買い物帰りの道。家まであと十分くらいのところ。
そこで出会った。
唯「捨て犬かな?」
母「そうみたいね。かわいそうに……」
薄汚れたミカン箱の中にいる、一匹の犬。
唯「かわゆい~」
犬「……にゃあ」
唯「あれ? 猫?」
母「犬じゃない?」
犬「……にゃあ」
唯「犬なのににゃあって言ってるよ!!!11」
母「不思議ねぇ」
犬「……にゃあ、にゃあ」
唯「ほーら、よしよしよし」ナデナデ
母「ほらほら、早く帰るわよ。夕飯の支度しなくちゃ」
唯「かわゆいよ~、かわゆいよ~」
母「……」
犬「にゃー」
母「…………」
母「この子には申し訳ないけれど……飼えないわよ?」
唯「え~っ、なんでなんで!?」
母「ウチにそんな余裕あるわけないでしょ」
唯「ううぅ……」ウルルン
母「それに唯だって、まだまだ忙しいんだから」
唯「わ、わかってるけど! でも……」
母「我慢しなさい。きっとこの子だって、ほかの人に拾われたほうがしあわ――」
唯「やだやだ! あずにゃんは私が飼うんだもん!!!11」
母「あ、あずにゃん……って?」
唯「この子の名前だよ」
母「今付けたの?」
唯「うん。だから私が、一生大事にしていくんだ~」
母「……」
唯「あーずにゃん♪ あーずにゃん♪」サワサワ
犬「にゃ、にゃあ」
母「……」
母「……わかったわ」
唯「?」
母「飼いたいなら飼いなさい」
唯「いいの!?」キラキラ
母「ただし、ちゃんとお世話すること。いいわね?」
唯「やったぁー!!! やったよあずにゃん!!!!!」ギュウウウ
犬「にゃあぁ~」
唯は嬉しさのあまり、犬を抱きしめたまま何度も何度もジャンプした。
そう。
その日、あずにゃんは平沢家の家族となったのだ。
家
憂「ただいま~」
唯「おかえりー、うい」ゴロゴロ
憂「お姉ちゃんは相変わらずだね」ニコニコ
唯「うい~、ぶぁいおす!」
憂「もう、ぶぁいおすじゃなくてアイスでしょ。……はい」
唯「ありがと~」ペロペロゴロゴロ
犬「」
憂「……へ?」
犬「にゃあ」
憂「わわわっ! お姉ちゃん! どうしたのこれ!?」
唯「そこで拾ってきたんだ~」
憂「拾った?」
唯「うん」
憂「拾ったって……でもそれは……」
唯「大丈夫。ちゃんとお風呂に入れといたから」
憂「そ、そうじゃなくて……」
憂「お母さんの許可はもらってるの?」
唯「もちろんだよ~」ゴロゴロ
憂「な、ならいいけど」チラリ
犬「……にゃ」
憂(い、犬?)
犬「にゃあ」
憂(あれっ? でも鳴き声は猫? じゃあなに? 新種の動物かな……?)
犬「……」
唯「あずにゃんって言うんだ~」
憂「えっ?」
唯「あずにゃん、おいで」
犬「にゃあ」パタパタパタ
唯「おー、よしよしよし」ナデナデナデ
憂(あずにゃんって……あの、梓ちゃんと一緒の……?)
唯「えへへ、かわいいなぁ♪」
唯「うい~」
憂「えっ? なにお姉ちゃん?」
唯「犬缶と猫缶、どっちがいいかなぁ?」
憂「そ、それは難しい選択だね……」
唯「あずにゃんはどう思う?」
犬「にゃ」
唯「あー、そうか。ドックフードがいいんだね」
憂(通じてる? いや適当?)
夜
唯「今夜はあずにゃんと一緒に寝るんだ~」
憂「それはいいけど、気をつけてね」
唯「なにが?」
憂「だってまだ、トイレの場所とか覚えてなさそうだし」
唯「大丈夫だよ。あずにゃんはおねしょしたりしないよ」
憂「……」
次の日。
日曜日の朝。
唯「あずにゃんと散歩してくる」
母「車に気をつけてね」
憂「あっ、わたしも行きたいな」
唯「いいよ~」
憂「お母さん。ついでにいろいろと買いたいんだけど……?」
母「そうね。餌の買い置きも必要だものね」
犬「ふにゃあぁぁ……」
唯「よし! しゅっぱつしんこー!」
唯「ぽかぽかしてて気持ちいいね」
季節は春。
五月だが、まだまだ桜が綺麗に咲いている。
憂「ねえお姉ちゃん」
唯「にゃに?」
憂「どうしてお姉ちゃんは……この子に『あずにゃん』ってつけたの?」
唯「あずにゃんが大好きだからだよ~」
憂「……だと思った♪」
唯「えへへ、なんか照れますなぁ♪」
唯「そっちのあずにゃんは元気?」
憂「そっちって?」
唯「桜が丘高校のあずにゃんのことだよ」
憂「えっと……まあまあ元気、かな?」
唯「そっか」
憂「気になるの?」
唯「うん。この前メールしてみたんだけど、返事が返って来なかったんだ」
憂「……」
?「あ! おーい! 平沢姉妹じゃん!」
唯「あ、りっちゃん」
憂「ご無沙汰してます」ペコッ
律「おう! 朝から仲がよくて結構だな!」
唯「あれ? りっちゃんこれからどこか行くの?」
律「あ、ああ」
律(やばい。話しかけないほうがよかったかもな――)
犬「」
律「ぬうわっ!? ななななんだこいつ!」
憂「えっと、犬を飼い始めたんです」
律「犬?」
唯「えへへ、拾ったんだよ。あずにゃんって名前にしたんだ~」
律「え? 今なんて?」
犬「にゃあ」
律「犬なのに!?」
犬「にゃ」
律(摩訶不思議かよ……)
唯「それで、りっちゃんはどこに行くの?」
律「え、えーっとだなそれがなんつーか……」
唯{?」
憂「あっ、言いにくいなら別にいいですよ」
律「……いやいや、なんか悪いな。でも憂ちゃんの優しさに免じて、特別にヒントをあげよう」
律は、左手薬指の輪っかを見せつけた。
憂「そ、それってもしかし――」
律「じゃ、じゃあなー! またいつかバンド組もうぜ唯!」バタバタ
律は駅の方向に消えていった。
唯「りっちゃん、骨折でもしたのかな?」
憂「そういうのじゃないと思うよ」
唯「ならいっか」
犬「うん」
憂「えっ?」
憂はきょろきょろとしていた。
唯「どうしたの? うい?」
憂「いや……なんか今、どこからか声が」キョロキョロ
唯「声?」
憂「……ううん。多分、わたしの気のせい」
憂が近くのスーパーであずにゃんの餌を買った。
春の陽気が心地いいので、少し回り道をして帰ることになった。
唯「春だね」
憂「うん」
唯「憂は、春が好きなの?」
憂「好きだよ。夏も秋も冬も好きだよ」
唯「あずにゃんは好き?」
憂「も、もちろん」
唯「よかったね~、あずにゃん」
犬「にゃあにゃあ」
唯「あ」
憂「どうしたのお姉ちゃん?」
唯は立ち止って横を見ていた。
憂もそちらを向いた。ギターのショップだった。
ショーウィンドウにギターがディスプレイされている。
唯「すごーい! ギー太がいっぱい飾ってある!」ペタリ
憂「ギー太ではないでしょ? ギターではあるけれど」
唯「……ギー太、元気かなぁ?」
憂「あれ? ギー太は家にあるんじゃないの?」
唯「えへへ、そうだったそうだった」
犬「」
また歩き出した。
唯「日曜日はいいね。ぽかぽかしてて」
憂「春だからでしょ?」
唯「春で日曜日だからだよ~」
憂「そっか」
犬「そうだよ」
憂「えっ?」
憂はまたきょろきょろとしていた。
何か変な……いや、
聞き覚えのある声がしたのだ。
唯「だよね~」
憂「あれっ?」
だけど唯は平然としている。
なので憂はさらに困る。
唯「どうしたの憂? お金でも落としたの?」
憂「いや、あの……ええと」キョロキョロ
唯「トイレ?」
憂「そうでもなくて……」
シャアアアアア
唯「あ、あずにゃんが電柱におしっこしてる」
翌日
憂「じゃあお姉ちゃん、行ってくるね?」
唯「うん。行ってらっしゃ~い」
唯は、遠くの玄関に見えた憂を見送った。。
部屋に戻ると、あずにゃん(犬)が唯を見上げていた。
唯「どうしたの?」
犬「にゃ」
唯「ああ、朝ごはんだね。ちょっと待ってて」
振り返り、キッチンに向かう。
犬「……」
犬「大学、行かなくていいの?」
唯「ん?」
唯は、なにかしらの声を聞いて見まわした。
唯「んんっ?」
でも誰もいない。
唯「ま、いっか」
そのまま餌を取りに行ってしまった。
犬「……」
最終更新:2011年06月04日 22:08