~平沢唯Side~

唯(遅いな~憂の帰り)

唯(もう夜の8時なのに……)

唯(何かあったのかな?)

唯(電話も出ないし……)

唯(お腹すいたなぁ)

唯(捜しに、行こうかな)

唯(夜でも外は暑いんだろうなぁ……)


 玄関から物音。

唯(お――憂かな?)

唯「お帰りぃうーいー、今日はずいぶん遅かっ……え? う、憂……?」

憂(…………)

唯「どう、したの? ソレ」

唯(憂の服が乱れてる。それになんだか……いつもの元気がない)

憂「え……あ、ごめん、ね、遅くなって……」

唯「いや、いや、そんなことより、その格好は……」

憂「あ、あぁ! なんでもない、なんでもないよ。今日は、ちょっと暑かったから……だから……ほら! 急いで食事の支度するから、お姉ちゃんは自分の部屋で待って――キャッ!」

唯(あ、玄関の電気つけるの忘れてた。暗くちゃ靴脱ぎにくいよね)

唯「あ、えへへ、ごめん、ごめん! いま電気つけ――」

憂「つけちゃダメッ!!」

唯「る――え?」パチン

憂「あ……!!」

唯「憂」


唯(左の頬が真っ赤に腫れて……いやそれよりも、憂の内股を伝ってるあの血の混じったような液体って……)

唯「憂……憂ッ……!! それっ……」

憂「見ないで……見ないでょ……おねぇ……」ブワッ、ポロポロ

唯(嘘……嘘嘘……! これって、これって……!)ワナワナ

唯(イタズラされた……? うんん、そんな生易しいものじゃないよ……)

唯(これは、無理やり……)

唯(どう、しよう? どうしよう? どうしよう?!)

唯「う、うい、憂! なにそれ?! 一体なにがあったの?! 誰に……」

憂「……なんでも、ない。……なんでもないもん……なにもなかったもん!」

唯「嘘だよそんなの! なんでもないはずなんて……! 誰に! 誰にやられたの?! 憂ッ!!!」ガバッ

憂「あっ!……あ……あ……やだ……」ビクッ

唯(あ……! ダメだよ、これじゃ驚かせちゃ――)

憂「あ……」ドロッ

唯「え、あ」 

憂「いやぁぁぁ!! どうしてこんなに?! 全部出して綺麗にしたはずなのにッ……!」

唯(白と赤の液体……あんなにいっぱい……)

憂「ヤダヤダヤダッ!!! そんな目で見ないでよお姉ちゃん――あ、あぁ!!」

唯「おちっ、落ちついて憂。大丈夫だから。私変な風に思ってないから……!」

憂「やだょぉ……やだ、やぁあ……汚い……こん、なの……もう、痛いの、いやぁあ……」

唯(なにこれ……なにこの状況……こんなの私だってやだ……)

唯(なんとかしなくちゃ……なんとかしなくちゃ……)

唯(なんとか……)




~中野梓Side・本編~

梓(行きたく、ないな……)

 朝から憂鬱だった。
 昨日憂と別れた後のことが、気になって仕方なかった。
 アイツらに呼び出された後、憂は無事だったのだろうか……。

梓(憂には口止めされてるけど、唯先輩に相談したほうがいいよね)

梓(アイツらの嫌がらせ、最近エスカレートしてるし……)


 音楽室の前まで来ると重かった気持ちの上に、さらに漬物石を乗せられたようだった。
 ずっしりのしかかって私の心を軋ませる。

梓(やっぱり相談しよう。でないとどうにかなっちゃいそう)

梓「おはようございます」

律「おーっす! 遅いぞぉ梓」

澪「律だっていま来たばっかりだろ!」

紬「……」

梓(唯先輩……まだきてないのかな)

梓(あれ? ソファーの上にあるギターって唯先輩の……)

梓「あ、あの、唯先輩は……」

律「ああ、なんかアイツ体調が悪いみたいで保健室行ったよ。たぶんこの暑さにやられたんだろ」

澪「放課後の練習には参加できるようにするとは言ってたけど……あの調子じゃな。うかつにクーラーも使えないし」

紬「どうぞ梓ちゃん。お砂糖たっぷりのレモンティよ。気持ちが和らぐわ」

梓「ありがとう……ございます」

 席に座るとほぼ同時にティーカップを差し出される。
 ムギ先輩には申し訳ないけど、とても紅茶を楽しめるような気分じゃなかった。

梓(唯先輩の体調って、昨日の憂のことと関係あるのかな……)

紬「なんだか私、唯ちゃんのことが心配になってきちゃった。ちょっと保健室に様子を見に行ってくるわね」

澪「そうだな。それなら私たちも行くよ」

紬「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、あんまり大人数で行ったら迷惑になっちゃうから、2人くらいのほうがいいんじゃないかしら」

澪「あぁ、確かに。律とかすぐ騒ぐしな」

律「ぬわっ、なんだとー!」

紬「そういうことだから、律ちゃんのことは澪ちゃんにお願いして、梓ちゃんが一緒に来てくれないかな」

梓「わ、私ですか?」

紬「うん!」




 ムギ先輩とふたりきりで誰もいない廊下を歩く。
 そういえば、こうしてムギ先輩とふたりだけになるのは初めてかもしれない。
 得体の知れない妙な気まずさがあるのはそのせいかな。

梓(んに……なんか喋らなくちゃ)

梓「あの、ムギ先輩――」

紬「迷惑だった?」

梓「え?」

紬「音楽室から連れ出しちゃったの、迷惑だった?」

梓「あ――いえ、そんなこと、ないです」

紬「なんだか梓ちゃんとても辛そうな顔をしてたから……それに、唯ちゃんのこと気にしてたみたいだし。なにか、不安なことでもあった?」

 まるでお母さんみたいに優しい声。
 思わずノドまで出かかった言葉を飲み込む。

梓(あんまり人に言うようなことじゃないよね。きっと軽音部の人には特に知られたくないはずだし)

梓(本当は、唯先輩に話すのだって余計なお世話なんだから)

梓「なんでも……なんでもないですよ! 少し寝不足なだけです。暑くってあまり眠れませんでした!」

紬「そっか」

 パチリと手を鳴らし、それこそ全てを包み込む天使のような笑顔が私に向けられる。

紬「じゃあこの話しはお終い! さ、急ぎましょう。きっと唯ちゃんが寂しがってるわ」

梓(この人には、言葉なんてなくても全部伝わっているんだろうなぁ……)

梓「はい!」

梓(こんなに大切にしてもらってるんだから、私も大切にしなくっちゃ、みんなのこと)


 保健室に唯先輩の姿はなかった。




~教室~

 チャイムと同時に教室に駆け込み、着席して呼吸を整える。

 もぬけの殻だった保健室から全力疾走してきたせいで胸が苦しい。

 机に突っ伏していると、ブレザーのポケットの中から微かな振動を感じた。

梓(メール着信……憂からだ!)

憂《おはよー! スゴい汗だね(・・;)》

梓《ちょっと走ったから(汗)
それより、昨日は大丈夫だった?!》

憂《……昨日なにかあったっけ?》

梓《アイツらに呼び出されてたでしょ!! なにもされなかった?(><)》

憂《あー、あれは大丈夫だったよ! 心配かけてゴメンね(*/ω\*)》

梓(……よかったぁ)

 ほっと胸を撫で下ろす。

 よかった、何もなかったんだ。

梓(胸は苦しいけど心は軽いや)



梓「憂!」

憂「おはよう! 梓ちゃん!」

 ホームルーム終了と同時に憂の席に直進する。
 話題はなんでもいいから、憂と話しがしたかった。

梓「昨日なにもなくて本当によかったよ!」

憂「なにもなくなんかなかったよ」

梓「――え?」

憂「なぁんてね! 梓ちゃん大げさすぎー」

梓(なんだ、ビックリさせないでよ。
 ――あれ? きょうの憂、なんだかいつもと違う気が……)

梓「ねぇ、憂。もしかして化粧してない?」

憂「え? ああ……あはは……ち、ちょっとね、お母さんのマネ。……可笑しい、かな?」

 憂が頬を押さえて不安そうに首をかしげる。

梓「うんん、そんなことないしむしろ可愛いけど……」

憂「けど?」

梓「憂って、化粧すると唯先輩に似てるかも」

憂「そ、そうかなぁ」

梓「うーん、唯先輩をもうちょっと大人にした感じかも。って、つまり憂のお母さんか。似合ってるよ」

憂「エヘヘ、ありがとう!」

梓「あ、チャイム……授業始まるからもう行くね。また昼休みに」

憂「うん、またね!」



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