梓「あれ、律先輩だけですか?」
次の日の放課後。私1人の部室に梓がやってきた。
唯とムギには今日は部活は休みだと伝えてある。
澪は今日は学校には来ていない。
律「よっ、梓。なんだよ、そんなに唯に会いたかったのか?」
梓「ち、違います///。そんなんじゃありません」
顔を真っ赤にして否定する梓。
以前は後輩のかわいい仕草にも見えていたが、今はただただ不快だ。
律「アハハ。まあいいや、座れよ。お茶いれるから」
梓「え、律先輩がですか?」
律「他に誰がいるんだよ」
梓「いや、だって今までそんなのした事ないじゃないですか」
律「いいだろたまには。私だってお茶くらいいれられるんだからな」
梓「そ、そうなんですか?えっと、じゃあお願いします」
律「おう」
私は席を立ち、2人分のお茶をいれる。
律「はい、梓」
梓「ありがとうございます」
私も席につき、いれたお茶を飲む。
梓「あ、おいしいです」
律「当たり前だろ。私がいれたお茶なんだから」
梓「ムギ先輩のお茶がいいからですね」
律「おい」
梓「それにしても、ホントにみなさん遅いですね」
律「なあ、梓」
梓「なんですか?」
律「お前、唯のこと好きか?」
梓「な、なんですかいきなり///」
律「いいから。答えろって」
梓「うー・・・。す、好きですよ///」
律「どのくらい?」
梓「え?」
律「どのくらい好きなんだよ」
梓「どのくらいって・・・。どうしたんですか律先輩?」
さっきまでと違う私の様子に、梓は困惑しているようだ。
少し怯えているようにも見える。
律「どうなんだよ」
梓「・・・大好きです。多分、世界で一番」
律「ふーん。じゃあさ、お前達これからどうするの?」
梓「ど、どうするってなんですか?」
律「お前達さ、女同士じゃん。ここは女子校だから周りも寛容かもしれないけど、世間はそうじゃないよ。
お前達、ずっと一緒にいられると思ってるの?」
梓「っ!」
律「梓、唯とは別れるべきだよ。それがお互いのためだと思うけど」
少しの沈黙。そして
梓「・・・別れません」
梓「絶対に別れません!」
梓が声を張り上げて答える。
さっきまでの私に怯えていた梓はもういなかった。
梓「確かに私たちは女の子同士です。周りから見ればおかしく見えるのかもしれない。
でも、それでも私は唯先輩が大好きなんです!愛してるんです!
周りになんて思われたってかまいません!私は、ずっと唯先輩と一緒にいたいんです!」
律「そっか・・・。別れるつもりないんだ・・・。」
またしても部室に静寂が訪れる。無言の時間が流れる。
律「プッ」
梓「え?」
律「アハハハハ。引っかかった引っかかった」
梓「え?え??」
律「いやー。梓ってばそんなに唯のことが大好きなのかー。
愛してるなんて言っちゃって、聞いてるこっちが恥ずかしくなるよ」
梓「なっ!」
みるみるうちに梓の顔が真っ赤になっていく。
梓「騙したんですか!?」
律「ごめんごめん。梓がどんだけ唯のことが好きなのか知りたくってさー」
梓「うー///。冗談にしてもひどいですよ律先輩。さっきの律先輩、ちょっと怖かったです」
律「だからごめんって。それじゃ、帰ろうぜ」
梓「帰るって、部活はどうするんですか」
律「あれ、言ってなかったっけ?今日は部活ないよ」
梓「えー!聞いてないですよ」
律「そうだっけか。まあいいじゃん」
梓「良くないです!」
私達2人は帰り支度を整え、一緒に部室のドアまで向かう。
梓「そういえば、じゃあなんで律先輩は部室にいたんですか?」
部室のドアを開け、階段の直前まで進む。
律「ああ、梓を待ってたんだよ」
梓「え?」
そして私は
梓を
強く
階下に向かって
押した
私に押された梓は、態勢を崩して倒れ、階段に頭を強打し、ゴロゴロと踊り場まで転がっていった。
倒れている梓はピクリとも動かない。
私は梓をその場に残し、逃げるようにその場を後にした。
放課後の学校の廊下は、幸いなことに人の姿はなく、誰も梓の落ちていく音に気づいた人はいないみたいだ。
昇降口まで誰にも会わずに来た私だったが、そこで最悪な人物に出会ってしまった。
唯「あ、りっちゃん」
律「ゆ、唯!」
私の頭はパニック寸前だった。
よりにもよって唯に会ってしまうなんて。
唯「もう用事は済んだの?」
律「あ、ああ。ゆ、唯はなにやってるんだ?」
唯「えへへ~。あずにゃんと一緒に帰ろうと思って昇降口で待ってたんだー。
でもまだ来ないんだよね~。とっくに終わってるはずなのに。
りっちゃんあずにゃんのこと見なかった?」
律「い、いや、見てないな。もう帰ったんじゃないのか?」
唯「ううん、靴はあるからまだいるはずなんだー。
さっきメールもして見たんだけど返事が来ないんだよね~」
決して来ることのない人を待っている唯。
そんな唯を見て、私は心がえぐられるようだった。
律「唯はまだ待つのか?」
唯「うん。もうちょっと待ってみるよ」
律「そっか・・・。邪魔するのは悪いし、私は先に帰るよ」
唯「うん、また明日ね。りっちゃん」
家に帰った私は、急いで洗面所に駆け込み、嘔吐した。
かなり気持ちが悪い。梓が頭から血を流して倒れている姿が脳裏から離れない。
学校では軽い興奮状態にあったのと、逃げる事に必死だったのでなにも考えられなかったが、
落ち着いてくると罪悪感と後悔で押しつぶされそうになる。
私は人を殺してしまった。軽音部の仲間を。私の大好きな人の大好きな人を。
きっとそろそろ大騒ぎになっているはずだ。
私は捕まるのだろうか。
いや、梓といるところは誰にも見られていないし大丈夫なはず。
階段を踏み外した事故だと思われるはずだ。
私はフラフラになりながらもなんとか部屋に戻った。
自分のベッドに潜り、震える体をおさえる。
どのくらいの時間が経っただろうか。
私の携帯の着信音が鳴り響いた。
ムギからの電話だ。私は少しためらったが、意を決して通話ボタンをおす。
律「・・・もしもし」
紬『り、りっちゃん・・・ぅぅ』
電話の向こうのムギは泣いていた。
嗚咽まじりで話すムギの声は、とても聞き取りづらいもので、
でもだからこそ、私にはムギの電話の内容がすぐに分かった。
紬『梓ちゃんが・・・。梓ちゃんが・・・』
数日後、私とムギは梓の葬儀に出席した。
人間っていうのは本当にすごい生き物だ。
あれほどの事をしておいて、あんなに吐き気をもよおすほどの気分だったのに、
その数日後にはここまで落ち着いてきているのだから。
あれから聞いた話によると、私の思惑通り警察は梓の事を事故だと断定したらしい。
日本の警察が無能だというのは本当のようだ。
まあ今回はその無能さに救われたのだが。
最終更新:2011年06月09日 19:57