? セックスだよ』

梓『ぶーっ!』

私は思わず吹き出してしまいました。

澪『聡はすっごくうまいんだぞ~。
  見かけの割にアソコもデカイしな。
  梓も相手してもらうといいよ』

梓『わっ、私は結構ですっ!!!』

澪『そうか? 気持ちいいのに。なあ、律』

律『ああ、聡はセクスうまいよな』

兄弟でそんなことを……と考えましたが、
落ち着いて考えてみれば私以外の人々は
そういう価値観を持っているのでした。

そういえば、ここに来るまで食べ物屋さんを
一件も見かけなかったことに気がつきました。

交差点で澪先輩、律先輩、紬先輩と分かれ、
唯先輩と2人で帰ることになりました。

唯『そうだ、あずにゃん。明日も休みでしょ?
  だから、憂がうちに泊まりにこないかって誘ってたんだけど』

梓『はあ』

唯『体調悪いんなら、やめとこうか?』

梓『そ、そうですね……遠慮しておきます』

唯『そっか、分かった。じゃあお大事にね~』


そんなことを話しているうちに、私の家につきました。
私は唯先輩に分かれを告げ、家の中に入りました。

すると、変なにおいが鼻を付きました。
なんだか生臭いような……。
私は廊下に赤黒いシミが点々とついているのを見つけました。
おそるおそるそれを辿っていくと……。

梓母『あら、おかえり梓』

リビングにいたのは、
血まみれで倒れる父と、ナイフを持って返り血を浴びた母。

梓『ぎゃーっ!! いやあああああっ!!!』

私は転がるように家から飛び出し、すぐに唯先輩のあとを追いました。

梓『唯先輩!! 唯せんぱーいっ!!』

唯『あれ? あずにゃん、どうしたの?』

梓『と、泊まりますっ! 唯先輩の家、泊まらせてくださいっ!』

唯『どうしたのあずにゃん、そんなに息を切らせて……なにかあった?』

私は理由を話しませんでした。
話したところで、また変に思われるだけですから。

唯『ほんとに変だよ、あずにゃん。大丈夫なの?』


―――――
――――
―――
――


医者「フーム……なんと恐ろしい!
    地球人たちは殺人を公認しているのですか!
    まったく考えられんことだ」

梓「そーなんですよ」

医者「さて、ここでまた地球人の視点に立ってみましょうか。
    この社会をひとつの巨大な生物にたとえよう。
    生体にとってですな、それを構成する細胞の間にですな、
    たがいに殺し合いたがるほどのトラブルを抱えこむということは、
    望ましいことでしょうかな?
    個人的イザコザは個人的に解消したほうが……」

梓「そんな、ムチャです! ムチャクチャですよ!」

医者「さらに……地球の容量から考えれば、
    現在の社会は成長期を過ぎたと見なければなりません」

梓「いや、しかし……」

医者「これ以上ふくれがることは許されない。
    あとは、個々の細胞の代謝だけです」

梓「でもそれじゃ……」

医者「出生率は年々増加するのに自然史は減る一方!
    と、なれば無理のない形で間引きを考える必要も……」

梓「……」

医者「では、うかがおう!
    なぜ、生命は尊重しなくちゃならんのです?」

梓「わかりきったことじゃないですか!」

医者「それじゃ答えにならない。
    論理的に説明してください! さあ!
    さあ、さあ、さあ!」

梓「それは…………」



待ち合い室。
唯と憂がソファに腰掛けて梓を待っていた。

憂「あっ、梓ちゃん」

梓が医者とともに診察室から出てきた。

医者「ご安心ください。
    梓さんは、すっかり妄想から解放されました」

唯「そっかー、よかったあずにゃん」

憂「良かったね、梓ちゃん」

梓「うん…………あの、憂」

憂「ん?」

梓「……朝からぶっ通しでお腹ぺこぺこなんだ。
  早く帰って憂のご飯が食べたいな///」

憂「も、もう、梓ちゃんったら///」

梓「ほんとにどうかしてましたよ、私」

唯「もういいんだよ、あずにゃんが元気になればそれで。
  そういえば、あの権利書、もうムギちゃんに売ることにしたの?」

梓「ああ、それなんですけど、私の母が使っちゃったみたいで……」

唯「なんだ、そっか」

梓「なんでそんなこと聞くんです?」

唯「いやね、さっき憂と殺人について話してたんだ」

憂「うん。私ね、純ちゃんを殺したいの」

梓「えっ、なんで?」

唯「憂、純ちゃんにいじめられてるんだって」

梓「え、そ、そうだったの!?」

憂「うん……ずっと前から……もう耐えられないの」

梓「そんな……仲良さそうに見えたのに」

憂「表向きはね。でも、裏では……」

梓「そ、そうだったんだ……」

唯「憂、ごめんね……お姉ちゃんなのに、力になってあげられなくて」

梓「私こそ、今まで気づかなくて、ごめんっ」

憂「ううん、気にしないで」

梓「憂……」

その後、3人は平沢家で食事を摂り、
梓は自分の家に帰った。



梓「ただいまあ」

梓母「おかえりなさい」

梓父「おかえり」

梓「お、お父さん!?」

梓の父は体に包帯を巻いていたが、
まだ生きていた。

梓「殺されたんじゃ……?」

梓母「いえ、どうやら致命傷にはならなかったみたい。
    でも浮気を反省してくれたから、それでいいわ」

梓父「ははは、死ぬかと思ったよ」

梓「ふうん……じゃあ、権利書は?」

梓母「まだあるわよ」

梓「そうなの? じゃあ、頂戴!」

梓父「誰か殺したいやつでもいるのか」

梓(これで純ちゃんを殺して、憂を救ってあげられる!)

その日の夜、梓は久しぶりにぐっすりと眠ることができた。



翌朝。

梓「うーん、久しぶりのさわやかな目覚め…………ん?
  なんか、いつもと違うような……
  いや、勘違いだよね、せっかく治ったんだから」

梓はすぐに違和感を振り払った。
着替えて登校の準備をし、そして鞄にナイフを忍ばせる。

梓「よし、やるぞ!
  いってきまーす」

梓母「えっ、梓、お弁当忘れてるわよ、お弁当ー!!
    ……行っちゃった」

梓(待っててね、憂。私が絶対助けてあげるから。
  うん、絶対に純ちゃんを殺してあげるから!)

食事屋の前を通り、お菓子を食べ歩く人とすれ違いつつ、
梓は意気揚々と学校へ向かうのであった。



          お               わ            り