――半年程前のある日のこと

唯「ええええ! さわちゃんそれほんと!?」

さわ子「ええ、もちろんよ」

律「マジかよ!? うちら大出世じゃんか!!」

さわ子「まだそうと決まったわけじゃないわよ?」

澪「しゅ、しゅっせ……うへへへ……」

紬「み、澪ちゃん大丈夫?」

律「何にしろ、これは大チャンスだぜ!」

唯「わーいわーい!」

さわちゃんの知り合いに音楽プロデューサーをしてる人がいて、
そのプロデューサーが、唯たちHTTに目を付けてくれたのだ。

律「そうと決まればさっそくパーティだ! ありったけのお菓子を用意しろぃ!!!」

唯「よし! りっちゃん、私が買ってくる!!」ダダッ

澪「ちょ……まだ演奏を聞いてくれるだけの段階だって!」

紬「お菓子ならまだまだ家にあるわ。持ってこさせるわね」ピポパ

澪「まだいいってムギ! お前らも落ち着けぇ!!!」

たった六人しかいない部室なのに、それはそれは大混乱だった。

梓「……まったく、しょうがない人たちですね」

律「中野! お前はもっと喜べ!」

梓「……まだ喜べませんよ」

律「ならば唯! お前があのケーキを渡す必殺技でパァアアっと――」

紬「唯ちゃんならどこかに行ってしまったわ」

澪「あれ? 唯がいない!?」

紬「大丈夫。私に任せて」ピポパ

澪「それで何とかなるのかよ!!」

さわ子「今度の学園祭のライブを見に来てくれるそうだから、万全の体制で挑みなさいね」

律「なっかのー! もっと喜べぇ!」ギュウウウ

梓「ほっへをひっはははいへふははい! (ほっぺを引っ張らないで下さい!)」

さわ子「……仕事あるから、戻るわね」


それから数週間。
唯たちは休日を返上してまで毎日のように練習した。
上手くいけば、このままデビューに持っていけるかもしれないのだ。
もちろん全員、楽曲の練習に全力投球だった。

紬「お茶とケーキはいかがです?」
唯「どうもどうも」
律「悪いねぇいつも」

澪「練習しろ! お前らぁ!」

たまにはそんな日も、あったりはしたけれど――


~学園祭当日~

憂「お姉ちゃーん! 朝だよ~」

唯「……うい~、ぶぁいおす食べたい」

憂「アイス? 朝からそんなもの食べちゃダメ」

何とか妹の手を借りて、唯は家を出発した。


酷い雨だった。
学園祭を潰してしまえるほどの雨。
悪い予感がした。
だけど唯は振り返りもせず、前だけを見て学校にたどり着いた。

唯「あ」

すると、雨は弱まり始めてくれた。

天気の予報、人の出入りなどを考慮した結果、
学園祭は縮小ながら開催されることになった。

そして、
運命のライブの時間も迫ってきた。

梓「……さすがの私も、心配になってきました」

澪「大丈夫さ。結果どうなるかわからないけど、きっと、悔いの残らない演奏になるさ」

梓は澪を見上げる。
素直にかっこいいと思った。

梓「だといいんですけど……ってあれ? そう言えば……」

唯「あーずにゃん!!」

梓「にゃんっ!?」

唯「あずにゃんかわいい~」コスリコスリ

梓「や、やめて下さいよ先輩! 本番前ですよ?」

唯「じゃあ、本番前じゃなければいいんだ~?」

梓「そうじゃありませんけど!」

唯「じゃあもう少しだけよいではないかよよよよいではないか」コチョコチョ

梓「にゃあああああ! くすぐりは反則です! ……それよりも!」

唯「どうしたの? あずにゃん?」

梓「唯先輩のギターは、いったいどこにあるんですか?」


その場で全員が凍りついた。

律「あれ、そういや見てないぞ?」

唯「あれれ!? 教室だったけ?」

澪「待て。お前直接ここにきたとか言ってたよな?」

唯「じゃあ、下駄箱かな?」

紬「下駄箱にはなにもなかったと思うわ。私、唯ちゃんのあとに来たけれど」

唯「じゃあ……どこに?」

梓が青ざめながら気づく。

梓「……家! 家ですよ先輩!」


ライブ開始まで時間がない。

澪「今から帰って間に合うか!?」

唯「……う……片道しか行けない」

律「さわちゃんのを借りれないのか?」

澪「いや、あったとしても持ってきてないだろここに」

紬「それに唯ちゃんは自分のギターじゃないとダメじゃない?」

唯「ど……どうしよう……」

澪「と、とにかく走れ! 急いで取ってこい!」

唯「う、うん」

唯は走り出した。
しかし出入口のところで梓にとめられた。

梓「だめです。こんなどしゃぶりの中、先輩だときっと間に合いません。私が取ってきます」

唯「えっ?」

ふと静まり返り、雨音だけが鳴り響いていた。

律「な、中野?」

梓「私が取ってきます」

澪「なんで梓が?」

唯「そうだよ。私が悪いんだから、自分で取って――」

梓「……唯先輩はいつもこうです。肝心なものが足りていません」
梓「慌てた唯先輩は交通事故にさえ遭いかねません」
梓「それに先輩はボーカルです。ボーカルが息切れして舞台に立つのはまずいです」
梓「……あと、今日は私の衣装のほうが軽いです。私のほうが速く走れます」
梓「…………唯先輩の家だって知ってます」
梓「それに、先輩たちはもうすぐいなくなるんですよ?」
梓「私はともかく、先輩たちには悔いを残してほしくないんです」
梓「……とにかく家の人に連絡しておいて下さい」
梓「家と学校の両方から攻めれば、時間的にも体力的にも、半分で済みますから」

言って、梓は一人走り出した。
そのまま梓は、二度と部室に戻らなかった――


~~~

唯「私が殺しちゃったんだよ……」

唯は悔やんでいた。
やっぱり自分で取りに行けばよかった。
そうすれば、あずにゃんが交通事故に遭うこともなかっただろうと。

唯「……デビューなんてできなかった。でもみんなは優しかった。誰も私を責めてくれなかった……」

犬「それで?」

唯「みんな私を恨んでる……あずにゃんはもっともっと恨んでる……」

犬「それで?」

唯「それで……それで……」

唯はブランコの鎖を鷲掴みにした。
ふと、流れていた涙が止まった。

唯「……これから、あずにゃんに会いに行こうと思う」

誰からも責められない。
そのことが唯の胸に穴をあけていく。
それは日に日に深く大きくなっていく。
目をそらして頑張ってみても、
次に見た日にはもっと大きく、そして深くなっている。
もうダメだと思った。

唯「さ、さよなら!」

限界だった。
弾かれるようにして公園から逃げ出す。
それで、
もっともっと遠くに行って、
どこまでもどこまでも遠くに行って、
会いたい。
天国にいるあずにゃんに。
もう、命なんていらないんだ。

――――


?「……誰が! 誰が先輩を恨むものですか!!!!」

唯「!?」


犬「私は! 私は唯先輩を恨んだことなんて一度もありません!!」

犬「先輩たちだってそうです! 誰も唯先輩を嫌いになっていたりはしません!!」

犬「当たり前じゃないですか! 勝手なこと言って勝手に死んだのはこの私なんですから!!」

犬「いい加減にして下さいよ先輩!」

犬「あなたはいつまで友達から逃げ続けるつもりですか!!!!!!!」

唯「あ、あずにゃん……?」

あずにゃんが、吠えた。

唯「あ、あれ?」

犬「いいですか!? デビューできなかったのは唯先輩のせいじゃありません! 私のせいなんです!!」

そう言えば聞き覚えのある声。
いや、唯自身が逃げ続けていたから気づかなかっただけだ。

唯「あ、あずにゃん……」ポロポロ

犬「ななな、泣かないで下さいよ!」ポロポロポロ

唯「あずにゃんだって泣いてるよ?」ポロポロ

犬「知りませんよ! 私は犬なんですから! ……それにただ目が痒いだけですから!!」ポロポロポロ

唯は、あずにゃんをぎゅっと抱きしめた。

?「やれやれ、やっと見つけたよ……」

唯「あ、あれ? 純ちゃん?」

純「あれっ? 先輩?」

唯「どうしてこんなところに?」

純「憂から預かってた犬が逃げたんですよ。それがもう、すばしっこくてすばしっこくて――」

唯「え?」

純(あ、やばっ!)

唯「で、でも……他に飼い主が見つかったって憂が」

純「あー、あれは嘘です」

唯「えっ?」

純「唯先輩が酷く入れ込むものだから、ちょっとの間だけ引き離そうとしてただけなんですよ」

純(まあいいよね、もうばれちゃったし)

唯「そ、そうだったんだ」

純「そうですよ。憂が、お姉ちゃんである唯先輩にそんな酷いことできるはずがないじゃないですか」

唯「……そっか」

純「あれ? 何で泣いてるんですか?」

唯「あっ、ううん。なんでもないよ」ニコニコ

純「まあいいですけど……」

純「とりあえずその犬、持って帰ってもらえますか? もうばれちゃったし意味いないし」

唯「う、うん。ありがとう」

犬「にゃあ」

純「じゃあ先輩、さようなら」


帰り道。

唯「あずにゃん、ありがとう」

と言うとまた、あずにゃんは「にゃあ」と返事をした。
犬が喋ったことに驚いたのはそれから数日経った頃だった。


帰宅した。
憂が駆け寄ってきた。

憂「……」

唯「……」

憂「あのっ……」ソワソワ

唯「ごめんね」

憂「えっ?」

唯「ごめんね……」ジワッ

憂「お姉ちゃん……」ポロッ

唯「ごめんね、うい……」

憂「わ、わたしだって」ポロポロ

唯「うい……」ポロポロ


憂「おねいちゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!」タタタッ

唯「いもうとーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」ダキッ!!






犬「にゃあ」



唯はもう大丈夫だった。

ちゃんと大学に通うようになった。
友達と遊びに行くようになった。
素直に笑えるようになった。

またやりたいと思うようになった。
あのとき輝いていた人たちをまた集めて、
もう一度だけでも、

――いつか。



それから、あずにゃんは一切喋らなくなった。
声は今までと一緒。鳴き声も「にゃあ」なのに喋らなくなった。
きっと、本当に天国に行ってしまったのだろう。


……あずにゃん。

私また、あずにゃんに助けられちゃったんだね。
でももう終わり。三度目はないよ。
ごめんね。
会いに行けなくてごめんね。
私まだ、この世界でやってみたいことがたくさんあるんだ。
あずにゃんのお陰でそれを見つけられたんだ。


うん。
だから、
もしよかったらそこから見ててね。
まだまだ私、ここでいっぱいいっぱい生きてみて……


そしてちゃんと、まっすぐに歩き出して見せるから――




~おわり?~



~その後~

プルルルルル……プルルルルルル……
ガチャ

「……もしもし」
「あ、唯ちゃん? お久しぶりね」
「あっ、あの、えーっと……」
「今度の夏休みにね、そっちに帰ることになったの」
「えっ?」
「だから、久々にみんなで会えないかなーって思って、電話させていただきました」
「う、うん。いいよ」
「それとね?」

「うん」

「――」
――――――


「唯ちゃん。」

「よかったら、また――」


「私たちと一緒に、あのときの続きでも――――始めてみない?」

~END~