お昼頃
唯はまたあずにゃんと散歩をしていた。

唯「桜が綺麗だね、あずにゃん♪」

犬「にゃあ」

唯「あずにゃんは、桜とか好き?」

犬「にゃ」

唯「そうだよね~、桜が丘高校の三年生だもんね~」

犬「にゃあにゃあ」

?「……あれ? 唯じゃないか」

唯「あ、澪ちゃん」

澪「おう。なんか久しぶりだな。今日は休みか?」

唯「う、うん。そうだよ。澪ちゃんはなんでここに?」

澪「ああ、新しいベースでも買おうかと思って」

唯は適当に道を進んでいき、
偶然にも、昨日見たギターショップの前にいた。

唯「へー」

犬「にゃー」

澪「?」

澪「……その、犬? みたいなやつはどうしたんだ?」

唯「あ。拾ったんだよ。あずにゃんって言うんだ」

澪「あずにゃん?」

唯「うん」

澪「……」

犬「にゃあ」

澪「……」

犬「にゃあにゃあ」

澪(……か、かわいい……)ポッ

澪「さ、触ってもいいか?」カアアアア

唯「いいよ~」

澪はしゃがみ込んで、あずにゃん(犬)をさわさわなでなでした。

澪(気持ちいい……最高に……気持ちいい……)ウットリ

唯「澪ちゃんはまだベースやってたんだ」

澪「え?」

唯「バンドとかも組んでるの?」

澪「あ、ああ。大学の軽音楽部に入ってる」

唯「そっか」

澪「全員バラバラで、残念だな」

唯「うん」

澪「……でも、左利きはもうやめたんだ」

唯「どうして?」

澪「しゅ、種類が少ないから……だ。それに、両方使えるとカッコいいし、便利だし……」

唯「じゃあこれからは、左利きの澪ちゃんには会えないんだね」

澪「い、いや! だけど別に、左利きが嫌になったとかそういうわけじゃないぞ!」アタフタ

唯「じゃあ私が澪ちゃんの代りに左利きになろうかな」

澪「……まだギター、やってるのか?」

唯「ううん。もう半年近く触ってないよ」

澪「……そっか」

犬「……そっか」

澪「?」

澪「ん? なんか今、どこからか変な声がしなかったか?」

唯「しないよ?」

澪は頬を掻きながら犬の顔を見つめた。

澪(いや……まさかな)ワナワナ

澪(あっはははは! そんな馬鹿な話があるか!)ワッ ワナワナワナ


唯「じゃ、もう行くね」

澪「お、おう……」

唯「じゃあね」

犬「じゃあね」

澪「!?!?!?」


澪は青ざめた。
犬の口が動いたように見えた。声がしたように思えた。
澪はしゃがみ込み呪文を唱えた。

澪「ミエナイキコエナイミエナイキコエナイミエナ……」ブルブルブル


ある日の夕方。
唯がいつものように散歩から戻ってくると、玄関に見慣れない靴があった。

唯「ただいま~」

憂「おかえりお姉ちゃん」

?「あ、お邪魔してます。先輩」

その人はリビングでまったりとしていた。

唯「あー! 純ちゃんだ!!」

純「お元気そうですね」

唯「うん。今日はどうしたの?」

純「憂から聞きました。その、例の不思議な犬のこと」

唯「あずにゃんのことだね」

犬「にゃあ」

純「へぇー……ホントに猫みたいな鳴き声するんだ」サワリサワリ

唯「あれ? 本物のあずにゃんは来てないの???」キョロキョロ

憂「あ、あのね。梓ちゃんはちょっと風邪をひいちゃったみたいで――」

唯「カゼ!? じゃあお見舞いに行かなきゃ!!!11」バタバタ

純「だ、大丈夫ですよ先輩! 二、三日で直るような流行り風邪ですから!」

唯「でも心配だよ! 一人きりで寂しくて苦しくて泣いてるんじゃないかな!?!?」ドタバタ

憂「う、うつしちゃやだから来ないでほしいって言ってたから! 落ち着いてお姉ちゃん!!!」

唯「あずにゃあああああああぁあぁぁーーーん!!!!!」ドッタンバッタン

犬「にゃあにゃあ」

純(……この犬、妙に落ち着いてるし)


~憂の部屋~
憂と純は、二人で宿題をやりながら話していた。

憂「どう思う?」

純「うーん。どうと言われてもなぁ」

憂「お姉ちゃんはまだ梓ちゃんが生きてると思ってる」

純「それはまあ……確かにそう見えたけど」

憂「このままでいいと思う?」

純「良くはないと思うけどさ」

純「やっぱ、私なんかより、先輩たちに相談した方がいいんじゃないの?」

憂「そうかな」

純「そうだよ。悪いけど、私なんかじゃ力になれないっぽい」

憂「でも、先輩たちとも連絡取りにくいし」

純「連絡先は知らないの?」

憂「……うん」

憂「……それにもう、一生会えないかもしれない先輩もいるし」

純「? どういうこと?」

憂「紬さんは、梓ちゃんがいなくなってからずっと海外にいるらしいから」

純「そうなの? でも確かに姿見えないよなぁ、最近」

憂「いや、それはわたしたちが三年生だからだと思うよ……」

純「あ。そういや最近、律先輩に会ったとか言ってなかった?」

憂「うん……で、でも……ちょっと喋っただけだよ」

純「連絡先聞かなかったの?」

憂「突然だったし、そこまで頭回らなかったよ。だからお姉ちゃんしか知らないんだと思う」

純「じゃあ、唯先輩のケータイを勝手に見るしかないじゃん」

憂「そ、それはちょっとなあ……」

純「だー! ならもう少し様子を見てみるしかないってば!」グシャグシャ

憂「でももう、あれから半年も経ってるし……」

純「でも治りかけてたんでしょ?」

憂「うん。……いや、あの犬が来てから、また……なんていうか……」

純「つまり、あの犬が邪魔なわけだ?」

憂「……そこまで言うとあれなんだけど」

純「なら、これならどうかな?」

純は、さささっとノートに文字を書いて憂に見せつけた。


~一ヶ月後~

唯「あずにゃん? あずにゃん!?」ドタバタ

唯は部屋中を駆け回り、犬の名前を連呼していた。

憂「お姉ちゃん?」

唯「あずにゃんが! あずにゃんがいなくなっちゃった!?」

唯は錯乱状態に陥っていた。
顔が赤くなったり青くなったりしていた。

憂「ああ、あの犬のことね」

唯「え? ……あずにゃんはどこに!?」

憂「他に飼い主が見つかったから、その人に渡したよ」

唯「えっ……?」

憂「やっぱりウチで買うのは無理だったんだよ」

唯「そんな……!」

憂「お金も随分とかかってるしね」

唯「嘘だ……!」

憂「結局、お母さんもお世話する羽目になっちゃってたし」

唯「…………」

憂「だからね、もう忘れよう?」

唯「」

憂「あずにゃんはもういないんだよ。犬も、本物も」


憂「こっち見て、お姉ちゃん?」

―――――――

憂「……おねえちゃ――」



唯「うそだああああああああぁぁぁあぁああああぁああぁあぁぁあぁあ!!!!!」


唯は家を飛び出した。
妹の制止も振り切り、走り出した。

唯「いやだいやだいやだいやだいやだ! あずにゃんがいないなんていやだ!!」

ひとり走り叫び泣き喚きながら、どこか遠くへと一目散にかけていく。
まだ信じることができない。
まだあずにゃんは生きている。
この現実世界で生きている。
そう思うことだけが、彼女の唯一の救いだったのに、

唯「あずにゃああああああぁあああぁあぁぁぁあぁぁあぁあーーん!!!!!11」

それを完全に見失ってしまった唯は、自分をも見失いかけていた。

それから一時間ほどが経った。
体力も精神力も未熟だった彼女は、いつでも倒れてしまえるほどに衰弱していた。

唯「あ……あ……あず……にゃ…………あぁ…………」

足を引きずるように使い、ようやくたどり着いた公園。
そのブランコに座った。
もう自分では何もできなことを知った。

唯「…………」

最初に間違ったのは自分だ。
それがわかっていても、あの犬のことを諦められない。
今更なのだ。
もう一ヶ月以上も一緒に過ごしているのだ。
諦められない。
でも諦めるしかない。
でも、でも、

――だけど。

だけどもう一度だけ、もう一度だけあのあずにゃんを抱きしめられるのであれば、

唯「……」グスッ

そう考えるだけで涙がこぼれてきた。
ようやく罪滅ぼしができると思ったのに。
また彼女を見失って、
もう生きる意味さえ見失って――


?「……泣くなよ」


そして唯は、そんな誰かの声を聞いた。

唯はとっさに顔を上げた。

唯「だ……だれ?」

ブランコを囲う柵のあたりから、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
でも姿は見えない。

?「泣くなよ。みっともない」

声はするのに姿は見えない。
そんな時だった。

?「下だよ。僕はここにいるよ」

さっきよりも声が近づいていた。
唯は下を見た。

唯「えっ?」

そこには、唯が探し求めていた一匹の犬がいた。

唯「しゃ、しゃべれるの……?」

犬「当たり前だろ」

唯「――」

そうか。私は今、超鮮明な幻覚を見ているんだ。
唯はそう解釈した。

犬「過去のことをいつまでもいつまでも引きずって」

犬「へらへらとした顔で当たり前のようにまわりの人たちに迷惑かけて」

犬「そしてそのまわりの優しさにも気づかずにのうのうと暮らし生きているだけだなんて」

犬「――唯。」

犬「お前って最低だな」

これは犬が喋っているんじゃない。
きっと、もう一人の自分が喋っているのだ――。

唯「うん。やっぱりそうだよね」

犬「ああ」

唯「最低だよね」

犬「ああ」

唯「ねえ」

犬「なんだ」

唯「私はこれから、どうすればいいの?」

唯は、自分を頼ることができなかった。
涙を流すことくらいしかできない、ふがいない自分を。

犬「逃げるなよ」

犬「あの時何があったのか、ちゃんと話してみせろ」

犬は思いっきり女っぽい声で、だけど男らしいせりふを口にした。


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